初めて会ったのは、寒くてさむい日のこと。雨が雪に変わって、気が付いたら吹き溜まりの路地裏で風と雪が合わさったやつを吹雪と呼ぶんだよなぁなどと思いながら、派遣先の事務所への近道を急いでいた。あまり風が強いと、なんでこんなガマンをしながら歩かなきゃならないのかと思ったりもする。こういうところはバカがつくくらい強くても当たり前というか、ごく普通の感覚を持っていないわけではない。ただ、他人よりもかなり緩い基準ではあるが。そんな冷たい日であっても路地裏には花が咲いていた。なんていう花か知らない。そもそも、花なんてどうでもよくて花より団子派だ。芸術は分からなくてもキレイなものは分かる。単にキレイなものはキレイ、それだけのことだ。花を手に取りながら鼻を啜ると、そこには女が立っていた。名を、ゆきといった。その花の持ち主かと思ったので渡したら、彼女はとても嬉しそうに笑った。時が止まっていた。ハッとして事務所へ向かわなければならないことを思い出した。だが、揺るがぬ約束がほしかった。また会う確かな約束が。
「また会えるか?」
「あとひと月はこの辺りに住んでます」
「ひと月?」
「引越すんです」
「どこへ」
「北海道」


在るには・下



「エンリョリレンアイって……自信ねぇな〜」
 急な東条の言葉に近くにいた神崎が盛大にヨーグルッチを噴き出した。しかもお約束でちゃあんと噎せた。ゲホゲハいってちょっとツライ。東条の顔色は先日見たときよりもかなり悪かった。どうやら静の見たては正しかったらしい。さすがといえよう。頬も前よりこけている。仕事が立て込んでいるのか、急にやつれたように見える。ちょっとおかしなことをしているのかもしれない。神崎は悪いことを思い浮かべるのがどうやら得意らしく、そんな様子の東条を見ると「クスリか?」などと訝った。金がないから稼ぐためにクスリとか、だから元気でいられるんじゃないかとか。言っていることも危ないし。そんな神崎の視線を軽く受け流して、どこか満たされた笑みを浮かべる東条は言った。
「なぁに、心配にゃ及ばねぇよ。お前だって好きな相手くらいいたことあるんだろ? なら、分かるだろうが」
「だからって………体を壊すのは違うだろうがよ」
 東条の横顔はどこか翳っていた。恋をして楽しいはずではなかったのか、神崎はおかしいと思った。石矢魔東邦神姫が二人も並んでいるのだ、学校ではとても目立つし近寄れない雰囲気だった。誰も邪魔をしないときが流れる。だが、それは息苦しく感じられるのは東条の表情が曇っているからだ。そう感じているところに姫川がダラダラと歩いてきた。神崎の斜め後ろの席の机の上に行儀悪く足を乗っけて座った。姫川はあのときのメンバーではなかったが、もう話は周りから聞いて分かっていた。姫川から聞くまでもなく噂というのは常々回っているものだ。もちろん姫川は情報屋でもあるのだが。
「噂どおりだな……確かに、痩せたか?」
「ん、知らん」
 体重計などとは程遠い世界に住む猛獣なのだ東条は。自分のことになど興味はなく、初めてただひたすらに思ったのはゆきという名のキレイな女の子。彼女の声を思い出す。まだ片手で数えるくらいしか会ったことがないのに、それほどまでに焦がれている。姫川はその女のことを聞きたいと問うた。
「誰も近寄れないとか何とか聞いたら、あんたたちだったのね」
 邦枝はおかしな周りの雰囲気に押されて来たのだった。東邦神姫コンプリート。揃うときは揃うものなのかもしれない。邦枝もまた姫川同様この間の話には混じっていなかったが、花澤が身振り手振りで話まくるので詳細は聞いている。もちろん花澤の主観入りまくりまじパネぇっす! な状態の話を邦枝流アレンジにまぜこぜしたものを理解しているのだからどこまでの理解かは不明である。邦枝は話を聞きながら実を言うとドキドキしていた。性質も性格も男鹿と似た彼が恋に落ちた。大事なことなのでもう一度いう。恋に落ちた。ここ重要。つまり、男鹿もこういうふうになる可能性がある、むしろ、高いということでとても興味があったのだ。話せる機会をラッキーと思ったが、がっついてはいけない。周りの目もあるし、きっと目ざといものには勘付かれてしまうだろう。だから、興味のない素振りをしながらみんなより少しだけ離れて座る。
「東条、話は由加から聞いてる。彼女のために無理しすぎちゃダメだと思うけど」
 好きな子は自分の何でもないが、自慢だけはしておきたい東条は語りだす。思ったまま、感じたままのことを誰しもに語りたくて仕方がないのだ。宝物を手に入れた子供のように、目を輝かせて。姫川、神崎、邦枝、いずれも思ったことはほぼほぼ同じ。
『こりゃ、重症だ…』である。

