ふたつの欠陥品007


joy


 空が太陽の影を映し始める。太陽が光なのだから、太陽の影、という表現はおかしいのかもしれない。それでも、実質的な‘太陽’はバレットの目の前に現れていなかった。しかし光の中に一筋の長い人影があった。その‘人’こそが世界の中心で、太陽はそれを照らすためにあるかのように。その‘人’は翼のように十字架をまとっているように見えた。本当は、墓を背に立っていただけなのだが。そして、バレットはその長身の男の姿を知っていた。
「……ダイン、…おまえ、なのか?」
「懐かしい声だな……。忘れようにも、忘れられない声だ……」
「いつか会えるって信じてた。オレと同じ手術を受け、生きてるって。…ダイン、聞いてくれ。オレ、おまえに」
 謝らなくちゃならない事がある。そう、言う前に目の前に立つダインと目が合う。相変わらず長身な男だ。4年前よりももっと逞しくなった気がする。4年という歳月は更にダインを貫禄づけているようだ。バレットの思い出の中の彼よりも、肩幅が広くなっているように思えたからだ。それはやはり、思わずチラと目をやる自分の体にもあるギミックアームの人工的な冷たさ。4年前のお互いにはなかったソレ。その銃の、そして自分の体の一部について思わないわけにもいかない。
 バレットは今まで、間接的にではあるが多くの人々を殺めてきた。もちろん、ダインが撃ってきた人らの姿を、バレットも見た。だが、それでもダインには腕にある銃の姿は、ひどく不釣り合いにしか見えない。やはり二枚目だからだろうか。優男だからだろうか。
 更に4年前と違った所があった。ダインはどこか遠くを見ていた。目の前のバレットと話しているのにも関わらず、彼はどこか遠くの何かを見ているのだ。ひどく虚ろな目をして、そうしながらもバレットに向けて言葉を発する様は異様な光景としか言いようがない。その光景に、バレットは背筋がゾクリとするような思いを感じる。
「声が………声が聞こえるんだ。エレノアが『お願いだから、バレットを恨まないで』ってさ。だから俺は、あんたを追っかけるのをやめといた」
「自分の愚かさは知っている。だから、許してくれ、なんて言わねえ…でもよ」
 バレットはダインに向け、これまで抱き続けてきた思いを問いかけようとした。しかし、その言葉を遮ったのは、ダインがバレットに歩み寄ってきたからだ。目は先程とは違う。奇妙な揺らぎをたたえながらもバレットを映しているようだ。ダインが踏みしめる大地の音は、バレットが今まで踏みしめてきた乾いた土の音と変わらない。そのイコールした部分を感じれば、互いに同じ場所にいるのだという事が今更ながら実感できる。安堵にも似た不思議な思いがバレットの心の内を包む。
「でも、だから、何故、…言い換えなんて、いくらでもできる!俺が聞きたいのはそんな事じゃない」
 ダインが放った言葉。それはバレット自身であっても、聞きたいと思っていた言葉。だからこそそれに瞬時に言い返す事なんてできない。それを理解しているからこそ、答えを紡げぬ自分を戒めるように、バレットはぎゅっと己の左拳を握った。これ以上に力を込められぬくらいに、強く。
「おまえの、心からの言葉を、俺は聞きたかった!」
 腕はバレットの胸倉を掴んでいた。それでもバレットは恐怖を感じる事はない。ダインの眼には自分が映っていたから。
 強く胸倉を引き寄せられる感覚。それでダインの表情を見つめ直す。見上げたダインの顔は怒りに、そして微笑みに彩られた表情であった。バレットは問われた言葉に返す言葉が見つからない。ただ、見つめ返すばかりだ。目は逸らさない。それが唯一できる事だった。
 ダインの眼に射ぬかれてバレットが思いついた、たったひとつだけ光明のように言葉が思い浮かぶ。ひどく短い言葉。
「……………」
 しかし、それを口にする事はできない。容易いようで難しい。何かが壊れてしまうような恐怖がバレットの心を襲う。そう思いながら、必死で次に紡ぐべき言葉を探す。全然冷静さなんて残っていなかった。ひどく狼狽している。自分でも分かる程に。そして、ダインの顔はもはや眼前に迫っていた。
