ふたつの欠陥品006


joy



「んっ……、く、はぁ…あっ」
 確かに艶を帯びた声は色気が乗っていないわけではない。その声の主を責め立てる男の指先はしとどに湿り気を帯び、いや、むしろ快楽のために溢した淫液によって濡れていて、卑猥に宵闇の中、月明かりに照らされて光っていた。問題は、その声が野太い男の声に聞き間違いがない事だ。しっかりと淫穴に突き刺さった男の証がびくびくと内部で震え、堪え切れない欲の濁流が奥へと流れ込む。
 キレイにまとめてみたが、つまりはヒゲ面で野太い喘ぎを堪えながらに洩らすバレットのアナルを、ダインが久方振りに激しく責め立てていた。その激しさは周りにぐちゅぐちゅという水音を響かせて、勃起したチンポからはタラタラとだらしなくも白さを交えた我慢汁を垂らしていた。その汁はチンポはもちろん、アナルから太腿にかけてまでをも濡らし、アナルの周りに生えた産毛らをもイヤラシくも濡らしている。淫乱という言葉があまりにぴったりで、ダインは蔑むように声を掛ける。
「バレット。今までで一番グジョグジョじゃねえか? ケツアナ掘られんの、そんなにイイのかよ」
 こんな言葉を相手に投げかける時点で、まともな神経じゃないのかもしれない。そんな事は熱に浮かされたダインも、バレットにも理解できるはずもない。だがそれは過去の事、どうでもいい事だ。その時の、その時だけの快楽を求めていただけの事。
 先っぽから洩れた我慢汁を指ですくう。ダインが触れたソコがどくどくと脈打つように熱い。思わず踊りそうになる腰の動きを、無くなりかけの理性で押しとどめる。それを嘲笑うかのようにチンポはヒクついた。生理的な事だから仕方ない。

 平静を装うために、これまでの流れを思いだそうとする。ダインと体を重ねるような事になったのは久々だった。
 …とは言っても、そこまで前の事ではなかったかもしれない。数ヶ月、その位の単位の話。ダインとバレットは新婚生活を満喫していたのだ。
 確かに、共に青春時代を駆け抜け、青春自体を感じ合い、共感する。そんな仲だったのだ。数ヶ月間離れただけであっても、「淋しさ」を感じる事はそう不自然ではない。
 ダインとバレットの肉体関係を除いては。
「子供ができたんだ」
 そうバレットに笑顔ながらに告げてきたのは、一週間程前のことだったか。バレット夫妻はまだ子を授かっていない。故にそれがどのくらい嬉しい事かなど理解できぬまま、祝いをひとしきり行なった。ダインとエレノアの、結婚式以来のキスシーンがひどく眩しく映った。産まれるのは雪の降る時期という話だった。

