助けてほしい時に助けてくれない。人間なんて、そんなものだ。
苦しみは、心を荒ませる。誰しも、そんな想いはあるはずだ。

その時、とても苦しくて、物が食べられないから動けなくて、触れられることすら煩わしいとさえ感じる。
どうしてかは分からない。ただ、食べ物を体が受け付けなかった。食べようと思って食事の前に腰を落ち着けるのだが、やっぱりダメだ。口を近付けてみたが、食べる気がとてもじゃないが、起こらない。
それは、生きる者にとって、最大の恐怖だ。だって、忍び寄る影には『死』の一文字が踊っている。
だが、不思議と怖いとは思っていなかった。何故なら、生まれながらに死を悟っているからだ。死は恐れるものではない。死は常に生ける者たちと背中合わせに座っているのだ。
何が恐怖か。それは、いつも一緒にいた、アイツに伝えられない意思だ。
伝えたい。
いつも思っているが、その術を知らない。それはとても苦しいし、悲しいし、つらいことだ。
こんなふうに具合が悪いと思っていることも、伝えられずにいる。ただ、この動かなくなりつつある体を引きずって、出せない声で呼び、覗き込む。それしかないから。
しかし分かってはくれない。
どうして。どうして。他に伝える相手は、いないのに。どうして分かってくれない。
次第に、体の重さは軽くなるのに、どうしてだか、動くはずの体は、動かなくなっていった…。
ねぇ…、どうして分かってくれないの。
やがて、常に寒いように感じられるようになった。よく分からないけれど、寒い時期でもないのに、いつも寒かった。
それは、食事を摂っていないことで、体の中で燃焼されるべき熱エネルギーが出されないために、体温が保てなくなっているのだった。
そんな小難しいことは分からないが、ただひたすらに寒いと思っていた。だからいつも自分の体を毛布で温め続けた。
自分でやるしかない。そう理解した。助けを求めても、アイツには通じない。ならば、すべて自分でやるしかないのだ、と……理解した。

理解した時は、もう遅かったのではないだろうか。
その時はもう既に、軽くて重い体は自分の手に負えるものではなくなっていた。

ただ、願っていた。
ただ、思っていた。
ただ、望んでいた。
ただ、ひたすらに。
…分かってよ、と。

もう体は動かなくなっていた。目を開けるのも億劫なほどに。
だから目を閉じて過去の思い出に思いを馳せていた。
流れる幸せな時間。
ゆらり、ゆうらりと…。
助けなど求めたことはなかった。遊んで楽しければそれで良かったから。
今、アイツは側にはいない。今まで、いつも側にいたのに。
死に逝く者には興味が無い。
死はすぐ側まで足を運んでいる。隣にいたはずのアイツの存在は、いつの間にか『死』という、感じることはできるけれども、目には見えないであろうものに、変貌していたようだ。
誰もいないところで朽ちるのは寂しい。けれども、そんな時に死は温かにその身を包んでくれる。
…死は、時に優しい。
楽しかった時の記憶の中に心埋めながら、また逆に心のどこかでアイツに裏切られた、見捨てられたのだと憤りも感じる。
そんな複雑な想いを、死はその優しさで拭い去ろうとしているかのように、優しく触れてきた。その触れた部分から、言葉は無いが意思のようなものが流れ込んできた。
「最期に、君の育ったこの場所を、しっかりその瞳に焼き付けておけば、きっと寂しくはない。」
その意思は慈愛に満ちた、この世で最期のメッセージだ。そして深みのある言葉。
最期の力を振り絞って目を開け、自分が生きてきたこの場所を、しかと目に焼き付ける。
それは、死への儀式のようでもあった…。
死の儀式を終えた生命は、生きている時には絶対に翔ぶことのできない場所へと飛翔できる。それだけが、死した者への最期の最期の力。


目を開いたままの、召された肉塊が横たわっていた。
弱り切って細くなった身体で、顔色も悪い。まだ固まってはいない。先ほどまでその体の中には血液が循環していたのだろう。
だが、それも生命の灯火とともに失われてしまった。その軽くなった体を抱いて、途方に暮れていると、ぱさりとその足下に何かが落ちた。
ふとそれを見てみると、それは、あるはずのない白い羽根だった………

(2006.01.23)




☆なんか、イロイロすまん…としか言えん。
恨んでいてほしいけれど、許してほしい。勝手で、いつもすまん。
死んだ者とは死後の世界で会える、と江原サンの本で書いてあった。…ちょっと救われる気がする。(2006.2.14)


追記
これは右京さんが亡くなったので書いたんだと思います。
鬼太郎さんはもっと後だったし、別のオリジ作品で書いていたはずなので。

もう私は誰かを生かすことをあきらめました。
そんな資格のない生き物だと思いました。
だから、余計なことはしないようにしています。
幸せだった分、後悔もおおきいよね。
(2014.10.2)



2006/01/23 12:31:58