ふたつの欠陥品004


joy



 炭坑の仕事の忙しさもあり、彼らはしばらく二人きりで遊ぶ事はなかった。バレットは少なくとも彼女とデートをする暇もなかったように記憶している。
 それでも長い期間があれば前のような官能的な思い出も積み重なるのだが、進展する事はなかった。やはり踏み込めない領域というものがあるという事だろうか。そうだとしても、互いに気持ちよいのは変わらない。その場の快楽があればそれで良かった。深く物事を考えてなどいない。それが十代というものだ。
 しかし風向きの違った言葉が出たのは、それからしばらくしてからの事だった。
「風俗なんか遠いだろ。違ぇって。オンナだよ、オンナ」
 仲間たちとの飲みでの席である。ダインは彼女ができたという報告を、思わぬ所でしたのだ。そして彼女との初体験を済ませ童貞喪失までしていた事を。この飲み会は同年代の炭坑で働く雌に餓えた男どもの集まりだったので、内容とすればただのオカズ話である。十六、七歳という年齢は実に不安定だ。子供扱いと大人扱いの狭間にある彼らは、セックスの初体験の年齢もこの頃から早い遅いが決まっていく。
 ダインが大袈裟な話をしていると、想像で勃起した童顔野郎がトイレに走っていく。バレットは戻ってきた時にはきっと笑い者だろうと思いながらも、男の生理を嘆きの気持ちで見送った。同じ思いだったのかもしれない。彼を見送って視線を戻そうとした時、ふとダインと眼が合う。
 ダインは気恥ずかしそうに、はにかんだ笑みを見せる。
 ドク…とバレットの心臓は無意味に高鳴る。堪らずつい、とわざとらしくなってしまったかもしれないが、顔を逸らした。理由など分からない。どうして親友は笑ったのだろう。どこか申し訳なさそうに。何かを誤魔化すように。一瞬そう思ったが、理由はすぐに分かった。彼は‘親友・バレット’に言う前にみんなに初体験をバラしてしまった事を悪かった、と思っているのだと。
 理由が分かったのは、バレットが不快になっているせいだ。親友だからこそ、自分は一番最初にダインに教えたのだ。ダインの聞いた先が自分ではなくて風の噂だったのだとしても。

「……彼女な、付き合って一週間ぐれえかな」
 バレットとダインは外で風に当たっていた。同僚たちは寝る奴、家に帰る奴、クダを巻いている奴、巻き込まれている奴、いろんなパターンに分かれた。そんな中が疲れてしまって、二人でうまい具合に小休止ができたというわけだ。ただのタバコ休憩だが、うまくやればこのままとんずらも不可能ではないだろう――とは言っても、清算は後ほど多めに請求される可能性大だが――。
「言うヒマ、なかった」「さっき、聞いた」
 ダインが言い訳がましく言う言葉。バレットは何も聞いていない。もちろん、問い詰める事もしていないのに、どうして謝るように口にするのだろう。バレットは不思議でならない。そんな事を考えながら受け答えする口調は、厳しくてそっけないものになっている。
 ダインが何かを言う前にバレットは背を向けた。中へと戻っていく背中を引き止めはしない。モヤモヤした気分のまま再び飲みに戻ったのであった。


 それから少しの間、バレットとダインは本当に少しだけ、疎遠になった。
 現在になって思うと、バレットは非常に恥ずかしい。あの時の不快感というのは実に単純で、彼女に対するいわれのないジェラシーだったのではないか。
 ダインが初めてセックスをした。その相手はどこの誰ともしらない女。バレットは女でこそないが、間違いなくバレットはダインに関する性的な事に関する色々を、その当時は本人以外に唯一理解する人物だった…。それは間違いない。
 それなのに、一番最初にしったのは自分でもなく、仲間
 ……でもなく、彼女だった。
 当たり前かもしれないけど、それを激白した現場はバレット一人だけではなかった。仲間たちがいた。仕事仲間たちが。色々な事を考えているうちに、バレットのイライラは募っていくばかりだ。

