姫川と久我山は夫婦です
結婚初夜
ちょっとだけえっちw


そういう当たり前の、

それだけのことがすごく




 なかなか「潮」とは呼べなかった。漫画のうしおととらみたいだし、急に名前で呼ぶのも気味が悪い。というか、気恥ずかしかったのだ、本当は。それを彼女は分かっていた。だから彼女はわざと姫川のことを「竜也」と何度も何度もわざとらしく呼ぶのだし、それに慣れなければならないと姫川も思ったものだった。そもそも夫婦になれば苗字で呼ぶのは可笑しいのだ。どちらも【姫川】なのだし。だが、そんなことは観念して結婚式をしなければならなかった。まだ一度も「愛してる」などと姫川から口にしたことはなかった。そもそも、その感情自体、姫川は理解できずにいる。結婚もそう意味がないと感じている。紙切れ一枚で、人はそうそう変わらない。婚姻届を提出したから夫婦になるだけだとしか感じない。元より、愛情というものの薄い家にいたからかもしれない。愛は金で買えるのだということを、今までの人生の中で嫌という程知っていた。そして、その揺るぎない真実を真っ向から否定するバカどもの存在をも姫川は知っている。金などに惑わされず、情などに訴える連中。それはバカバカしくもあったし、居心地がよくもあった。そんな姫川を見て彼女は、
「君は変わった。だが、そんな君をも、私は愛する」
などと陳腐で嘘くさい台詞を吐きながら本気の目を向けていた。その時の姫川の返答は勿論、
「てめえ、宝塚か」である。

 そんな姫川竜也と、久我山潮──否、もう姫川潮になるのか──はめでたく結婚した。これで周りから驚くほど喜ばれる結婚式を終えた。ハネムーンに行きたい所などもうない。元々、行きたい所などいつでも行けるくらいお互いに金はあった。二人でゲーム感覚で稼いだ金はとっくに使い終えていたけれど、それ以上に別の事業を興して稼いでいる。金だけが湯水のようにあった。だから、彼女もまた金の力では動かない女の一人だ。そんな二人を見て、誰もが羨ましいといった目を向ける。そんな目は幼少の頃から見慣れていたが、互いにそれがむず痒いようなやり辛さがあった。だが、それをあえて口にするのも憚られた。結局、ハネムーンに行かない代わりに都内の豪勢なホテルのスウィートを貸し切って二人で泊まることにしたのだった。とはいってもビジネスクラスレベルの部屋としか思っていない二人には慣れたものだった。真新しい感慨もない。ホテルの最上階から眺める景色はいつものそれと何ら変わりがない。ただ、形式ばった結婚式に疲れただけだ。とりあえず幸せなふりをしておかなければならないし、来賓らへ挨拶もしなければならない。姫川も彼女も、ホテルに着く頃にはグッタリしていた。殆ど手荷物もない二人はとりあえずソファに腰掛けて溜息を吐き出す。
「参ったな…」
「本当にな。結婚式というものが、あそこまで怠いものだとはね」
 双方同じことを思っていたのだ。どちらともなく二人は笑った。くだらない式が終わって本当によかったと思う。だがホテルに来たからといってやることもない。明日までは完全にオフにしておいたからだ。姫川はとりあえずテレビのリモコンでスイッチを入れた。特に見たいテレビもないが、適当に楽しめそうなくだらないバラエティか、ニュースでも付けておけば暇潰しにはなる。そんなことを考えながら、いつものようにケータイを片手にふかふかのソファに深く腰を降ろし直した。あ、と思う間もなく、つと立ち上がった彼女はそれを言葉もなく奪い取った。冷たい表情の彼女を見上げたまま姫川はボンヤリとしていた。通常感じることない疲れのせいで頭がうまく回らないのだった。手持ち無沙汰になった手が、意味もなくワキワキと宙を彷徨う。
「おい、」
「おい、ではない。私を呼べ」
「……くがや、」
「名前で呼べ。私は、お前の、竜也の、姫川竜也の妻だ」
「…………………」
「呼んでくれ。私を」
 いつかこんなことを懇願される日が来るような気は、姫川もしていた。こんな逃げられない状況で、しかも、他人には見せないような弱気な表情をしながら言うなんて。呼ばないわけにもいかないこの状況で。彼女は姫川が思っていた以上に、ずるい女なのかもしれなかった。この調子では「愛してると言ってくれ」とか甘い雰囲気に飲まれそうである。だが、よく考えてみれば結婚所夜なのだ。そうなるのが普通ではないか。姫川は今更ながらにはたと気付いた。遅すぎるだろ自分。ここまで来たら観念するしかないだろう、と腹を括った。心の中で溜息を一つ吐き出しながら彼女に向き直る。やり辛いったらない。それを分かっていて、なお強要してくるこの女といったら! 改めて言わされると、顔から火が出そうなくらいこっぱずかしい気持ちが拭えない。だからといってどうしようもないのだ。どうせ逃げられない。
「…ぅ、潮」
 ポツリと、ただ低く。
 急に姫川の視界が暗くなった。気付いたら彼女が抱きついてきていた。こんな積極的な行動に出るのは初めてだ。勿論、姫川が今まで遊んできた女どもではこんなことぐらい当たり前にあったが、女遊びなどしようと思えばいくらでもらできたし、興味などなかった。金に釣られてくる女など愛おしさがこみ上げることもない。ただの性処理のための道具以外の何物でもない。「竜也」と手を握られる。しかも握り方は恋人握りとでもいうのか、指と指を絡ませ合うみたいにして彼女は姫川の手を強く握る。姫川が握り返す必要もないほど、離さないと暗に言われているようだ。彼女の端整な顔が、長い睫毛が姫川のグラサンに触れそうなほどに近い。彼女は片手をそのグラサンに伸ばし、それを外してしまう。色の付いた世界が、途端にあるべき色に還る。無理に色付けされていた世界が元に戻る。それだけのことが、なんだかとてもやり辛いような気がして、姫川は眩暈を感じていた。目の前の彼女は真っ直ぐに、そしてとても嬉しそうに微笑みながら姫川を見つめている。どう言葉をかけたらよいものか、姫川は考えあぐねいていた。彼女はいつも突拍子もないことばかり言うからである。
「やっと今日を迎えられた。私は幸せだよ、竜也。この日のために、この時のために、あの怠い式もこなしてこれた」
 互いの唇が触れ合う。今日は結婚式をでもキスを何度かした。そもそも、一日のうちに何度かキスをしたことなど、今日までなかったのではないか。冷め切った夫婦でもあるまいし、二人の間には殆ど触れ合いと呼べるものはなかった。姫川がそれを望まなかったし、彼女もまたそうしたいとは言わなかったからだ。だが───、
「竜也。お前が、ほしい」
 どっちが男だよ。姫川自身、内心ツッコんだが、彼女があまりに大マジなものだから辟易してしまう。もう一度、唇と唇が触れる。姫川は真剣に考えてみる。思い出してみる。彼女の裸体を。そして、はたと気付く。一瞬、呼吸が止まったかと思った。喉がヒュッと鳴ったのはさすがに恥ずかしいが、不可抗力である。見開いた目の先で彼女は微笑んでいた。今までに見たことのない優しい笑み。そして、顔を赤らめこういった。
「勿論、私は、処女だぞ?」
 姫川は、妻になった彼女の目の前から去りたくて堪らなくなった。申し訳ないけれど。



