※多分やさぐれてる
※下記タイトルの上の続き?
※暗い


それは限りなく優しいに近かった
────神崎 一 SIDE────




 携帯が鳴ることはない。理由は簡単、壊れているからだ。もう誰にも連絡は取れない。すべてを捨てて北へきた。北には知る者はいなかった。どうして人は逃げる時に北に向かうのだろうかと、ドラマなんかを見て思っていたが、実際に逃げてみると解る。北なら見つからないような気がするのだ。どうしてなのかは分からない、寒いからかもしれない。でも、そんな風に思わせる何かがある。北という言葉の魔力だと言えよう。彼の過去も、育った環境もすべて。誰も知り得ない。だが、愕然とした。身分証明書というものが必要なことに。そういえば家から出たことなどなかった。どうすればいいのか分からない。新幹線と、田舎の電車を適当に乗り継いできたものの、どうすればよいか分からない。ホテル暮らしなど彼の持ち金だけでは数日の命だろう。彼は溜息を吐き出すしかなかった。だが、ただの一日目、とりあえずボロそうなビジネスホテルに入ることにした。泊まる時の名前はもちろん偽名にしておいた。佐々木。男の一人客。こんなところで足がつくのはバカバカしい。



 彼が気がつくと、早くも三ヶ月の年月が過ぎていた。母の旧姓を咄嗟に名乗ってから、ようやく聞き慣れた名前になった頃。寒い季節が訪れようとしていて、周りの人たちは南からきた彼にやさしく防寒着について教えてくれた。聞いてもいないのにそんなことを教えてくれる、彼の仲間たちは寒いところに住むくせにとてもやさしくて、彼は、元いた場所がとても恋しくなって、住み込みの寮の一部屋の中でただ一人で泣きたくなった。寒いのも手伝って、心は温まっても思いが冷えたままの夜もあるんだと生まれて初めて感じた。一人でひっそりと枕を濡らしたのが三十路すぎの独身男ですよだなんて、かっこ悪すぎて笑えない。仕方がないから気が向いたら自分で自分のことを、そのうち一人で笑ってやろうと彼は静かに思った。
 必死で見つけた仕事は、あの大地震のお陰で見つかった。ガレキを片付けたり、被災地で作業をする仕事であれば寝場所には事欠かない。そもそも彼は家業以外の仕事をしたことがなかったので、相場の金額や手当などについてまったく分からなかった。ただ、生きていくために稼ぐだけだ。真面目に仕事をこなしていく、それだけの体力も持っている彼のことを社長さんはそれなりに評価していた。もちろんお金でそれに応えてやることができるほど単価のいい仕事ではなかったから、その代わりに寮を当てがってやることにしたのだったが。
 週6で働いたのちに訪れる、焦がれる休みの日に彼は今年の冬の寒さに耐えるため、コートを買いに行くことにした。教えられてからだいぶ時間が経っていた。ここのところ温暖化と騒がれるだけあって、北も思っていたより夏が長い。彼の初めての夏はそんな印象で終わっていた。働いたし、とても汗をかいた。ふとカレンダーを見たら、家から飛び出してからもう半年近くなっていた。紅葉が赤く色づいて、それすらもほとんど地面に散って人によって踏まれていた。踏まれた色づきを見て彼はどうでもよい過去を思い出す。どこまで過去ばかり見ているのだろうと思えば、何だか情けない気持ちにもなる。だが、人の記憶というのはそんなに簡単に消すことなどできないのだろう。彼は作業着屋さんの前で自嘲気味に嗤った。自分から捨てた過去のために何を思うっていうんだ…。
 どうでもよい過去は、いつまでの記憶の中では小さな子供のままの姪の姿だった。散った紅葉の葉を踏み潰しながら、彼の姪は「散ったら終わりじゃん」と言ったのを思い出す。その行動に意味なんてない。ただ、姪はそう言ったのだ。そして、彼は「キレイじゃねーか」とまだ木に残る葉だけを見て答えた。どこかちぐはぐだと思うけれど仕方ない。散ったら終わる、その葉を見て姪のことを思う。どうすべきだったのか。どう接してくるべきだったのか。過去の何十年という思いが、はらはらと散ってゆく紅葉のように儚く終わってゆく。彼の思いと、姪の思いはまったく違うものだった。