大切に抱き締めていたもの全て指の間から溢れ落ちていくんですK


 ただ胸が痛かった。
 理由などバカほど明白で、頭の中をぐるぐると駆け巡る言葉たちは叫ぶみたいに正直に彼のことが好きだと告げていた。これだけ分かりやすい想いに今まで気がつかなかったなんておかしい。いや、違う。気づかないふりをずっと続けていただけのことだ。理由はきっと、これまで彼の隣にいられた女子が自分ばっかりだという、単なる安心感からだと思う。音にするほどズキズキ痛むほどでもないけれど、胸の奥のおくの方からずくずくと抉るような痛み、とも呼べないそれが由加の胸を静かに襲う。そして、それをどうやってやわらげればよいのか知る術もない。気づいてしまった以上は、もう知らないふりなんてできない。由加が思った彼は、由加ではない大人の女性に、確かに目を向けている。由加が彼を思うほどに焦がれている。それよりももっと先へ先へと進んで、そう遠くない将来の、未来への姿を見るようにハッキリと告げていた。
 “結婚”。
 それはどこか遠い国の呪文みたいで、でも、確かに女の身であるならばやはり本気で望んでしまう未来への切符だということは由加でさえも分かった。それを彼に求めているわけではないけれど、いずれは考えることもあるのだろうなと過去にぼんやり考えたものだったが、今はもちろんそんなことなど考えられるはずもなく。むしろ、その呪文は今は聞きたくないとすら感じる。そんな遠い幸せの話なんて聞きたくもない。今の自分の苦しみが伝わればいいのに、これほど冷たい願いを乞うたことはなかった。由加は初めて自分のこころの中に闇のようなどす黒い想いを感じた。嫌だと思ったが、それを止める手立てもない。自分の想いは自分の想いなのだった。痛む胸をぎゅうと物理的に押さえながら、何とかしようとゆっくり足を前へ踏み出す。前を向かなければいけない、分かってはいるもののどうすればよいか分からない。彼の顔を見るのも気が重かった。だが、家族に仮病を使い続けるのもまた気が引ける。仮病とはわかっているが、本当に具合が悪い。それは気持ちの問題なのだと分かっている。「病は気から」そんな言葉だけでは納得いくはずもないが、やっぱりその言葉通りに病んでいく自分の体が、由加はこのときほど好ましいと思ったのは初めてだ。具合が悪いのは嫌なのに、具合が悪くて家から出られないことに対して好ましいだなんて。びっくりするほどワガママな思いを抱えているのだった。
 だが、それでも学校へは行かなければならない。試験など石矢魔としてはどうでもよかったが、単位を落とすのはひじょうにまずい。由加はようやく制服のブラウスへと袖を通し始めた。着替え終わるまでに何度溜息を吐いたろう。



 学校へ行くのは一週間振りだった。
 由加の顔を見た千秋と古市がパタパタと駆け寄って来た。どうして古市が駆け寄って来たかは分からないが、心配していたと口にされてしまっては由加としてもムゲにはできない。たとえキモ市だとしても。まだ顔色の悪い由加の様子は誰が見ても異様で、瞬く間にその様子は風の噂となって二年、三年へと流れていく。流す元凶はおおよそMK5関係の者たちだろう。おそらく由加が彼のことを思って患っていただろうことも、もう学校じゅうの噂になっているかもしれない。元々そういった浮いた噂があったのも由加は耳にしている。自覚してしまったらそれは泡となったのだが。自分の席に着いて置きっ放しの教科書を無意味にパラパラとめくる。学校に来る意味など見出せない。涙こそ流さなかった。休んだ日々に枯れるほど泣いた。彼を想って、想い続けて泣かないわけにはいかなかった。彼に開けてもらったピアスの穴はじくじく膿んだので、母に聞いて消毒を施すようになった。あの日、ピアスを開けられて泣いた自分の無鉄砲な行動が恥ずかしいと思った。色々なことを思い出す度に後悔ばかりが募る。そのせいで表情は曇っていくため、千秋が心配を隠せないのは当たり前のことだ。だが、千秋もまた由加の胸の内を知って、心配をうまく言葉にできないのだった。それを上手く、というか強引に打ち破ったのは、
「花澤さん、…具合悪いのに、申し訳ないけど、……あの。お客さん、」
 仕方なさそうな、だが、納得してないような声を掛けたのは、意外にもロリコンでキモくてモブい古市その人。顔を上げると、古市と目があった。彼の指し示す方を見て、由加は目を疑った。そこには、ぬぅっとした巨体が佇んで、由加を待っていた。
 陣野かおる、だった。