 勿論、姫川は女にのしかかられたことなど初めてではなかったけれど、それでももだもだしてしまった。どうにも主導権を握られるのは慣れていない。しかも、処女相手に主導権を握られっぱなしだなんて、そうそう無いだろうと思うのだが。しかし、昔から知っている相手だからこそ、許嫁だとか結婚だとかくちづけだとか愛してるというだとか、そんなことに一々反応した。彼女の方はそれを何とも感じずに、さも当たり前のことのようにやってしまおうといつも姫川を押して押して押しまくるのだけど。所夜もそうだ。服を脱ぐのは女の側からで、キスをするのも彼女からだ。服はあっけなく脱がされてしまって、気が付いたらスラックスのチャックが開いていた。彼女の裸体は、初めて見た。整って白くなめらかそうな肢体。胸は彼女自身もかつて言っていたとおり、そう大きな胸ではなかった。だが、とてもきれいだ、と姫川は思った。裸の女が姫川の耳に息を吹きかけながら舐めた。処女とは思えないはしたなさだ、と姫川は感じた。太腿を撫で回されると、さすがにゾクゾクを感じずにはいられず、姫川は身を捩った。それを許さない、と彼女は姫川の股間をトランクスの上から触った。だが、ただ触っているだけだ。こ慣れた様子はまったくない。逆に、それがいつもの余裕を奪う。なぜなら、姫川の男としての答えのようなものだったからかもしれない。答えがあるか、なんて誰にも分からないのだけれど。余裕を失った姫川を追い詰めんとする彼女の狡猾そうな笑みが、目の前から離れようとしない。だが、幼い頃の──まだ姫川が久我山を男だと思っていた──姿がチラつく。そのせいで、この行為と目の前の、だが婚姻し妻となった彼女と、思い出の中の久我山とはどこかちぐはぐなままだ。愛とか恋とか、勿論結婚だとか、そんなものと姫川の思い出の中の久我山は無関係なままなのだった。だが、彼女は確かに現実に妻であるし、ここで今こうして所夜を迎えようとしている。どうしても姫川としては気乗りしないが。気乗りしないままだから主導権も握られっぱなしなのだ。
「私に、さわって…。私を、みてくれ……」
 彼女は恥ずかしそうにではあるが、何もしようとしない姫川──しかも夫である彼が、何をもしようとしないなどと、それは夫婦になることを決意した相手である。さびしくないはずがない。──の手を取って、女性の胸を触らせる。そんなことをさせるのは、彼女は勿論初めてのことだったので、どうすれば姫川が喜ぶかなどとまったく分からないのだった。だが、それでも気持ちは受け取ってもらえるだろう、と高鳴る鼓動にも関わらず彼女は、健気にも生まれたままの己をさらけ出すのだった。姫川がいくらその気にならないですよと言っても、やはり色気がまったくないわけでもないその身体に魅入られぬはずもなく。触れさせられたその肌は、思っていた以上に瑞々しく、しかもそれを姫川以外の他の誰かに触れさせたこともないだなんて思ったら。誘い方が云々とかよりも、喜ばない男がいるかと誰かに尋ねたくもなろうものである。姫川は、ためらいがちにゆっくりと手を伸ばした。名前を呼ばれながら縋られるのは、実はそんなに嫌ではない。背中に回された手で、爪痕を残されるのも。