 彼女に指輪とかネックレスとか、そういうものを買ってやりたいと思うのだそうで、それはできればある程度の金額のものがいい。なぜなら、彼女は今月を過ぎる頃に越してしまうから。それまでには告白をするということを心に決め込んでいる。断られるとかそういうことは一切考えていない。うまくいかないことを頭から排除して考えている。そもそも名前も家も知らないのだ。断られる可能性は極めて高い。確かに東条は、いろんなことを排除して見てみると二枚目でかっこいい男だと思うのだが、しゃべってみるとボロが出る。好みなんて可愛いもの好きときたもんだ。当人はもちろん当人の趣味なのだから、おかしいなどと思うはずもなく気づくことすら不可能。何より他人の意見に惑わされる性格ではない。悪くいえば聞く耳がないのだ。
「学校は辞めねぇぞ。禅さんとも約束してるし、もうすぐ卒業なんだから今さらやめたら今までやったバイトはパァだ」
 一応、最低限度の分別があったようで安心した。だが、今とか過去とか未来とか、そういう線引きがなららしいということを悟らざるを得なかった。なぜなら、東条は追いかけるように北海道にいくといいきったのだ。彼女の後を追って。それも、彼女がイエスもノーも一言もなにも言っていないにも関わらず。それこそもしかしたら、迷惑な話かもしれない可能性をすべて捨てて東条は。だから邦枝は出ざるを得ない。そんな気などなかったけれど、それでも重ねてしまう思う人とよく似た男へと対し。
「もし、その、ゆきさんが学校をやめてでも一緒にきてほしいっていったら?
あと。もし、納得してくれてて、それで数ヶ月時間が空くわけじゃない? で、その間にゆきさんに好きな人とか、できてたら? どうするのよ?」
 投げかけられた問いはどちらも、ひどく東条の今まで味わったことのないゾワゾワとした思いを掻き立てるもので、東条は黙ったまましばらく邦枝の方を見ていたけれど彼女は基本的に東条の方を見ていなくて、見ていても睨むように見返してきた。それはどこか安心できる視線だと、なぜか東条はそんなことを思った。おかしなものだ、色恋とは遠い視線がどこか救いだ。
「あと数ヶ月のことだ、何とか説得する。追いかけるっていう。まぁ三年だから二月中に決まるだろ、留年したら辞めると思うけど。俺、今まで結構頑張ってきてたから大丈夫だろ」
「出席率はたぶんギリギリじゃねえ?」
「俺の下僕になれば金で解決してやろーか」
 好き勝手なことをいう神崎と姫川のことを華麗にスルーして会話は東条と邦枝の間だけで続く。東条はなぜかボロボロのナップザックから雑誌を取り出した。どうやらファッション雑誌のようだ。折り目がついているページをパラパラとめくり、目的のページを開いて机の上に置く。いわなくとも東条以外の三人がすでに覗き込んでいる。その雑誌の中のアクセサリーのページだった。ネックレス、ブレスレット、指輪などの小物のページだ。一箇所を指差してこういう感じの、シンプルなシルバーっぽいやつが似合うからやりたいと思うのだと東条は微笑んだ。
「離れても、こうやって形に残るものが身に着けていられれば俺のこと、忘れないんじゃないかって思う。少なくとも、俺なら忘れられない」
「形に、残るもの…かぁ」
 手放しに羨ましいと感じた。邦枝もまた思う人から形に残るものをプレゼントしてほしいなと思っていたから。そんなロマンチックなことを考えるなんて東条という人物をまだまだ分かっていないのだと感じる。しかしファッション雑誌の存在は、武骨な東条には似合わないので笑えてしまう。申し訳ないけれど、と前置きしてそれをいうと、東条は気にした様子もなく種明かしをした。
「元々は庄子の買った本だ。くれっていったわけじゃないけど、くれたからめくっただけ」
 恋で見方が変わることもあるが、変わらないことがほとんどだと思う。東条はやはり東条でしかないのだった。邦枝は静かに思った。いいな、と。こんなにいっぱい好きって思ってもらえるのは、きっと彼女にとってとても幸せなことだと思うから。



