ふたつの欠陥品005


joy


 思い出しながら、椅子を相手にケツに指を突っ込んで腰を振る。何とも浅ましい様。こんな姿はいくら粗相を見せてきたダインであっても見せる事はできない。それに、オナニーというのはそもそも一人でやるものだから見せる必要はないのだ。
 昔のセックスの思い出に浸っていて、聞き逃す所であった外の物音。近くに民家は沢山あるのだ。コレルプリズンはバレットやダインだけの持ち物ではない。数人の者らが歩いている足音。きっと近くに住む炭坑夫らのものだろう。バレットも知っている顔かもしれない。数人の足音はてんでバラバラに小石を蹴りつつ近寄ってくる。聞き覚えのあるようなないような声が世間話を紡いでいる。内容など興味ない。今、大事なのは
これから親友に会う事について、だ。



 外を歩く者たちの音に気遣って息を潜めたのは数秒という短い間。はちきれんばかりの欲望とダインへの思いに駆られ、すぐに腰を動かす事を再開する。外の者らなどこの壊れかけた家に人がいるなどとは思っていない。しかもその人がバレットだなどと、思う由もない。ダインへの思い出に浸るように腰を動かす度、卑猥に濡れた音が響く。もう誰かの足音は聞こえない。バレット自身の心臓の音の方がよっぽど、ドカドカと五月蝿く響く。その鼓動を感じてから初めて気付く。誰かの足音にすら、興奮を覚えていたのだと。足音に興奮する事を自覚し、更に興奮を深めた。だからその足音について妄想を膨らませる。
 もし足音の主が故郷の仲間たちだったら…。もし足音の主がクラウド達だったら…。もし足音の主がダインだったら…。
 さまざまな状況を想定しながらも、不安定な体勢に疲れたバレットは腰を下ろし椅子に腰掛け直す。足をM字に開いてアナルを弄り易いようにする。恥ずかしい部分が丸見えの状態で、妄想を膨らませ続ける。前も弄らなければ達する事ができないのをしりながら、指の出し入れを繰り返す。深く入り込んだ指が腸液塗れになり、更に滑りの良さをたたえてピストンを激しくさせる。ちぢ込ませるように硬くした指の四本目の小指の先すらも、バレットの開いたアナルの中へと入り込もうとしている。
「ぐ…あ、う、っは……」
 バレットは声にならぬ声を上げつつ、この体勢ではこれ以上深く指を入れるのは難しいと思い、指を入れたままでゆるゆると四つん這いの体勢にもっていく。先に着いたのは頭。体は快楽を貪る事しか言う事を聞いてくれないようで、実に動きはのろまなカメといった具合に遅い。だが尻を上げて晒すような格好をしてしまえば、奥に入り込み易くなったのか何なのか、小指の第二関節近くまでアナルはのみ込んでいった。こんな痴態を見たら、ダインは何を思うのだろうか…。
 やはり最終的にはダインを思いながら恥ずかしい格好のまま、腰と指を動かしながら脳内を真っ白に染めて。一緒に真っ白な液を吐き出す。まったくその有様にはきっとダインならば「ションベンでも洩らしたのか?」と蔑みの言葉を愛情たっぷりに投げかけてくるだろう。そう思いながら残り汁をチンポ扱いて抜き出した。
 だいぶ溜まっていたようだ。濃くて苦そうで、変わらず生臭いザーメンはぱたぱたと落ち、朽ちたソファと汚い床を汚す。子供の頃のように勢いよく飛ばないソレを見つめながら、快楽の余韻に身を任せた。
 体は足りているはずなのに、どうしてか物足りなさにぼうっとしたまま暫くの間を過ごした。少しすると垂れ流しの我慢汁と腸汁が太腿を濡らしているのが冷たく感じられた。あれだけ上昇していた体温が少しずつ冷やされているからだろう。夕陽は沈み辺りは闇に包まれている。バレットは裸でいるわけにもいかずやっと太腿から股間までを拭い、衣服に身を通した。
 それでもバレットはその場を動く事ができない。ずっとダインの事を考え、よい思い出に心を浸していたからだ。



