フェイクゲーム




 最強の名を欲しいままにしていた、最強の男が初めて負けたと聞いた時は、それは動揺しないわけがなかった。まだ力が弱まるような歳でもないし、どうして彼よりも断然強い男がいるんだろうなって誰でも思うに決まっている。それほどに彼は強かったし、それを誰もが認めてくれていた。──くれていた、というよりは、認めるしかないほど普通の生身の人間たちでは彼にはまったく敵わなかったから、それほどに実力の差が開いていた、ということなのだろう。──彼もそれを望んでいたし、周りのものたちもそれを認めていたからどんどんと彼は強く逞しくなって、誰にも寄りかかる必要のない彼という人物がきっと、できてしまったんだろう。それは仕方がないことだと静は思う。自分だけの特別な彼の存在など、彼の性格を把握し尽くしている静は望んでなどいない。本当は望んでいるのかもしれないが、静自身にも願ったことなど分からないくらいに深いふかい胸の奥のおくで、静かにゆったりと育む思いなんて山ほどあるんだろう。だから、ただ一つの言葉でさえも飲み込んでしまうのだ。彼がきっと拒否してしまうだろうから。拒否されてしまえば、静は彼に次から何と言えばよいのか分からなくなってしまう。彼に対して何かを望むことすら眩しいとさえ思っていたにも関わらず、共に過ごす時間が増えれば増えるほど恐れる事象が増えていくなんてどこかおかしいと思うけれど、それは言葉の世界の中だけの話であって、事象としてはただ離れることに対しての虚しさを物語っているというだけのことだ。彼が勝っても負けても、静は彼について何か特別な思いを、今以上の思いを抱くことなんてない。すでに彼は、誰に聞かれたわけでもないけれど、幼馴染以上の何かであると静は感じていたから。でも、彼はそんな思いなんて抱いてくれてないということも静は知っている。だから無謀な思いなんて抱かない。否、抱きたくても、怖くて静は踏み出せずにいる。ビクつくその隠れた姿はその辺の草食動物よりももっともっと弱々しいものだけれど、それを人の誰にでさえも晒さないでいるから強いと思われるのだ。