*****


 そして、東条はゆきに会った。ちゃんと自分の気持ちをいう前に、少し話しておこうと思った。まだ名前しかしらない男に告白などされたら引いてしまうのが人の心というものだろう、それくらいは東条でも分かる。女心などまったく分からない、分かるはずのない東条であっても。
 その日もやはり吹雪いていて、とても寒い。まだ給料日の数日前だった。ブラウンのダウンコートは上まで締めて風を通さないようにしている。ただし顔色は悪い。寒いせいもあるが、今日の飯は時間がなくてカップ麺だったせいもある。そのせいで寒さが身に沁みるようだと思ったが、向こう側から来たゆきの姿を見ると、いつものようにこの瞬間を待ったいましたと言わんばかりに東条の心は踊った。体は寒くとも心はほわほわと温まった。これで会うのは五度目、やっとこさ片手が埋まっただけの逢瀬。
「よう」
「英虎さん、こんにちは」
 この英虎さん、と名前で呼ばれるのが堪らない。歳は二つ上。ゆきはハタチだという。小柄な彼女を護りたいと思うのは当然だ。今日会うことは英虎からの言葉で何とか実現したことだった。自分からこの糸を手繰り寄せなければ、いつでもこの糸は切れてしまうものなのだ。ゆきと、東条のこのただ少しだけ話をする、そんな小さな関係などいつでも途切れてしまう。だからこそ東条はゆきと会いたかった。寒い日も、晴れた日も。これを心の中だけでそっとデートと呼ぶことをゆきはきっと知らないだろう、だが、それでもいいのだ。東条はゆきを先導し歩く。ただ街路をぶらつきながら買い食いと、くだらない世間話をいくらか。それでも話をすることにそこまで慣れていない東条はきっとゆきを楽しませていないだろうなと心の奥で寂しく思う。彼女はこの時をどう思ってくれているのだろう。
「この辺り、詳しく教えてくれる人もいなかったものだから……ありがとう」
「いいんすよ、俺はガキの頃は盗みまでやったから、裏道の裏の裏まで知ってんだし」
 アーケードのベンチに座ってつまらないだろうと思われる思い出話をした。東条の生い立ち。だからなんだという話だ。ゆきはその話を聞きながら、目を伏せた。初めて会った時に感じたゆきから発せられる独特の雰囲気。そして東条が惹かれたものはこれだったのかもしれない。二人はよく似ているのだ。人は、似たものに惹かれるのかもしれない。東条は初めて知った。もちろんゆきも。なぜなら、東条もゆきも、親のない子供時代を、貧しく送ってきた寂しい子供だったのだ。よく似た境遇を、二人は語り合うためにまた会う約束をした。昨日より、今日よりきっと、明日は心通じ合う。それが、堪らなく嬉しかった。