 会いたくて会いたくて堪らなかった親友との再会は、どうしてこんなにも重苦しいものとなってしまったのか。唇を噛み切る思いで前歯を自分の下唇に強く立てた。そうしたかったわけではない。悔しさを抑えようとした挙句、思わず出てしまった行動に他ならない。
「関係ない人間を殺して、何になる?!何故こんな事をしてんだ、ダイン!」
 バレットが押し出した言葉は、4年間の全てを埋めてほしいがために出た言葉だ。しかしこの言葉はダインが望んだ言葉ではない事も分かっていた。それでも、ダインの眼光を含め全ての変わってしまった事に対して、聞かないわけにはいかない。親友として。バレットは再び唇を噛み締める。それは先程のような勢いではない。だが、既に切れていたらしく口の中には血の味が広がった。
「……何故?!理由を聞いてどうする!? それで殺された人間は納得するのか?神羅の言い分を聞けばコレル村の人間は了解するのか?理由なんてどうでもいい!与えられるのは、銃弾と不条理…。残されるのは絶望と無の世界…。それだけだ!!」
 ダインから浴びせられたのは悲痛の叫び。彼が4年間も一人で背負ってきた十字架。後ろにあるダインの家族のために建てられたのであろう、質素な墓が織りなすシルエット、そしてダインを照らす十字架の影。あまりに全ての事が彼のセリフにマッチしている。
 一つだけ、マッチしないものがあった。それはダインの表情だ。彼は口を笑みの形に歪めていたのだ。悲痛さは声色にも滲み出ていた。ひどく自分は苦しいのだと。しかし顔は目を細め、口を歪ませている。愉しんでいるかのように。
 何故。また言うのか、と問われる前にその言葉は喉の奥から出す事はない。バレットの口はダインによって塞がれたからだ。
 気付けばダインの顔はバレットの目の前、それはもう、本当に目の前。ぼやける程に真ん前にあった。そして、それと同時に懐かしい感覚が唇を覆い、吸い付き入り込んできた。間違いなくそれはダインの唇であり、舌であった。親友がいつかのように激しく唇を吸っている。息苦しいのを言い訳にして、瞬時に顔が火照り熱くなった。鼓動の高鳴りも尋常ではない。向かい合って握り合う手と手。4年振りの事だった。4年前に握った手はお互いに失っていたけれど。
「ん、………むっ…!」
 4年前の事を思い出し、現状を思えばこれは異常な事でしかない。慌ててバレットはダインから顔を背けようとする。唇を奪われる感覚はひどく甘く、現状を忘れさせてくれる程の蕩けるような感覚だった。しかし、それでもバレットは‘今’を生きねばならない。ダインに詫び、そして志を伝え、共に戦っていくように。それに必要な思いは胸にあるのだから。
 無理に離した唇と唇を繋ぐ唾液の糸。名残惜しそうにそこに留まっている。いつだったかバレットはそれを思わず指で掬い取って口に入れた。本能のように、実に考える事なく。だが現在はどうだ、揺れる事なく唾液の糸はそこに伝わったまま。それを見つめる眼前の目、ダインの目。バレットはその目を見つめていた。自分を映してはいないが、間違いなく自分の事を感じ、考えているであろうその目を。そしてその目が思う事を一欠けらでもいいので読み取りたい、そう願った。揺らがない目の代わりに唾液の糸が揺らいだ。細くなっている。どちらが動いたのか分からない。糸は弱々しく細くなろうとしている。ゆらゆら、ゆらゆらと。
 ぢゅるるるっ…。
 空気を吸い込む音、ものを飲み込む音、口を舐める音。ひどく卑しい音がそこに響く。それと同時にバレットとダインがいる場所がどれだけ静かな空間であって、誰も邪魔をしない場所であるかという事も理解できた。理解した途端にバレットはゴクリと低い音を立てて息を飲み込んだ。
「そういうの、エロいな。……………だったか?」ダインの声が静かに響く。それは笑みに少しだけ歪められていたけれど、そんな事は少しも気にならない。ただバレットは嬉しいという思いだけがあった。十年以上前の事を覚えている親友に。どれだけ歪んでしまっていても彼の事を許そう、そう思った。覚えているのか知りたくて、ダインがダインである事を信じたくてバレットは唾液の糸を前のように啜って飲んだのだから。