「陣野、先輩…? どーしたっスか?」
「話がある。」
 唐突だった。何より、由加としてはあまり面識もないし、話もないのだが。ポカンとしたままの彼女の手を強引に取って、陣野は教室から由加を連れ出した。スタスタと歩く速度が早い。手を引かれるまま、足早になるとすぐに息が乱れた。そんな由加の様子を、廊下の途中でようやく気づいた陣野が振り返って足を止めた。急に止まるものだから今度はわけもわからず由加は体ごと陣野にぶつかって止まった。
「…さぼれるか」
「いっス」
 陣野は別に彼女の状態を気遣ったわけではない。単位の問題だ。自分もまたそんな帰路に立たされたことがあるから。そして、そんなピンチに常に立っている英虎を見ているからである。短い肯定を聞いては、握ったままの手に力をすこしだけ込めて、上履きのまま履き替えることもなくずんずんと外へ行ってしまう。その速度はさっきのそれとこれっぽっちも変わらなかった。それは、厳しいようでいて、ある意味優しいような、そんな気が由加にはするのだった。

 結局、陣野と由加は学校からすぐ近くの寂れたファミレスでドリンクバーのみを頼んで向かい合って座っていた。ぜえぜえと呼吸を整えているとさすがに分かった陣野が「すまん」と、ちっともすまなさそうな態度を見せず謝った。由加は息が苦しかったのでそれにはうんともすんとも答えなかった。ただ、そんな陣野の様子をチラッと目で見ただけだ。出されたオシボリで手を拭いていると、陣野は立ち上がりながら「何飲む」と疑問符のない疑問を投げかけた。由加は咄嗟に「オレンジジュース!」と答えた。陣野が立ち上がる所に、店員がお冷やを持ってきた。気にすることなく陣野はそのまま店員を横切ってドリンクバーを取りに行った。お冷やはふたつ置かれた。それを見て由加は、陣野かおるという人を、どこか不思議なものを見る気持ちで遠目に見つめた。何かが違う、そう思ったけれど、何が、誰と、どんな所を比べてそんなことを思ったのか、そんなことすら考えたくなかったので、お冷やをひと息に飲む。そこで陣野は戻ってきて由加の前に緑色のジュースを置いた。え、と思ったが声になる前に、
「無かった。ソーダにした」
と言った。陣野の前にはアイスコーヒーが置かれていた。「あざっス」と由加はちいさく言ってそれを自分の方に手繰り寄せた。二人で向かい合って座るのは初めてで、どこか落ち着かない。アイスコーヒーを飲む陣野と、ソーダを飲む由加。ストローはなし。
「で? 先輩はウチに何か、用っスか?」
 始まらないトークに痺れを切らしたのは由加の方だった。アイスコーヒーのグラスから口を離して、陣野は軽く首を振った。
「…ああ。花澤、だったか。お前は神崎とあれだったか、付き合ってるとか」
 あまり面識のない人からまで言われるとは思ってもなかった。陣野と神崎が絡んでる所も見たことがないし、どう反応すればよいか瞬時に判断ができなかった。ただ、触れたくない話題というものはそちらから出向くものらしいと悟るには充分だった。由加は力強く首を振った。そんなものではないと、由加はそれを願っても、神崎は別に想う彼女がいるのだと。それは言葉にこそ出せなかったが、思い出すだけで胸は痛んで今にも泣き出しそうで、唇を強く噛んでそれに耐えた。由加は堪らず下を向いた。ようやく震え気味な声が出る。陣野が気づかなければよいと、由加は静かに思った。
「ウチ、神崎先輩と、付き合って、ないっスよ」
「…そうか。それなら、良かった。それは、まぁ、べつにいいんだが…、あの、女教師のことは、知ってるな?」
「おんなきょーし………彼女さんっスよね」
「…大した、あばずれだ」
 赤い髪の、オトナの女性。神崎の好きな人。陣野の口にした『アバズレ』という言葉が卑猥な響きを持って、由加の頭の中をグルグル駆け巡る。あの彼女とは結びつかない言葉と、陣野が素っ気なく、だが嫌悪を込めた物言いをした。何か深い意味はあるのだろうが、それを知ることは由加としてはとても怖かった。だが、由加から聞くことなどなく、陣野は淡々と話をする。由加が悩んで、泣いて、悔やんでいた間にあった、神崎のことを。神崎と、彼女とのことを。



