枷を嵌められてからというもの、めっきり出来ることが限られてしまった。何とかこの状況を打開すべく考えてはいるものの確かに力は付いたと思うが、打開策については一向に思い浮かぶものがない。そもそも、この穴倉から逃げようなどと無理なのか。官兵衛は悲しいかなそんなことを思い始めていた。己につけられた醜い枷は、とても惨めな有様で今の自分にはお似合いと嗤える程に出来た人間でもない。これについて考えていて、人知れず涙を流したこともある。だが、仲間がいたからこそ官兵衛は何とかやって来られたのだと真に感じる。もう、これ以上腹を割ることなど出来ない程に彼らには腹を割ったのだ。それこそ尻毛の果てまで見せる程に。惨めだと最初は思ったが、背に腹は変えられない。枷のせいで出来ることは限られている。ある日、官兵衛は絶望のためにひどく落ち込んだのだった。
「顔色悪いっすよ。大丈夫っすか?官兵衛さん」
 良き友であり、良き仲間である母里太兵衛が心配そうに官兵衛の顔を覗き込む。官兵衛の隠れた目の奥を見ようと覗き込んでくる。察されたくないがために官兵衛は前髪を伸ばしているというのに。否、ただ伸びたというのも、無論あるのだが。顔色など悟られては敵わない。それでも、どう言い繕うべきかと考えあぐねいていた。言い出すにはあんまりにもどうでもよいことだったし、だが恥ずかしくもあったのだ。官兵衛がモジモジしていると、太兵衛は困った顔をした。太兵衛としては、何でも良いから力になりたいと思っているのだ。出来ることなら、その不自由極まりない枷を外してやりたいものだが、それは敵わない。自分の非力を呪うばかりだ。そのような顔をされても困ってしまうばかりである。言葉にならぬ言葉の応酬。二人の意思は通じ合っていながら、決して交わることない。どちかが折れるしかないのだ。
「…や、こうなってしまったので、仕方ないんだが……………笑うな。…小生も、出されたものは、食う…。…その、腹が、な」
 どうせいつかは言わなくてはならないことなのだ。官兵衛は男らしく腹を括った。どんな人間であろうとも、出るものは出る。食えば出る。食わねば死ぬ。ならば食うし垂れる。それだけのことだった。分かってしまえば何ということでもないと太兵衛は笑ったが、笑いながらふと気付く。要は、しもの世話が要るということに。ぐるぐる、と官兵衛の腹が鳴った。いつからだろうか? 枷を付けられてもう数日経つ。その間じゅうずっと我慢していたのかと思えば、不憫にこそ思うが不快とは思わなかった。太兵衛はそっと歩み寄り官兵衛の広く大きな背中を撫ぜた。人間の生理現象なのだから気にすることはない。俺に任せておけ。お前のしもの世話くらいしてやるさ。その言葉に複雑な表情を浮かべる官兵衛が、心なしか可愛い奴に見えてくるのだから不思議なものだった。自分よりも大柄の、可愛げの少ないこの男相手に。
「大っすか?…なら、厠行きますかぃ?」
 他人の前で出せるものか。そうは思ったが、尻も拭かずに歩き回れるはずもない。だが恥ずかしくないはずもない。見られたいわけもない。だが、我慢しきれるわけもない。すまん、と細い声で謝罪の言葉を述べる以外に官兵衛にできることはなかった。二人で連れ立って厠へ向かう。向かう足取りはいつもにまして遅く、とても重苦しい。だが、傍を歩く太兵衛はそんなに気にした様子もない。いつもと変わらぬ態度で官兵衛に接してくれる。それがとてもありがたかった。恥ずかしさと情けなさと有難さが入り混じって、鼻がツンと痛んだ。泣いてたまるか。そう思いながら唇を強めに噛んだ。感情に流されるのは馬鹿のやることだと分かっているから。またぐぎゅう、と低く腹が唸る。これでさえ恥ずかしいというのに、大便などと…考えただけでも脳味噌がパニックを起こしてしまいそうだ。だが、足を踏み進めてしまえば厠は嫌でも官兵衛らに近づいてくるわけで…、即ち、いつかはここでも腹を括らねばならないのだった。「糞ッ、」と独りごちたら傍の太兵衛まで届いた。そして太兵衛は駄洒落かと思い違えて笑った。違う、と官兵衛は否定したがあまり意味はない。糞は糞だ。
「じゃ、どーぞ。糞」
などと、どうでも良さげに言ってくれる。自分以外の誰かの前で排泄することなど、立ち小便ならまだしも、糞などあり得ぬことではないかと官兵衛は投げ出したくもある。だが、この忌々しい手枷がそれを許してなどくれないのだ。本当に忌々しい。だが、それを口に出したところで何にもなりはしないことも官兵衛は知っている。そしてまた腹がぐるると鳴った。厠の戸をがららと開け、致し方なく官兵衛は顔だけ、後方の太兵衛へと向けた。きっと情けない有様になっていふだろうことは明白だったが致し方ない。排泄は人間の生理現象なのだから。そして、それを許して、しかも処理までしてくれると言うのだ。それに甘んじるしかなかった。不本意ながらであっても。