 だが、どうでもいい事をある日ふと思い出した。しばらく付き合っていた彼女と別れた帰路。でこぼこの舗装されていない砂利道には、遮るものがなく邪魔くさい程に夕陽が照っている。これから夜が訪れるのだ。
 恋人と別れたのには、あまり深い意味はなかった。嫌いだから分かれたとか、浮気がどうのとか、そんな話ではない。少なくとも恨み言などない自然な流れ。単にお互いに忙しくなってきたし、あまり会う暇もないのだから距離を置いた方がいいような、そんな曖昧な話だ。元々付き合いも何となく始まったのだし、ここまで長く続いたのも今思って見れば驚きだったのだ。相性が悪いという事はなかったのだろうが。
 ダインと、その彼女の事を思う。付き合ってそんなに経たない今の時期はきっと、一番よい時期なのだろう。だが親友を横取りされたようでおもしろくない気持ちもあった。幼い頃からずっと一緒だったから、一緒にいないという事に慣れていないのかもしれない。ダインはそんな素振りを見せたりしないが、似たように思う事はあるはずだ。
 色の違う小石を蹴り続けて歩いてきた。他にする事も見つからなかったからだ。
 そういえば、と小石を見続けて急に頭に浮かぶ。バレットだってダインに恋人の事をしばらく言わなかったのだ。何となく始まった付き合いだし、わざわざ言う事でもないと思っていた。と言えばダインだってそうだったのではないか。どちらかというとダインの場合は、事が性急に運びすぎて報告する暇もなかったのだろうけれど。
 今更ながら、自分がよく分からない苛立ちに任せて感情的になってしまった事を恥じた。帰ったらひと月振りにダインの所へ電話してやろう。そう思いながら色の違う小石を蹴っていたが、やがて訪れた薄い闇に小石の色は隠されてしまった。



 自分の体の隅々、どこがよく感じるのか感じないのか。全て熟知している指であっても左腕一本だけではひどく物足りない。四年前のあの日から、親友と二人で一人分の腕しか使えなくなってしまった。それなのに親友は傍にいない。
 久々に指を飲み込んだアナルはほぐれていなくて少しキツかったが、すぐにその指を三本とものみ込んだ。ナカで動かすと言いようのないじいんとした快感が内側から拡がってくる。指を動かす度に濡れた音が響く。部屋の中の空気が黴臭いが、あまり気にならない。それよりも気になるのは濡れた音が反響する程に静まっているこの環境だ。指を動かすだけでは今以上の快感は訪れない。もっと強い刺激がないとイケずにおかしくなりそうだ。久々のコレルの空気は媚薬のように彼を揺さぶる。
 座っていたソファは少し彼の垂らした淫汁で濡れていた。しばらく使われていない埃っぽいソファだ。汚い所は理性のない今なら気になる事もない。バレットは体を起こし、ゆっくりと背凭れに抱きつくように今までとは逆に体を寄せる。その時に腰を揺らしながら背凭れと椅子の間の溝に勃起を挟み込む。ムリヤリに捩じ込んでいく。そこは本来チンポを突っ込む所などではないから彼を飲み込もうとしない。どんなに深く押し込んでも、先端が少し顔を隠す程度。これではあまり刺激は望めないだろう。バレットは諦めて勃起を背凭れに擦りつける事で快感を得ようとした。
 尻に指を突っ込みながら腰を振る。前は椅子に擦りつけられる形となる。前も後ろも刺激されて、やっと達するのに必要な‘最低限’の快楽は得られそうだ。ごりごりごりごり、腰を動かす度に甘い気持ちよさが拡がっていく。下腹部から腰に広がり、じんわりと脳に届く快感。片手で行うオナニーには前のような興奮は生まれない。ひどく、もどかしい。
 腕は2本でなくては足りない。その考えには、イコール、ダイン.が生まれる思考。
 ドコかイカレているのは分かっている。そのような思考は口にしたらきっと、蔑まれるであろう事も。だがあの日、確信した。ダインの事を想ってバレットは自分を慰め続けていたのだと。そして、ダインがいる事によって慰められていた事実を。



 ダインと、ダインの彼女とバレットと…三人や、他の友人たちを含めた何人か分からないけれども大人数で笑い合った日々。
 いずれはバレットも彼女と別れていた事もバレて。その時には慌ててダインも近づいてきたけれど、別に問題ないとういう事と、そしてその時は珍しく感情をあらわにして自分にも教えてほしかった、と告げた彼の姿に、人知れずドキリとした。
「慰め、とか……ならねぇかもしんねーけど、俺のこととか気にしねーで、教えてほしかった」
 ダインの思いのままの言葉に、ひどく感動した。親友とは、喜びや楽しみだけを共にする仲間などではないのだ、と思い知らされた瞬間。嬉しさや申し訳なさがないまぜになってバレットは、静かな笑みを浮かべるしかできなかった。まったく不器用な生き方には苦笑するしかない。
 さて。その気を使ったダインと恋人との関係は、コトが早く進んだせいか長くは保たなかった。付き合いは数ヶ月で終わってしまった。

