深海にて8

心はここにあって、体もここにある。じゃあ、何が足りないのだろうか。
足りないものが分からないから、探すこともできないし、集めることもできない。努力することも、向き合うこともできない。
どうすればいいか分からずに時を止めて、言葉にならない思いだけがそこに溜まってゆく。
溜まってゆく思いは気づかぬうちに、深海に沈んでゆく。
上がってくるのは気泡だけ。消えゆくのはすべて。すべてが澱んでゆく。深みに澱む。
見えないその奥で。



***


 ゆうら、ゆうら。
 その日、ぼォーっとした男鹿が揺れている。体育座りして揺れている。その傍らには古市がおり、真面目な顔をして正座をしている。男鹿は揺れたまま。
「何なのお前」
 さっきもかけた言葉をわざと古市は男鹿にいう。男鹿はまだ揺れている。
 男鹿はビックリしていた。あの時、泣きそうになりながら聞いてきた邦枝に対して、何も答えることができなかった。咄嗟に言葉が出てこない。自分も好きだと返すべきだったのではないか。邦枝のほしがる言葉などとても分かりやすいのに。それでも口が開かなかった。頭ではわかっているのに、どうしてだろう。嫌いなわけではないのに。では、自分はほんとうに邦枝のことを好きだと思っているのだろうか。そういう疑問にぶち当たる。そもそも、恋人になった時点でそれを考えるべきなのに、いちゃつくことが先行していた。これではただのキモ市貴之ではないか。ちら、と古市を見たら目があった。
「見ると腐る」
「〜〜〜!何なのお前??」
 男鹿のモヤモヤした想いとは別に、口から出た言葉がそれではさすがの古市でもツッコミきれない。ただ、幼なじみとして分かるのは、今までにない何かしらの悩みを抱えている男鹿がそこにいることだった。それが異性ののとであって、間違いなく邦枝葵その人のことであるのは、古市のエロくてどうでもいい感が確かに告げていた。
「邦枝先輩のことか」
 男鹿の顔色が変わった。色恋で悩む男鹿を初めて見た古市は、実に愉快だった。いつも力では負けていた。口では知将と呼ばれるに相応しく勝っていたが。目も泳ぐように揺らいでいる。彼らの間に何があったのか、詳細を口下手な男鹿が話してくれるとは思えなかった。古市は男鹿から聞き出すのを避けて、ある程度の少ない情報を聞き出してから己の考えをまとめることに決めた。こういう時は短くて分かりやすい言葉で質問をするのが必要だ。
「ケンカでもしたのか」
「…してない」
「うーん、じゃあ……なんだ、ええと…お前、スキとかアイシテルとか言ってやってんの?」
「………………」
 ビンゴ、黙った。古市と男鹿は何とも気まずそうに目があった。そしてまだ男鹿はわざとらしく揺れている。ガキの頃からか感情を表すのが苦手な男鹿のことを、古市はよくわかっている。分かりやすい言葉などをそう簡単に口にできるような男ではないことを知っていたが、わざと言ってやる。こういう時でもないと、いつもの仕返しなどできる時がないのだ。
「何だ、邦枝先輩を不安がらせてんのか。だめだろ、ちゃんと言ってやんなきゃわかんないだろうが。不安なんだよ女の人は。女心のことなら、俺に聞けば分かるぜ」
 何でだよ。男鹿はそう思う頭すら働かなかった。はあ、とため息を吐き出す。どうしてあの時、必要なことを必要な時に言ってやれないんだろう。少なくとも、邦枝は分かりづらい女ではないはずだ。男鹿にでさえ何が必要かを伝えている。男鹿も邦枝もバカがつくほど単純なのに、どうしてこうも伝わらない。そう思うと、男鹿は自分の思いが分からなくなるのだった。いつもほしがるのは自分。だが、心をほしいと言うのはいつも邦枝なのだった。よく聞く話だ。心と身体はバラバラだなんて陳腐なセリフで、陳腐な分け方だと男鹿でさえも思う。
「……俺、あれかも」
「何だ、生理か?」
「茶化すな」
 ギラリと鋭く睨まれて、軽口叩いた古市は瞬時に黙る。もう一度、切なげに大きなため息をひとつ吐いてからようやく男鹿は口を開いた。こんな弱気な男鹿を見たことは古市ですら初めてのことだ。男鹿の黒く長い前髪が僅かに揺れる。
「俺、最低かも」