********



 神崎と彼女との連絡が取れたのは、結局神崎が勇気を振り絞って電話をしてから三日後のことだった。電話線を抜かれたアパートの電話は虚しいアナウンスを繰り返すだけだったし、彼女のケータイもまた同様だった。ヤケクソで来た彼女のアパートの前で、電気のつかない暗いままの部屋の前で、神崎は本日三度めのコールをした。受話器の中では電子的な呼び出し音が鳴っていて、それはやがて、毎度のように事務的な女性のアナウンスに切り替わる。ふと神崎が諦めの気持ちで受話器のから耳を離すと、アパートの中から小気味良いポップスが聞こえた、ような気がした。と、受話器はいつものアナウンスの声に切り替わった。気のせいならそれでいい、でも。と、神崎はもう一度、そして初めて二回連続で彼女のケータイへコールをした。
 部屋のおくから聞こえるポップスを鳴らしたままで、神崎は体当たりするようにアパートのドアを叩いた。チャイムも鳴らした。ケータイを置きっ放しでいなくなったのなら、諦めるしかない。だが、ケータイがあるなら彼女もここにいるのかもしれないと思ったのだ。そして、耳に届く音は確かに神崎が呼ぶコールと呼応してるみたいだったから、最後の望みをかけて神崎は彼女を呼んだ。陣野が言うように、踏み躙られるかもしれない純情のことなど微塵も考えもせず。

