「静さん、ちょっと話があんねんけど」
 聖石矢魔から同じ大学へと進んだのは、六騎生では二人だった。ほかの四人は私立の大学に行っている。とはいっても同じ大学だからといってクラスも違うし、サークルが一緒のわけでもない。なにより静は家の手伝いがあってサークルなどに力を入れるつもりもなく、出馬は奨学金を受けながらも勉強と部活とアルバイトが必要だったので同じ学校といえど会話をするどころか、顔を合わせることもほとんどなかった。たまにどちらかが見かけることはあったが、それだけのことですれ違いになったときに忙しそうでなければ挨拶くらいはするとしても、それだけの関係だった。本当に出身校が同じで、顔と名前が一致して、それだけのことだ。それ以上のつながりなどないと、少なくとも静は感じていたときに唐突に近づいてきたのは出馬のほう。急に声をかけられた。しかもわざとらしい。話がある、だなんて。
「なぁに、出馬君」
「今度の土曜にでも、時間作ってもらえへん?」
「ゴメンね、家の手伝いで忙しいの」
「ツレないなぁ〜。そこをなんとか」
「私だってブティック行ったりしたいけど、それもできてないくらい」
「なんなら、迎え行くわ。ななみ接骨院やろ?家」
「……………親に相談して、時間作ってもらうからやめて」
 出馬の申し出はとても性急で、断りきれなかった。静は渋々それを承諾することにしたのだった。承諾の返事はしばらくの間、高校で生徒会を引退してから初めて使う出馬への個人メールアドレスへとそっけない言葉で返したのみ。そもそも静としては出馬と特に話すことも、話したい話題もない。互いに忙しいものだと思っていたし、大学に上がってからしばらく経ってそれぞれの交友も深まっているはずなのだ。知っているからと気を遣う必要もなにもないのだ。あとは同窓会かなにかで近況を軽く報告しあうだけで十分だと思っていたというのに。
 もちろん静は別に出馬のことを嫌がっているわけではない。ただ、あまり得意ではないというのが実のところなのだ。それは、高校のときに色恋のうわさが立ったせいもある。あのときは六騎生で生徒会のものということで、周りからでっち上げられてしまったのだ。二人とも「そういう話は受験や就職には邪魔だからやめなさい」とかなんとか言ってむりに収めたのだけれど、なかなか鎮まらず面倒こうむったのだ。あの一件がなければそこまで苦手意識も沸かなかっただろうに。男と女だというだけで面倒な世の中である。とくに、学生時代といったら誰でも彼でもくっつけたがる輩がいてだるい。ついでにいうと出馬はそのときの静の気持ちを知っているから、さらに苦手なのだ。あのときの静は再会したばかりの東条への思いをひそかに募らせていた。これは後から考えると静自身もとても恥ずかしいほどに浮かれていたような気がする。クリスマスの出し物にまで顔を出してしまって。どうかしていた、としか思えない。
 理由はともかくとして、気乗りがしないまま静は出馬が待つ、商店街の入り口にある喫茶店へと向かったのだった。

