※ やっぱりHなことに目覚めるオンナノコの話。ぃゃンw


 夜中に眠れない時は、竹刀の素振りをして眠るようになった。特に、身体の奥からどこへか分からない疼きが生まれた時は。それを忘れなきゃならないんだと何度も言い聞かせて、温かな毛布を、布団を、シーツを捨てて葵は寒さの中へ身を投じてゆく。そんな時は決まって男鹿の顔が脳裏に焼きついて離れないのだったが、態度にも出すわけにいかないそれ。恥じらいとかそういうレベルじゃなくて、男鹿への想いなど知られるわけにはいかない。レッドテイルの面々は既に察しているのだろうけど…とそんなことを考え出すと折角持ち出した竹刀の意味がなくなってしまう。葵はなるべく何も考えないようにして、素振りを開始した。無駄なことを考えるくらいなら、少しでも強くなった方がいい。素振りのあとは、火照った身体が冷えたベッドの温度と混ざり合って溶け合って、横になったらすぐに眠りにつくことができる。邪念も払えるし、一石二鳥なのだと感じる。



「姐さん、続き読みます〜?」
 またレディースコミックの話だった。あんなエロ本まがいのものを平気で学校で出せるなんてどうかしていると葵はいつも思う。だから返事も素っ気ないものとなった。「別にいいわよ」どうせ内容だって薄っぺらなものなのだ。あんなものを見始めたせいで夜が落ち着かなくなってしまったなどと、誰が言い出せるものか。そんな葵の思いなどまるっきり無視で、「じゃあ、」とお門違いな返答と共に由加はまたマンガを押しつけてゆく。
「由加。あんたが読ませたいだけなんじゃないの?」
 葵の呼び掛けが聞こえたかどうかは分からないが、由加はチャイムの音と共に教室を後にしていった。寧々がその様子を見て溜息を吐く。寧々も特にそういうマンガには興味がないようで、目もくれようともしない。話によれば寧々は字を読むのが得意ではないので、マンガ本もあまり読まないのだそうだ。そんな寧々だったが、チラリと本の方を見るや一言、
「子供ですねぇ」と言った。
 解っていない。葵は自分の邪な気持ちを見透かされたような気になって、人知れずキュッと唇を噛んだ。



「……ここが石矢魔町か…」
 哀場猪蔵は石矢魔の町にゆったりと降り立ち、ボンヤリと呟いた。哀場は彼女のことを思う。葵のことを。絶対に会いに行くと決めていた。沖縄の修学旅行の夜を忘れたことなどない。あの日から哀場はずぅっと葵の虜のまま、だが近づくこともできなくてすすんでもいない。同じ関東圏に住む哀場は、会いたくて会いたくてたまらない気持ちを、そのまま行動に移したというだけの理性の欠片もない本能のみの行動をとっていた。既に葵の家の場所は調べていた。いってみたい。その思いが彼を突き動かした。春休みは目前の、だが、まだ休みではないその日のうちに、数日分の単位を捨て、哀場と千代は宿をとっていた。数日間の恋の旅。妹の千代は常識を弁えてはいるものの、恋の旅なら仕方ないと、どうしても兄にはやさしいのであった。そして、兄の恋路を応援してもいる。男鹿よりあにじゃの方が…と思っているからだ。
「チョロかったな」
 ここに辿り着くまでの道程、すべてにおいてのことである。まず、石矢魔がどこにあるのか調べること、石矢魔高校の連絡先、葵の家についての情報。すべてを聞き出すのは一度で良かった。この現代においてなんと個人情報管理の甘いこと。普通ならそんなことは口を滑らせても言うものかと思うはずの、一個人の家がどこにあるかまで、簡単に喋ってしまう石矢魔の連中たるや、学校の教師らはもうすべてを投げ出したい気持ちに駆られているのかも知れないほどだ。そう思ってはいたが、葵の家を見たらすぐに納得した。心月流武術の道場を構えたそこを見れば、隠すのも無意味ということが納得できた。噂でしか聞いていなかった。石矢魔レディース最強の第三代総長・邦枝葵、東邦神姫の邦の字、武術に長けており、レディースのカリスマであるという話。門構えは立派だが、家は別段普通だった。道場は立派だが古い。古いだけにイマドキのセキュリティーなんてものは無い。早くも、哀場はいとしい葵の住む家の真ん前に立っていたのだった。二階建ての、家はまあ古風で大きめなそこそこの家かな、という印象。