性欲に悶々とする姫川と
嫁になりたい久我山の話


限りなく純情に近いもの



 許嫁と呼ばれるその女が、まさか幼馴染の、しかも、仲間であって、さらには、ずっと男だと信じて疑わなかった久我山潮だと知って、痛いくらいの衝撃を、姫川がガツーンと受けて、数年経ってからまた、久我山と組んでビジネスという名のなんちゃらをすることになった。もちろん、姫川も久我山も有り余った手持ちの金で遊ぶ程度のビジネスだ。回りの誰もが羨む話ではあろうが、少なからずリスクは抱えていることは姫川であっても、久我山であっても変わりはしないことはお忘れなく。下々の皆様方よりも、そのリスクなるものが少ないというだけで。
 トントン拍子に決まった結婚は、気づけばもう「嫌だ」というにはあまりに生きていく上でリスクが大きすぎた。実際にイヤだと駄々をこねたところでどうなったか、なんてわからないけれど。とりあえず、知らない仲でもない久我山と姫川は何とかかんとか二人きりになれと言わんばかりの勢いで見合いの席でもない、飲みの席でいつの間にやら、けれど、わざとらしいほどにバタバタと二人きりにさせられてしまった。タバコの煙を、上を向いて吐き出しながら姫川はため息混じりにいうしかない。そもそも、目の前にいるこの久我山について「女だ」という思いすらはなっからないのだ。そして、そう思う状況を作ってきたのは久我山自身であったことは明白で、それについて罪の意識など微塵もない。隠してきた久我山サイドに非があってこそすれ、姫川には何もないはずだと信じて疑わない。
 許嫁が決まってしまってからというもの、さすがの姫川といえども大っぴらに「こいつセフレ」などといいにくくなってしまった。そして、大々的に姫川財閥のホームページやら何やらを含むイロイロで、姫川竜也は婚約いたしました〜…なる発表があったために、これまでチヤホヤとベタついてきていた女どもが何故だろう、こんな時に逃げるみたいに離れて行ってしまうのは。姫川自身は一言も、何をもいってもいないというこの時に。気づけばポツンと一人きりで、寄って来るのは許嫁になっていた久我山だけになっていたけれど、久我山を「彼女」とかそんなふうに心の中だけでも呼べるようになるまでにまだまだ時間がかかるだろうな、と姫川は思った。だって、今この時でも、久我山は「久我山」のままなのだし、女ですらないと思っていたから。もちろん、許嫁だなんてくだらない話は近々踏み潰してやろうかとも。
 だが、それをさせない何かが、久我山にはあったのだ。
 それがな何であるのかは、やはり、久我山の言葉のせいかもしれない。などと姫川は後になってから感じるのだが、当時はただただ、押されっぱなしだっただけだ。
 キスをするだなんて、目をつむるより簡単なことだと思っていたのに、どうしてか久我山に責められると、とにかく言葉にならないほどにタジタジになってしまう姫川自身が、自分でもとてもおかしかった。久我山が求めてきたキスは子供のそれだったのに。そんなことは飲み会で、それこそふざけて男同士であってもできてしまうような代物であるはずなのに。せつなげに細められた、女のその目は、姫川の知っている久我山のものでは、あまりになかったから、どうしていいか分からず恥ずかしさだけが募って何もできなくなってしまったのだ。その感情を「好きだ」とか「愛なんだよ」とか「惚れてるだけだろ」なんて簡単な言葉で片付けられるのは分かっていたから、姫川は決して言葉にはしなかったけれど。そんな言葉で片付けられるほどに単純な想いなんかじゃない。確かに嫌いではないはずだ。だが、男だと思っていたソイツが女で、しかも許嫁で、さらには愛の告白なんてしてくるようなヤツで。それを「じゃ結婚しよう」などと受け容れられるほど人間デキていないのだ。嫌いじゃないけど、ラブかどうかはまた別だろうという話で。