 初めてダインとセックスをしてから、何度もセックスをした。それは頻繁な時期もあったし、新しくできた恋人に割く時間のために久しい事もあった。まるでセフレ、互いに都合のよい時に相手を求め、快楽を貪るような関係が果たして『親友』であったのか…。考えるまでもなく彼らは肉体関係とは別に、親友であったのである。
 もちろん、回数を重ねるごとに行為もエスカレートしていく。最初は行動に移せなかった事もやってのけたし、恋人とできないような恥ずかしい行為をする事もあった。それは恋人に対しての浮気などではなかったし――恋人がどう思うか、それは問題じゃない。一般的におかしな関係だった事は互いに認めていたが、暗黙の了解のようなものがあったのだろうと思う――、だからそのような関係が十年以上もの間、築かれてきたのだ。誰にもしられる事なく。

 バレットの頭の中は、体の熱が正常に戻っていくにつれて熱の孕まない思い出へと姿を変える。何も親友と長年してきたのはセックスだけではない。
 子供の頃、ふとした事から仲良くなった二人は興味津々で悪さを働いたものだ。『コレルの悪ガキコンビ』などと言われる事もあった。決して悪い気持ちでやったわけではない、数度に渡る万引き事件。あれだけ狭くてショボイ店しかないのだ。誰がそんな悪い事をしたのかなど、大人ならばすぐに分かったのだろう。子供の人数もそう多くもない。
 バレット少年とダイン少年は単純でよくある理由なので、面白エピソードでも何でもないのだけれど、その時は意味なくスリルを求めていただけだ。まだ児童と言われる年齢だったから、大人が数人で囲んで二人が泣いて謝るまでシリを叩いてからは、二人の万引きは無くなったのだが。
 他にもあった。野生チョコボ乗り回し事件。ダインがチョコボを捕まえてきた事から始まった村荒らしのような事象。
 この時もやはり悪気など存在しない。野生のチョコボが走り回っているのをうまく乗りこなしてしまったもので、騒いでいたらほこりっぽい村にも何とか育成した畑をめちゃめちゃに荒らしてしまっていた。それが大ごとになるまで二人とも気付かなかったものだから始末に負えない。この時の大目玉といったらなかった。既に炭坑夫見習いとして働いていた二人は、謝罪だけで済むはずもなく…
「畑を直せ。毎日耕して肥料をやる!水をやる!どんな言い訳も聞かん!タダ働きしろっ!」
 断れるわけがない。近所のジジイどもに教わりながら、仕事の前や後に畑に通うハメになった。使い果たしてきた体力を更にもぎ取るような行為だ。オトナたちは悪魔なのではないかと二人で愚痴を言い合った。それすらも今やよい思い出となってしまった。
 結局畑をやるのは彼らの仕事に変わってしまった。半年、一年のスパンでやらせようとオトナたちは思っていたのかもしれないが、耕し水をやり植え生まれ来る新しい命たちを見て、やみつきにならない者はいない。
 元より炭坑で働いていて体力も気力も、外や辛い状況で体を動かすという事に苦が少ない事もあったし、何より一人で黙々とやらなければならない事ではなかったからだ。親友がいればたいていの事は辛抱がきくというものだ。


 忘れてはいけないのは、互いの結婚の事もある。
 ダインとエレノアの慣れ染めはそんなに珍しいものではない。友人のつてで知り合った彼女と付き合いだした。そんな所で、バレットはダインからの紹介でミーナと付き合う事になった。どちらもデキ婚ではなく、数年間付き合ってめでたくゴールイン。という何とも恵まれた結婚。ここまでは普通なのだかこの結婚式というのが彼ららしい。これはバレットがぽろっと口にした言葉だったのだが、
「合同結婚式、なんていいんじゃねえか?」
 貧乏人の集まる村で、二度も似たような結婚式をやる必要はなかった。それでも年寄りどもは式を挙げろと口を酸っぱくして言うし、結婚するのならば挙式しないわけにもいかない。金のかかる事だし面倒な事でもある。ならば一度にまとめてしまうのがいいだろうと言っただけの話である。それを本当にしてしまうのだからダインの行動力は侮れない。
「ダイン、それよりかおまえの引越しのが…」
 バレットは既にミーナと同棲していたので、このまま暮らせばよいだけの話だった。子供が出来たらもう少し広い家に移る事も必要だったが、まだ炭坑の仕事が忙しくミーナへの苦労を増やす事をする時期ではないと思っていた。もう少し生活が楽になってから子供の事を考えるべきだ。十分その話は二人で話し合った結果での事だ。
 だがダインは当時別々に暮らしていたし、ダインのぼろ家ではあまりにお粗末。そしてエレノアは家族と住んでいたから二人で暮らすように話していたのだったが、それより先に結婚式だと聞かない行き当たりばったりな事を言うダインを宥めようとする。
「そうは言うけどなぁ…、あのおやじどもうるさくて敵わねえんだって。まぁ家は何とか見つけるさ。それまでの間は俺のボロい家でもしかたねえだろ。まだ子供もいねえんだ」

