二葉×一な行方不明話

+ではなく×なのでちゅうい


それは限りなく優しいに近かった




 神崎一、行方不明。
 それを夏目が聞いたのは初夏の暑い日だった。聞いた場所は冷房の効いた喫茶店だったので暑さは感じていなかったけれど、まさか神崎が行方不明になっただなんてことを聞いたなら、それは冷房など無くてもきっと冷えてしまったろう。胸のおくだろうか、心と言うべきかもしれないが。その神崎と同い年の夏目が、その姪の二葉と向き合って喫茶店の窓際の席に腰を下ろして座っている。俯く二葉を見ながら夏目は何かを感じ取っていた。夏目は今日、この場所に呼び出された時のことを思い起こす。それは異常な事態であった。切羽詰まった震え声のせいで誰が電話をしてきたのか分からなかった。着信歴はしかし神崎からのもので、聞こえる声は女の子の声だったから夏目は素っ頓狂にも彼女に言ったのだった。
「あれっ?神崎くん彼女さん、いたんだっけー?オレ、聞いてないよー」
「……おれ、二葉。」
「え、二葉…ちゃん?あ、そっかぁ〜…えーと、久しぶり、何年振りかな」
「夏目、今から時間、ない?」
「へっ?」
 顔色の悪い二葉の様子を見て、なかなかいつもの軽口を叩けないでいた。喫茶店に来て何も頼まないのも悪いし落ち着かないので、夏目は適当に二人分のドリンクを頼んだ。そよそよと流れてくる冷房の冷えて乾いた空気が、熱された身体に心地好いはずなのにどうしてこの空気は。
「あのな…、一、いなくなった」
「はっ?神崎くん──が?」
「夏目、どこ行ったか知らないか?」
「や。オレ、今聞いたばっか、だし」
「ど、ど、どうしよ…」
「何か、あったのかな〜…なんて」
「おれの、──おれのせいなんだ。一がいなくなったの」
 いつもいつも、この娘には驚かされてばかりだ。夏目はとうとう言葉をも失った。ハタチそこそこの女のコが目の前でメソメソと泣き出した。見て見ないふりをしながら、やりにくそうにウエイターがオーダーされたドリンクを置いていく。話を聞かないことには何も始まらない。夏目はアイスコーヒーにガムシロップを入れ掻き混ぜる。二葉の気持ちは、涙で少しは流れてくれるだろうか。そんなことを思いながらそっと彼女の髪に触れた。いつも神崎がやっているように頭を撫でてやろうと思っただけのことだ。しかし二葉は野良猫のような気質をもって、素早くその手を振り払った。気難しい娘だと前から夏目は思っていた。何年たってもそれは変わらないようだ。そして、神崎にだけは心を許していた。その神崎が消えてしまったのだという。だからこそ、こうして取り乱すのだ。
「なに?何か心当たりでも、ある?」
 夏目はやさしく言ったつもりだった。だが、抑え切れない涙はボロボロと零れ落ちて、二葉のやわらかな頬を辿っていった。聞いてはいけないことだったのだろうか、夏目は顔には出さずに内心オロオロとしたのだった。肩を震わせて泣く二葉は確かに若い娘のそれだった。不安に押しつぶされそうで彼女は泣いているのだ。だから言った。わざと。
「二葉ちゃんが神崎くんのことを、本気で、LOVEって意味で、好きだったのは知ってる。見てて分かるし。そういうことなのかな?」
 二葉は大きな目をパッチリと開けたままボーッとしたような表情で夏目の顔を見て、その言葉を噛みしめるようにしていた。やがて二葉はモジモジとしだした。顔を真っ赤に染めている。いつもと違って目を合わせようともしない。好きな人であることなど、よっぽど、そう、神崎一当人ほどの疎い生き物でもない限りは通常であれば理解できるだろうに。そう夏目は思っていたのだったが、例の当人を思う二葉のことをとても不憫と感じるしかない。そこで顔を赤らめたりする辺り、神崎は二葉の心からの言葉を受け取って、そして突っぱねたのだろう。そこで二葉はショックを受けていたのだが、それ以上に神崎自身が自分の言葉に対して考え込んでしまった───などと考えられる話であった。夏目は高校時代からの付き合いを脳内で反芻しながら溜息を吐き出す。それと同時くらいに二葉は言葉を紡いだ。
「おれ、一と…────」
 その言葉を聞いて、夏目は時間が止まったかと勘違いした。だって、神崎くんに限って、あり得ないし。そんな母親みたいなことが頭の中をぐるぐると駆け巡った。そして、神崎一と神崎二葉は、甥と姪の関係なのだとはたと気づく。そこに片方からの恋愛感情があったとして、いずれ消え失せる遠い日の花火のようなものだなんて嘲笑っていた。ああ、笑えない現実と、二葉の涙。二葉を泣かすヤツは許さねえ!なんて息巻いていた神崎一自身はどこか消えてしまった。その理由は、確かに二葉にあったのだと思うしかない。そして、神崎一にも。事故では済まされない、きっと。
 だって、さっきの言葉が聞き間違えでなかったのなら。



