深海にて7


 早乙女が侍女悪魔のヒルダの所に向かったのは、最近の魔力のあまりの強まりのせいだった。急激すぎるので何かあったのではないかと勘繰ったのだつたが、ヒルダは特に何をも示さない。早乙女は眉根を寄せて考え込んでいる。悪魔たちがまた何かを企んでいるのかと思ったのだが、そういうことでもない。もちろんヒルダは人間の親を持った魔王の側の立場なので、知らされてはいない可能性はあるが、それでもヒルダは頭がいい。気づかないはずもなかった。ならば、どうして魔力の強まりが急激に行われているのか? 魔力の元を辿るしか理由は分からないだろうという結論に行き着く。禍々しいほどに強い魔力はどうしてか石矢魔に蔓延っているようだ。その理由を探るべく、ヒルダを引き連れ早乙女が向かった先は学校の校内だった。早乙女がため息をつく。参った。こんなことなら調べる方が馬鹿馬鹿しい。魔力は男鹿と魔王の赤ん坊から無尽蔵に近いほどに溢れ出ていたのだった。ヒルダはそれを良しとして、ベルぜバブ4世を抱き締めて喜んだ。
「そうか!坊っちゃまが!!素晴らしい!!!」
「んあ?何の話だよ」
 その二人の隣に邦枝がちょこんと座っている。表情は何とも言えず曇っている。そんな様子の早乙女が目敏く見つけて近づく。
「嬢ちゃん、オメーも魔力が上がったんじゃねぇか?しかも……かなり急速に。ん?」
 くんくんとニオイを嗅ぐような仕草をしながらそんなことを言うので、邦枝は恥ずかしくなって逃げようと身をよじった。早乙女が教師だなんてとても信じられない。ニヤリ、と目が合って笑う。まるで、何もかもを見透かしているみたいに。
「あと………熱い。ナニしてたんだ、オメーらはよ」
 やっぱり見通している。邦枝の肌から上がる熱気は瞬時には隠しきれなかったようだ。早乙女のエロ目を見て邦枝はゾワリと鳥肌が立って仕方なかった。思いっきり目を逸らす。早乙女が気にしないことなど分かっているが、邦枝自身が嫌だったのだ。その後は、早乙女が勝手に雑談をして、その場はお開きになった。最後に早乙女から聞かれた言葉はなぜか邦枝の胸に重い。
「嬢ちゃん。身体は、…心は、大丈夫か?」
 どうしてそんなことを聞くのか。知りたいけれど、知りたくないと願った。人の思いはいつの世でも勝手なものだ。



 邦枝は最近、「コレ!」といった深い話ではないのだけれど、悩んでいた。だらだらと。ぼんやりと。ぬるま湯の中でポカポカしながらも「熱湯も悪くねぇなー」みたいな半端な気持ちで。そんなことでは相談もできないので、まったく解決の糸口も見つからない。
 ここのところ、男鹿が積極的になってきてくれたのはとても嬉しい。直接的な言葉はもらえていないが、男鹿が自分を見る時の視線は、まさに熱視線と言われるそれだと感じる。そのくらい視線だけで、焼け焦げてしまいそうに感じる。何かと二人になりたがってるのも分かるし、触れたがってくれているのも分かる。それはとても嬉しいのだけれど、好いてくれているのだと感じるのだけれど、やっぱり言葉がないせいかもしれない。どこか心が不満を訴えている。触れ合ってる時はそんなことは忘れてしまうのだけど、男鹿はいつも途中で身体を離してしまう。こんなことを考えていることを知られたくないと思いながらも、伝えたくて仕方がないのだった。
 男鹿と一緒にいる時のことは、ポーッとしてしまっていて、実はきっちりとは覚えていられない。忘れたくないけれど、自分の姿はきっと恥ずかしいものだから忘れたい部分の方が多いのかもしれず、だから忘れてしまうのかもしれないなどと勝手に理由づけた。何でも理由がないと納得できない性分は、まさに一刀斎に似たものだと自分自身で感じてしまう。可愛げがないので似なくてもいいところで似てしまった印象である。
 もう一つ、気になることがある。男鹿と触れ合っている時は確かにすばらしい時だと思うけれど、高校生的にまずいのではないか? そもそも、エッチの経験はまだないが、それにつながる行為はしょっちゅうしている。いつしてしまってもおかしくはない。男鹿は途中でやめてしまうけれど、それは邦枝も感じている気持ちと同じものならばいいのだけれど…。どう考えても、男鹿はそれがしたいのが前面に出てきた。彼自身は一番分かっているだろうが、とにかく二人きりになればいちゃつきたがる。男鹿がこんな風にベタベタする人物だとは意外だったとしか言いようがない。もちろん邦枝の立場としてはベタベタするのは嬉しいのだが、それだけになっているような気がして不安だった。
 いろんなことを考えた結果、結局は分かり易い言葉がほしいだけなのだという結論に達した。だが、これを誰にどう伝えればいいんだろう? 男鹿に? 何と言えば伝わるんだろうか? まだ心配なのだ。自分ばかりが男鹿を好きなんじゃないかと。自信が持てなくて。