 出馬はすでにそこで一人座ってコーヒーを飲んで待っていた。湯気が上がるそのコーヒーはまだ淹れたてだということが分かったので静はほっとした。
「お待たせ」
「いいよ。お、今日も別嬪やなぁ静さんは」
 軽口を叩きながら人のことをじっと見つめている出馬の姿からは蛇のような執念を感じることが多々あった。それは静が出馬を訝る一つの理由でもあった。もちろんこんなふうに思っているということを静は誰にも言っていない。そんなに見ていたのか、とかそんなふうに見えていたのか、とか思われるのが嫌だったからである。外は寒かったが中に入ると温かな空気が身を包むのでコートを掛けながら静はココアを頼んだ。マフラーと手袋を外してバッグにしまい込む。安心したように出馬が笑う。乗り気でないのは態度で十分に示したから分かっているのだ。それでもいいといったのは出馬だからホッとしたのだろう。思っていたより気が小さいのかもしれない。そんなふうに思うこともある。出馬のどこから人から自分を遠ざけるような態度が、それを思わせる。そんなことを思うと静はもしかしたら自分はずいぶんとこの出馬という人を気にしていたのだなぁと改めて気付く。不思議な感覚だった。昔を懐かしむかのような。周りからでっち上げられて、一番意識していたのは自分なのかもしれない、などと今さら分かったところでどうにもならないというのに。すぐに淹れられたココアで二人で口ばかりの乾杯をする。上がる湯気が温かな気持ちを呼び起こさせる。
「で、どうしたの。出馬君」
「俺もそろそろ、いっときたい思っててん」
「大学入ってから二年も経つのに?」
「ん〜、静さん短期やって聞いたし。あとから。すると、もう卒業するやん?」
「あれ?知らなかったんだっけ」
「ん、最近人づて、聞いた。そんで慌てた」
「何で?」
「もう会われへんって思って」
「メールも電話も知ってるのに?」
「シカトもできるやろ。顔見ていわなアカンて思ったし」
「はぁ」
「ちょっと外、歩かへん?」
 のらりくらりとかわされている気がする。静は結局どうして呼ばれたのかも分からず、一杯のココアを飲みほしてからすぐ店から出た。温まったと思った体はすぐに体温が奪われるように冷えた外の空気は、身も心も固く閉ざす。はあ、と吐く息は白く、それでも上がりたいという気持ちみたいで何だかそのときの静には滑稽に映った。いつも吐き出す当たり前の吐息が、気持ちひとつでこんなにも違うものに見える。人間というのは不思議な生き物だ。こころというのは捉えられないものだ。
 先に出馬が言ったとおり、静は元々短大生として大学に通っていた。短大でも四年制でも選ぶ学科によっては同じ教室で学ぶこともあるので、実をいうとどちらがなんだというのは見てくれでは分からない。学校によっては棟が違うところもあるし、短大としての学校、四年制のみというのもある。要は大学によってだいぶ違うものなのだそうだ。他の大学の生徒とそんなに交流のあるほうではない静はそんなことも分からなかったので、知った当時は驚いたものだ。静が短大を選んだのは、静が家の仕事で使えそうな資格の類は四年も学校に通わずとも取れるということが調べた結果、分かったからである。働く場所はある。どちらかといえば実績を積むほうが大事と思った親も、もちろん静自身も兄弟が多い関係もあり学業はできるだけ短いほうがよいという結論に辿り着いたというだけのことであった。生きていくための知恵である。そして、何だかんだといいながら親の仕事に誇りを持っている自分はしあわせなのだと感じてもいた。親兄弟と仲が良いことはしあわせだろう。特に、出馬や東条のように身寄りのない彼らには到底できない経験なのだから。
 今年はよくも悪くも平年より寒い寒いとニュースが飽きるほど告げているから、静でなくとも寒さが身に沁みる。あのニュースの寒いです!と叫ぶようにいう女子アナの印象は毎年忌々しい。いわれなくても分かっているわよ、と。それももう見慣れてしまった。まだ年初めに降った雪の残りが陽の光の当たらない冷えた道に僅かに残っている。黒く汚れて人間の汚さみたいに映るのはどうかと思うけれど。
「そういえば、」
 出馬が先導していた足を止めて振り返る。まっすぐに静を見つめて。
「ブティック行くんなら、行っちゃいましょ?」
 細かい話を覚えている、この記憶力のせいでいつも首席トップの成績を収めていられるのだ、と静は思った。思わずはあ、すごいねぇ出馬くんと言ったら首を傾げられた。当然だ、急にいわれて理解できる人なんていない。それを説明するのは面倒なので静はすぐに出馬を追い越して、アーケード内にある行きつけのブティックに向かうことにした。もちろん場所はそう遠くない。もののついでにそんなことをさせてくれる彼のことは、苦手だが嫌いではない。特に好きというわけでもないけれど。
 店の前で立ち止まった出馬はさすがに閉口した。あまりに女の子っぽい店だったためである。これは入るのはためらわれる。近くの店でまたコーヒーでも飲んでるといって背中を向けたときの出馬の背中が痛々しい。ちょっとからかってしまったような気持ちになったが、ちゃんと反応してくれる辺り、東条よりもイジリ甲斐がありそうだとほくそ笑んだのは内緒だ。元生徒会長をイジるのは愉しい。いくら軽口弾ませていても女に免疫がないのもバレバレなのだし。女というのはどこか小悪魔的なものを持っているものだと、時折感じることがあるが今日は殊更である。