「じゃ、……すまんが」
「いいってことよ!」
 厠の扉は向き直らなければ閉められない。がらら、とまた貧乏臭い音が官兵衛の耳にも、太兵衛の耳にも同じように響く。閉めた扉に鍵はかけない。次に官兵衛が声をかけた時には、尻をきれいにしてもらわねばならないからだ。デリケートな場所に手が届かない自分のことが、やっぱりどうにも官兵衛は許せないのだった。しかし、許す・許さないなどどうでもよいことだ。他人にとってはきっと。そんなことを思いながら、官兵衛は便器の上へ腰を落ち着け、そこへ跨る。そしてぼんやりと金隠しを見る。ああ、こういうところがまったく格好悪いのじゃないか、と頭の中でぶつぶつ物申す。この足を開いて便器に跨る、生まれたままの格好など、どう考えても格好などいいわけもない。舐めんじゃねえよ、と思うけれど何ともしようがない。この忌々しい程に格好悪いのは今の手枷を嵌められた自分にはお似合いなのだった。そう思いながら、数日間溜め込んだ臭い糞をひり出す。ミシミシと軋む音がしそうな程、踏ん張る前に摂取した食物のカスは官兵衛の体内から外へと出たがる。尻穴が否応無く外へ向けて広がるのがありありと分かる。出す喜びを体は知っている。この開放感! 数日間の腹の状態はある意味では地獄の前哨戦かと嘆きたくもなっていたのだった。はぁ、とその喜びに打ち震えながら息を吐き出す。とぷん、とぷ、とある程度の質量を持った不要物は便器の中へと落ちていった。この出やすさからいくと丁度良い程度の水分を含んだ、健康的な糞が出ているのだろう。手枷で確認も出来ないのだった。まだ出そうだ、官兵衛は一旦大きく息を吐くと、今度は内から出易いように下っ腹に力を込めた。
 とその時、からから、と乾いた音を立てて便所の扉が開いた。どうやら終わったと勘違いしたらしい。後ろに太兵衛がいる。違う、まだ終わっていない。数日分も溜め込んだ糞は、そう簡単には腹から出ていかないのだと言う前に、小さな塊が便器の中に落ちた。とぽん。あ、ちが、と官兵衛は慌てて声を出したものの何の意味も持たない。ただ単に脱糞する情けない姿を見られたくないだけだった。太兵衛の呼吸の音だけが聞こえた。彼は何か言葉を発することはしない。この臭いだって倒れこみたくなるくらいに恥ずかしいのだ。でも、再び小さな口みたいに開いてく尻穴から冷たい風が、官兵衛の体内に僅かに入り込む。そして、それを押し出すみたいにずるっと実が出ていく。く、と声を殺して力む。出したいのだし、出すしかない。もう、恥も外聞も、この場では何の意味もないのだった。ずるっ、まだ途切れない食いカスは外へと出ていく。しかも、思ったよりデカイ…。ずるん、どぽん。便器の中へと吸い込まれていった。きっと、太兵衛はそれをまじまじと見ただろう。尻穴の皺が糞によって伸ばされていく、その瞬間まで明確に見ただろう。そう思えば、官兵衛はあまりの恥ずかしさとやるせなさに足がガクガクと震えるのだった。
「拭きますぜ?」
 官兵衛のことを気遣うようにかけられた声に、どんな顔をしてよいものか分からず、ただ黙ったまま、ちり紙で尻穴を拭われるのを待っていた。こんなことを太兵衛だって本当は頼みたくないのだ。そして、太兵衛だからこそお願いしたというのもあり、とても複雑な気持ちだった。また、それと同時に出す喜びを深く感じてもいた。出したいものを出せない苦しみは、それは思っていた以上に体に堪えるのだと思った。また、頼むしかないのだ。すまん、と言ったが太兵衛は何食わぬ様子でへらりと笑うばかりだ。本当に、良い仲間を持ったものだと、官兵衛は泣きたい気持ちに駆られたが、何とか下らない涙は堪えたのだった。


ずるり・壱


joy

13.04.27

ずーーと前から書きたかった、官兵衛のウンコネタ!
本当はマンガで描きたかったのだけど、ペンタブ握る時間もなかったので、とりあえず文書で!
上手くもないし意味もないのだけど。

ちなみに、母里っちは二枚目設定。
イラスト置き場に投下してあります。勝手な母里の捏造イラ〜


ネタとしては、前に書いた利家とまつのウンコ話とたいして変わんないんですよねw
どんだけウンコで引っ張んねん!ていう話でね、ねぎってヤツの人格疑うわ〜