 派手な結婚式だった。バギー乗り回して登場。もちろんバギーはバレット夫妻とダイン夫妻の二台。そのうちバレットの方のバギーが暴走して式場をめちゃくちゃに壊してしまうという、他にないようなアクシデントに見舞われた。確かにエンジン音が少し気になってはいたのだが、式場でブレーキが利かなくなるなど前代未聞だ。参加者は逃げまどい、食べ物はぐっちゃぐちゃ、それでも食おうとする村人たちの意気や、グレート。
 暴走を止めるためにバギーのハンドルをミーナに持たせて、車の運転のできないミーナのハンドル捌きがまた凄かった。近くの民家に激突するわ、神父に向かって突進するわでこれ以上ムチャな事をするわけにもいかず、バレットはバギーのエンジンを素手でぶん殴る。手から血が出るとか、もうそんな事は関係ない。ここで自分の力自慢を見せずにどうするんだ、とバレットはあの時何度己を叱咤した事か。この時ばかりは親友も声をかけるだけで精いっぱいだったようだ。
 何とかバギーを止めた頃にはすっかりエンジン煙で真っ黒になってしまった油臭い新郎新婦の登場と、壊れたバギーが黒い煙をもうもうと吐いているのが残っていた。……またゴミを増やしてしまった。
「ったく、締まらねえなぁ!」
「らしいぜ、親友よぅ!」
 どちらともなく、この時はダインもバレットも笑って誤魔化すしかなかった。
 もちろん、バギーの修理代(?)と結婚式の借り物衣装代らは、バレット夫妻の元に有無を言わさず届いたのだったが。






 いくらガレキに埋もれたからと言って、故郷を捨てる事ができない男・二人。まず間違いなくこの荒んだ場所で殺戮を繰り返している男はダインだろう。もう思い出に身を浸している事はできなかった。バレットの頭の中は冷えている。
『神羅』 この忌まわしき言葉を思い出す度に、キリキリと胸が痛むのだ。
「…謝らなくちゃ…ダインに」謝って済む事じゃないけれど。それでも、バレットは心からの謝罪を親友に届けたくて、ここまで来たのだ。ゆっくりと思い腰を上げる。
 何より、マリンの事を伝えねばならない。血の繋がった親子は、もう一度会わなければならない。
 ミーナの顔を思い出す。ダインに紹介された時、キレイな彼女に気後れしたのを覚えている。エレノアの顔を思い出す。可愛いタイプの女性だ。ダインから紹介された時、複雑な思いだった。嬉しくないわけがないのに、素直に喜べない気持ちを抱えていて、ひどく狼狽した。まったく汚い男だと自分を罵った。これはダインにも言えないバレットの心の中だけの秘密となった。