 ひどく沈んだ顔をしながらダインはタバコを吸う。決して美人ではなかったが、可愛い彼女だった。それは誰が見てもそこそこにそう思う程度には。沈んだ肩は痛々しく、夜の闇がそれを助長しているかのように見える。上るのはタバコの煙だけで、それを吐き出すダインはただ沈んでいるようにしか見えない。それも当然だろう、好きだった彼女を失った。…確かに彼女の方から声をかけてきて始まった軽い付き合いだったのかもしれない。けれども、彼女を見つめ続けて抱き合ってキスし合って…やはり情が移っていくだろう。最初に抱き合った時に感じたドキドキとはまったく別の何かを見つけて、好きなんだろうと信じていくに、違いない。
「は、ハッハ。キズついてしょんぼり、なんてぇな、ジョークだよ。ジョークん」などとダインが笑う。ゆきずりのようにバレットがいつの間にやら終えた初体験という奴に誰にも言わないけれど、ひどくショックだったからあてつけみたいに付き合ったのが始めだったのだ、とダインは自嘲気味に笑うばかり。何を言っても最終的には同じ立場になっているわけだし、お互いがどう思っていてどうしたのか、なんて些細な問題だ。オンナとか恋人とか、やっぱり面倒くさい問題であることには間違いない。これからだってまたできるだろうこの人ら、それでも面倒と思う気持ちは変わりはしないだろう。その都度、本気で好き合ったり愛し合う事が分かっていたとしても。
 その日、前にセックスするみたいに抱き合った日を二人で思い返した。闇夜の月がキレイでそれを眺めながらぽつぽつと語った。そして、寄りかかってきたダインの顔を間近に感じバレットが目を細めると、間もなく懐かしい感触なのか新しい感触なのか分からない、外気に触れ続けて冷えた唇が唇に重なった。そうなると思って目を細めた。きっとそれもダインは分かっていたのだろうが。
 恋人でもないのに、キスがしっくりくる相手というのも因果なもの。そのままの流れでまたセックスの手前、いくところまでいってしまうよりもひどくヤラシイ行為をしながら――とは言っても、前と同じような事を思い出しながらしたのだが――、二人で寄り添って眠った。


 それからしばらくはどちらか――またはお互い――に恋人ができれば、少しだけ距離を開け遊ぶ時間が少しだけ減り、それ以外の時は休みが合う時にどちらかの家にダベリにいく。今までと変わらない関係と、そして少しだけ色づいた関係と。
 ダインの指が二本のみ込まれていく。筋張って興奮マンマンなチンポからはタラタラとだらしなく我慢汁が垂れていてひどく淫猥な様子に映る。ソコから垂れた汁を指ですくってアナルに塗りつけて現在は指が二本も埋まっているという状態だ。
 最初は指を突っ込む事など躊躇われたが、数回に渡って風呂で石鹸を使いながらアナルをほぐしてやるうちに、気にならなくなった。汚いと思うのであれば自分の指で洗ってやればいいのだし、風呂場なら石鹸もあるのだからいつでも清潔になるのだ。アナルに石鹸のついた指を突っ込まれてヨガる親友の姿というのは何とも言えないものである。
 だからと言って、すぐにチンポを突っ込んでやる気持ちになるか、と言えばそれは別問題である。他のどこよりも敏感なソコを守りたいと思うのは敏感な生殖器を持つイキモノ全てに肯定されるべき事ではないだろうか。同性だからこそ理解したバレットは指を入れる以上に進ませようとしない事に何も言わないのだろう、とダインは思っていたのだ。
 バレットのナカに入り込む指は一本から二本に増えていた。動かす度に互いの熱を高める音が響く。イヤラシイぐちゅぐちゅという水の音。ダインの指は強く吸い付かれるようにギュウキュウと締められる。ナカは熱いがヤケドするような熱さではない。心地よい熱さでソコにいたくなるかのような、そんな熱。ヤラシイ汁か石鹸か分からないヌルヌルを感じながら、もう一本指を足してみるとソコは難なくダインの三本目の指を受け入れた。更にキュウと締めつける。
 ナカで少しの間動かしながらバレットの様子を窺った。チンポからはとめどもなく我慢汁が垂れ流しの状態であったし、抑えきれぬヨガリ声も風呂の中に反響していた。女のようにヒィヒィヨガるような声ではなく、その恥じらいからひどく押し殺したような声は、逆にダインの興奮を誘う。もっと声を上げる様を見てみたい、と。
 それは、この場所ではないだろう、と狭いユニットバスを一瞥。バレットには何の前触れもなく指を三本とも抜いてしまって石鹸の泡を洗い流してやる。興奮の冷めやらぬうるんだ目でバレットが見上げる。その目に応える事はなくダインは体を動かした。「行くぜ」なんてわざわざ言うような仲でもないだろう――どうして急にやめてしまったのか。などと知る由もないだろうが――。それに、黙っていても興奮と今までの快感がバレットを呼び寄せる事など、子供でも理解できる事だ。