 確かに彼女はいた。
 しかも、行方不明になったと大騒ぎになっていた、男子中学生の男の子と一緒に。マルコメ君のような印象の、中学生にしては幼さの残る少年は上半身裸で、部屋の中に正座していた。目はどこか虚ろだったが、神崎を見ると驚いたように身を硬くした。彼女のパジャマは今慌てて着ました、と言わんばかりにぐしゃぐしゃに乱れており、どこか気だるそうな雰囲気をまとっている。この異様な雰囲気と、その雰囲気にそぐわぬメンツが揃ったことに、神崎は頭がクラクラしそうだった。どう聞くべきか、言葉を選んだつもりで口を開く。だが所詮神崎なのだ、選べるほど語彙などあるはずもなく、
「亜由美サン…、何してたんすか」
「見て、分からない?」
 チラッと男子中学生の方に目をやりながら彼女は諦めたように薄く笑う。向こうの暗いままの部屋から覗く、寝乱れた布団が神崎の視界に入る。陣野の言葉が思考をいやらしい方向へと誘う。そんなバカなことがあるはずないと神崎は理性で、くだらない思考を押しとどめる。彼女はうすく口を開けて笑う。それはどこか色香漂う行動にすら思えるのだった。
「何で、電話、出てくんなかったんすか…俺、……心配、したじゃねーっすか。引っ越し、手伝うって、俺…、言ったじゃねーすか……だから、俺」
「出たく、なかったの。電話に」
 急に彼女の口から踊り出た言葉は、ザックリと神崎の胸を割るように響いて、紡ぐ言葉すら奪ってしまった。
「ごめんなさいね」
 別段、悪いなどと思ってもなさそうにサラリとそれだけ言って、彼女は神崎の手を取った。握られた手には確かに彼女のぬくもりがあったけれど、それはどこか遠いもののように思えて神崎は衝撃を受けてそのまま動けずにいた。彼女が何を言いたいのかは分からなかったが、彼女がどこかにいなくなるだろうということは容易に分かった。
「もう神崎君と、遊んであげられないの」
「…な、なんで」
「結婚するのよ。私たち」
 私たち、が誰と誰を意味するのか。それは彼女の視線が物語ってくれた。彼女がチラと見たその先には、マルコメがいて、そして、マルコメがはずかしそうに俯いた。顔は真っ赤だ。そのマルコメからすぐ後ろに見える暗い部屋から布団が覗いている。わざと見えるようにそこに座っているみたいに、マルコメは身をすくめている。そして、どう見てもマルコメはまだ子どもでしかない。結婚などという言葉とは無縁の、子どものようにしか見えない。彼女は神崎から手を放して、自分のお腹を優しく撫ぜた。口元にはうっすらと笑みを浮かべている。この行動は、あの、妊婦特有のものにしか映らない。神崎はその様子を見てゾッとする。まさか、と思ってしまう。
「赤ちゃんができたの」
「……誰との、子だよ…」
 答えはなかったが、彼女はマルコメの方を見てまたふふ、と優しく慈しむような笑みを浮かべた。途端、神崎の中で何かが弾けて「マルコメぇぇえぇえーー!!!」と叫びながらすごい速さで彼に飛びかかって行った。それを捨て身で、だが確固たる確信を持って彼女は身ごと盾になった。彼女を殴るわけにもいかず、怒りからくる興奮に目を血走らせ肩を怒らせている神崎の頬を鋭く引っ叩いたのは、もちろん彼女の滑らかなちいさな手だ。亜由美は神崎からマルコメを護ったのである。マルコメは顔面蒼白になってビビッていたが、彼女に言われるがまま暗い部屋へと逃げ隠れた。こんな情けなくて、弱虫で、くだらない子どもと、彼女と、彼女の中に根付く命と、結婚と。すべてが混ざりあわないと神崎は思った。
「電話、出なかったのはゴメンね。…とりあえず、外で話す?」
 彼女はチラリとマルコメの方を伺ってからそんなことを聞く。相手はただのマルコメのガキだというのに。聞いておいてその答えを神崎から聞く前に彼女は「行ってくるね」とマルコメに声を掛けた。神崎は言葉が出なかった。パジャマを何食わぬ顔で脱ぎ捨てて、乱雑に置いてある服に着替える。下着の色はベージュだ。だが不思議と神崎はその姿を見ても性的な興奮を覚えることはなかった。スタイルも良くて魅力に溢れている彼女の体を見ても、何かを感じる余裕などもうなかったのだ。Tシャツと太腿にピッタリと吸い付くような、股間の逆三角形がエロいGパンの組み合わせは、ムダな露出が抑えられていても時折、男にエロスを感じさせるものだ。彼女の後ろ姿について神崎はモヤモヤした気持ちを抱えながら、それでもついて行った。どうせ、いずれ話さないわけにはいかない。今話さなければきっと、神崎は彼女を探し続けてしまうだろう。形のいいお尻を見つめながら神崎は、のろのろと彼女の後について、アパートから数分という場所にある、さもない喫茶店に入った。夜のせいか客はいない。彼女は窓際を好まなかった。マルコメの保護者やらに見つかるのが面倒なのだ。だから雲隠れよろしく家の電気も付けずにこもっていたのだし。
「三日間、カレとセックスしてたの」
 頬杖をついて彼女は何の臆面もなくそういった。そんなことを聞きたいんじゃない、神崎は嫌そうに顔を歪めたが、彼女はそんなこと分かっていてもお構いなしだった。
「若いってスゴイね。元気なくなったら寝て、で、起きたらソッチも起きてたりして。ゴハン食べてさ、で、食べ物なくなったら、私が近くのコンビニかスーパーに走るの。それで、食べてからカレがオッパイに触るからまた火がついちゃったりして…。ずっと、そんなふうにしてたの。いつまでも続くなんて思ってなかったよ?モチロン」
 あんなイカニモ子ども子どもしている少年と、延々とセックスしていただなんて神崎には想像もつかなかった。ただ、話を聞いているだけでぐらりと辺りがぐらつくような激しい眩暈を覚えた。陣野の言葉が重苦しく神崎にのしかかってくる。どうして、何で、という弱気な言葉が頭の中をぐわんぐわんと歩き回る。本当は掴みかかって聞きたいくらいに、神崎は心の中だけで弱気になっているというのに。きっと、そんな気持ちを知っていて彼女は、神崎を放っておくことを選んだのだ。それを思うと堪らず神崎は噛んだ口を開く。そんなに簡単に忘れてほしくなどないと、強く願いながら。
「じゃあ、何だったんだよ…! この前の、俺との……っ何だったんだ…!」
 絞り出すように神崎はいった。彼女は冷静な顔をしたまま神崎を見ていた。こうして取り乱すことも、彼女の中では想定していたことだったからなんということもない。ただ、そんな冷たい目をしたままで見つめる彼女の視線が、あまりに神崎の胸をずくずくと痛めつけるものだからつらい。そんな思いを無視するように彼女は口を開く。
「だって、………シたかったの。カレは会ってくれなかったし、カレとのことで塾は騒いでたし、私は生理前だったし」
 何でもなかったの。
 そう彼女は言葉にはせずとも神崎に告げたのだった。すべての理由は神崎を置いてけぼりにして存在していた。そして、そこにいる神崎については見向きもしない。セックスなど、何の意味もなかったのだと泣き出したいほどに虚しい思いに駆られる。愛だの恋だの、そんな目にも見えないくだらない思いに身を浸してやられるのだけはゴメンだと思い続けていたけれど、それでも今この瞬間だけは胸の痛みにヒイヒイいうときがあってもよいのではないか、などと弱気になるのだった。オトナになどなりたくないとこの時ほど、神崎は強く思ったことはない。オトナは、ココロなど無くても「好き」とか「愛してる」だなんて言えるのが、何故だか分かってしまったから。前に、陣野の言っていた言葉が神崎の胸の内をぐりぐりと抉る。欲しい言葉は「好き」「大好き」「ずっと一緒」甘ったるい響きの言葉たちが、脳内からポンポンと音を立てて消えてゆく。そして残ったのは、見透かした目をした陣野だった。
「お前の純情なんて、何の意味もない」