「おれ、…おれ、一と──…せっくす、…──したんだ。」



 従兄妹同士って結婚できるんだから、まぁべつに?みたいな感じもあるかもしれないけど、それについてどうこう言うつもりなんて夏目にはこれっぽっちもなかった。ただ、二葉から「セックス」などという卑猥な単語を聞く日が来るだなんて思いもよらなかった。それほど彼女のことを子どもだと思い込んでいる自分は一体どうなのだろうと思ったが、口にはしないことにした。ややこしいことになりそうだし。ただ、二葉がいう言葉が事実であるのならば、それは夏目も想像だにしない事態である。セックスして消えた男などロクなもんではない。そんな彼に惚れていた二葉について、どう言えばいいのか。あと、避妊はどうだったのか。結構大事な話はガッツリと残っている。ただ、二葉がいう言葉は何だかおかしなものとして夏目の耳の中に残っていた。だから、言った。
「神崎くん、どうして、二葉ちゃんとエッチしたんだろうね」
 夏目は知っている。神崎という男は不器用で、奥手で、恋愛経験も少なく、自分へ向けられた感情にとても疎い。そんな男が好きでもない女とセックスなどするだろうかという疑問。もし、ヤったのが事実ならば神崎と二葉は両思いだったことになる。ならば、どうして神崎は行方をくらまさなければなかったのか。もしかしたら、感情について気づいていなかったから? それならば何とか探し出して、伝えなくてはならないだろう。それが人道に反した道だとしても、それとも、永遠に片思いだったと勘違いさせたままの方が幸せなのかもしれない。夏目は、自分の途方もない想像に大きな溜息を吐き出した。やがて、涙に濡れた大きな目を瞬かせながら二葉はポツリ、ポツリと言葉を紡ぐ。
「一は嫌がってた。おれが、おれから、ヤったの。おれが、シたかったから」
 でも。と夏目は思う。その言葉だけではまるで、神崎一は納得していないみたいではないか。そして、男女という壁を思う。何を言っているのか、と。再び、二葉は涙をこぼし始めた。一度は消えたはずの涙はどうやらまた復活したらしい。それは、二葉が後悔に身を焦がしているからか。他の理由も見当たらない。夏目は彼女の髪をできる限りのやさしさでゆっくりと撫ぜた。なぜなら、彼女がいたく傷ついていることが伝わって来たから。
「だから、一は、いなくなったんだ」
 叶わないのが初恋なんだよ、なんてセックス付きのそれに言うつもりなんて夏目には、まったくなかった。そこまで野暮でもなんでもない。彼女にとっては生涯一緒にいたかったひと。細かいことなんて分からないけれど、神崎と二葉の心の不一致はきっと、二葉の初恋をきっと打ち破って、そして、消えてしまったのだろう。夏目は二葉の頭を撫ぜながらその濡れた目を見つつ、小首を傾げてできるだけやんわりと言った。
「ね、二葉ちゃん。神崎くん探そ?」
 二葉の初恋を叶えてやるつもりなどなかった。ただ、ここに今まであったはずの、神崎の『当たり前の日常』を取り戻してやろう、とそんなことを思ったのだった。喜んで飛びついてきた二葉を抱き留めた。それは邪な気持ちなんてこれっぽっちもない。神崎の姪である彼女は確かに、夏目にとっても特別な存在なのだと思えた。それ以上に、二葉にとって神崎一はただのおじではなくて。それを言葉にはできなくて。それは今でもできていないけれど、ただ、不毛な肉体関係だけが二人を分かつだなんて、あんまりだと夏目も思ったのだし、それのせいで二葉は泣いているのだ。あとは神崎の甘さだけを信じるしかない。どんなことをしても、どんなことをされたとしても、信じた仲間だけは何があっても、絶対に見捨てない。そんなくだらなくて要らない情というものを信じてやまない甘ちゃん野郎の神崎である、と信じるしか! そんな彼ならばきっと、何があっても姪を、それを擁護するだれかを、きっと許してくれるだろうと信じて。きっと、行方をくらませたことを後悔する弱くてやさしい神崎を信じて。どこまでも甘い、彼を思って。


13.05.15
お疲れ様です!
ちゃぁんと二葉かける一です!
誰も望んでねぇよ?!

ガキの初恋を追いかける、というか、もっと幼稚かもしんないけど。
ちょいとエッチな展開をふくむ話になります。言い切りっ!

恋って、悪気もないし、他意もないんだ
だから、もし、してはいけない人にしてしまっても。それは、
…っていうつもりで書いてます。

してはいけない人に、してしまった恋
ああ、それはきっと、辛くて、痛いかも知れないけど。ああ、と。
大人に甘えるのも、ガキの役目なので。なんて都合いいこと書くけどさ。
甘えたくて、うまく甘えられなくて、素直になれない二葉の話は続いてしまいます!よろ〜


タイトル:自慰
2013/05/15 23:49:14