 あれだけ喜び、あれだけはしゃいでいたのに、ダインは数日後にバレットと二人で久々に遊んで一緒に風呂に入り…、そう、昔のように風呂場であられもない場所まで洗ってやり、そこで熱を持て余した体を親友のせいにするように言いながら押し倒す。拒まないバレットが嫌がっていない事などお見通しだ。ダインが望むようにコトは運び、見下ろす親友の体は興奮のあまり赤黒く火照っていて、下半身の辺りはヌラヌラとテカッていた。伸ばした指が離れようとすると、ソコから名残惜しげに伸びる我慢汁が指と糸を引く。互いの唇同士もそういった繋がりはあったが、見る度に思う事はひどくイヤラシく、ひどく官能的であるという事。つながる二人分の粘液を見ると、ひどく性衝動は滾ってしまった。
 どちらからも妻の名前は出ない。悪い事だと思っているからではない。心の底から、昔に還っているだけの事。
「前より逞しくなったんじゃねえ?」ダインの言葉と、行動は裏腹である。バレットはダインから与えられる刺激に声を殺している。キュッキュ、と尖った乳首を摘まみあげて指の腹でくりくりと捏ね回す。片方の手が胸板から腹筋を緩く撫でる。
 確かに彼らももう三十路という年齢だ。体にも脂が乗ってきたし、それはいい意味で言えば仕事ぶりにも言える事だ。前よりも筋肉質になった体。炭坑夫は体力を使う。嫌でも鍛えられるというわけだ。
「俺としちゃあ羨ましい話だぁな」元よりダインはスレンダーな体型というだけで、一般的に見れば鍛えられた体はモデルのようで、バレットに羨望の眼差しを向ける必要などないはずなのだが。昔から『強い男になりたい』だなんてヒーローに憧れる少年だったのだ。根本的な考え方は年を重ねても変わらない。
 ダインの舌が分厚い筋肉の上をゆるゆると這い回る。ヘソの近くにまで舌がくるともう堪らない気持ちになる。バレットも負けじとダインの股間を掴んで揉んでやる。思わぬ反撃にダインが睨みを利かせてくるが、何を恐れる事があるか。バレットはニヤリと口角を上げて余裕綽々に笑ってやる。
「勝負だ。先にイッたほうが負け。…やるだろ?」
 負けず嫌いのダインらしい。負けたから何だとか、勝ったから何だと言うのはこの際、邪道だ。男たちは勝負という言葉が好きなだけなのだから。
 寝転がってシックスナインの姿勢を取る。互いに腹にまで反り返らんとするチンポを咥えて、相手をイカせようとする。部屋の中は熱気と濡れた音と、低い呻きに支配される。どこが感じるのか、そんな事はお互いに分かり切っている。弱い部分をピンポイントで責めてやると、ダインから腰を引く。負けを認めた? 珍しい…。バレットが横になったまま親友の姿を見上げる。
「溜め過ぎだな。すぐイッちまいそうだ。勿体ないから少し休ませてくれよ」
「………あのな。その間オレァ、ナニしてろっつーんだ」
 同じようにバレットもダインの傍らに体を起こす。起こしたのにも関わらず、すぐに体は横たえられてしまった。
「その間、ちゃんとイジッてやる。安心しな」
 不意打ちのためにどうやら負け面晒したらしい。気付けば、いくら全てを見せ合った相手とは言え、ひどく恥ずかしいポーズを取らされているバレット。ダインの肩に足を掛けて、股間にはダインの顔。呼吸が当たるのが分かる位に至近距離。その様子が分かる、要はマングリ返しなる格好なのだが、この場合はチングリ返しになるのか(…と、こんな疑問は、今はどうでもいい)。
 ダインを制する言葉は後回しになってしまった。ぬちゃ、と生温かくアナルをぬめった感覚が行ったり来たりする。それがダインの舌だと感じるまで、そう時間は掛からない。ただ、ひどく考えるのが億劫で、その与えられる感覚に身を委ねたいと思う事だけが、本当の事に思えた。思わず洩れたバレットの喘ぎに、久々である事も相まってダインはひどく興奮を覚える。だからこそ今まで以上に焦らしてやろう、そんな気すら起こす。
 二つの玉を、片方は揉み、片方は舐め回してやる。気持ちよさそうな吐息が聞こえたらそのまま吸い付いてやる。それを左右逆にして再度行う。股間の下と後ろの方ばかりがヨダレでべとべとになっている様子は、灯りに照らされてひどく淫靡に映る。その間、片手はアナルの入口を擦って刺激し続ける。それでも決定的な刺激にはならずに、本能でヨガりたいバレットはしらぬうちに腰を揺らした。舌が縫い目をナゾり浮き上がった筋をチロチロやるようにすると、そのもどかしい感触に声を上げる。
「ッ、ダインっ!ソレじゃイケねぇよっ。もっと、先っぽとか、ナカとか」
「たく、堪え性がねえなぁ…。玉だって大好きじゃねえか。ま、いいや、行くぜ」
 自分が責めておきながら呆れたような声を出し、今度はバレットのカリを口に含む。待っていた敏感な所の刺激にビクリと大きく体は反応する。しばらく触れてもいないのに我慢汁が溢れてねばついていた。先端の窪みを抉るように舌を硬くして挿しこむようにする。そうしながら、両手はチンポの付け根の辺りで何かをしている。
 不意に異物に締めつけられる感覚。根元を縛られたと気付くと、これから起こる何かが恐ろしく感じられ、不安を隠せない目をしながらダインを見つめるバレット。ダインもそういう目をして見てくるだろう事は予想済みで、涼しい顔をしてバレットを見返していた。
「俺が1回以上イクまで、イカせてやんねー」
「はっ?!何言ってんだダイン!?意味わかんねぇっての」
「ついでに。コイツはさっきの‘お返し’だ」
 指先でクリクリとしつこい位に鈴口をいじくり回す。嫌でも洩れる我慢汁と、情けない喘ぎ声。さっき、というのはどうやらシックスナインをした時に、ダインも――というか、男なら皆――弱いソコを責められた事を言っているらしい。指はすぐに我慢汁で滑りがよくなって、もっと気持ちよさが増す。そうやって射精感を高められながら、鈴口をいじくる指は伸ばし、もう一方の手はアナルの傍らに添え、穴を拡げるように左右に力を入れてやる。入口はいじられて既に熱く濡れているソコに口づけて、舌をナカへと伸ばす。汚い箇所だという背徳感は何度この行為を受けても消えるものではなく、それを思う度にバレットは背中にゾクゾクとしたものを感じるのだ。