それが、彼にとってどうすればよいのか分からない要因である。過去にこだわってそんなことばかりグダグダと考えながら買い物をしていたら、存外時間がかかってしまった。折角の休みと言っても彼女の一人もいないので、ヒマと言えばヒマだった。いつしか日々に追われて好きなビデオゲームすら忘れていた。ぴゅうぴゅうと吹く風に吹かれながら、はたと気づく。買ってきたばかりのこれを着てみれば温まるだろうと。道の途中で座り込んで袋をガサゴソやるヒゲ面の男の姿は周りから見たらあまりよいものではないだろう。だが、周りからどう見られても構わない。値札をライターで焼き切ってから買ってきたばかりのダウンに腕を通す。ふわふわした感触の中で、彼は安堵の中にある不安を感じていた。この半年ほど安心した日はなかった。いつも、いつも残してきた姪のことを思った。あの日、彼を組み敷いて身体だけじゃなくて内部までをもきっと犯そうとしていたに違いない。姪の独占欲はそのぐらいに強いのは確かだったから。彼はダウンのファスナーを胸元まで上げると溜息を洩らした。あの日から彼は溜息ばかり吐いている。理由は彼自身にも分からない。
「神崎さん!」
 少し離れた場所で、聞きなれない、けれど懐かしい名を叫ぶ野太い声が聞こえた。彼は顔を上げて辺りを見回した。すぐにわかった。無駄にデカイ図体は、彼の金魚のフンのようについて回るあの男だ。こんなところにいるはずのない男の姿が、確かにそこにあった。見間違えるはずのない二つの三つ編みが逆光のシルエットになって紅葉の木の中で眩しく浮かぶ。どうせお下げなら日本的な美女にしてくれよと彼は頭を抱えたかった。彼をここまで忠犬のように探し続けてきたのは実にその男らしいとしか言いようがない。ひたすらに彼のことを探して探して、探し回った末の今なのだろう。けれど、
「何言ってやがる、てめえ。俺は、荒巻さんです!」
 もう呼ばれ慣れた母の旧姓。死んだ母の旧姓。名前を捨てることに抵抗がなかったわけじゃないから、半端にその名を選んだのだろうと思う。だが、捨てる覚悟があったからその名を思い浮かべられたのかもしれなかった。凛と立つその懐かしい男は無表情のまま彼のことをまっすぐに見つめ返していた。強い視線は最後に会った時とまるで遜色なくて、まるで今までの時間が何だったのかと思うほどに彼は、焦がれるほどに思った過去を思わずにはいられなかった。今が辛いわけじゃないはずなのに。いい人たちに囲まれて彼は決して不幸なわけでもないはずなのに。
「神崎さん…、探しましたよ」
 城山は彼に、神崎にツカツカと早足で寄ってくるなり抱き締めるみたいに掴んで、そして強引に神崎が歩き慣れた道を歩いていく。いつも通い慣れた道が引きずられるように後ろに流れていく。それだけで、見慣れない風景のようだった。従順な犬であるはずの城山もきっと「荒巻さん」の言うことなど聞かないのだ。そう心の中で神崎は言い聞かせて何だか可笑しくなった。
 途端、フワリと体が浮いた。月面? とか意味の分からない単語が神崎の脳内を駆け巡ったが、すぐに城山が神崎の体をひょいと担いだのだと分かった。前だったなら神崎はふざけんなと騒いで蹴って飛び下りたろうが、今の神崎にはそんな気力もなく、ただ過ぎゆくいつもと違う光景を、人がいるのに担がれる自分って何なんだと半ば自嘲気味に感じつつ、ぼんやりと見ていた。おおよそ、周りからは病人かケガ人に見えることだろう。逃げる場所ならいくらでもあるが、ここまで追ってきた男からわざわざ逃げてやるほど悪いことをしたつもりもない。ナニがあって失踪したかなんてすぐにでも姪が泣きながらにでも騒いでいるだろうから、城山はあえて口にしていないが分かっているはずだ。いつもそう、城山はそういう男だ。分かっていても強いることもない。ただひたすらに待つ男。まるで犬のようだといつも思う。だからこそ感じる。神崎さんは知らんけど、荒巻さんに犬はいらないのだと。きっとそれも分かって城山はこうして神崎の体をどこかへ運んでいる。通い慣れたここ半年間の近所の道が、高く後ろ歩きに遠ざかってゆく。それは、なぜか言葉にしがたい胸がざわつくような気持ちがした。



