深海にて11


※今までの展開はなんだったの的なデレデレ
※ただのいちゃラブです※


 周りの人たちがいうには、異性の身体を知ったことで纏う空気(?)が変わったのだという。その性別らしくなったというか、男鹿ならば男らしくどんと構えて大事なものを護るという気概というものを感じられるようになった。葵ならば女らしくやわらかな雰囲気になったというか、前よりどこか華奢な印象になったような気がする。こんなことなので、すぐに「お前らも〜ヤッちまったろ」というのが登校日初日で速攻バレた。いったのは姫川と古市である。姫川は経験豊富なので分かるとして、古市が目ざといのは何でか。しかも古市は男鹿に向けて嫉妬の念がメラメラである。先にヤッちまったらいいじゃん、といったのはどこのどいつだ。男鹿は溜息ついたけれど古市にはまったく効き目なし。慣れっこなのである。その噂が学校じゅうを駆け巡るまでほぼ時間は要しない。そのたびに葵は顔を赤らめねばならなかったし、男鹿はわざとらしく不機嫌を気取らなければならなかった。本当ならばどちらもニヤニヤしたいところだったのはいうまでもない。一応内緒だけれど。

 何があっても時間というのは経つもので、放課後の教室でベル坊のオムツを替えている男鹿の側に葵は近づいて行った。結局はこうなるし一緒に帰ることになるのだ。男鹿はベル坊から髪を引っ張られながら「疲れたな」と本当に疲れた様子で溜息混じりにいった。それは葵も同様なので深く頷く。周りがちやほやしすぎである。照れもあるけれど、こんなちやほやなら悪くもない。男鹿と葵の間に流れる空気がそれを物語っているが、口には出さない。どちらも。暗黙の了解というやつだ。葵が男鹿の前の席に後ろ向きに座って、ベル坊とじゃれる様子を見ていた。そういえば最初はヒルダとの子供だと思ってヤキモチ妬いてたっけ…。懐かしい思い出に目を細める微笑む。そんな和んだ様子の葵が目の前にいるのは、男鹿としてはとても不思議な気分だった。そもそも男鹿としては付き合うことになるだなんて思ってもみなかったのだ。ほんの最近まで、好きとか嫌いとか恋とかエッチとか、そんなこと土下座に比べれば興味のそそらぬものだったというのに。人というのは何かほんの小さなことでいい、キッカケさえあれば考え方の根底が覆ることがあるのだ。だから人は、人と一緒にいられるのだろう。放課後の窓からやわらかな陽の光が葵の微笑みに花を添える。不意に葵の唇に触れた。男鹿の唇は葵のよりもやわらかではないけれど、包みこむようなやさしさがある。葵が身をよじって逃げた。
「や、やだ。ベルちゃんが見てるじゃない」
「いいんだよ」
 葵の肌に触れるたびに男鹿の心は踊る。男鹿の肌も喜ぶから、何度だって触れていたい。これが一日じゅうできるんだったら、学校なんか行く価値もない。こんなことをいったら親にも姉にも怒られそうだから絶対に口に出してはしないけれど。机を挟んで後ろを向く葵の肩を揉む。これは照れてしかたない葵の気をこちらに向けるためだ。渋々なポーズの葵が嫌がっていないことなど男鹿が見ても分かるほどだ。手を握っても逃げもしない。素直じゃねぇなぁ、である。
「帰るか」
 ずうっといちゃついていたいけれど、学校に残ってそんなことばっかりしてもいられない。握った手を離すのは名残惜しいけれど、二人は立ち上がって学校から出た。歩きながら、今度はベル坊が葵に手を延ばす。男鹿の代わりに手を延ばしているみたいだと男鹿自身が思ったけれど、いわないでおいた。自分が甘ったれのガキのように感じるからだ。葵は男鹿の背中からベル坊を引き剥がして慣れた手つきで抱っこする。
「どこいく?」
「え? 帰るんじゃないの」
「ん〜、帰るけどよぉ……、ぶらぶらすんのも悪くねえだろ」
 ただ別れが名残惜しいだけだ。それを口にしないだけだ。だが石矢魔という片田舎ではそんなに行くところもなく、また男鹿と葵はごく普通の、しかもアルバイトもしていない学生だし、何より子連れともなるといける場所などほとんどない。ぶらぶらとムダにゆっくり歩きながら公園とか、行く場所行く場所すべて健全だ。ベンチに座って缶コーヒーを飲みながらくっつく。ベル坊を抱く葵を抱く男鹿。だが時間は誰にも同様に日暮れは訪れる。しかも寒い時期ともなれば夜の訪れは早い。空を見ながら男鹿は葵の肩を抱えるようにして抱き締める。
「ちょっ、何してんの?!」
「寒くねぇか」
 くっつきたいだけのくせに。男鹿はこんなに甘えん坊だったろうか。最初の印象からはだいぶ最近変わってきたなと葵はよく感じる。だが、その変化は否定しない。だって、これは葵にしか見せない顔だからだ。葵の手を握りながらベル坊をあやす。その間も耳に唇を寄せたり、腰を撫でたりしてくる。こういうところを含めて大人と子供のちょうど中間みたいな位置にいるんだろうなと感じる。
「ん…、やっ、ダメ、だってばぁ」
「何で? ベル坊はよくて俺がダメなんておかしいだろ」
「んう…、ベルちゃんは、っ、そんなふうに、しない…っ」
「してるっつーのー」
 ブレザーの中に手を入れてブラウスの上から男鹿は胸を揉んでくる。場所を考えてほしいと思うけれど、この身体は思いとは裏腹にちゃんと気持ちがいいと熱を持つのだ。これを振り切らないと、と葵は何とか強い意志を持って男鹿から身体を引き剥がす。公園のような公の場所でその気になってしまっては、困るのは自分たちなのだ。弟を叱るように強めにめっ、と怒る。男鹿はそんな葵の気持ちなど分かっているので口角を上げてニヤリと笑うだけだ。
「じーさん、許してくれっかなぁ…」
 葵を家まで送るという男鹿はそんなことを呟いた。この間面と向かってキッチリいったくせに内情は不安なのだった。男鹿は葵の家に近づくにつれ不安な気持ちが増していくのを感じていた。ああいうときの勢いというのはたいへんなものだ。運とかやる気とか体調とか差し迫った状況とか、いろんなものが混ざって勢いは生まれるものなのだと感じざるを得ない。
「許すも許さないも何も、」
「お孫さんを傷モノにしてしまいました、って……1000%怒るぜ」
「傷モノ………」
 あの日から互いの家に行っていない。もちろん裸になるようなこともしていない。あのときの幸せな痛みが蘇る。恥ずかしいけれど、とても嬉しくてたのしい。そして、これは内緒だけれどちょっとエッチな気分になる。どきどきする。あれを傷モノだなんて言葉にしてほしくないと思った。だって、傷は確かに痛いけれど、あれが傷だなんて思わない。幸せな傷なんておかしいだろうと思うから。
「傷モノじゃないわよ」
「あぁ?」
「傷モノなんかじゃない」
「……そうだな」
 男鹿に葵の気持ちが正しく伝わったとは思えないけれど、なんとなくは伝わってくれたかな、そう思えたので葵は笑みをこぼした。
 家の近くで別れる。何度も何度も、どちらともなく振り返ったり手を振ったりした。街灯だけがぼんやりした灯りを二人に向けてくれる。大丈夫、小さくても灯りがあれば大丈夫。何が大丈夫なのか、大丈夫じゃないことがあるのかは分からないけれど。