「俺、負けた……」
 男鹿という、チビの男に。だけどソイツは守るものを思えば思うほどに、人間らしく強くなって、悪魔のように笑ったのだという。静が聞いた話では男鹿は悪魔のように笑う生き物だと。だが、それは瞬時に覆された。負けたことなどどうでもよかった。負けるのは強くなるための布石なのだから恥ずかしいことなんかじゃない。だが、落胆しないはずもなく。遠い目をした東条がそこにいた。守るものがあることは強いことなのだと、守るべきものを捨ててでも強さだけを求めてきた東条は、捨てることをしないで強さだけを手に入れた男鹿辰巳のことが、そう、東条自身も分からないうちに羨ましいと思っていたのだった。そんな気持ちがあったことなど彼自身も知らなかったが。
「虎、大丈夫?」
 あまりに打ちひしがれた表情をしているものだから、静はさすがに心配になった。何より、負け慣れていない彼が負けたのだ。並大抵のショックでは済まないだろう。何とかこんな時だからそこ支えてやりたいと願うのは、当たり前の欲求だろう。幼馴染みとして。それ以上と思っていることを踏まえても。東条は何も答えずに、ただどこかを見つめている。一点を見つめてそれを男鹿にでもなぞらえているのだろう。彼はその程度のことしか考えられない単細胞生物だ。何度か声を掛けたが丸っきり反応がない。
 東条が本当に強いのだということは、静は一番知っていると自負している。昔は彼に守られたこともあるし、そんな彼を怖いと感じたことも実はある。だが、東条は底抜けに明るくて、底抜けにに温かい男なのだった。静の頑なな心などいとも簡単に解けてしまった。そんな彼だからこそ、打たれた時には守ったり支えたりしてあげたいと願うのだ。ぽんぽん、と優しく頭を撫ぜた。何だか子供にするみたいだが、図体は大きいが間違いなく子供なので、この行動はあながち間違ってもいないのではないかと静は感じている。そのまま包むように東条の頭を抱きしめた。本当に母親みたいだ。ぎゅ、と抱きしめると東条が僅かに動く様子が感じられた。逃げるつもりではないらしいが、違和感があったのかもしれない。
「虎、大丈夫。ケンカなんて負けたって。また、勝てばいいじゃない。今までだって、そうしてきたんだし」
 本当は静だって負けて欲しくない。東条自身もそうだが、それを見守る方もまた負け慣れてないのだ。だが、負けて得るものもあることを、東条も静も生きてきた十八年間という中で、確かにあるのだということを知っている。負けることは悪ではなくて、糧になるんだということを。それを、打ちひしがれている東条にいち早く思い出して欲しいと、静は強く願ったのだった。そうしながらも、静もやはり信じられないでいた。虎が負けるなんてことは、天変地異があってもないことのように思えていたから。やはり、彼も人なのだ。人ならば負けることもある。もちろん勝つこともあるし、成功も失敗もいいも悪いも、人だからあることなのだ。そんな今更な当たり前なことばかりを思う。
 思い起こしてみれば、東条だって人間なのだから負けたことがないはずはない。憶えている。いつだったか、小さな時に負けてボロボロになっていた時に静は、最初に彼を見た時に思ったのだ。「負けたのに、負けてないみたい」と。それだけ殺気を漲らせていたのだろうし、昔から虎は虎なのだった。とても懐かしい。その時は、今のように悲しそうな、打ちひしがれた顔なんてしていなかった。だから、今のように静もまた悲しい思いをしなかった。ああ、と気づく。思っていれば感情は伝染するのか、と。今の東条は確かに負けていた。昔とは違う。あの時みたいな噛みつくような眼で恨み言でも言ってくれれば、このやりきれなさは吹き飛ぶというのに。気休めだと分かって吐き出される言葉はとても無意味で、そして滑稽だ。
 雨だ。つ、と水滴が落ちたので、瞬間に静は感じた。え、と声を上げたのは、空は高くて雨ではなかったからではない。濡れるはずない部位だと気づいたからだ。東条に触れている部位が濡れた。上には東条の頭があるはずだ。覗き込むような格好で見た東条の目から涙がこぼれ落ちていた。
 泣いている。
 あの虎が。愕然とした。静は何も言葉が出なかったので、代わりにまた背伸びして届く場所を撫ぜた。どれだけ悔しくて、どれだけ悲しいのか、それはケンカというものに価値を見出せない静には分かり得ないことなので理解はできないけれど、それでも分かってあげたかった。今分かち合わないで、知った風なことなど言えるものかと静は感じたのだった。東条が鼻を啜る。その時にようやく気付いたらしく、あれ、と場違いな声を出して自分の頬に触れて困った顔をした。泣いているのは意思ではなくて、感情の溢れる先がないからなのだろう。それに気づくまでだいぶかかってしまったようだ。東条はおどけていう。
「マジか…。泣いてら、カッコワリィ」
「何よ、気づいてなかったの?バカねぇ」
「バカでも、カッコ悪くてもしゃあねぇな…。静なら、そういってくれんだろ?」
「………まあね。私は、分かってるから」
「じゃ、ついでに甘えさせてもらうか」
「あのねえ…」
 東条は勝手だ。自分の都合で、自分の生活のために動いている。それしかない。だから、相手のことなど考えていないのだ。どう思うか、なんて一つも。東条はそう言って不意に縋るみたいに静の胸に顔をうずめ抱きしめてきた。こんなことをされて、その気がないと分かっているのに、それでも言葉にできないいろいろな思いを抱えている静の胸がときめかないわけはない。分かっているのに。バカだと思うけれど、心はその気になって喜んでしまうのだった。この東条という男、とても無邪気なところが残酷だ。こんなことがあると、もしかしたら、なんてくだらないことを考えてしまうのに。考えたくないのに。静は何も感じたくないと願いながら抱きしめられていた。抱き返すことはなかった。東条の大きな身体が少しだけ震えていた。何だかとても切なかった。静はいつも言いたい言葉を、必死で飲み込み続けた。静の思いなど東条は知らない。
「…誰かのため、ってヤツが、あんなに強さになるなんて俺は思わなかった。捨てたはずなのによ………バカみてえだろ? 負けなきゃ分かんねぇなんて」
「守りたい人、いるの?」
「…ああ。俺だって、願っていいんならな」
 誰のこと?
 聞くにはあまりに重い言葉だった。具体的な名前は今は知らなくても良いのではないか。静は全速で逃げたい気持ちに駆られたけれど、東条の側からは離れたくなかった。そんな特別な相手なんていないだろうことは分かるけれど、しばらく会っていない間に何か心変わりがないとはいえないのだ。少なくとも、昔の東条と違うの少し話しただけで分かった。きっといい仲間に恵まれたのだろう、と静は推察する。



