※前にも似たような話を書いたと思うが、姫川と葵ちゃん
※いつもよりちょっと辛口です注意!



積み重ねた嘘が身に降りかかっても



「これやるよ」
 高校三年。彼女にとてもよく似合いそうな指輪だった。彼女が付けているところを見たいと思って買ったものだ。金額は幾らだったかな。とりあえず、その辺のサラリーマン三ヶ月分の給料よりははるかに高い代物なのは間違いない。それは素人目に人目見ただけでも分かったのか、目の前の彼女は引きつった表情を見せた。首をブンブンと横に振る。
「何…言ってるのよ、私、そんな、…貰えない」
「じゃ、捨てる」
 ポイっと投げた指輪は弧を描いて校庭の茂みに姿を消した。顔面蒼白になった彼女はそれを探しに行った。いらないと言ったのは自分だろうが、俺はやると言っただけだ。姫川はそんな慌てふためく彼女の「当たり前」な様子に癒されて笑った。いらないものは捨てればいい。姫川には金などどうでもよいのだ。



***

 女は履いて捨てるほど寄ってきた。べつにお前となんちゃらしたいなどと姫川は言ったことはないのに、女はやってくる。それはガキの頃からそうだった。気づいたら女は姫川の上で跨って喘いでいたりする。どうでもいいけどおめぇのマンコ、ユルいんですけど。ふとそんなことに気づく時があって、そういう時は気持ちが萎えるので途中でヤル気を無くす。邪魔な時は弱めのスタンガンで眠らせることもあった。さすがにそれ以降そのバカ女は来なくはなったが、べつのバカ女が来るのでおんなじことだ。それ以来、姫川自身がちゃんと自分の意思をもって相手したくない女からは逃げるようになった。イザコザに巻き込まれても面倒くさい。

 最近のお気に入りは後ろ姿がキレイな締まりのイイバカ女である。髪は少し長めのストレート。清楚に黒っぽいのが肌の白さを際立たせてそそる。顔も悪くはないが、好みではない。イカニモ男受けしそうなデカい口があまり好きになれない。まあそれだけフェラは上手いので遊びの女としては良しとする。この女とやるセックスでは、姫川は必ず彼女に自分のペニスを咥えさせながら、髪や耳朶をゆったりとねぶった。あとは四つん這いにさせてバックから犯した。激しく突いてやると、腰をガクガクいわせながら鳴いて悶える。白い肌は桜が散ったみたいに桃色に色付いて艶やかだ。そういうところだけ気に入っていた。
 ピルを飲んでいることを知っていたので、中出ししたこともある。やっぱりナマでやるのは解放感が違う。他の女でもピルを飲んでいるのがいることは知っていたが、姫川は性病になんてなりたくもないし、そもそも気持ち悪いと思っていたのでその女以外とはナマでしたことはない。そういう部分をそのバカ女が話していたという事実にぶち当たった時、姫川は数ヶ月続いたその縁をバッサリ断ち切った。元より身体だけの関係なのでなんとも思わない。女というのは面倒である。「自分だけは特別なのよ」そんなふうに思っているバカ女に心酔する男がいるかってんだ。呆れてものも言えなかった。
 なぜなら、彼女とやるセックスは、姫川のオナニーと同意だったからだ。それは姫川自身が特によく理解するところである。