 男鹿が家に帰ると、家族とヒルダが迎えてくれた。いつもの日常。ヒルダがベル坊をあやしながら笑う。
「たつみ、おめでとう。よかったな」
「唐突に何だよ」
 ヒルダからしたの名前で呼ばれると、記憶が恐ろしいことになるんじゃないかとビクつく部分があるのはパブロフの犬みたいなものだろうか。男鹿はすぐに身構えた。
「無事、童貞卒業できて」
 しかもストレートな言葉なので、思わず男鹿は飲んでいたお茶を派手に吹き出した。ヒルダは汚いと嫌な顔をしたので慌てて掃除する。呼吸も整えなければならないし。
「あのときの魔力の強まりはすごいものだったぞ。仮にも、さすがに坊っちゃまの親たるものだ。強さを測ろうとしたら、途中で計器が壊れたほどだ」
「何言ってるかよく分からんけど」
「まぁ、応援しているということだ」
「……そりゃどーも」
 よく分からないが応援されているのであれば、悪い気はしないがこそばゆい。ヒルダはベル坊を抱きながらペタペタと触りその成長を確かめている。魔力によって成長するという彼は、今もずんずんと成長への階段を上っている。ヒルダの邪気のない笑みが眩しい。こんな顔をして笑えるんならいつも普通の顔をしてろよ。男鹿はそう思ったが何も言わずにいた。