「お疲れ様でございます。神崎さんのお世話になった方々にはさっき、挨拶は済ませてあります」
 現場に戻ると、いつもと顔色の違う面々が昼メシのカップ麺やらコンビニ弁当やらをつついていた。神崎と城山が姿を見せた途端、空気が瞬時に凍りついた。あ、全部分かっちまったのかコイツら。いつぞやの懐かしいほどに独りになってく空気に神崎は居心地の悪さすら覚えた。おずおずと顔を上げる社長さんが給料袋を城山に渡すものだから、神崎は慌てて背中を蹴って彼の背中から飛び下りた。すべて勝手すぎると思った。だから、だから兄貴が飛び出したのだろう、と生まれて初めて感じた。少なくとも、この半年間、満たされない何かはあったけれど、こんな形で終わりにして欲しくなかった。ひったくるように城山から給料袋を奪って、それを社長さんに突っ返す。
「社長さん!俺を、ここに置いてくれねぇんすか」
 恐ろしいものを見る目で彼は、頷くでも首を振るでもなく、神崎から遠ざかろうと後ずさった。何も言われないことは、どうしてこんなにも哀しくて、虚しいのだろう。
「社長さん!俺は、俺は……クビっすか」
 神崎は封筒をぶつけるみたいに強引に彼に握らせた。声は消え入りそうだ。こんな目をする男が、確かに普通だなんて誰も思っていなかった。だが、誰も「理由」なんて聞くつもりもなかった。もう、あの地震のせいで疲れていたし、理由なんて聞き飽きるほど聞いていたからである。面倒なことからはすべて目を背けて人員を確保してきたのも確かだった。だが、まさか。そう思うに決まっている。社長は今度もうんともすんとも言わず、ただ怯えた目をした小動物のようだった。問いには肯定したいが、死は望んでいないのだと目だけで物語る。視線を逸らしながらも意思を伝えようとするだなんて、ある意味ではとても器用なことだ。神崎だけが肉食獣のように熱を発してそこに在る。
「俺が………、俺の家が、ヤクザだからか…!そうかよ」
 神崎は社長から手を離して、その目の前で深々と頭を下げた。バレればいられなくなるのは分かっていた。だが、こんな形だなんて思ってもみなかった。
「迷惑、かけました…。給料はいりません。俺は、今日中に出ます。すいませんっした」
 後ろを向いた途端に城山の遥か上方の顔面に踵を入れた。何年ぶりだろう、体は使っていたせいで訛ってはいないようだった。城山はいつものタフさでキッチリと神崎の蹴りを、頂きながら受け止めた。何も言わなかった。ただ冷え切った空気だけがその場を支配していた。これが、これこそが神崎組の空気だと神崎は思い出していた。二人はすぐにその場から離れた。荒巻さんはどこか塵へと消えてしまった。
 神崎の逃亡生活は半年ほどで幕を閉じたのだった。