***



 早乙女とヒルダはその日、二人でどうしてか放課後の教室で黒板に向かって何かを書きながら話をしていた。これではまるで、ごく普通に補習を受ける女生徒とヤンキー先生の光景である。こんなことがあるのだろうかと思うが、流れる気は禍々しいほどにおどろおどろしい雰囲気をまとっていて、それだけに並の人間ではその教室に近寄ることさえ具合が悪くなりそうな有様である。ヒルダはここ二日ほど人間界を留守にしていた。その間はベルぜバブ4世は男鹿に預けておいて、その父親である現魔王に謁見していたのだという。ヨルダからはさんざんバカにされたようなことを言われ姉妹喧嘩激しく、見える顔などにも多少の切り傷などが残った負傷姿での学校復帰となったのだが男鹿すらそれを気にする素振りもなく、つつがなく授業は終わっていった。元よりヒルダ自身も治し忘れた甘い傷だ。早乙女に言われるまですっかり記憶になかった。
「魔界に戻ったのは他でもない。男鹿と、その周りの配下どもの、特に邦枝の魔力の急激な上昇について伺うために戻ったのだ」
「ほう…。で? 何か分かったのかぁ?」
「まぁ急くな。私としては坊っちゃまが成長して下さるのは嬉しいことだ。だが、媒体である男鹿の身体がそれについて行かなくなれば、また坊っちゃまも無力に帰す可能性もある。私としても親の成長と合わせた意味で調べる必要があると思ったのだ。一度、その旨を魔王様に報告がてら謁見に赴いた」
「そりゃそうだわな。人間界じゃあ媒体──つまりは男鹿の体──を通さねえとベル坊のやつァ無力だかんな。そんな中で男鹿がくたばっちまったら元も子もねぇ…そりゃ嬢ちゃんが心配になるってモンだ」
「うむ、スペルマスターはさすがに話が早い…。それで私は魔王様に謁見したのだ。ここからは回想シーンでいこうと思うのだが」
「ちょ、待て! 俺に解説させた意味は何なんだよ?!」
 まるで渡鬼よろしく早乙女が真面目に教師らしく解説を終えたところで、ヒルダと魔王の謁見シーンへどうぞ。

「お久しぶりでございます……魔王様」
 相変わらず魔王は人間界から見ると古めのテレビゲームにご執心である。とはいってもラミアや焔王経由で届いたPSPなどのゲーム機に変わっていた。どうやら息子と通信対戦を何かの合間に行うのが近頃のハマりらしい。いつ見ても無邪気なところが魔王様らしいと呆れつつも、誇らしくヒルダは常々感じている。片膝を立てて深く頭を垂れると、遥か上方から低く迫力のある声とゲームの音が部屋の中を木霊した。ゲーム音は迫力を半減させるのだったが。
「相変わらずヒルダは可愛いなぁ〜。あ、死んだ奥さんには黙っててね。ところで何か用?」
「はい。実は4世様のことでございます。その親代わりの人間や配下が、急に魔力の強まりを感じております。この事象について伺いたく──」
「えー。ワシ、ゲームとか、あとエッチな話とかしか、したくないんだよねー」
 相変わらず、ゲーマーで下ネタなスケベ魔王であった。とりあえず話のとっかかりを何とか掴みたいと願ったヒルダは、ゲーム関係はさすがに難しいと感じた。ヒルダ自身ゲームには興味がないので分からないし、クソニートの逃げ場だと思っていたからである。それならばと思いつくままに男鹿と邦枝の話を、若干大げさに伝えることにした。つまりは、魔力を持つ二人の人間同士の乳繰り合いについて、だ。そうすると魔王は、
「ヒルダ。魔力と人間について、ワシ、知りたくなったから調べてきてくんない?」
 はげしく、食いついた。
 そして、ついでのようにヒルダの胸を指でナゾって乳首を探るように人差し指でクルクルと円を描く。それをやめさせるようにヒルダは冷たい眼差しをしながらそのイタズラな手首を、力を込めてひっ掴む。魔王は怒りもしない。この程度の戯れなど奥方様が見ていなければ朝飯前。何より分かっている。魔王の原動力は娯楽への飽くなき探究心なのだということをヒルダは。
「分かりました。必要な情報を調べてからまた人間界へ戻ります」
「早めによろしくー。あと、もしモロ感な魔力とか使えるようになるんならマジ、ワシに試させてくんない?」