 ことあるごとに一緒にいた。二人とも個々に子供ではないがベル坊と光太を連れてまるで夫婦みたいに近所を歩いた。週末に邦枝一刀斎に会ったが、睨みつけてきただけだった。というか、そそくさと葵がうまく会話を挟む間もないようにしてくれていた。子供らを遊具で遊ばせる傍ら、隣同士で前よりもずいぶん近づいた位置で座るようになった事実を思う。葵と男鹿、二人が座っているベンチはあと二人くらい座れそうなほど空いている。少し前なら考えられない位置で、葵は二人のこの距離の縮まりをとても嬉しく感じていた。男鹿は弱く葵の耳を引っ張った。わざとらしく葵が痛がって、それを男鹿はからかって笑った。痛がっていないことなどお見通しだ。
「なあ、邦枝。じーさんにちゃんと話したのか?」
「…えっ、お、おじいちゃん?」
「あんまり歓迎してねぇみたいだからよ、その辺認めてもらったほうがいいんじゃねぇの。お前ん家行きづらいし」
「う、うーん…」
 気難しい祖父をどうこうするのは難しかった。男鹿はなぜ急にこんなことを言い出したのだろうか。もちろん二人が付き合っていることは一刀斎は知っている。それについては男鹿から話した以外に話したことはなかった。葵がその話題を慎重に避けてきたのだ。そんな話になろうとすれば何とかそらした。逃げていたのは葵。男鹿はいつも真っ向から一刀斎に話をしていたのだと、はたと思いつく。意気地なしは自分だ。葵は自己嫌悪に陥る。あとは祖父への不安。どうなってしまうんだろう。反対されるかもしれないということも含めて、不安で仕方なかった。
「反対されたっていいだろ。たぶん、じーさんはするよ」
 光太とベル坊がブランコを占領している。光太のほうが高いところにいて、ベル坊は見下されている。魔王はいつも弱し。魔王って何なのか分からなくなる。男鹿はそんな様子を見ながら葵にいう。
「じーさんだけど、お前の父親とか母親とかの代わりなんだから。反対なんてするに決まってる。そんなもんなんじゃねぇの、親なんて」
 男鹿は何も考えていなさそうだけれど、たまに考えた風なことをいう。そういうとき葵は男鹿のことを見直す。強い口調で意思の堅いことをいわれると、とても頼り甲斐のあるすてきな人だと感じる。惚れた弱みかもしれないが、やっぱり男鹿は一本筋の入った人だと思う。それが誇らしくて、誰かに自慢したくもなる。そんなことを考えている自分はけっこう恥ずかしいやつだと思う。葵は一人で照れる。照れたときの葵をからかうのは鼻の頭とか、ほっぺとか、はたまたおでこなんかでもいい。軽くチュッとキスをしてやると喜びながら真っ赤に熟れるのだ。
「やっぱ思うよなー」
「何をよ」
「お前、ベル坊の母親になってほしいって」
 それは最初にいわれた言葉。
 そんな思わせぶりな言葉のせいで好きになって、よかったのだと思う。今はこんなに満たされている。あのときに会わなければ男鹿と知り合うのはきっとレッドテイルの邦枝葵としてだったろう。だけど、母親って…それって……。葵の考えを見ているだけの男鹿が悟って、今度は男鹿も赤くなる。
「そういう意味じゃねえって」
 そうストレートに否定されるのもまた不満がある。葵は睨むように男鹿を見る。乙女心はとても複雑なのだ。その眼光に堪らず男鹿は怯む。
「それも違ぇって。俺たち、高校生だろうが。ただ…じーさんどうなるかな?」
「ふふ、そうね…勝負して勝たなきゃだめだとかいうんじゃない? おじいちゃんなら」
「ああ〜いいそう」
 他愛ない、こんなあるはずのない未来を思うことはとても楽しいのだった。葵はそうなったときどうするか、それを聞くのは怖かった。男鹿がどう答えるか、その予想というか願いは自分のいいように瞬間的に思ってしまったから、それ以外になることが怖かったのだ。願うのは自由なのだし。
「ま、腕が鳴るぜ」
 それでも男鹿はアッサリ言ってくれる。今の葵がほしがっている言葉をいとも簡単に。まるで心の中を覗かれて、心臓を鷲掴みにされているみたいだ、と思った。頭も心も、男鹿のことばっかりだ。気づいたら二人は手を握っていた。ベンチで手を握り合っている。いつでも側にいたい。触れ合っていたい。二人とも、光太とベル坊を見るその目がいつもよりやさしい。



 その夜、葵は祖父と話をした。初めて男鹿のことについて。今付き合っているということ。どう思っているか。これからのこと。一緒にいたいということ。認めてほしいということ。離れたくないということ。
 祖父がどう思ったか、葵には知る術もないがどうやら話ののち道場に行って素振りをしていたようだ。何かを振り払うように。邪念ではない。きっと彼も孫の成長を喜びながら不安なのだろうと思う。そして男鹿のことも知っている。おかしな男ではないと分かりながら、それでも簡単に認めるのは難しい。頭の固いジジイであることは誰も否定出来ない。本人だってそれは否定しない。
 不気味なところは、葵が話している最中、一刀斎は何も言わなかったことだ。
「男鹿もうちに遊びにくるよ」
 そういっても、否定も肯定もしない。顔色はあまりよくなかったが、それはしかたがない。今までに例のないことなのだ。どう対応をしてよいものか祖父として困った末の態度だったのである。それを葵は悪い意味に取らず、その旨を男鹿へメールした。きっと大丈夫。そんなことを願って。


14.01.16

とりあえず骨休みの回です
他愛ない会話と、仲間たちの応援とか

男鹿の、男鹿らしさというか、男の子っぽさが出ましたね。
「あ、こういうところがあるんだ!」って思いながらも、葵ちゃんはかわいいと思ってるはずです
ちょっとエッチな感じも残しつつ、そればっかりでもなくて、ただベタベタしてたいっていう。子供と子供の、大人になってない恋人どうしの関係というか、やっちゃったのにこんな子供っぽくていいのかな?!と思いながら書いてました



エッチ回とか、ちょっとこんな感じ、デート回とか、そういうのも書いていきたい。まぁやりたいようにやるシリーズなので、つながってない話なんかも出ますのでよろしく。
ショート系も組み込もうかな?
みなさまの意見はどうですか?

2014/01/16 19:38:00