 結論から言えば、ちゃんとやった。結婚所夜は無事に事に及べたのだし、姫川の男としての機能も、久我山潮の女としての機能も、ちゃんと果たせた、と思う。お互いにそう思っている。というか、願っている。本当のところがどうであるとか、それは当人たちの気持ちの問題だから実はあまり関係がない。処女だった彼女は少しだけ出血して、痛そうに顔を歪めていたが、やめるのは嫌だと主張した。薄皮一枚被せるように、避妊具を付ける姿を暗がりで見て、不思議そうに目を輝かせていた。思っていたよりも図々しくてやらしい女なのかもしれない、などと内心姫川は不気味に感じていたが、それを口に出すほど愚かではない。結婚したのだしセックスするのは当然のことで、むしろこれまでしてなかった、などといつの時代の少女漫画ですか的な状態であったこと自体が信じられないのであって。だが、どうしてだろう、姫川はやはり事に及んだ後になぜだか自己嫌悪に陥るかのような、暗い気持ちになったのもまだ事実だった。そんなことは当然誰にも言えないでいるのだが。そんな折に、可笑しなことを言わないでほしいと姫川は切に願う。だが、いつだって彼女はその気持ちを、願いを裏切る。
「竜也。お前、昨日のアノ時の顔、可愛かったぞ」
 何のことを言われているのか分からず、姫川はただぼんやりとした表情を浮かべて自分の妻の勝ち誇った笑みを見つめた。彼女の笑みは昨日よりも柔らかく、そしてとても優しい。だが、紡がれる言葉はとても、
「好きな相手の、気持ちよさそうな顔を見るのは、男女関係なく愉しいものだな」
 それは男のセリフだろう、と喉から出かかったが、彼女に口で勝てるはずもない。きっとこれからは寝技ですらも勝てなくなっていくような気がする。むしろ、次回のセックスのことなど、姫川はこの朝、考えたくもなかったのだ。姫川はありったけの嫌そうな渋面を作って睨みつけた。それなのに、彼女は。
>「愛してる」
 どう考えたって、出るはずのない愛の囁きを姫川に。そして、どう考えたってその愛に素直に応えられない姫川へ向けて、何度だって。



13.06.17

少し前から書いてて、最初は「姫川と神崎の友情もののやつの、あの番外」って立ち位置で書いてたんですが、書いてるうちなんか、「あ、これはこれでまぁ番外っていうか独立でよくね?」みたいなノリになっちゃって、話というか、つながりがまったくないわけでは(ネギの頭の中では)ないんだけども、直接的につながってる話でもないっていう。

で、結婚所夜なので要は、姫川夫妻のHシーンを書こう!っていうヤラシイコンセプトから始まった割に、いざHシーン書こうとしたら打つ手が止まっちゃって…。ああどうしましょうってな具合に。
お陰で、Hシーンはほぼ皆無になりました。
すいまっせん、色気がなくって。書いてるヤツのせいですね、ごめんなさい。前はセクセクしてたのに。なんか最近、エッチなのかけないんすよね〜
本人自体はすぐエロエロ言うのに。


まぁそのうち、姫川夫妻のHはリベンジしようと思ってます。
もっとHなとこいっぱい書こう!w (アフォですかw
…まぁ、ネタはあるのでね
(詳細はここではなくって、リアタイ辺りにでも…

タイトル:ごめんねママ

2013/06/17 14:28:14