 バレットがダインの後ろに立つ。体は拭いた後だったが、素っ裸のダインに倣ったバレットも水滴だけを軽く拭った、生まれたままの格好で追いかけてきた。恥じらいは今までの行為を考えればそれほどでもないけれど、急にくるりと向き直ったダインの股間がしっかり勃起していた様には逆に恥ずかしい感じを覚える。反面、それを嬉しくもあり流れのままひどく寝心地の悪いベッドに押し倒されるがままに横になって、目を上げた先にいる親友の興奮にギラギラ光る目が何故か、かけがえのないもののように感じた。
「汚い……なんて、思わねえ。バレット、」
 ダインの言葉は途中で終わってしまって、今でもその続きは分からない。後は気分によって過剰評価するか、批評するかにとどまるか、それだけの事だ。その後の事なんて考えながら行動できる程に冷静な状態なはずもない。そのまま唇と唇は激しく吸い付き合ってしまうのだし、冷静になれる十代なんてこの星のどこにいるのだろうか?
 先程ダインにつられるように申し訳程度に拭かれた体を確かめるように、彼の舌はバレットの体をタッチしていく。拭いたばかりの体は水滴などないはずなのに新しい汗を滲ませる。汗以外に不純物などないはずと、いつもならば絶対に触れる事のない腋の下や脇腹、下腹部にまで舌を這わせてバレットの興奮をひたすらに煽り続ける。それでもイヤラシイと思うのはチンポに触れようとしない事。アナルまでをも間違いなく濡らしているソコに触れるには、‘お願い’するしかないのだと途中に気付く。だが、望みのままに言葉を紡ぐにはあまりにも性的な経験が少なすぎた。望みの言葉を思い浮かべる度、口にしようとする度に心臓が早鐘のように激しく打つ。
「うぁっ…?!ダイン?」思わず上ずった声が洩れたのは、今までアナルに感じた事にないような変わった感触を感じたためである。元より心臓はバクバクと高鳴っていたのに、それ以上に跳ね上がった心拍数に息苦しさすら感じながら喘ぐ。触れたものが親友の舌であったと気付くのに、そう時間は掛からない。だが、ひどく恥ずかしくもあり、嬉しくもある。ぬるぬると唾液を塗り込むように動く舌の動きに慣れつつある頃、ぬるんっと舌が中へ入り込み思わず情けなく声を上げてしまう。それが嫌で腰をくねらせその場から逃げようとするバレットを、ダインは無言のまま押しとどめんと腰を掴みながらアナルに指を二本も挿れる。風呂場ではダインの指を三本も咥え込んでいたのだ、二本のみ込む事など今のバレットならば造作もない事だ。
「ぐ、…は、ぁっ、ダイン、オ、オレ…ケツだけじゃ、出ねっ」
「ヤだね」
 思い切って出した言葉があっさりと否定された。このまま蛇の生殺しのようにされ続けてしまうのだろうか?アナルだけで射精する程使っていないつもりだったのだが。その間も容赦なくアナルへの耐えがたい責めは続いている。これ以上ない位に勃起していた。
「俺だって、挿れてえんだって…」
 耳元に囁くように言われた言葉があまりに刺激的で、キュウとダインの指を締めつけた。アナルに挿れてもいいならチンポも弄ってやる。なんてワケの分からない駆け引きに、バレットは懇願するように承諾した。
 それが親友との初めてのセックス。十五年以上も前の話である。