夜も深まった午前一時。君に電話をかける。
まだ携帯なんて便利な物が今ほどは普及してない頃の話。

前から、
「今日は夜中に電話するから」
と言っておいてあった。
だって今日は特別な日だから。

数日前からテレビやラジオのニュースで大騒ぎしていた、アレが今日見られるという。
生きているうちに、一度は見ておきたい……
流星群。

何年に一度といわれていたのか、そんなことは忘れてしまったけれど、やっぱり見てみたいと思う。
できれば、君と一緒に。
それが無理だと分かったので、…しかたない。電話で我慢することにした。

理由はいろいろある。明日学校だとか、住んでる場所が離れてるだとか。
ちょっとした距離が、遠い。
近いようで遠い。

そんなわけで真夜中の電話は、今までにない緊張感のようなモノがあった。…緊張する必要はないのだけど。
だって、親も公認の真夜中の電話だ。流星群は滅多に見られない、ということで母も無条件降伏。父は放任主義者。我が家は平和だ。

真夜中の2時頃から、流星群が頻繁見られるということを、夕方のニュースでチェック済みだ。それまでの時間が待ち遠しい。
30分前だけど、電話のボタンをプッシュする。話に花が咲いて、流星群を見るのを忘れてはならないから、とかなんとか適当な理由を付けると、傍らに座る母はなにも口出ししてこなかった。
会話はなんてことない普通の会話で、やはり話題はこれから見る星のこと。どことなく薄曇りな空模様が気にかかったが、きっと見れるだろう、と根拠のない確信だけ抱いて、互いの近況報告を済ます。
穏やかに流れ往く時間は、下流ではなく上流の流れ。
緩やかなる流れだと安心しきっていたが、どうやら相手の時間を遅く感じさせるかのようなマジックにかかっていたらしい。気付いた時には、来たるべき時間は目前に迫っていた。
そこで、
「そろそろだし外出よう」
と提案し、冷たい冬の空気に身を晒す。
真冬ではなかった。まだ初冬。初冬といえども、丑三つ時の寒さは本物だ。厚着をしてきたが、室内の温かさに慣れた身体はその急激な温度差に一瞬、身を縮める。吐く息は白く、温かいものは自分のそのコートに覆われた身体だけ。

「星、見える〜?」
「見えるよー」
天の味方。
天が味方。
先ほどまでの薄雲は流れていったようだ。これならば安心して流れ来る星を目に焼き付けられよう。
しかし、なかなか流れて来ない流星群に焦れったさを感じた時は、会話を始める。
会話の内容はなんだっていいのだ。夜遅いとテンションが違うから、そのテンションだけで盛り上がることもできる。
自分は楽しいことを言えるようなタイプではないけれど、夜空に背中押されて軽い笑い話に蕾をつけることだって、たまにはできる。

夜空に輝く星には、人の心を豊かにさせる「なにか」があるのだろう。その「なにか」がどんなものであるかは分からないけど、きっと笑顔広がるような、誰にとっても「いい」と思えるような、そんな思いやりの感じられるものなんだろうと思う。
人の心には、必ずそれがある。

「あっ、流れた!」
最初はこっち。
「えっ?!」
会話は、途切れる。
こんな沈黙は、嫌いじゃない。
同じ時間を共有しているかのような、ゆらゆらと流れる沈黙は、悪いものではない。
「あっ、今見えたよー」
…少しの時間差は、僅かながら距離を感じずにはいられない。
こちらが早い時もあれば、遅い時もある。
でも星は流れている。時には連続で、時には何分もの時を経て。

星の流れ終える直前の軌跡は、生命のはかなさを我々に告げている。
このメッセージを、言葉ではなく感覚で、未来へと紡ぐことはなによりも大事な人としての指名だ。
はかないものを奪ってはならない、と星は我々に語っているように見える。
軌跡が消えると、何事もなかったかのような暗闇が辺りを覆う。
大きな星。
小さな星。
それぞれ輝きながら地面を照らしているが、流れ落ち往く輝きには敵わない。
消えゆく光は、最期の時に備え、眩いばかりの生を我々に見せる。

何度も立て続けに流れた流星を見て、思わず寒さも忘れてはしゃぐ。しかし、楽しい時は過ぎ行くものだ。
星の光を、雲が隠した。
星は流れている。
雲もまた、緩やかな風に身を任せ、闇夜の中を流れている。
空のすべてが薄雲に覆われたわけではないが、闇は先ほどよりだいぶ濃い。
濃い闇は、届かぬ距離を想わせる。

我々は残酷かもしれない。失くすものを見て、それを「美」などと形容する。
死体は美しい、というネクロフィリアの感覚と、どう違うというのだろう。

気付くと、時は午前三時を回る頃。
暗く淀んだ空を見上げ、
「おやすみ」
をいって電話を切る。初めて、自分がずっと独りでここに佇んでいたのだということに気付く。
冷たい空気には、あまりに寂しい挨拶のように感じる。
ただの挨拶なのに。
闇は生き物の心、揺り動かす。

(2006.01.28)






☆星って、実はすごく過去のものを現在見てるわけで、ソレってすごくロマンチックで素敵なコトだなァと思う。
そして、刺すような寒い空気が、物悲しくも美しくもある事は、一生解けない謎のようで、凄く心奪われる事実の様に思う。
(2006.2.14)

追記
空を見るのが今でも好きです。
星空を見ながら語りたいねって言った人がいたんだけど、なんかキモくてダメでお断りしました。きもいんですもん。会ったこともないやつ。
でもこういう思い出もあるので、☆を見るデートはなんか憧れるなあ。(2014.10.2)



2006/01/28 12:35:29