 本当は違う。単に勿体ない、そう思っただけの事だ。ダインのもの全て失いたくないだけ。それを思うと先程問われた問いが頭を木霊する。バレットの心からの言葉を聞きたい、という言葉。その返答が喉元まで出かかっている。何年も、十年間以上も…

 バレットは急に訪れた首筋への激しい愛撫の感触に思わず声を洩らす。反射的に強張る体には強く力が入っていて、その強張りを解くためには呼吸を詰めないようにしながら、その感触に身を任せるしかないのだと瞬時に悟る。最初は噛みつくような愛撫を施していたダインの口は――多分、確かに噛みついていたのだろうと思う――急激に優しさを取り戻したように、バレットの首に浮かんだ筋を丁寧に舐めて鎮めていく。ダインの舌がぬるりと蠢く度にバレットは、思わずビクリと身をひくつかせる。このような感触はいつ振りの事だっただろうか。ダインの舌がバレットの首を撫ぜるうち、バレットは寒がりのように鳥肌を立てていた。だが、それは嫌悪からでないのは明らかであった。その証にダインが目の前の親友の股間を眺めながら笑い、口を離したのだから。
 しばらくの間、聞こえたのはバレットの呻きに近い、抑え込んだ喘ぎ。ボロいベストを剥いで彼の乳首をゆっくり丁寧に、口に含み舌で転がし時には指で捏ね回し、また咥えては卑猥に音がする程に強く吸い付いたりしながら刺激した。もちろんバレットの弱い所であったからこそソコを丹念に弄り回した事は口にするまでもなく明白だ。
 バレットの思いは葛藤の狭間にあった。
 やめてほしい・やめてほしくない
 言葉にはできないが、相反する言葉の意味の中、行ったり来たりを繰り返している。そして、それは何度考えても答えが出ない。いや、むしろ冷静な考えが出来ない程に親友から与えられる快感に溺れている。それだけの話である。
 ダインの舌はバレットの筋肉の筋をいつの日かのようにつつぅ〜、とゆっくりナゾって焦れるような快感を与えていた。その痺れるような甘い快感を感じる度、バレットは正気を失いそうになっていく。もちろん大切なものを失わぬよう、バレットは歯噛みしつつ己を取り戻そうと躍起になる。それを嘲笑うかのように、数度目の噛み締めた唇を緩く撫でるダインの舌の感触が心地好い。
「……バレット…」
 低く囁くように告げられるダインの声は、実に耳に甘美な音を響かせる。それと同時にふぅっと吐息を被せられたのだから堪らない。
 心臓はドクドクと緊張に脈打ち続け、それをどうする事もできずに熱として発散するしかない体はひどく火照るばかり。気付けばいつの間にか耳から離したらしいダインの顔は今や眼前に迫っている。まるで唇同士を合わせようとしているかのように思える程。
 互いの唇が合わさるかと思われたその時、首筋に軽い痛みが走る。バレットは呻きをすんでの所で堪えた。否、軽い痛みによる声だからこそ、抑える事が出来たのだと言えよう。今までのような快感であったのなら、抑えきる事などきっとできなかっただろう。
 バレットの思いを見越したように嗤うダインの笑顔が目の前にあって、それは実に正常な精神を掻き乱すには十分すぎる。何より、バレットの目に映るダインの目は、思い出の中の彼と寸分違わぬ優しい色を放っていた。それは意外と言うしかない。理由など馬鹿馬鹿しい事この上ないが、今までの顛末を知らぬ者にはきっと理解に苦しむ事だろう。
 神羅、そして神羅の言葉に踊らされた親友であるバレットの同意により、故郷と妻子を奪われた男のできうる目ではない。
「…っ、よせ!ダイン」絞り出した言葉は、今までダインの舌によって嬲られつつある痛みには強いが、快楽には弱い体にはありありと意味のなさを見せつけるかのように、快楽とこれから起こるであろう快感に身を捩らせつつある意思の弱さを嘲笑う身体を思い起こさせるように、ひどく掠れて聞きとりにくい声だった。思いの上では今の状況で、昔の思い出のように抱かれたくなどない。しかし、体は蹂躙されつつあるこの状況を望んでいたかのように、じくじくとダインが行うであろう行為を愉しみにしている事もまた事実。