*****


 逢瀬は構わない。好きな女ができるのも、まあ分かる。だが、生身の人間であることを忘れてはならない。誰もが口を酸っぱくして何度もいったではないか。体に気をつけろ、とか、無事ならいいけど、とか。ちゃんと聞いたではないか。大丈夫か、と。それなのに恋は盲目とはよくいったもの、彼の耳には届いていなかったらしい。
 東条が学校で倒れたのだ。

「食べてないんじゃないの」
 目を開けたら見覚えない天井。声は静の感情を殺そうとしたものだったので、さすがの東条も身構えつつ身を起こした。ここはどこ、なぜ静がいる? 聞きたいことはあったが静は答えてくれそうもなかった。黙っていた方が怒りを鎮めやすいかもしれない。
「それとも寝てないとか」
 今日は登校して、しかも運よく遅刻もなかったというのに授業中に倒れたらしい。今まで保健室に行ったことなど、とくにベッドに寝たことなどなかったので、どうりでこの天井を見たことがないはずである。東条はまた天井を仰ぐ。見上げた天井は高くて、だがその目の脇に置いてあるものが見えるからガラクタの類が山積みになっているのだろう。学校とはそういう場所だ。間もなく卒業が待っているけれど。
「食ってるし、寝てる」
 不意に頬に強めの衝撃。パチン! 静は思っていたより近くにいて、そんな東条をぶったのだ。寝ぼけた脳みそはすぐに覚醒し静を見た。堪えてこらえて、今にも零れ落ちそうな涙が静の瞳の中に溜まっている。泣くほど心配なのか、そんなに心配するようなことでもないのに、俺はこのとおり何でもない、無事だ、元気だ。東条はどこまでも口下手で、思いは一つとして言葉にならなかった。ただ、ぶたれたことなどどうでもいいよというふうに静の身体を強引に抱き寄せ、そして抱き締めた。子供をあやすみたいに頭を撫でて。これじゃぱっと見ラブコメみたいだが、そんなつもりなどこれっぽっちもない。東条の心には誰かが入り込むスキなどない。しばらくそうしていたけれど、静の肩の震えは収まらなかった。その間東条が言葉を発したのはほとんどない。
「ばかだな」と、
「泣くな」といったきり。
「バイトの時間だ。今日は給料日だし俺、行くわ」
 起き上がりながら身体を離して東条は静の手の届かないところへと行こうとしている。静は呼び止めようかどうしようか、瞬間迷ってしまった。呼び止めたところで結果は分かっているから。バイトなどしていられる体じゃないと止めたって彼は行くのだから。止めること自体がムダなのだ。今の仮眠で回復したと言い張って彼は。延ばしかけた手を引っ込めた。こんなふうにケンカ以外で走る彼を初めて見た。静はどうすべきか分からなかった。ただムリだけはしてほしくないと願ったけれど、きっとこの祈りは彼には届かないだろう。遠い未来には気付いてくれるかもしれないけれど今はきっと。

「どうして……」
 静は一人、保健室に残されたままベッドの上でぽつねんとしていた。眠っていたはずの東条の身体はどうしてか冷たく感じた。あとから熱が蘇ってきたのはきっと静の体温のせいだと思った。どうしてこんなに冷たいのだ。もちろん死体のような冷たさというわけではないけれど、確かに東条は生きているし呼吸も鼓動もある。ならばもっと温かくてもよいではないか。少なくとも静の知っている東条はもっともっと温かい体だったと記憶している。不穏なものを感じざるを得なかったのだった。