 その日は久々だったせいか、ひどく時間を掛けてセックスにまで及んだ。
 結局ダインの言葉通り、ダインがバレットの中に2回も精液を吐き出してから、3回目に戒めを解いてくれた。バレットはと言えば、本当は頭がおかしくなりそうな程にヨかったのだが、それを素直に口にするのは些か不公平な気がして、わざと面白くない顔をしてやった。射精後の気だるさで二人ともあまり口を利かなかったのだが、タバコが旨いせいもあった。
「随分濃かったじゃねーか。折角、子種残しておいてやったのによ。ご無沙汰だったのか?嫁さん泣くぞ」
「忙しかったからな…。ま、オレらは淡泊だしよ。ダインのトコは凄ぇんだろうな」
 二人が吐き出すタバコの煙は、朝に近い闇をバックにうねうねと心細そうに上ってゆく。まだ冷めていない体を冷ましに外に出るのもいいかもしれない。だが、そうするにはあまりに頑張りすぎた。少々腰が痛むのである。
「勘違いするな。俺もセックスは淡泊だぜ。おまえの方が淡泊だ、なんて信じられないな」
「どーゆう意味だぁ?!」
「……がっついてるし。ヤラシイし、自分からガンガン腰、押しつけてくるし。どー考えても淡泊だなん」
「っだあああ!!!ダインっ、おめえこそ、明るいトコでじろじろ、人に、あんなカッコ、させるわ…」
 二人で同じ格好を想像したのだと思う。バレットが自分で言っていて顔を赤くしたのを見てダインはただ「アホ」とだけ言った。
 不思議だった。同じような考えを初めて、三十歳という垣根を越えてから話し合った。別にセックスが嫌いなわけではない。出すものを出さなければ苦しいのは同じだし、味気ないオナニーよりは肌が触れ合う方がずっと良いはずだ。それでも恋人や嫁相手にはそんなに貪欲になれずにいる。そもそもの興味が薄いので、セックスも実に淡泊なものになった。
 女房相手にはそんなものかもしれない。相手は自分の家族であるし、相手に対しての安心感のようなものが、激しいものを求めなくなるのかもしれなかった。しかしここで覆されるのが、恋人という存在だ。特に付き合い始めた恋人というものには、誰しもとても興味が湧く。もちろんそれは肉体的な事だけではなくて、過去や思想にも興味が湧くのだが。それでも恋人とのセックスは実にノーマルな、時にフェラチオすらない、ひどくスベスベしたものだった事もある。それは、相手への気遣いもあるのだろうし、嫌われたくないと思う気持ちもあったのかもしれない。相手の顔色を見ながらセックスをするのは、相手の事を思えば思う程面倒な事に思われた。何より、好きで付き合って、やっとデキた相手に限って、ヤッている時に他の男の事を考えていたり、随分遊んできたような緩さだったりと、実に興ざめな事もあった、とダインは苦笑を洩らす。
「そりゃあ女運の問題だと思うけどよぉ…」殆どの所は考え方が一致していたが、やはり相手が悪い感は否めない。
「ま、何はともあれ、全ての面でおまえとの方がウマが合う、っつーこった」
「こんなことしてるなんて知ったら、ミーナもエレノアも、卒倒しちまうかな」
「怒るか泣くか、だろ。女は。AV見てオナッてるってだけで怒るのもいるくらいだぜ?」
「オレたちみたいに気楽なのがいいよな」
「だから、おまえがいいんだ」