「魔力?」
 邦枝の心の揺れをよそに、男鹿はその日ヒルダと夫婦のようにベル坊をあやしながら一緒に帰った。その後ろ姿を見て、いくら「彼女」というレッテルを貰ったからとはいえ、心中穏やかでなどいられない邦枝をさておいて辿り着いた家で、二人は話をする。
「うむ。早乙女に言われるまで、私もヤキが回ったものだな、まったく気づかなかった。まぁ、貴様や坊っちゃまの近くにいすぎるから、日々の変化には疎いだけなのかもしれんが。ただ、言われてみれば驚くほど貴様から溢れる魔力は上がっておるのだ。何か特別なことをしているのか? ああ、あと…邦枝もそうだ。二人で何かしているのではないか?」
「特別な……………って」
 二人でしていることと言えば、ヤラシイことばかりだった。男鹿は堪らずヒルダから目を背けて赤面を隠した。語尾まで声が出ないほどに、思えば思うほど勝手に気まずい思いをする。しかし、魔力云々とあれは関係ないだろう。口に出すわけにはいかなかった。そんな様子の男鹿を見てヒルダは「ふむ」と言って己のアゴを撫ぜた。何だかんだ魔王だケンカだと言っても、結局は彼はただの男子高校生で、しかも普通の高校生よりも幼い。実に分かり易い態度につい、からかいかくなってしまう。
「どうせ毎度のように乳繰り合っておるのだろう?」
「その言い方……やめねぇか…。大体、俺と、邦枝は付き合ってんだからよ、別に……いいだろが」
「悪い、とは一言も言っておらんぞ?私は、な」
 そんな話をしながらヒルダもまた疑問を持っていた。恋人同士がイチャつくだけのことで、魔力が上がるはずはない。何か別な理由があるのだろうと勘繰って。調べる必要がある。そう思ったので話を切り上げて退散した。最近の男鹿は、残念なほど色ボケである。実はここ数日呆れながら見ていたのだ。男鹿の姉の美咲はあくまで優しく、「そんな時期もあるわよ。あの子だって」などと言った。魔王の親らしいと言えば、そうなのかもしれないけれど。



 別なある日。また邦枝と男鹿は二人きりになる機会があった。どうしてか分からないが、前に早乙女とヒルダが来た時のことが頭に浮かぶ。キスすると、唇から痺れて蕩けてしまいそうだった。そんな脳内が、嫌ではない邦枝自身にはさすがに呆れてしまう。自分で分かっていながらも、呆れてしまってはどうしようもないだろうと思うばかりだ。だからといって自分自身でわかっている話、誰にその思いを愚痴ることができようか。傍らで眠るベル坊の姿を目の脇に映して、気持ちを強く持つ。言いたいことは言わなければならない。そういえば、最近ベル坊はよく寝ている。むしろ、寝てばかりいる。気のせいだろうか。
「男鹿っ…。き、…て…」
 口づけをしながら男鹿は胸に手をやる。服の上からなのに、声が洩れてしまいそうなほど邦枝は感じていた。ひりつくほどに気持ちいい感覚。男鹿は何も言わない。ふくらみに頬ずりをする。だんだん男鹿はやらしくなってきているような気がする。だが、それに比例して邦枝だってきっと同じことなのだ。そこは責められない。でも、言わなければならないことがある。そう気づいたから黙ってはいられない。男鹿の頭を押し退けるつもりだったが、その力もなかなか出ず、何がしたいのかわからない。髪をいじって悦に入っているみたいにも見えるかもしれないし、誘ってるかのように見えるかもしれない。でも、今はそんなつもりではない。
「男鹿、……きいて!」
 ようやく男鹿は顔を離して、邦枝の顔を見た。目が合うと恥ずかしさは倍増した。男鹿も興奮しているのが、その顔色からも分かる。目の色も爛々と燃えているように見えたが、すぐにその炎は消えたかもしれない。服を正しながら邦枝は身体を起こした。とても身体が熱い。もっと気持ち良くなりたいと、身体は叫んでいると思う。でも、
「男鹿。私、は、…貴方のこと、が、…好き。でも……私、男鹿の、…その、…そういう、気持ち……聞いて、ない………!」
 言葉はつっかえつっかえで、意味をなさないものだったかもしれない。あまりにも拙くて、邦枝自身の思いを伝えられたかは分からない。でもきっと、口下手で感情を表すのが苦手な彼は汲んでくれる。そう信じて。

 男鹿は、ただ、ぼんやりとした表情で、そのまま時が止まったみたいに無言だった。好きも嫌いも、何も伝わらない。そんな印象を受けた。ただ、そこには互いの発する熱だけがあった。

 やがて、ベル坊が泣き出した。何かを暗示するみたいに。意味なんて分からない。そもそも、何かを思うことに意味なんて必要ないはずだ。何かを思うことは、何かを思わないことでもあるし、イエスでもありノーでもあるのだから。そう、簡単に言うと、人の気持ちはどこまでいっても自由なのだった。空気などぶち破って泣き出せる赤子の存在を、邦枝はその時ほど羨ましいと思ったことはない。それだけ、壊したくても壊せないものが、きっとあるのだ。
「男鹿……」
 どうしても、下の名前で呼べずにいる。好きというだけでは越えられない壁があるのだと感じる。貴方が好き。もう一度心の中だけで、ひっそりと唱えた。でも、言葉にはならなかった。あとは、なし崩しに子どもをあやす時間に追われた。


13.11.06

お疲れ様です!!
まったくエチがないです。当初に戻ったようです。そして、後戻りしたんじゃね?的な、残念な感じ???
(私的には、残念じゃないです。


冒頭で、「これ深海にてだってーの、間違いなんじゃね?」というところから、わざと始めてます
急に、早乙女先生とヒルダを出したという暴挙。つまりは、展開を開こうかなって話ですw
しかも、急に「魔力」がどうのという、急に原作に沿った話になってます

あ、ちなみにこれ、今まであっためてた、…ネタですから!


エッチなことがなくてガッカリしている方がいらっしゃったら申し訳ないです。そのうちまた始まりますので、よろしくお願いします!!!
2013/11/06 23:43:11