「礼に、何か作ってやろうか」
 もう涙はかけらも見えない。いつもの強い東条としか思えない。そして、奢るといわないところが彼らしい。静は黙って頷いた。何の礼かは、食べてから聞けばいい。その太い腕で器用に野菜を刻んで料理をする。もちろん見た目を裏切らない「男の料理」というやつだ。豪快に切ったキャベツなんかのシャキシャキ感と、ざっくり炒めてよく素材の味を活かしている。もちろん、ただ単に調理法や調味料のことを知らないだけである。彼らしい料理だと思った。静は思わず笑う。さらに、刻んだ野菜で一緒に炒飯を作ってくれた。思っていたよりも味付けはいい。もちろん炒飯に入った具は小さめという、ちゃんと気が利いている。静は微妙な気持ちになった。料理の腕ならば自分よりも東条の方が断然上だ。手先の器用さは静の方が上なのに。無意味に、悔しいようなむず痒いような奇妙な感覚が広がっているのが不思議だった。二人で東条の作った料理を食べるのは不思議な気分だった。そして、嬉しかった。
 食べ終えて一休みしてから、ようやく静は聞いた。今さら聞くのはおかしな質問だが、そんな順番など東条が気にするはずもない。それを分かっているからこそ、どうでもいい顔をして静は聞いたのだ。
「礼って、…何の?」
「救われるんだ。」
 思っていたよりも返事は早かった。ほとんど即答に近い。こんなに素早い回答をする虎を見たのはケンカ以外では初めてかもしれない、そんなどうでもいい日常を感じる。そして、意味がわからない。
「ありがとな。助かった、お前がいてくれて」
 静は何度かその言葉を頭の中で反芻したが、それでも意味が理解できずに口をパクパクさせた。噛み締めると、ちゃんと東条のいった意味を理解できているかどうかは怪しいところではあるが、それを差し置いてたいへんなことをいわれたような気持ちになって、顔に熱が集まってくるのが分かる。そんな何もいえない様子の静を見て、東条はニヤリと笑う。少しだけ悪どい笑み。企んでるわけではなくても、東条はそういう笑い方をする時があった。
「静だから…できんだ。弱いとこも、カッコ悪いとこも全部。」
 彼はいつも言葉が足りなさ過ぎて、言いたいことがいつも伝わらない。だけど分かる。理解できる。静ならば。そんなことは当然なのだ。分かりたいと思っているのだ。誰よりも、静自身が。それに礼をいわれるのは何だかとても恥ずかしい。静は仕方なしに笑った。自分だけがともだち以上幼馴染み以上の何かを求めてしまっていることを必死に隠して。
「あと、」と、どうせ足らない言葉は埋まらないだろうに、東条は続けた。
「静のおっぱい借りちった」
 チラと静の胸元に目をやりながら、でもまったくイヤラシさはなく言う。そうかよ。静はふざけて東条のことを「んもう」と叩いた。気にしない様子で東条は笑っている。
「まぁあれで一週間オカズ要らんし」
「ちょっとちょっと〜。虎、あんたどうしたのよ? まさかの下ネタぁ?」
「む、俺だって普通の男子高生なんだが」
「どー見ても普通ではないけどね」
「なんとでもいえ。さっきのはもうけた」
 どうやら東条は巨乳好きらしい。だから何だ、と静は一人脳内ボケツッコミを行っていた。東条も少しずつ変わっている。きっと、静も変わっていっている。負けも勝ちも、もうどちらでもよかった。乗り越えてゆける。無意味かもしれないけど、そう決まっている。勝手に決めつけているからこそ、そのとおりに物事は動くのだ。もう東条は負けない。静は勝手に決めた。静の心の中で。だけど、きっと東条は負けない。それは、負ける理由がないからだ。


13.12.7
お疲れさま〜
結構前にポチポチやってた虎と静の話
どーでもいいことを書いてたら長くなりましたごめんね。


この二人は、男鹿と葵よりもくっつかないだろうなーと思ってます。まず静さんがモテるし。なかなか…。
三木、出馬あたりはいい感じだw
その辺と絡めても、東条はやきもきしないだろうから、まあ無理じゃね?と
葵ちゃんみたいに押せばいいんだろうけど、虎は押されたら普通に応えそうw
まぁそこはそれ


今回は「信じること」についてうっていましたが、なんか締まらないというか………
書き手が下手くそなだけですごめんなさい

あと、虎にメソメソさせちゃいました
でも女々しくはならなかったんじゃないかと思うんだが…どうです?ドキドキ
や。男泣きでもなくてね。あれっ?て感じなんで。で、最後のおっぱいだし。

最近はおっぱいについて結構考えますよ。
男に生まれついたら嫌いなやつはいねえよな!とか
まあリアルな話ね


今回は珍しく会話させてます
こんなのもありかなーと
そして、会話自体はあんまり意味がないというか。虎だし虎だし虎だし。。

さすがに「俺だってオナニーぐらいするってーの」と言わせるのは自重しました。そこまで言わんでも…www


これ読んで、信じることについてなにか感じられる人はいないと思うけど。もう少し精進しねぇとなー…文章まとまりなくてやばいわ。つうか途中放棄的に投げてあったのが悪い。何書きたかったか忘れちゃったよw

クレームなしでお願いします!!


ちなみに、タイトルは会話から。
フェイクっぽいことばっか言ってない?
って思ったので。違うかなあ、

タイトル…

2013/12/08 14:20:57