 複雑な気持ちだった。
 ダインの話の内容は本当によく理解できた。バレットも同じ気持ちである事が殆どだったから。しかし、『妻』と『親友』で全く別物として非常に大事に思っていて、それはどちらも選べない程なのだと、そういった気持ちが伝わってくるのが、寂しいような、切ないような、そんな気持ちにさせるのだった。
 その日、余った性欲を、やはり女房に使ってやるべきか、と思うバレットだった(しかし、寝て起きて…心変わりがないとは限らない)。







 空は僅かに白んじていた。
「…夜明けが、近い、…か」バレットが独り呟く。
 荒れ果てたコレルプリズンで出会った男たちは口々に同じ言葉を口にした。
『ここに来たからには、死神野郎と言えど、ボスの許可を得るしかない。だが、おまえがボスに許される日なんて、死ぬ以外にないだろうよ』と。
 その言葉は、この地のボスと呼ばれる男の姿を無言のうちにバレットに教えてくれていた。その男の名を「……ダイン」親友の名を、バレットは静かに呼ぶ。
 他者を傷付けるために、己の体を改造して生きる事を選んだ親友を目にするのは、ひどく辛い。だが、その決心をさせたのは、させてしまったのは自分である、とバレット自身は心を奮い立たせ立ち上がる。
 数時間という長い時間を掛けて、ゆっくりと踏みしめた大地のザラザラした感覚は実に気持ち悪い。砂利道がこんなに埃っぽくて気分の悪いものだったなどと、生まれて初めての事だ。それはこれから起こる悪夢を予知しているようだ。淀んだ空気に思わず辺りの空気を蹴散らすように、無駄な動きをしてみる。自分の目の前に広がる空気を、いくばくかきれいなものにしてみようと片手を、ギミックアームでない方の左手をブンブンと振って、僅かな足掻きをしてみる。だが、やはりそれには何の意味もない。空気も変わらないし、闇もまだ明けそうにない。
 ふと足元に何かの感触を感じる。足の脇に軽く触れるように。
「っ?!」急な事だったので驚いた。今までに、そう、コレルプリズンに訪れるまでに何度も見た光景だった。息絶えた者の姿。思い出の中で見慣れた、あの神羅の制服を意気揚々と着て、まるでそれが誇りであるかのように襟はしっかりと立ったまま。しっかりと急所は撃ち抜かれて一撃の元に死んでいる。
 その神羅兵の姿を見ると、四年前にスカーレットと共に訪れた、神羅兵らの姿が目に浮かぶようだ。バレットとダインを分かつ源、家族を失わせ故郷を消し去った、憎き神羅。唾を吐きかけてやっても何の罰も当たらないだろう。バレットの胸の奥をぐりぐりと抉るその思い。だが、ダインが一撃の元にとどめをさしたのだ。それ以上に手を下す必要などないだろう、と。バレットはその亡骸に一瞥くれてすぐ、顔を逸らし歩を進み始める。やらなければならない事がある。


   おまえに謝らなくちゃならない事。
   おまえの娘が生きていると伝える事。
   おまえと同じ志を持った仲間がいる事。