 そんなことを考えていたので待たせているのも楽しくなって、なんと図々しくもゆっくりと物色することができた。店に入ることができないくらいでは「パンティ」とかそんな単語いえないだろうなと思いながら少しゆっくり見てもいいかとメールをしたら、どうやらヒマを持て余しているようですぐにメールが返ってきた。「コーヒー飲みながら雑誌読んでます」写メールつき。そういえば実は出馬は高校のときには静以外の誰かとは噂になったことはなかったせいでくっつけられそうになっていたのだが、実際モテていたらしい。何度もコクられてはフっていたらしい話を聞いていた。急に思い出した。その写メールを見たら、そのコはきっとこんなさもない写真が出馬から欲しかったんだろうと複雑な気持ちになった。別にほしくもなんともないと思っている自分がもらえたりするのだ。世の中はある意味では不公平なのだ。数着の服が入った袋を抱えて向かい側にある店に向かったら、写メールで撮った店内と同じ光景が静の目の前に広がっている。当たり前のことだがなんとなく愉快だ。顔を上げた出馬がまたホッとしていた。
「出馬君ってけっこうマメだね、モテるでしょ」
「モテへんよ〜僕は」
「嘘。高校のときコクられてたの知ってる」
「2、3回やって」
「その2、3回でもコクられない男の子のほうが多いんだから、認めなさいって」
「はいはい。でもねぇ別に興味ないコに言い寄られてもしゃ〜ないんよ」
「そりゃぁね。じゃ何?好きな子でもいんの?」
「ん、おるよ。静さん」
「ハイ?」
 お茶しながらサラッとする会話でもないような。それとも聞き違いだったろうか。静は眉を寄せて首を傾げた。頼んだカフェラテを持ってきた女の店員さんが置いていった。それを口にしながらまだ出馬のほうを見た。困った顔をしている。なんでお前が困るのか、それすらよくわからん。静の心の声である。このおかしな間が物語るのは、聞き間違いではなかったという事実ではなかろうか。静は好きと言われたのか。だがそれにはアッサリしすぎていて何とも言い難いし別に何の感情も沸かないのである。店の人を呼んでケーキを頼んだ。ちなみに勝手に二人分。チーズケーキなら甘さ控えめだろうし、出馬は甘味は苦手でもなかったはずだ。記憶違いでなければ。
「静さん、何もなしのつぶてですか…」
 声が沈んでいる。まぁ分からないでもないが。だったら今の静の凪いだままの気持ちを伝えたら、もっと彼は落胆するだろう。
「聞き間違いとか、勘違い、じゃないわよねぇ…?」
「そう、…や。そんなに、信じられんことかなぁ」
「で、私は何のために呼ばれたの?」
「何って、それいうためでしょが」
「ええ?」
 すべての会話が静の疑問符で終結する。急に好きとかいわれても、どうすれっちゅ〜んじゃ。静はよく分からずにいた。何よりこのときの静は冷淡だった。いいたいことがあるんなら早くいえばいいじゃない、そう思っていた。いわれてみてもその気持ちは変わらずにそのままそこにあって、出馬の振り絞った勇気など感じてあげられなかった。急に昔のことを思い出していた。高校時代にくっつけられて迷惑よねぇと出馬にいったとき、出馬はそうやねぇと嫌悪感はない様子であっけらかんといったものだ。それもポーズだったのだろう。気持ちを押し隠して。健気で一途な青年だったというわけだ。思い出したようにケーキが届いて、二人で話もせずパクパクと食べた。そのケーキは美味しい。けれどきっと今の出馬にはこの味は分からないだろう。そのくらい頭の中は焦がれて焼けているはずだ。
「静さん、公園とかのがいいかねぇ?」
「何の話?」
「ちゃんと、僕の気持ちをいうのは」
「う〜〜〜ん、でも……その、出馬君には、悪いんだけど…」
「う、もしかして…東条英虎?」
「何でそこで虎の名前が出てくんのよ。久也よ、久也」
「ハ…?ひさ、や?」
「そう。私ね、三木君と付き合ってるの」
 三木君、と呼んでいたのは過去の話。今は彼氏の久也がいる。違う大学に通ってはいるが、付き合いはうまくいっている。ただ、出馬のショックは計り知れない。まさか、同じ六騎生の久也と付き合っているだなんて、思ってもみなかったといわんばかりに顔色がすっかり変わってしまっている。だが事実を隠す必要はない。いいづらかったのも確かだけれど、付き合ってくれなんていわれた日には断らなければならないのだから、ならば最初に断ってしまうのが最短距離。想いなど温めていても意味がない、そのときに伝えなければ。だって、時機を逃すとこういうふうに苦しむはめになる。それを過去、静は学んだのだ。時機を逃さない人はとても素敵だ。自分や出馬のように悲しまずに済む。


くちびるはいつかきょうをうらぎるだろう


14.01.13


これはねぇ〜、あんまり意味のない話なんですが静が主役の三部作になる予定です
やおいじゃないですが、山もオチも意味もないかもしんない。すいません。。。

宮部みゆきの小暮写真館を読んでいて思いついたものだったりします。書きたいシーンにはまだ到達していないんですが、一応今回の出馬編・彼氏だという三木編・なにかしらありそうな東条編の3つになる予定です。忘れないうち書いてしまいたいなぁ…w

タイトルはひらがなだけにしたくてこれを選びました。なんか言葉としてはキツイ感じなんだけど、ひらがなってやさしい感じ、しません?
だから選んだんですね。ひらがなでキツイって、けっこうエグい感じがするじゃないですか。そういうところも含めて。なんかやぁ〜らしぃ〜〜。


どうでもいいけど、1話で終わる話を書けよって感じがしますね、なんかすいません…
ショートショート系書きたいなぁって思うんだけど、意味不明になっちゃう気がしてビクビクしてんすよ自分
文章へただからなぁ……本を読んで精進してるんだけど、そこまで願ってないからうまくはならんねww

music:ハルウタ・恋愛小説//いきものがかり
title:is
2014/01/13 14:44:35