 がり、と音こそ立てずにダインの前歯が弱くバレットの乳首を上下の歯で挟む。思いもよらぬ痛みに今まで押さえていた声が洩れる。きっと聞きとってしまうだろう。今まで何度となく彼の体を抱き組み敷いてきたダインの事だ、痛みによる声に密かに混じる甘い疼きを隠せぬ喉を鳴らす音色を。そんなバレットの意図を無視し、ダインは親友の体の中心の窪みに舌をぬるりと這わせる。
「……くあ、ぁぁっ、…ひゃあぁ」常は低いはずの声が今は高く裏返り感情も隠せぬあられもない声と、ビクビクと抑えられぬ反射による体の蠢きと。
「感じたのか? 臍なんぞ普段イジられないものなぁ…」ダインの声はひどくサディスティックに響く。
 声にされてしまえばソコを舌で弄られたとて、むしろ快感が伴う場所でない事に激しい恥じらいが生まれる。感じた、と言うにはあまりにむず痒いだけの感触が与えられた、それだけの場所である。しかし、興奮した事は隠しきれない。数分前よりも息を弾ませる程に体も、そして心もバレットは熱くなっている事は誰の目にも明らかである。むろん、それが性的な快楽によるものかどうか、それは見ただけでは測りかねるのだが。だが、快楽でないのならなんなのだろう? バレットはダインの身を己の身から離す事ができずにいた。そして気付けば彼はバレットの股間にまで手を伸ばしているではないか。



 常よりギミックアームを装備したバレットは、装甲を厚くする事はない。それはむろん同じ体である親友のダインとて同じ事。腕以外は生身に近い彼らに守るものは、この場ではないと言ってよいだろう。
 思い出すのは4年前のあの日。
『キャハハハハハ!』
 まったく下品に笑う女である。名は、…スカーレットとか言ったか。そんな事はバレットもダインも、どうでもよかった。相手は神羅の者であるという事さえ確かならば。
神羅を撃つ事ができる体に。
 それは驚く程、示し合わせたかのように同じ思いをもって、同じ医師によって改造された。それは数日程後に改造に及んだバレットが間違いなく聞いた言葉である。
「少し前、おまえさんと同じ手術を望んだ男がいた。………知り合いかい?」
 どくん。 と心臓は高鳴った。間違いなく、その男と言うのは親友・ダインである事は明白。コレルから近い医師を訪ねる男など、他に思い当たらない。もちろん確証などないのだが。
 バレットは答える必要もないと思った。だから医師の言葉を聞かないフリをして、医師から目を逸らしていた。ダインだ、などと言った所で意味があるわけでもない。腕を武器に変えた男の話を聞きたいわけではない。何故なら、腕が武器になった男などに見える未来は限られているからだ。いや、それを予想できるから、だ。
 しかし、答えないバレットの様子を見て医師は納得したように静かに頷いた。医者というのはムダに頭がいいので言わんとする事すら理解してしまうのかもしれない。バレットはそう思うや不快に思ったものだ。
「その男は、左腕を銃にした。…目は、そうだね、君と同じ目を、していた」
 医者の分かったような微笑と、目の前のダインの冷たい笑みが重なる。




「ふう……っ、やめっ…」ズボンを穿いたままの股間をつ、と撫で上げられる。それだけでひどくもどかしい快感が体の中を巡っていく。不思議なものだ。快感は触れられた所から来るのにも関わらず、伝わるのは、痺れるのは脳。震えるのは体で、ゾクゾクするのは背筋。
 4年前に分かたれ、会う事もなくなった親友同士、あの忌まわしき日から望んでいた感覚に、ひどく懐かしさと気恥ずかしさと、快感を覚える。理性のままに求め、触れあいたいという気持ちはもちろん、バレットにもあった。ダインがこうして触れてきた事は、昔の事は『ただの思い出』ではないのだという事。それがひどく嬉しく、心地好く感ぜられたからだ。
「俺の願いを教えてやろう」
 ダインが声と共にバレットのベルトを外しに掛かる。似たような格好をして生きてきた男達である。カチャカチャとベルトのバックルを外す音が聞こえたかと思えば、やや乱暴にそれはいとも簡単に抜き取られてしまう。それと同時に、ダインのないはずの手がズボンの上を撫ぜる。見てみれば股間に銃を押し当てられたような格好になっている。撃つ気であればいつでも撃てるが、そうしないのはその気がないからだろう。本来ならば背筋が凍るような体験なのかもしれない。それを感じないのは、ダインの呼吸が上がっているせいだろう。上がりつつある陽の光に照らされて、ダインの俯きがちな顔が陽の光以外の何かに、僅かに染まっているように見えた。