 気づいたのは最近のことだ。目を追っていたし、よく彼女のことを思い出すのもわかってはいた。だが、それだけ印象の強い人物なのだと言えばそれまでのことだ。実際に、この辺りで知らぬものはいない女だ。だが、それを自覚したのは他の女を抱きながらだったなんて、本当に姫川らしいと言うかなんなのか。
 そのバカな黒髪女を抱きながら腰を動かす。その時に振り乱す髪や汗が、なぜかとても崇高なものに見えて仕方なかった。だから姫川は少しでもその思いを長引かせたくて、時折腰の動きを緩めた。達してしまっては長く楽しめない。汗で濡れた髪が項にまとわりついている様子はとても色っぽい。ぽつりと浮かんだ汗を舌で舐めとるとしょっぱい味がした。もっと舐めていたい気もした。その意味も込めて、つながったままで後ろから首筋に吸い付くと、女の身体に鳥肌が立つのが見えた。白い肌はとてもきめ細かいので見えやすいのだ。キスマークを見えるところにしてやると、嬌声をあげるバカ女が喜ぶ。そのつもりはなかったが、白に浮かぶ痕がヤラシくて気に入った。制服姿の彼女が、懸命にその痕を隠そうと髪をしきりに気にする様を浮かべながら、再び抽出を始めた。背中にも痕を残してやった。体育の時間の着替えの時に隠すのはどうするつもりなのだろうか。そんなことを思いながら射精した。まだこの時はコンドームを着けていた。急にイッてしまって姫川自身が一番驚いていた。

────俺はずっと、このバカ女を抱きながら、邦枝葵のことを考えていた。────

 それから先、その女は姫川のオナホールに成り下がった。もう別れたが。
 べつの黒髪女を抱きながら、常に邦枝のことを思った。不純かもしれないが、セックスを知った男が恋するなんて、まずスケベなところからだろう。手をつないでデートをして…そんなことは女の夢の中にだけあればいい。そもそも、その流れは最終的にセックスをするための手段なのだということを姫川はよく知っている。矛盾しているかもしれない。そんな些細なことで、贈り物やデートやらで喜ぶ邦枝の姿も見てみたかった。もちろんセックスで悦ぶ邦枝の姿は堪能したいものだが。
 そんなガキの夢みたいな恋など、むしろレンアイとやらが馬鹿らしく思えて仕方がなかった。そもそも嘘っぽい。他人のために、とかそういう世迷いごとが嫌でドラマだって見ない。それなのにこんな気持ちにほだされる自分が、姫川は信じられずにいた。姫川一人の気持ちなど、こうも変わってしまうものなのか。しかも、ただの一人の女のせいで。どこに、それだけ惹かれるところがあるのだろうかと、姫川はべつの女を抱きながら、また、学校でぼんやりケータイを弄りながら、邦枝と話をしながら、色んなところで考えた。信じられない気持ちで一杯だった。本気で、邦枝を自分のものにしたいと思った。特に、邦枝が男鹿相手に恋に落ちてからはつよく。
 自分の気持ちが理解できたとしても、それを素直に表に出せるほど無垢でも器用でもない。そして、それができないほどひねくれてもいた。今まで何人の女と寝てきただろう。だが、一番ほしい女は決して自分のことを見つめても、考えてもくれないだろうことは明白だった。それほどに邦枝葵はまっすぐに男鹿だけを思い、見つめて走っている。その健気な姿はどうしたって姫川には向かない。分かってはいるが醜い嫉妬がムクムクと頭を擡げるのが、バカにしてきたあの女どもや、クソドラマのようで虫酸がはしる。だからといってこんな気持ちをどこにどうやってぶつければよいのかすら分からない。発散の口はセックスと、たまに訪れるケンカの際の拷問の機会にエグいほどに放出されるしかない。
 言葉にならない思いが、こんなに高く激しく募っていくものだなんて生まれて初めて思い知った。思いの丈を邦枝にぶつけてしまいたいと思ったが、それは今まで十八年間生きてきた中のプライドが邪魔をして、思ったように表せないのだった。
 邦枝は確かに万人が見てもいい女だが、気の強いところは嫌がる男は嫌がるだろう。気の小さい男にはもてないタイプだ。なぜなら、そういう男どもは大抵、自尊心が傷つけられるのをとても恐れているし、正論をぶつけられるとそれだけに反発する性質があるからだ。だから男鹿の気が邦枝に向いてしまえば危ないんじゃないかとは思う。男鹿は気の小さい男ではないだけに、恋にもケンカのように意外とオラオラでいくかもしれない。助かるのは、邦枝がそこまで肉食系よろしくガツガツいけない体質だから男鹿みたいなてんで疎いヤツには理解できないであろうところだけである。
 姫川は生まれて初めての感情に頭を悩ませていた。自分の思いなど他の女とのセックスの最中にふと気づいた穢れたものだった。だが、この思いは決して汚れているわけじゃない。思っているから彼女の裸を考えてしまうのは、健全な男子なら当然のことなのだ。それが先行するほど飢えているわけじゃないのに、そっちの方面にばかり頭が働くというのはいかがなものか。もちろんちゃんと恋人として一緒にいたいとも願っている。そんな思いをどう伝えればいいのか分からないでいる。どうしたい? 俺は、邦枝とどうなりたいんだ? 考えた末、姫川は邦枝にプレゼントを渡した。言葉を飾り立てるのはやめだ。どうせカッコイイことを言っても彼女の胸には響かない。なぜなら、邦枝には男鹿しか見えていないからだ。