 彼女は、それでもまっすぐに神崎の目を見つめ返す。いつも、そのまっすぐな視線に負けて目を逸らすのは、神崎の方だった。そして、今日も。彼女はそんな目を逸らす神崎ににじり寄り、そして両手で彼の頬に優しくそっと手を添えて自分の方に向かせる。彼女の目は、甘ったるく細められていた。そして薄く微笑んでいる。彼女の、その目に見惚れてしまう。神崎は、そんな自分の愚かさを呪う間もなくちゅ、と音を立ててキスされた。そんなことだけで、ココロがぐらつかないわけがない。それでも、傷付いた神崎の想いは癒えない。好きな彼女に踏み躙られた、そう思って胸は音もなく痛んだ。ずくずくと熱を持って。
「…、ゴメンね。」
 彼女の手が離れてゆく。それを惜しいと思ってしまう。それは神崎の意思の弱さと比例する。彼女の唇が笑みの形に歪められ、そして、言葉が声になる。紡がれた言葉は神崎の脳を、強くはげしくうつ。
「私、ダメなの。セックス、してないと不安で…不安で不安で。もう、ダメなの。ずっと、シてたいの。ずっと、そう思ってるの」
 どうかしてる。神崎が思ったのはそれだけだった。神崎の手に負えるような女なんかじゃない。亜由美という彼女の顔をまじまじと見た。化粧はほとんどしていない状態。それはそうだろう、さっきまでセックスをしたり、寝たり、食ったりしていたというのだし。肌はよく見てみればそんなにキレイじゃない。社会人として数年、毎日毎日、化粧をして仕事をして疲れて。時折、その疲れのせいで化粧落としすらしないで寝ることもあるだろう。少なくとも、周りの大人たちと比べれば歳が若い分キレイだとは思うが、だからといって取り立ててキレイな部類に入るとは言い難かった。それでも、恋とか呼ばれるそれは、彼女を確かにキレイに見せていたのだと、神崎は気づいていた。だが、それでも思ってしまう。感じてしまう。
「俺だけかよ…! 好きだったの、俺だけかよ!!」
 答えなんて、彼女が口にする前からわかってる。初恋は実らないなんてよくいうけれど、そんなもんじゃない。初セックスは泣くほどにズタズタだ。焦がれた方が、いつだって恋愛の上では負けるのだ。負けた瞬間は、終わった時。諦めた時。気づいた時。認めた時。夢が醒めた時。だけど、嫌いになったわけじゃない。想ったまま夢から醒めるから、余計に辛い。化粧が落ちて、くたびれたような顔をした女を見て、それでも嫌いになんてなれないのだから。



13.06.30


なんか辛い神崎のターンと、パー子のターンが同時にきましたね〜
まさかの、陣野が橋渡し役とか?!

ちなみに、亜由美サンの展開は、元ネタがまったく関係ないけど池袋からきてます。まぁ、話とは無関係の単語からきてるっていうか。



あとはラストまで突っ走れるかなぁ…
というところです。
もう、書きたいものはほとんど書けたしね

この神崎と塾講師の顛末はほぼ最初の時点で決めてましたからね〜
まぁここまで神崎がかわいそうなヤツになる予定はなかったんですけど、神崎とパー子シリーズでは童貞は年上女性に奪われるって勝手に決めてましたw

つまり、パー子はバージンでも神崎は違いますよって展開しかなかったわけだよねw ナゼ

やっぱ、ハジメテ同志でうまくいくような気がしないからなぁ…

ちなみに、周りの女性陣にエチのことを聞いた感想は、みんな一律に「なにがいいのか」みたいな話になってますし。世の中の男性ってある意味虚しいよね……せめて、二次元では逆な女がいてもいいよね、なんて感じになっとるやね。
や、そこまで男性擁護なんてしませんけど……そこまで考えずに作った展開なので、リアルさは求めてない、かなぁ…

2013/06/30 23:52:40