 ジィ、と聞きなれた音と共にズボンのジッパーが下ろされ、間を置かずにズボンとトランクスが一緒にずり下ろされる。触らずとも一瞥すれば分かる程に勃起していたチンポが、勢いよく上にあるダインの顔を向いた。そのあられもない様に、バレットは恥ずかしくて堪らず目を逸らす。
「俺はな、壊してしまいたいんだよ………」
 呼吸に近い声色でダインが言う。その時、ゆるりとバレットの勃起に触れる。強く握ったわけでもないのに、電流が走るように強い衝撃を受ける。それも、快感という衝撃。体は硬直したようにひどく突っ張って、快感に耐える。これ以上こんな場所でヨガり声を上げるわけにはいかない、そう咄嗟に感じたからだ。
 そんなバレットの思いを嘲笑うかのようにダインの指は勃起チンポの先端に指を滑らせる。少しキスをされて、体を舐められて…。それだけで欲情してしまったなどと、身を捩りたくとも捩れない程に感じてしまったのだと、分かられるのはあまりに恥ずかしい。しかし、直に触れる前からぬめりを湛えるチンポに触ってしまえば馬鹿でも解る事。
 ダインは、バレットのチンポから擦りつけた淫汁まみれの指でそのままアナルを左右に拡げる。その久しい感覚にゾクゾクとした期待感を覚える。それと同時にダインの方も、久々に押し拡げたバレットのアナルが物欲しそうにヒクつく様を見、反射的に声を上げて嗤ってしまう。感じやすい男、浅ましい男、それが自分を信じてやまない男。…いわゆる、愚かな男。それが自分の親友であるという事に、嗤えてしまう。
「――…ここも、」
『壊す』という言葉はとても使いやすい。
 破壊的な意味で使えば、実に攻撃的なものだと思う。しかし、性的な意味で使えば、快楽を貪れると思ったちょっとマゾっ気の強い相手であれば、よい意味に取るであろう。それを代弁するかのように、目の前のバレットの体はひどく興奮していた。意味合いはひとつではないと言ってやりたかったが、その愉しみは後に取っておきたい。何より、ガキの頃から堪能したこの体を味わい直したい気持ちでいっぱいなのだ。ダインはバレットの拡げたアナルに口づけた。親友は低く喘ぐ。ケツの穴を丸出しにして何を恥ずかしがる事があるのかと罵ってやりたい。その前に快感の海に沈めてやりたい気持ちの方が先にくる。
「――街を。…街の人間を。この街のすべてを」
 ちゅぱ、と音を立てて入口なのか出口なのか分からないアナルの拡がった口の部分を吸う。吸いつく。
 吸引というのは激しい快感を伴うものなのだろうか。ダインが乾いたままの脳で思った。しかし、ふと思い出す。ダインのペニスを激しく吸いついた者が目の前に、今見下ろしている相手である事を。薄れゆく記憶の中でさえも激しくバキュームするバレットを思い浮かべる事が出来る。
 それは後でもして貰えるだろう。相手をその気にさせれば容易い事。ダインはそう思い、アナルの中へと舌を伸ばす。少しでも中へ入り込もうとするものに対して、穴はひどく貪欲に吸いつくように絡みついてきた。きゅうと締めつけて離すまいと収縮を繰り返している。ダインはそれを焦らすようにゆっくりと引き抜く。そうする事で少しだけ顔がアナルから離れる。物欲しそうにソコはヒクヒクとねだっている。バレット自身が何も言わない代わりにソコはもっともっと、と刺激をねだっている。 分かっているからこそ、ダインはナカには触れようとはせずに、アナルの皺を舌で塗り伸ばすように丁寧に舐め始めた。
 バレットのアナルは与えられる感触を全て吸収せんと更に過敏に反応するが、もしかしたらそれが裏目に出たかもしれない。触感を優先するあまりにソコは激しく収縮を繰り返し、皺がよってしまった時はよった皮の部分がクッションとなってしまい、触感を鈍らせるのだ。しかし力が抜けて穴が拡がった際には、皮も張りたるみが無くなるため、通常時よりも感触を深く味わえる状態となる。プラスとマイナスが交互に訪れるため、皺が伸ばされた時の悦びはひと際大きいと言えよう。
