※毎度、姫川夫妻です
※久我山のバースデー2/9です寒ッ


東京の地平線は凸凹に埋められた



 気だるい午後。食事だけは一緒に摂ることにした。オフィスビル街の中でも一際高いビルの最上階の、値段も最上級のランチを食べる。今日は潮の誕生日だ。こんなことを態々することはないが、たまにはいいだろう。ここのところ顔を合わせることも少ない。極上の洋食を咀嚼しながら竜也が潮を見ると目が合い、潮はにこりと邪気なく微笑んだ。そういえば、最近は女性らしい笑い方をするようになったものだと竜也は思う。きっと自分が、自分の存在が潮を変えたのだろう。そういう意味ではちゃあんと「男としての責任を果たした」と言えるのではないか。一般的には、だが。そんなことを思った。バカらしい。ふ、と竜也は鼻で笑った。
「しかし珍しいな。誕生日なんてえ理由でのこのこ出てくるなんてよ、女みたいになったもんだな」
「ふん、私は生まれたときから女の子だったのだよ。そして、お前に女にしてもらった───というわけだ」
 どうにもその発言は頂けないなぁ、と思いながら竜也は苦笑した。どうにも潮と話すとこいつのペースに持っていかれる。やりづらいところもあるが、それはそれで読めない楽しさがある。金で心を動かすようなバカ女でもないところも、何だかんだ言って気に入っている。昼間だが上等のワインを口へと運ぶ。どうせ今日は形ばかりの会議があるだけだ。アルコールで鈍った頭ぐらいで丁度いいはずだ。
「お前のほうが珍しいだろう。私の誕生日だから、なんて、そんなマメな男だった覚えはないが」
 今日のこの食事会は竜也から誘ったものだ。実際のところ誕生日だ結婚記念日だ何だかんだと理由をつけてあれやこれやするのなんて好きではない。会いたければいつでも会えるし、呼びたい時に呼べるように皆ケータイを持っているのではないか思ってもいる。だから記念日とやらがとてもバカらしいと感じていた。だが、何となく落ちあった神崎らとそんな話になった。結局、高校の時のメンツとはたまに会ったりする。竜也からは連絡などしない。男に興味はないので自分からするはずもない。それに、あいつらよりもっと気の利いた部下たちに常に囲まれている。連絡を取る理由がないのだった。だが、やはり金だけでは動かない彼らといるのは嫌ではないと思うものまた本当なのだった。
「…でも、うれしかった」
 頬杖ついた格好のまま潮は微笑む。竜也はこういう態とらしいイベントごとは嫌いだ。だが、こんなふうに素直に喜んでもらえれば悪い気はしない。またべつのサプライズがあってもいいかとも思う。だが、こんなものにああだこうだと考えるのは性に合わないので多分やることはないだろう。
「俺じゃねえんだけどな。前の……石矢魔のバカどもが、嫁にこうしてみろ、ああしてみろって五月蝿くてよ」
「それでもいいさ。…しかし、そうか。そうなのか…!」
 急に声が弾んだ潮を訝しんで、竜也は彼女を見た。頬を赤らめてニヤついている。なにかを企んでいる兆候だ、あまりよい雲行きではないと言える。襟を正して向かうべきだと思い、一度態とらしく咳払いをしてから潮に向き直る。そんな竜也の態度など潮には関係なかった。寄ってきてそのまま凭れるように身体をくっつけた。甘えているみたいに。
「私は、ずっと、姫川竜也の嫁で…いいか?」
 意外な言葉だった。そもそも疑問形で話す意味が分からない。竜也は混乱していた。なんとかしたくて窓の外を眺めた。展望台のようなガラス張りの高いところから見る光景は格別だった。そして寒空は青く冷たい。寒さは彼らの肌まで届くことはない温かな空間で、隣に座る女の体温がほんのりと竜也の半身に寄り添う。不思議と波打ったこころが落ち着いてゆく。
「…ほかに、いいのがいねえし」
 竜也の手が緩く潮の頭から、長めの毛先を梳いて、やがて肩を抱く。華奢な身体が僅かに動く。あまりこうして触れられるのに慣れていないのだ。竜也の視線はそのまま広い景色へと注がれていて、くっきり見える眼下には所狭しと建物たちが並びに並んでいる。とてもじゃないがすべてが人工としか思えない。計算し尽くされたこの世界は居心地はいいかもしれないが、楽しみも意外性もあったもんじゃない。ナチュラルという言葉はこの世界の何処にも無いのではないかと思うほど、造られたもので彩られる世界の中で、竜也は一つだけ自然に近いなにかを信じてみたい気持ちになっていた。
「お前は俺が姫川財閥の息子だったから嫁いできたわけじゃねぇだろ?」
「愚問だな。お前が貧乏人でも、私はきっとお前を選ぶ」
 ifなんてバカらしいと思っていたし、今でも思っている。もしも、ほど馬鹿げたことはない。無意味だと分かっている。それでも考えてしまうのは、あり得ないことを想定して己の身を守るためだ。だが、それをサラリと考えもせずに言ってのけられる潮の単純な強さは、とてもいとおしい。
「俺は、そういう金に靡かねぇとこがイイと思ってんだ」
 そうか、と小さく返事しながら潮が竜也の首に手を回してきた。周りに人が何人かはいるけど、まあいいか。どうせこんなところでランチを食う奴らなどロクなものじゃないのは分かっている。竜也は潮の好きなようにさせておいて、体温と景色を同時に楽しんだ。こんな寒空の午後も悪くない。


13.11.20

ちょっと失敗したかなー?
潮バースデーの話
つうか、姫川夫妻がまた始まりましたよ……おくさん

※念のため。このシリーズの姫川は基本、リーゼントだってしんじてる。
(風呂上がりとかHシーンとかは知らんw


本当は姫川夫妻とベビーっていうのを書こうと思ってました。
しかもニガテな会話文で。まあショートショートだよね
でも説明描写もちょいと入れたし、次にしときます…


姫川に甘い言葉を言わせようとしたけど、あんまり似合わないのでやめときました。まあ代わりに久我山さんが言ってくれますので…


◆ちょとズルセコ解説◆
久我山は「嫁って話が出たことにも喜びを隠せなかった」んだって思う
それが「嫁でいいか?」の言葉に滲ませたかったけど………できてないよね、ゴメン

つうか、こんな夫婦がいたら、シアワセすぎるだろ!とか「ありえねえ!」とか思いながらポチポチやってます

タイトル:触媒ハンター
2013/11/20 10:38:30