 だから姫川は、婚約祝いなどというものに対して素直に喜べなかった。女に変貌していく久我山を見て、とても複雑な気持ちだった。少なくとも、姫川は当時、裏切られたと思ったのだ。それなのに、周りは何だよ!と思ってしまうのだ。そんな中、姫川と久我山という二大財閥の婚約では誰もが手を出せないと思ってか、今まで姫川をチヤホヤしてきた女どももなりを潜めてしまった。困ったのは姫川だった。女が周りにいないという状況は、中学以前よりあり得ないことだったので、まだ性欲盛んな股間はどうすべきかと悩む羽目になってしまった。これもまた、生まれてはじめてのことだったので姫川はボンヤリと性の目覚めはどんなことだったのかと想いを巡らせてみた。可愛いと思ったクラスメイトとか、女教師辺りのことを思っていたら、悶々とした気持ちになっていて気づいたら股間を触っていた…とかそんなとかそんなところだったろうか。姫川の記憶にはそんなものは一切残っていなかったが、かつて想いを寄せた彼女らの顔を思い浮かべることはできた。子供らしいとは言えずとも、それなりに純粋な気持ちで女を想ったことも過去にはあったのだ。それを思うと、とても懐かしい気持ちになって、何と無く素直になれるのではないか、などとよく分からないことを思った。
 さて、困ったことに昔のよき思い出を思い出したところで、「ヤリたい」という欲は抜けないのだった。姫川は小さく溜息をついた。そういえば、と彼は思い出す。高校の時に聞かれた問いの答えはなかなか傑作だった。そして、人間的にダメだろう、というものであったのだが。
「姫川くんって、どんなコが好みなの?」
「…んー、フェラが上手いオンナかな」
 どこで練習してきたのか、確かにフェラが上手かったそんな女がいた。どうしてそんなことを言うのかとも言わず、彼女は姫川のペニスを口に含んで舌先でチロチロとやりながら、手を使って、唇でくるむようにして、それはヘタに寝るよりもよっぽどヨかった。彼女はあまり美人ではなかったが、多分、それだけのことでずぅっと姫川のオンナの一人として彼女の隣に君臨していたはずだ。まぁ、数いる女のうちの一人ではあったのだが。彼女の顔を思い出すことはできるが、愛おしいとは露ほども思わない。だが、彼女に会いたいと思った。やっぱり、男は股間の生き物だ。コイツがあるからやる気も出るが、コレに振り回されてもいる。姫川はまた溜息をついた。いつものようにケータイを片手に、女の番号を探す。そこでようやく名前を思い出した。それほどに、情の薄い関係。間違いなくあの女は玩具だった。だが、それだけに都合が良くて、姫川は確かに彼女を気に入ってもいたのだ。
 隣の部屋には久我山がいる。結婚が決まってからというもの、早くも同棲している。だが、部屋数が余るほどにあるこの家だ。同じ部屋で一緒にいることは殆どなかった。何より、久我山が住み始めてからというもの、姫川は自分の会社にちょくちょく顔を出すようになった。父親はやる気を出したのかと喜んだ顔をしていたが、ただ単に家に二人でいてどうすればよいのか分からないだけだ。会社の連中を捕まえれば、貧乏人の彼らのことだ。「奢る」の一言で姫川は朝までだって帰らない口実を作ることもできた。だが、女の影を背負って帰るのだけは気が引けた。姫川と寝たい女は星の数ほどいるだろうが、やはり、ないものねだりはいつだってなくならないのだった。そういう女じゃなくって! 姫川はいつでもそんなことを思っている。金にほだされる女じゃ満足できない、むしろ、そんな女なら願い下げだ。本当の好みの女はきっとこれだ。金があればいくらだって女は買えるのだから、そんなものに魅力なんてない。
 姫川の指はその番号をタップする直前で止まっていた。金で買える女の一人。だけど、今なら会いたくてたまらない女の一人。隣の部屋の久我山は何をしているのか分からない。たまにゲームに誘ってくる久我山の、日に日に女らしくなってゆく様子が、少なくとも彼女の想いをむげに踏み躙りたくはないと思わせる何かだ。隣の部屋に、久我山は確かに存在している。その証拠に物音が聞こえた。婚約者の久我山の立てる物音を耳にしながら、姫川はボンヤリと女のケータイ番号を眺めていた。あまりに噛み合わない行動と現実とが、ないまぜになって姫川は現実に押し潰されそうだった。愛だの恋だの、そんなことはどうでもいい。今ここにある、欲望こそが確かな生と性なのだ。そしてそれは、きっと人生と呼ばれるものなのだろう。姫川はそんな小難しいことを考えることもなく、今の自分を想って、目に映った電話番号を小さく息を吐き出しながらタップした。この時、姫川は久我山のことを、瞬間的にではあるけれど、彼女のことを忘れていた。
 記憶から、締め出してすらいた。