「彼女。紹介するぜ!」
 満面の笑みで言った時の様子が、まるで昨日のように思い起こせる。
「プロポーズ……しよう、って思ってる」
 誰に相談すべきか、そしてそれを相談すべきなのか、口にするのも恥ずかしい思いでひどく言いづらそうに、その時のダインは親友に向けて投げかけてきた。そんな男の姿を見て「無理だろ」などといったあまりに否定的な言葉を吐ける仲間はいないだろう。それ以上に、無理だとも思わなかったという事もある。当然、傍目には上手くいっているようにしか見えなかったからだ。
 それは事実だったようで、エレノアはダインのプロポーズを受けた。
 バレットが喜ばなかったわけではない。親友が一世一代という大舞台(=プロポーズ)で成功したのだ。そして、彼らの様子も今まで聞いている。その関係もあった中で出会いがあり、上手くいっている恋人・ミーナもいる。ダインの幸せを願わないわけがない。
 しかし、その隣の方に黒くくすぶる思いが鎌首をもたげる。ダインをしるのは自分で、自分をしるのもダインで。それは嫁や恋人にまで言えない域に到達していて。そんなやつが横から顔を出す場合じゃねえよ、と。きっと今までの恋人の誰よりもダインを理解していて、それはセクシャル的な趣味趣向にまで及ぶ…むろんダインの事も知り尽くしているし、その思いは同じだろう、と。口にできぬ思いがぐるぐるぐるぐる頭の中を駆け巡る。頭の中がおかしくなっていく、汚れていく。
 おまえより先に出会ってるんだ。とか、おまえより先にセックスしたんだ。とか、おまえより先に手をつないだんだ。とか、おまえより先に一晩を過ごしたんだ。とか、どうでもいい事が頭の中を巡って、めぐって…黒くくすぶる思いは、どんどんと大きくなっていく。恨みも憎しみもないはずの彼女に対して、ずくずぐと精神を侵されていく。塗り潰されていく。
 それも嫌だった。しかし、それを『嫌』と感じる、親友の前では清くいよう、みたいな自分すら嫌だった。そんな自分の事すらも、今までにないほどの勇気を振り絞って謝りたい、謝るべきだと、思った。



 どうしてそんなに胸を痛めたのだろう?
 それはしばらくの間、バレットの中に大きなナゾとして残っていた。「親友を取られたような気持ちになる」そこまでは理解できた。いつも一緒にいるものを奪われたのなら、こんな空虚な気持ちになるのだろうと。しかし、それ以上に胸では余る程に回る気持ちは何なのだろう? それに答えるような言葉、聞いたことがない。…故に思い浮かびもしない。
 違う。
 バレットはある時ふと気付いた。ただ奪われただけならば、取り返せばいいと思うだけだ。それができる力は自分にあるはずだし、自信もある。しかし、それが出来ないのは何故なのだろうか?
 取り返す事が出来ない。 
 オレは、勝てない。
 そう認めたからに違いない。そう、バレットは感じたのであった。それ程にダインの結婚は衝撃的なものだったのである。
 だから、だからこそバレットも時期尚早と感じていたミーナとの結婚を決めたのだった。

 ミーナの笑顔は、バレットには非常に痛い。どうして彼女は笑えるのか。間近な未来、旦那になる男の思いなど知らないからこそ、その笑みを溢せるのだろう、とバレットは心の中でそっと呟く。決して彼女にしられてはならない本音。
 好きでないわけはない。愛していないわけでもない。
 それでも、『一番』『大事』と胸を張って言える存在が女房でなくて、…‘親友’なのだと言ったら、どんな顔をするだろうか?

 そう感じた瞬間、そう思えた時、バレットの胸を締め付け痛めつけたものの正体を、彼自身は認めないわけにもいかなかった。

 意外にも、ミーナはバレットが思っていた以上にこちらの事を思ってくれていたようで、急な結婚について承諾してくれた。断られたら断られても、それはそれで構わないと思っていた、そんな矢先の事だったのにも関わらず、だ。
 微笑んで頷いた、彼女に対しての思いは嘘ではない、本物だ。しかし、それが『愛』とか『結婚』というものとどう結び付くのかは分からない。好きだし、どうでもいいと思っているわけじゃない。しかし、生涯を共にする相手として見るには、彼女を感じる期間が短すぎるように思えた。ダインの何分の一なのか。
 比べる事自体、間違っている事をバレット自身もしっていたから口にする事はない。それは、この「今、この瞬間」であっても。

 バカみたいだ。親友なのに、どうして嫉妬したりするんだろう。女房を貰うのはごく普通のことじゃねえか…
 さまざまな思いがないまぜになって、バレットの心を蝕むように責めたが、醜い気持ちが消える事はない。本当に気持ちのひねくれた男なのだろうと自分で思う。そして、どうしてこんなに‘親友’を特別に思うのか。