***


 息を切らせて指輪を見つけてきた邦枝が、怒った表情をして姫川を睨みつけている。いらないと言ったのはお前だ、と言葉を吐かれる前に姫川は先を読んで邦枝にも言った。
「なんでよ、」
「お前がいらねぇんなら、俺だっていらねぇんだよ」
 勿体無い、なんて古臭くて馬鹿くさいことを、姫川相手にちゃっかり言えてしまう邦枝という女が、とても何の穢れもない孤高の生き物のように見えてしまって堪らない。あんなどうしようもない男鹿とかいう一年坊に惚れ込んでる馬鹿女のクセに、と胸の奥で何度呟いたことか。だが、逆にその呟きは己の胸の奥をぐりりと抉るのだった。
「これは、お前に合いそうだって思ったから買った。そのお前がいらねぇってんなら、捨てる」
 右の親指と人差し指で摘まむようにして持った指輪が邦枝の手の中でキラリと冷たく光っていた。それが、どこか寂しく感じた。それを持ってきてどうしようというのか、ムダなことだと姫川は思う。高い金をはたいたからといって、それに喜ぶ人がいなければ何の意味もない。それは身をもって知っている事実だ。この指輪は邦枝のために選んだものだ。その邦枝がいらないと言えば何の意味もないのだった。
「なげわ みてぇ」
 邦枝が身を捩った。姫川が渡した指輪を守るために逃げようとして。いらないと言うならば捨てさせろ、姫川はそう思って言うばかりだ。どうして邦枝は逃げようとする、その気もないくせに。腹が立った。気がないくせに気を持たせるようなことをするんじゃねぇよと。
「俺は、邦枝。お前にその指輪を、はめてほしくて買った。薬指に」
「なんで………そんな」
 邦枝の声は震えている。まさかそんなことを言われるなんて思ってもみなかったのだろう。邦枝の視線は姫川を捉えようと必死に見よう、見ようとしてはいたものの目が泳いでいた。この様子ではまともな考えなどできないだろうと容易に想像がつく。薬指に指輪を付ける、その意味を深く捉えたためだろう。だが、その隙を見逃す道理はない。姫川だって本気で邦枝のことを思っているのだ。それを邦枝自身に知ってほしいと思うのは、決して傲慢だとは思わない。当たり前の感情だろうとしか思えない。目を泳がせ逃げようとする邦枝の肩に軽く指をかけた。これ以上力を込めるときっと、彼女は逃げてしまうからできるだけ力を込めないように気をつけて、そして。
「右手の、薬指で十分だ。邦枝が付けた姿が見てぇ」
 自分が贈ったプレゼントを身に付ける女を見たいと思ったのは生まれて初めてだった。そんなことを口にしてもきっと、今の邦枝では信じてはくれないだろう。姫川はただの金持ち坊ちゃんで遊び人でロクデナシだと思われている、きっと。
 今まで嘘で好きだとか愛してるとか、おざなりなセリフを言ってきた女の姿などこれっぽっちも思い出せない。1ミリくらい思い出してもいいものだろうに。少なくともセックスして気持ちいいと思えた女くらいは。それなのにまったく邦枝以外のべつの女の姿など脳裏にボンヤリとも浮かぶ女はいないのだった。セックスの最中なら幾らでも告げられる薄っぺらい嘘がどれだけの意味を持つのかと思い知った気がした。それを言うたびに真心ってヤツがきっと嘘っぽくなっていくんだ。そんなことを姫川は思った。嘘は言えば言うほどきっと、上塗りになっていくから嘘は無くならない。無くすためにはきっと多大な努力が必要で、そして、それに苦労するんだろう人は。
「右手の薬指に指輪をするってぇのは…恋人がいる、って意味なんだとよ。俺はそんなん、ただの言葉だって思ってる。でも、左よりは、重くねえだろ………?」
 邦枝の目はまだ泳いだままだ。ああもう、この女は! 男鹿もそうだが、邦枝もそうとうにぶいらしい。結局、今まで飾ってきたことはなんだったのか。所詮惚れたほうが負けなのか。ぜんぶバカバカしい。髪を掻き毟るようにしてから再び邦枝に向き直った。もう、ストレートに言うしかない。カッコ悪くったってきっと、その言葉のほうが邦枝葵の胸には届いてくれる。
「邦枝。…俺は、お前が好きだ。男鹿じゃなくて、俺を、選んでほしい」
 邦枝の目が驚きに見開かれる。みじめだったが、仕方ないさ。今まで飾ってついてきた嘘がこんな形で降りかかってきたのかもしれないな、なんて迷信染みた情けないことを姫川は思ったのだった。