 耳に届く、微かな呼び出し音。受話器から漏れ出る電子音が───と思ったのは束の間。耳に当てたそこから聞こえたのは、
「この電話番号は、現在使われておりません…」
 フェラの上手い女は、もう、いない。姫川は冷めた気持ちで通話を終えた。ケータイをソファの上に投げるように置く。どこを見るともなく、顔を上げて電気を見上げた。いや、見上げた先に、電気があったというだけのことなのだが。電気を見上げながら、姫川は思う。さっきの電話が通じていたら? あの女がニコヤカに電話に出ていたとしたら? もし、久我山がフェラ上手だったとしたら? いろんなことを思う。それと同時に、久我山にとても悪いことをしてしまったかのような、ひどい罪悪感に苛まれてもいた。久我山がまっすぐに、姫川を愛してくれているのを分かっていながら、姫川は。
 姫川はくしゃりと髪を掴んで溜息を吐き出す。久我山の部屋からは静かな物音が時折聞こえる。こんな様子の姫川のことなど知る由もない。まっすぐな彼女を穢してしまったかのような思いを胸に抱いて、それでも収まらない悶々とした欲望に笑い声を立てた。姫川は一人で笑う。己に向けて。
「……オナニーの仕方なんざあ、忘れっちまった、っつーの。」
 殆ど、したこともねえし。そんなことをひとりごちた。事実、女に困ったことなどこれまでの人生経験上、万に一つもなかった。きっと、迫ればすぐにでも微笑みすら浮かべて受け入れようとしてくれるであろう、近い未来の妻に、どうしてだろうか股を開けと言えない自分に対して苦笑しか浮かんでこない。いつの間にかこんなに純情になってしまったのだろうかと、笑うしかない。少なくともこれは愛情でも何でもない。未遂に終わったとはいえ、確かに姫川は久我山を放置して別の女に性処理を頼もうと思ったのだ。これを知ったら、久我山はどう思うだろうか。婚約を破棄するとでもいうのだろうか。姫川は、そんな未来の妻のことを何一つ理解せず、ぼぅっとしていたのだった。愛でもないし、恋でもない。まだ始まってすらいない関係に、周りだけが持て囃すためにやんややんやと騒いでいるのは、とても愚かなことだと姫川は感じる。姫川は欲に浮かされた熱を持った身体をゆっくりと動かす。一言、近い将来の妻に言えばいいことだ。軽いノックの音とともに久我山が顔を出す。姫川の顔を見るなり、とても嬉しそうにふわりと彼女は微笑む。
「お前から来てくれるなんて、めずらしいな」



「悪くないだろ。じゃ、さっさと始めんぞ」
「…っ?!」
「なにビビッてんだ? 早くしろ」
 姫川の手には、見慣れたポリウレタン素材のDVDソフトケースが手にされている。最近の二人は昔の二人とはまるっきり違う立場にあって、それを呼び戻すかのような、昔の関係を思い出す姫川の物言いに、堪らず久我山は笑ってしまった。久我山は姫川の悶々とした思いなど知らず、姫川は久我山の初恋などまったく知らず。
「対戦だ。バカ」
 色のついた思いを、今は捨てて子供の頃に戻って。まだ、欲望を向けるのにはきっと早いと思って彼らは、性急に夫婦になることを避けた。そんな姫川の手を、久我山は微笑すら浮かべて取る。何年振りに対戦などするのだろう、どうしてだか戦うことに心踊るのだった。


空想アリア

SONG of :mannequin / Do As Infinity

13.07.09

フィアンセ姫川&久我山へん。

姫川夫妻シリーズはぶっちゃけ、話がつながってると思ってる。


最近、思ったより姫川ネタが多くなってます。
葵ちゃんより、久我山とのほうがしっくりくるなぁ…たぶんそこら辺が書きやすいんでしょう。
まぁ恋人みたいな感じなんでしょうね。

エッチしたことないけど。

今回は浮気未遂の姫川の話

まぁこういう話ってどうですかね?
長すぎたかな……とは失敗したと思うんだけど、まぁ、不可抗力w


なんかね、羨ましいですね。
順を追って、こう、結婚に漕ぎ着けるあたりは。いいなぁ〜とは思いますけど。この辺、自分、あれなんですかね?乙女w


姫川もそのうち押されて押されて、根負けみたいになし崩しになって、でもラブ!みたいな感じに落ちちゃうといいよ!!!

2013/07/09 12:03:18