 それからヒルダは黙ったまま背を向けて魔界の大きな図書館へ向かい、魔力についての書籍を丸一日をかけて読み漁った。だが、そのどれにも人間と魔力についてのことが書かれていなかった。研究所にも足を運んだが、魔力と人間と人間界についての分野はこれから開拓するものであって、文献などもほぼないとのこと。思ったような成果もなく疲れた様子でヒルダは戻ってきたのだった。

「何だ……結局魔王にセクハラ受けたってだけの話じゃねーか。なんなら俺にも触らせ」
「思うところ、あの暗黒武闘とやらとの関係を、私は否定はできんと思う。男鹿にしろ邦枝にしろ、今までにあり得んことを具現化してきたのだ。試してみる必要はあるのではないかと思うのだが、貴様はどう思う?」
 残念ながら早乙女がヒルダのバストを服の上からであっても触れることは叶わなかったし、相手にもされなかったが人間でも魔物でもあってそうでない彼らの変遷には早乙女としても興味が尽きなかった。ヒルダの言葉に乗ることして深く頷く。
 恋人同士の二人には悪いかもしれないが、彼らの意思とは関係なく物事が動くということもあり得る。人が関わるということは、好きや嫌いだけでは測りきれない何かに変わっていく可能性もあるということだ。思惑は人と人とのつながりを強くも弱くもして、時に別の何かに変えてしまうことすらあり得る。若い二人にはまだ知る由もないし、知らせる必要はないと思った。だが、二人の能力は魔界も、人間界をも揺るがす可能性がなくもない。今この時を生きる誰がそんな危険性について考えるのか。きっとそんな人間も、魔物も生きることに忙しくて、浅はかなのだ。気づけるはずもない。


13.11.10

またエチがないです。
今回は男鹿の葛藤です。多分、そうとうに珍しいグズグズする男鹿です。
(まぁ男鹿受けとかも見るので、女々しい男鹿って同人ではそんなに珍しくないんだろーけど?)
ちょっと男鹿で引っ張りすぎかなぁ…?ゴメンね。
Wセクハラが、しかも葵ちゃんが出てないのにありましたけどねw


一応、魔力とかお父さんスイッチとか、あの辺りでは原作と絡めていくつもりでこの深海にては書いていきます
まぁ硬い話はもう少し我慢しててね
(24巻のお陰で思いついたのもあるなー)

原作あっての同人だとも思ってるんだけど、ギャグマンガでもあるからある程度の壊れは許されるのかなー??


いっちばん!最初は、まぁ分かりやすくエッチなことをする男鹿と葵ちゃんのシリーズのつもりでした
まぁあとの展開にも関わるので、男鹿は主役らしくイロイロやらせて頂くつもりははなっからありましたけどね、、

そこに、男鹿の男心と葵ちゃんの女心を書くのと、その二人のエッチなことに踏み出す姿を書くことに何か分からんうちにせっせしてしまいました
そうしていたら、結構皆様方からお言葉頂けてきたので、「えっ、こういうの、他のサイトさんにないの?」とか思うわけです。あるって信じてた…


ちなみに、今回のヒルダと早乙女と魔王の辺りはかなり冒険してますね
でも書いてて結構楽しかったw
割とギャグなんだけど、真面目なんです。よくわかんないでしょ?そこが面白いなぁってwww
今回は男鹿以外のキャラはそこそこ上手く書けたと思ってます。自負マンw
ただ、そろそろ男鹿が悩む姿はあんまり見たくなくなってきました…。
次こそ新展開…っ!!!

2013/11/10 14:20:13