 二人で戻った神崎の借りていた寮の一室で二人は黙ったまま座った。荷物をまとめなければならない。そんな気も起きずに神崎は深い溜息を吐き出す。それはそうだ、いずれ誰かが迎えに来るとは分かっていても、やっぱり早いと思うのだ。それだけに落胆するのだ。そして、社長さんらの態度。結局、組のものは組で生きるしかないのだろうかと感じる。分かっていたけれど、見せつけられるのは辛い。重い口を開いたのは城山だった。
「みんな心配してますよ。特に、」
「二葉、…だろ」
 アッサリとその名を告げた神崎の潔さはどこか不気味だった。城山は、はいと小さく返す。神崎が重い腰を上げてようやく片付けを始める。とはいっても荷物なんてほとんどない。着の身着のまま飛び出したのだから当然だ。金も微々たるものしか持って行っていないからものなど増えるはずもない。生活用品とはいってもどこか味気ない。生活感のないこの部屋が神崎の部屋なのだとは城山は信じられなかった。
「アイツ、元気なのか?」
 城山は神崎が考えるように事のあらましなど聞いていた。組の人間のごく一部だけが知り得る話だった。事故と呼ぶには自己が強すぎるよ、といつもの軽口で夏目は疲れたように笑っていた。二葉の強行というべきか凶行というべきか、あの逆レイプと呼ぶにはあまりに哀しくて、穢れのない出来事は内々で揉み消した。もちろん消えたなどと誰も信じてはいないが、少なくとも表上は話題にも上らないほどの時間は経った。その間に神崎はきっと変わったのだろう。姪の二葉から逃げるだけでなく、ちゃんと心配している。城山はそれだけで救われた思いだった。
「二葉さんは…、とても悲しんでおられます。今日も、ここに来ると言って聞きませんでした。ですが、止めました。謝ると仰っておられましたが、帰ってからでもいいでしょうと、何とか諭しました」
「うちの姪、泣かしたろ」
「……はい、そうです」
「………」
 何も言えるはずがなかった。もっともっと泣かせ続けてきたのは神崎の方だ。どんな顔をして再会すればよいのか見当もつかない。そもそも、二度と会うことなどないつもりで家を飛び出したのだ。神崎家の敷居を跨ぐつもりはなく出て行ったというのに。よくよく考えてみれば誰に会うにもこればかり思わなければならないのだ。気が重くて仕方がない。本当に城山は迷惑な忠犬である。でも神崎は、そうは思いながらこの忠犬さも、迷惑さも嫌ではなかった。ただ、もっと器用に生きれないのかと思うだけだ。
「俺は、どんなツラしてりゃいいんだ……?」
 何も言わずに手土産のヨーグルッチを神崎の傍らに置いて、城山は動きを神崎の代わりに部屋のものを片付け始める。生活臭はあるけれど生活感のないこの部屋は寂しすぎる。散らばったゴミを要らぬ袋に詰めて捨てる準備をする。神崎は動こうとしなくなったが、この部屋ももう見納めなのだ。約半年とはいえど、複雑な思いで出て行った先に見つけた場所だけに、神崎だけにしか分かり得ない思いがたくさん詰まっているだろう。後始末は城山の役目だと思って黙っておく。クシャクシャに置かれた、さっき買ってきたばかりのダウンをハリガネでできた簡素なハンガーにかける。襖は穴があいているし、すきま風はとても寒さを凌げるようなものではない。温かい家に戻れることがここまで喜ばしくないことだなんて、誰が想像するだろう。
「なぁ城山、さすがに……怖ぇな。どのツラ下げて、兄貴と二葉に会えばいいんだ俺ァ」
 城山からの答えがないだろうことは分かっていた。だが、城山から落ちる影の動きが止まったことに違和感を覚え、神崎はノロノロと顔を上げた。城山は驚きに目を見開いたまま、固まったように動きを止めていた。何に驚いているのか分からない。当たり前のことというか、そういうことを聞かれるのがそんなに意外だったのだろうか。神崎は城山を睨みつけて「はあ?」とバカにするように言う。それに呼応して城山が瞬きを何度かすると、肩を落としながら片付けを再開した。
「怖い、だなんて。神崎さん…、しばらく会わないうちに別の人になってしまったみたいで、」
 そこで言葉は止まった。何気ない言葉の中の単語を拾って、この男は。神崎は眉を寄せて大きく溜息を吐き出した。コイツは俺のことをどんな魔物かどでも思ってるのかよ。だが、神崎組の力がなけれはただの人だし、三十そこそこでは社会的にも甘ちゃんなのだ。それは組の外に出たことがないのならば尚更だ。そんなことも分からないほど城山は世間知らずではないはずだ。
「……大体、知ってんだろうが。ナニがあったとか、よう」
「話は………聞きました。貴方は、咎められる立場ではありませんよ、神崎さん」
「じゃあ、何か? 二葉がどうにかなるってぇのか。俺が悪くねぇってなりゃ、アイツに向くんじゃねぇのか?」
 今まで湧き上がる感情などなかったのに、急激に生まれた感情の波に神崎は声を荒げた。こんなところで騒いだって何の意味もないし、解決するわけでもない。家に帰らなくて済むわけでもないし、痛くも痒くもない。分かっているだけに、とてもくだらない。城山は静かに首を振った。
「そんなこと、できるわけないでしょう」
 相変わらず二葉を擁護する神崎組の世界はそのままのようだ。きっと二葉はその中で今でもワガママ放題に、だがそのワガママに染まり切らなかった神崎の帰りを待って、そこにいるのだろう。誰にも咎められることもなく、ある意味では独りだ、と神崎は二葉のことを不憫に感じた。恵まれることが時に孤独を生むのは、姫川の存在を見てもよく解る。それに気づけるのはきっと近しいものだけなんだろう。当人が気づいてやれない代わりに。
「二葉、か……」
 薄汚れた窓の外の明るい空を見た。こんな日に似つかわない晴れた空だった。やがて雪が降る。
 片付けを終えてから二人で帰路に着いた。さよならの挨拶すらできなかった。もっと好ましい終わりを見たかったが、境遇を思えば仕方がないのだろう。新幹線に揺られながらヨーグルッチを二人で飲んだ。美味いのにこの時だけは味気なかった。その間も新幹線は、二葉も待つ神崎の家へスピードを上げてゆく。