13.11.20

お題ったーシリーズ★ラストです。


姫川ネタ書いてしまいましたー!
前に書いたのとたぶん被ってる??
そもそも前に書いたものは、シリーズもの以外は読み返したりしないので忘れています。悪気はないのです、恥ずかしいのです。それだけなのです。


つうかね、久我山に言うより先に、葵ちゃんに告っちゃってるwww
こんな直接的に告る姫川は、これまでもこれからも書く予定が、おおよそ無いのでレア作品かもしんないですw (…どーでもいいか?)


ただ、今回は姫川が恋に落ちるところの描写を大事に書いたつもりです。
同人ものって意外とそういうのがないような気がしてなりません。つーのも、最初から「片思い」設定だったりするんですね。で、どこが好きとかそういうのすっ飛ばしてたりとか。あとはエッチな展開に向かったりとか。
でも実際、恋とかってその過程がよかったりするんですよね。悩んだり迷ったりして。まあエロいの見たい気持ちがはやるんでしょうけど。若い人が見とるわけだから。
まあ、そこはそれ

今回の姫川は結構サイテーで、でも、思いやりがないわけじゃないんじゃないかなぁと思う。
右手の薬指についてのセリフなんかは、絶対に葵ちゃんに気を遣ってるとしか思えないセリフだし。まあ、そこは感じてもらえれば嬉しいなってとこです。

ラストのセリフは、「俺を選べよ」と「選んでほしい」で悩んだものです。
でも、結果を思って、それで願いは込めて心の揺れとか弱さとかを表す意味で、後者を選んだんですけどね…。あんまり姫川っぽくはないんですが、そもそもが姫川っぽくない展開なので、ここは弱気になってもらってもいいかな、って思ったのもあります。
人の言葉って取り消せないだけに、出ちゃうから選ぶんですよね。だから言いたいことも言えなかったりとかして。

うまくお題と絡ませられたのは、ある意味ラストとして相応しいですね。良かったです。
2013/11/20 22:35:58