恋をしたのは初めてじゃない。
 けれど、ここまで好きだと思ったし、好きでいたいと願ったのは、生まれて始めてのことだったから、彼は、必死に自分の素性を恨んだり悩んだりした。もしも、もしも…自分が普通の、単に普通の男だったのなら。きっとそれがどれほど幸せだったのだろう。そして、こうして、彼女と別れを惜しむ必要なんてなかったのかもしれないというのに。彼は、そう思っては言葉にせず悔やんだ。ただ、彼女を思った。そして、頭を下げた。それは、今この状況でしている、別れ話について、である。とても、悪いと思っているし、そして、それに抗えない自分をも、彼は悔やんでもいた。本当に好きなら、親に決められたことなんて捨てて来てくれるでしょう? そう言われてしまったら、彼女になんと言い訳をしたらいいのか。そもそも言い訳をする予定もなく、そんなものなど思い浮かぶはずもないのだから、だったら潔く己のことを認めるしかないよななんて、都合のいいことを何度も何度も脳に焼き付けるようにしながら願った。思った、のではなく、ただ、願ったのだった。



 彼の名は神崎一という。彼は、やのつく家の息子だ。もう将来は決まっている。家を継ぐのだ。それは、名前からは期待を裏切るが、長男が家を出てしまったために、次男である彼が継がなければならなくなってしまい、そして、彼自身強さにはとても興味があった。長男はケンカとか男らしさには興味のない生き方を選んだ。反面、彼は長男をあざ笑うかのようにただひたすらに、男らしさや強さを望んだ。彼女が現れるまでは。
 なぜなら、彼女はそればかりをよしとしなかったからだ。だからこそ、彼は彼女に興味を持ったのだし、それはある意味必然といえるのだろう。けれど、こうなってしまっては、彼と彼女はきっと、



 彼女は目を閉じた。
 本当は知っていた。彼の素性など。
 けれど、彼の口から聞きたいと思っていた。彼は迷っていて、まだ口にしようとしない。愛の言葉を口にしても、なお。どうしたいというのか。彼のことが信じられなくなっていく己が、彼女は怖かった。彼のことを思いながら、それでも信じられないなどと思う自分自身がとても。目を閉じているはずなのに、彼の顔が脳裏に浮かんでいるらしい。まるで近くにいるみたいに浮かんだ。彼の声を、聞きたいとここまで思った夜はない。でも、彼は電話の一つも鳴らしてはくれない。彼の将来のために、私は邪魔なのだろうかと思ってしまう。考えてしまう。閉じた目からは熱い涙がじわりじわりと彼女を追い詰めるように彼女の脳内を冒した。何か恨みでもあるのかと問い詰めたかったが、誰に問い詰めればよいかまったく分からないし、そもそも気のせい相手に問い詰めるバカは社会ではきっと生きていけない。ただ、やりきれない気持ちで彼からの連絡に溜息を吐いて彼女はパタンと携帯を閉じた。涙はいつの間にか滲んでいたことすらも忘れていた。
 泣いたあとは疲れたらしくいつの間にか眠っていたようだ。聞き慣れた彼からの特別な着信音のせいで、起こされた。相手が誰だとしても、寝起きはあまりよくないのだ。贔屓はない、と思いながら彼女は電話に出る。低く唸るような彼の声が、願っていても聞けるはずもないだろう言葉を、少し長めの時間をかけて紡いだ。彼女の嬉しそうな声が辺りを明るく照らす。そういうところが、きっと、彼も。



 家業を棄てる。
 彼は言い放った。顔に、体に、痣ができてもよかった。父親が悲しげに笑った。だが、言葉は優しい。
「…もう、そういう時代でも、ないのかもな……」
 あまりに、悲しい。
 彼は、そのことを言うべきか言わないべきか、とても悩んだ。だが、棄てると言い切ったのだ。何を悩む必要があるか、と彼は強い意思をもって、そして彼女に電話をしたのだ。愛と、家はたまたま自分にしてみれば、相反するものだったのだということを。彼女は、きっと喜んで受け入れてくれるだろう、そう信じて。


131014
テーマ曲はなぜか、ding-dong

神崎君と、ヤクザなことを知らない彼女

チャラチャラーっと、15分くらいでうちましたw鬼か

タイトル決まらんのでアップはあとになりますが、神崎君はどうしてもやくざに違和感あるらしい設定大好きなネギです……それじゃだめじゃん

まぁ、深い意味はないんですが、結婚するなら自分の家を大事にするか、それとも相手の家を立てるか…今時の話ではないような気もしますがそんな思いで綴りました。

2013/10/14 23:52:20