 デリカシーがないというのはこういうことをいうのだ。その日の夜、東条から静へとメールが届いた。内容は『彼女へプレゼント買いたいから付き合ってくれないか』である。大体こういうものを買うというのはこの間話したときに言っていたはずだ。おおよそのデザインなどが決まっているのならば自分で決めればいいと静は一度は断ったのだったが、『女に聞いた方がいいだろうし、聞ける女は他にいない』みたいな文章が返ってきた。女だと思っているのならばもっと何かあるだろう、と静は頭を抱えたのだった。これでは女と思われてないですよといわれているのと同意だ。幼なじみというものはそういうものなのかもしれない、と思いながら空っぽの心で了解メールを返信した。お礼は昼メシだそうだ。別にいらないけど。


***


 東条はウキウキしてドキドキしていた。もう月末に近い。ゆきが越す日は近かった。その前にプレゼントと一緒に告白しましょうという浅はかな魂胆だ。誰が見てもベタベタでミエミエで笑える子供も騙せないコクりプランである。これを大マジメにやろうとするところが東条らしさなのである。プレゼントはシルバーのネックレス。安物だが高いものは気を遣わせる。同じような境遇ならば貧乏の辛さはよく分かっているはずだ。ならば、余計に気遣うはずだ。それをさせたくないと思ったのである。花屋に行ったが、どうしてもピンとくる花が見つけられなくて買うのを諦めた。ゆきに似合う花は最初にゆきと一緒に見つけた、あの寂しげに咲く一輪の紫の華だと東条は信じて疑わない。あの華が何という花かも分からないけれど、花はきれいに咲いてさえいればいいのだ。
「こんにちは」
「今日も寒いな」
 買ってきた缶コーヒーを渡す。温かくなるはずだが外は冷えているので急いで飲んでしまわないとすぐに冷えてしまう。ゆきは猫舌なので急いで飲むこともままならない。だが彼女は寒さには慣れっこなのであまり気にはならないのだという。東条もそうだ、そんなに寒がりではない。どちらかというと暑い方が苦手だ。汗もかくし疲れる。
「来週引越しだっけ。本当に手伝わなくていいのか?」
「こっちは旅行みたいなものだから、ほとんど荷物も持ってきてないの。なかなか来れなくなるから、お墓参りに寄った感じ」
「ゆき。急なんだけど、俺も行っていいか」
「え?」
「一緒にってわけにはいかねえ。でもあと一ヶ月もすれば俺も卒業だ。そしたら一緒に暮らさないか」
「英虎さん…?」
「会ったときから、好きで、好きで。ずっと言いたかった…」
 東条はゆきを抱き締めてキスをした。俺のこと忘れないように、じゃないけどと前置きしながらちゃんと買ったネックレスも渡した。微笑みながらゆきはそれを受け取ってくれた。ただ、北海道行きについてはもう少し考えてくれて構わないという。北海道は仕事がないのだから、わざわざ来るべきところではない、とも。
「俺がどうやってでも食わせていく。俺たちならうまくやっていけるさ、たぶんな」
 東条はどこまでも東条で、考えられないほどに楽観的なのであった。


***


「明らかにおかしい。そもそも、顔色はどんどん悪くなってるし、骨と筋肉しかなくなっとるぞあれは」
「だがデレデレ笑っている……不気味」
 石矢魔メンバーが登校しグウグウ寝ている東条の様子を見てそう噂する。ひそひそ話すわけでもない。どうせ東条には聞こえていない。聞く気など微塵もないだろうし、寝ている。授業中寝るのは普通のことだが、以前倒れたこともあり周りはとても心配していた。あのときは静は聞きつけて走ってきたのだ。女にうつつを抜かしてまったくそんなことを気づいていない東条はある意味不幸で、ある意味幸せであるといえよう。
「尋常じゃねえのは分かった」
 急に男鹿が立ち上がった。目はキリリとつり上がっている。
「ほっとけねえ」
 東条と男鹿は通ずるものがあるのだ。こんなときに見てるだけで手をこまねいていることなど男鹿にはできないという。珍しいことだった。片眉を上げてバカにしたように姫川が嗤う。
「男なら、分かんだろ」
 それだけで十分だと男鹿は素っ気なく鼻を鳴らした。その場の空気が瞬時に張り詰めた。