 だが、そんな行為もバレットにしてみれば決定的な快感が与えられず、物足りない焦れったい心地好さばかりが脳内を犯す。今以上の快楽を、気をやってしまう程の快楽を。そればかりが頭の中を駆け巡っている自分自身に気付けば、体だけではなく、脳も犯されているのだと理解せざるを得まい。
 言葉にせずとも行動で、腰を動かして奥を舐めてほしいとねだる様に、ダインは無視をした。バレットがそう動くであろう事はもちろん予想の範囲内。先程ダインが口にした言葉など、情事にて理性の飛んだ頭には理解できなかったのだろう、とダインは独りほくそ笑む。
「――この世界の全てを!」先の言葉に続けたつもりで、紡がれる言葉。
 その時、笑った際に出たダインの舌をバレットのアナルが吸い取った。滑稽な図ではあるがそれ程にバレットが欲していたのだという事だ。にゅるん、と音こそ立てずに舌は飲み込まれた。まったく、バキュームアナル舐めなんて聞いた事がない。だがそこまで必要とされているのならば、悪い気がしないのも人というもの。浅いながらも潜り込んだ舌を利用してダインは穴を掘るように自分の頭を左右に動かす。
 急に吸い込まれた舌は、ダインの緊張を察してひどく硬く尖っていた。それはもちろん勃起したチンポに敵うものは到底ないけれど、その前戯にはよい程度の感触を与えるだろう。
 頭を振るのは疲れるし、気持ちいい事とはとてもじゃないけれども言えない。マゾならそれに反応するのかもしれないが、少なくともダインは頭を振る事で酔ってしまうのではないかという不安さえ覚えた。だからバレットの尻をぱしん、と軽く平手打ちしてやる。その時にバレットの体は強張った。もちろん反射的なものだろう。相手は体を固めたままで動こうとしない。
 だからダインは舌を相手のアナルから離す。ヒクヒクとねだっているソコの事など関係ない。自分の言い分を告げる必要がある。アナルから離した際にちゅぷっ、と水が跳ねるような音がしたのは、ソコがひどく濡れているせいだろうか。それとも、舌という場所が湿っているせいだろうか。どちらでもいい、その音はひどくダインの耳にも、バレットの耳にも卑猥に届いた。互いの興奮を煽るには十分すぎる程に十分。
「バレット…、バキュームアナルだな。あんたのケツアナが俺のベロを吸いこんでったぜ。 …何が欲しいってんだ? 言わなきゃ、やらねぇぞ」
 こんな時ばかりは、ダインも人間に言葉を与えてくれたカミとかっていうヤツに感謝する。
 言い方で分かろうが、ダインは‘神’という者を信じていない。それは自分たちが住んでいたコレルという街の、神羅が来る前の情勢をしらないだけだろうと思っている。



 神羅が来る前、確かにその状態で留めようとしたダインであったが、炭坑の村を崇拝するような思いなどなかった。ダインはバレットよりも先を見越して意見したりしていたし、むろん彼よりも頭が働くという事は村のみんなも分かっていたはずである。
「神羅はスゲェんだ!」
 どうして、こんな思いがまかり通ったのか。テレビで昼夜問わず流れるニュース中継が神羅の新しい計画と、研究と、その結果と。それを見る度にエレノアは何も言わずに目を細めて画面に釘付けになっている。その腕には産まれたばかりの娘のマリンが抱かれている。この二人が望むのなら神羅の開発した『素晴らしいエネルギー』を信じてみる気持ちにもなる。けれども、それを心に決め切れずにいたのは、ニュースを見る度に背筋に何か寒いものが走る感覚を覚えたからである。ゾクゾクと不快感ばかりが募っていく。しまいには、不快感は拭えぬものとなり、神羅という名前を聞くだけで悪寒が走るような有様。
 理由が分からない以上、ダインは反対するものの理由を説明する事が出来なかった。必死に神羅は信頼できないと告げたが、親友にさえもそれを信じてもらえなかった。挙句の果てに家族と片腕を失った……

 その時に、終わったのは全て。
 そう、全ての事が、ダインの中で終わってしまった。
 今まで信じてきたものが色を無くし、形を無くし、…
 無くしてから四年。そして今―――