薄ぼんやりと明かりの灯る二階の部屋を目ざとく見つける。葵にきょうだいがいるかどうかは知らないが、あの場所が通常ならば子供部屋だろう、という位置。哀場は足下に転がる小さな石をいくつか拾って、軽々とお手玉しながらその窓を見つめる。障子の紙でよくは見えないが、スタンド程度のぼんやりした灯りの中、きっと葵は横になって本でも読んでいるのだろう。そう思い定めて小石を一つ、軽く利き手に握り直す。力など有り余っているのだから、窓が割れないように注意しなければならない。哀場は軽い調子でその石を、葵の部屋と思しき場所の窓へぶつけた。コンッ、と乾いた音がする。別の誰かが出てきても構いはしない。そこが葵の部屋であるか、そうでないのかを知りたいだけだった。数十秒待ってみたものの、窓を開ける様子は見られない。哀場はもう一度手の中にある小石を持ち直して、さらにそれを窓へとぶつけた。またコンッ、と乾いた音が、心なしかさっきよりも大きく耳に届く。やがて、部屋から洩れる明かりが揺らめいたかと思うと、カタカタと障子戸が揺れて部屋の中をわずかに露わにした。そのすぐのちに窓が音を立てて開く。夜闇に吸い込まれそうな長い黒髪が夜の風にフワリと揺れる様が、溶けていきそうだと哀場は思ってしまったので、慌てて声を掛けた。もちろん、逃げも隠れもするつもりもなかったのだが。
「おーい、葵! 俺だ、逢いにきたぜ」
 闇の中でも誰の声であるか、葵はすぐに理解した。両手を振る男の姿が、あの沖縄の修学旅行の旅へと心を戻してゆく。思ってみれば、哀場猪蔵という男は、まさに青空のよく似合う男であったと思う。夜の中で彼を見たこともあったけれど、やはり彼に夜は似合わないのだった。そして、逆に男鹿という男は夜ととても溶け合うようにして生きていると、葵は感じていた。太陽と月のような、相反するような似たもの同士なような、不思議な男たちの姿が、闇の中でゆったりと重なり合う。それを払拭するように葵は声を小さめに、でも届くように張って言葉を投げつける。
「何よっ! どうしてこんなとこにいるのよ?! 何で家知ってるのよ」
 当然の質問だと、さすがの哀場も解る。だが、哀場はすべてを一言のうちに語ったつもりだった。逢いにきた、それだけのことだ。前に「葵。俺のものになれ。お前に惚れた。心底、惚れた」脳に浮かんだ言葉はすべて彼女に伝わるように、あの修学旅行の時に口にしてきたつもりだ。できるだけストレートに。きっとその方が、葵に、勘違いされずに届くはずだ。
「葵ー。さすがに俺、寒ぃよ!」
「え、今、何時だと思って……」
「風邪引くよ、俺だってさ、」
「分かったわよ…!ちょっと待って今入れる、」
「うぁーい、ラッキー◎」
 哀場は急に現金に、家の壁を這いつくばるようにして蜘蛛のようにシャカシャカと、うまく出っ張り引っ張りを足場にして、葵の部屋のベランダへと上っていく。それを見て驚いたのは葵だ。今、確かに入れる、と言おうとしていたのだ。だが、それは玄関から招き入れる、という意味合いであって、こんな風に、コソ泥みたいに部屋のベランダから出入りさせる、というような意味合いでは、まったくなかったのだが。葵はあまりの驚きに口を開けたまま黙って、声も発せずにいた。やがて哀場はベランダの枠に手を掛けていた。もう彼の体は真近にと迫っている。なんという破天荒な男かと、呆れるしかない。ため息が洩れた。こんな無茶を軽くやってのけてしまえる破天荒さは、まるで男鹿のようだ。
「余計な気遣いはいらないぜ、葵」
 そのまま葵が何もできずにいる間に、哀場は葵の部屋のベランダの枠を両足を乗っけていた。枠に足を掛けながら降り立つ。自分が嫌がられて、もしかしたら窓から突き落とされることなど想像だにしないのだろう。この自信はどこからくるものなのか、それは葵にはまったく理解に苦しむところである。気遣いはいらないと言われても、上がり込んできたとはいえ、他人が、しかも、男の人が部屋に入ってきたのだ。葵のプライベートルームに。おかしなものはないか、とか、明かり点けなきゃ、とか余計以上に気が回るというのが人情だろうと葵は思うのだ。哀場猪蔵、この男無神経過ぎる…! だが、押しやることもできなくて、部屋の明かりを点けてから、布団の傍に置いてあるスタンドの電気を消した。祖父にはバレないことを祈るばかりである。心の中で、両手を強く組んだ。男を部屋に連れ込んだともなれば、どんな大目玉を食らうか分からないからだ。哀場が部屋の中にちんと座った時に釘をさしておくことにする。