***


 結論から言う。壊れてしまったものはあるけれど、完璧に破壊し尽くされたわけではなかった。銀行の神崎一の口座にはあの時突っ返してきたはずの給料が振り込まれていて、それに慌てて電話をしたら社長さんはごめんな、と本当に申し訳なさそうに謝った。嘘をついていた神崎も悪いのだと謝って、電話の前でペコペコやるその姿が実に滑稽で側に立つ夏目に笑わる羽目になった。
 神崎の部屋は出て行った時とほとんど変わらず、若干散らばるものはどうやら黙って入り込んだ二葉の私物らしかった。布団はぐしゃぐしゃなままだが、二葉が泊まりにきていたとみるべきだろう。さすがに温もりは残っていないが。
 で、その二葉はというと…、彼女もまた当然苦しんでいたのだった。だが、それだけに誰よりも神崎の帰りを喜んで、困ったものだがその場でしっかりと抱きついた。夏目が困ったように笑って「愛されてるね、神崎君」などと言ったのだった。神崎としては、どう接するべきか分からず困るばかりなのだが、それを分かっていてわざという夏目は何という野郎だと思うのだが、なかなか言葉が出てこないものだった。結局、泣いてごめんなさいをされてしまえば元より怒っていたわけじゃないのだ、さらに困ってしまうばかりの神崎であった。困った顔で城山と夏目を見たが、彼らも困った顔をして返しただけだった。
 誰からも深くを追求されることもなかった。不気味なくらい静かにみんなが神崎を迎えてくれた。きっと、そうでないと二葉がたいへんなご立腹をなさるのだろう。神崎組は、本当は二葉組なのかもしれない、と思ったが黙ってることにした。みんな分かってて言わないだけだろうし、言っても仕方ないことだ。

 その夜、うとうとしているところに二葉がきた。「はじめ、」と震える声で呼ぶものだから神崎が幽霊ものかと思って飛び起きてしまった。二葉だった。毛布を被りながらきた。こっちの冬も寒い。北に比べれは雪の降るような寒さではないにしろ。
「……二葉」
 襖は開けてあるが、入ってこいというまで入らないつもりらしい。二葉はもじもじした様子で立ち止まっている。今さらしおらしい態度をとってどうするんだと思うが、それは口にしない方が身のためだろう。神崎は少し考えてから声をかけた。
「一緒に寝んのか」
「うん!」
 すぐに隣にきた。潜り込んできた。二葉はガキの頃と何も変わっていない。ガキのまんまただデカくなっただけだ。一緒に寝るのは間違ってるのかもしれない。だが、神崎にとってはあのことだけが信じられない悪夢で、今や昔のことは思い出なのだった。ひっついてくるのも変わらない。今日ぐらいはいいか、そんなふうに思えるのだった。それだけに、あの半年間は何だったのだろうかと思う。こうして元の鞘に収まってしまった今となっては、あの時は無駄だったのかと思ってしまう。
「なぁ、一」
「…ん?」
「えっちしない?」
「………しねえよ。」


13.11.12

リクエストはあったけど書くつもりのなかった「まさかの!」二葉×一の未来編でした。まぁ未来編っつーか神崎編なんだけどさ。

思った以上に筆の進みが早くて、かなり長くはなったのですが書き上がるのが早かったです。ちょっとびっくり。
しかも、オチてないんですね。全然どうなるの?ってとこで終わっちゃってる。これは最低ですね〜。でもこの続きはまじでないと思う。

最近は深海にてを書いてたので、女が肉食っていう立場が逆な感じが嬉しいです。つーか神崎君だとどうしても攻められん男になるのですけどね。


神崎君のなかではいろいろとあったんだけども、そんなのはまったく無意味で、当人の意思なんか関係なく時はすぎるし、周りは変わったようでいて変わってなかったりするんですね。
まぁそんな気持ちで書いてました。本人の思いとか行動とかが変わっても、周りはまったく変わらなかったり。また、逆だったりすることもあるんだろうな…とかそんなことばっかり考えてました。そんなくだらないことばっかり考えて、このオチない話を書いてたんです。
ちゃんとしようね、さとうさん。おいどん。

2013/11/12 22:13:21