***


 東条とゆきが付き合いだしてから6日。東条は見送りに向かうために落ち合っていた。別れは寂しいことだけれど、短い別れなのだからガマンしなきゃならないだろうなどと話していた。そこはゆきのほうがケロッとしたもので、男女の強さと弱さが露呈されるような結果となった。結局は東条の側がベタベタに甘えたいのだ。いつものキャラとそう変わりはないけれど。二人は手をつないで歩いている。ゆきの荷物は港まで東条が背負うといって聞かない。彼女のために今できることはこれくらいしかないのだ。東条は何でもいいので今できることをやりたがった、やれることをほしがった。何でもいい、ただ彼女と一緒にいられる正当性がほしいだけだ。あと少ししかいられないのだから、それを少しでも先延ばしにしたいだけなのだ。だから早めに待ち合わせをして、ゆっくりめに歩く。休憩を挟みながら二人は港への道をゆく。幸せな未来のため。
「ちょっと一休みしようぜ」
 何だかんだといって、場所も選ばずにイチャつくしキスまでする東条は、欧米か!とツッコミたくなるほどベタベタしいである。実は尾行している石矢魔メンバーらがそれを見るたび頭を抱えていた。ちなみにレッドテイルからは花澤しか来ていない。ヒマさえあればくっつく東条とゆきの姿を見て、ブーイングは強まっていた。あんなのほっとけばいいだろうとか、あの色ボケがとか。だが男鹿はそんな東条の様子を見ても顔色一つ変えずに首を横に振るだけである。そんな間も東条はゆきの腰に手を回してくっついている。何を話しているか分からないが他愛のないことだろう、二人にとってだけ愉しい無意味な会話。
 不意に姫川が立ち上がった。男鹿へと冷たく微笑を送る。手筈は整った。その合図だった。男鹿は今日初めて首を縦に振ってそれに応える。何の前触れもなく颯爽と立ち上がり東条とゆき、二人の前に立ち塞がるように仁王立ちした。その後方にいるのは石矢魔メンバー&静の姿である。急に落ちてきた翳りに目をしかめて東条は睨みつけるようにその面々を見た。どうしてお前たちがここにいるんだ? 意味が分からなかった。もちろん尾けられていたことなど想定もしていない。

 東条の緊張感ゼロの第一声は、
「何してんのお前ら?」である。
「知り合いの方?」
「ああ、学校の…」
「はじめまして、ゆきといいます。今から引越しをするので英虎さんにはお手伝いして頂いていました」
「こちらこそはじめまして。そして、さようなら」
 切るような冷たい声色で姫川は挑発するようにいう。東条が眉を上げる。こいつがなっていないのは分かるが、どうして今このときに。ゆきはごく普通に挨拶をしただけというのに。男鹿が後を引き取るように姫川より前に立つ。男鹿が見ているのは東条のことだけで、ゆきのことを見ようともしない。眼光はいつもより鋭い。背負ったベル坊の眼光も男鹿に倣って鋭い。東条はゆきから身体を離して見返す。男鹿は立っているので、珍しく見上げるような格好になる。
「東条。その、ゆきの死体が見つかったぜ」



*****



 ネタバラシののち、ゆきはネックレスを落として消えた。彼女は少しだけ泣いていた。声を出さずに、しずかに。
 ゆきは、最初からいなかったのか。ゆきは東条を連れていこうとしていたのか。その答えの前に、ネタバラシをしておこう。

 ゆきは、生きることに未練を残した女性だった。亡くなったときが20歳。東条が惹かれたあの姿のときだ。いつ亡くなったかは問題ではない。きっと旧いせいで噂の雪娘などといわれるようになったのだろう。この辺りには雪女のような呪いの噂があった。冬に美女に生気を吸い取られる男の話だ。今回の東条の話と通じるものがあった。石矢魔のメンバーらが逢瀬をしている辺りで聞き込みをしていたところ、そんなありもしない昔話が聞こえてきた。最近は聞かなくなったとはいっていたものの、雪女に吸い尽くされたりさらわれたりしていなくなる男がいたというのだ。それを紐解いていくと、ゆきへと辿り着いた。そんな御伽など信じるはずもないが、現に東条の様子は異常だった。他にできることがないから彼らは調べるしかなかった。科学ではどうにも解明できない、嘘くさいとしか言えないヨタ話を。
 東条の体調はゆきによって生気を吸い取られていたためであり、簡単にいうと幽霊から呪われたというような状態だったのだ。体温が落ちていたのもそのせいだと思われる。いずれ東条は死ぬところだったのだろう、すべてを吸い取られて。ゆきは雪の魔女のような女だったのである。そんなゆきは何か強い未練を残していたからこうして生気を吸い取り吸い取りやってきたのだ。その未練が何かは結局分からずじまいだったが、東条がゆきに似合うといって最初に渡した花。それと同じ種類のものを姫川は今手に持っていた。紫のゆきの花、冬に咲くゆきの花。
「この花、花さふらんっていうんだ」
「………」
「花言葉は、悔いなき青春・青春の喜び だとよ」
「成仏、できたんじゃねぇの。…お前のお陰でたらふく美味い生気も戴けたんだし」



*****



後日談

「俺の童貞はどうなんだろうな」
「は?何を唐突に」
「俺、ゆきとやったぞ」
「ブバッ、マジでか?!」
 付き合い出して3日でやったとか。意外にも手の早い東条なのであった。場所は自分の家。あの汚い家で? と静は露骨に嫌な顔をした。この2人、早く付き合っちゃえばいいのに、このときばかりは誰もそれをいいだせなかった。というか、お前生気どころか精気まで吸い取られて生きてるんだから人間じゃねぇよな。みんなは呆れてもいた。
 あの日東条は哀しくて泣いた。泣いて泣いて泣き止んだそのあとに、ゆきの骨を何とか突き止めて、単身北海道までそれを埋葬しに行った。それが生きている東条ができる唯一のことだと思ったから。もちろんプレゼントしたネックレスも一緒に。やり残した青春と埋葬。骨を預ける際には住職にこう答えたという。
「ゆきの……旦那です」
 東条は、粋だ。


14.01.14

設定とかいろいろと甘いのは分かってるんですが!
そこまで憶えてないし掘り下げるほどの話でもないwww
下は一万字超えたのでうーん、アップやばいかなあというところなんですが、このまま載っけてしまいます。


オリジナルバリバリな東条の初恋?と初エチの話にもなりましたね。
あとは幽霊ものなのに怖さがないっていう…

石矢魔メンバーが出せたのはよかったかなあと思ってます
東邦神姫がいい味だしてます


まぁ現代風御伽っていうかね、ほんわかしてもらえればなあって感じです
上でも書きましたが元ネタがこち亀の両さんで書いたものでした。大体筋は一緒です。やってねえけどねえけど!!
あと、オチはここまでしっかりしてませんでした。途中はもっと練ってたと思うけどね、

意外と東条は女の扱いが上手いのかもしんないですね。どう見ても、深海にての男鹿よりも東条のほうがいい男にしか見えません。違う?
恋愛ごとに関しては東条と男鹿は結構違いが出てますね、自分の中では。

男鹿→結構モンモンとしてる
東条→どストレート
でも「こんなことサラッと言わねーだろ!」みたいなことをサラッと言えちゃったりする辺りは似てますかねぇ…

しかし東条ファンの方はどう思うんでしょうね?ちょっと心配というか……ないない設定で遊びすぎました。まああの原作だしスピンオフの小説なんかもあるんだからあんまり気にしないだろうなってことは分かってるんですけどね。パロありありだもんね。


タイトル:
2014/01/14 11:32:56