「ある程度あったまったら、早く帰ってよ。どこから来たのか知らないけど」
「おーおー、照れるな照れるな葵よ」
「本気で迷惑って思ってんの」
「…俺が何にも感じないとでも、思ってんのか」
 哀場の発した言葉と、声。どこかマジメな響きが込もっていた。ハッとして、葵は哀場と初めて目を合わせた。彼は真剣な表情をしていた。だが、それ以上何かを続けるようなつもりはないらしい。ただ、黙ったまま二人は数秒という短い時間だったが、見つめあった。その間、葵は呼吸を忘れていて、すぐにはぁはぁと止めていた呼吸について苦しさを感じたので、酸素を体に取り込むために喘いだのだった。それを見て、真剣な表情を見せていた哀場は堪らず笑った。場の空気が和んだ。「かっわいいの」とまるで何でもないことをいうように哀場は、葵のことをどう思っているのか、いとも簡単に照らいもなく告げてしまう。その言葉に堪らず意識してしまうのは葵ばかりだ。顔に熱が集まって来てしまって、ひどくやりづらい相手だ。
「照れてる姿も可愛いぜ、葵」
「やめてってば」
「やめらんねぇ。久しぶりに逢えて嬉しいんだぜ俺はよ…ああ、マジで逢えて良かった」
 だが、哀場はどこまでも紳士ですぐ近くにいる葵との距離感を一定に保っていた。決して彼女に、己から触れようとしない。一定の距離を保っていた方がいいこともある。それを分かっているようだった。15分程度、お互いの学校の話や妹、弟らの話などをしたところで哀場が腕時計に目をやりながら腰を浮かせた。別れの合図だ、葵は思った。
「葵、今日は帰る。明日は千代を連れてくるからよ、光太と遊ばせたいな。お前の弟も、見てみたいし」
「…それなら、こんな夜中に来ないでよね」
「おう。じゃ、また来るぜ。俺は、毎日でも逢いたいんだ。そのくらいお前のこと、あの日から忘れたことなんてないんだぜ」
「………」
「大好きだ、葵。また明日、な」
 哀場は窓からヒラリと飛び降りて行った。彼の馬鹿正直な恋の呪文は、葵の胸に刺さるように入り込んでくるから言葉を失ってしまう。どうしてあそこまで自分に素直に行動できるのだろうか。哀場のことを感じる度に葵は、嫉妬にも似た感情を覚えるのだった。冷えた空気を打ち消すために窓と障子を閉めた。哀場がくる前とまったく変わらない葵の部屋。けれど確かに今までいた、男鹿によく似た彼。もしかしたら、男鹿も誰かを好きと思えばあんな風に押すのだろうか。そんなことを想像した。あ、いけない。胸がじんわり熱くなったかと思えば、その熱は身体にも行き渡る。脳も熱に浮かされそうだ。そう、葵は男鹿にこそああいう風に言われたいのだった。願っている自分と、男鹿と、哀場と。すべてを重ね合わせて脳内でぐにゃぐにゃにしているのを感じる。どこか歪んでいるような気もした。だが、それを感じるのは葵の脳内だけのことで、思うことは自由なのだった。



 再び、夜の闇が部屋の中を満たす。さっきまであの哀場猪蔵がいただんなて考えられないことだった。非日常的な今日の日。まだ胸がどきどきしている。だが、これは恋慕などではないことは明らかだった。葵が慕うのは彼ではないのだ。布団の中で悶々とする。そして、さっきまでいた哀場の真剣な眼差しが葵の中で思い出される。燃えるような眼と、想いを告げる言葉はひどく熱を帯びていて、初めてここまで誰かに、家族ではない異性に必要とされる痛みのような、喜びのようなものを胸に突き刺さるほどに感じた。だが、痛みと喜びが同じように存在するだなんて、今までに感じたことのないことだった。ただただ葵は戸惑うのだった。自分の胸の中から溢れ出るこの感情は、一体なんであるのか、まったく自分自身で分からないのだ。その分からない感情の中、頭の中と身体の中に熱が溜まっていく感覚。モヤモヤしたものを追い払いたいと思ったが、さすがに身体を動かす気にはなれなかった。自分の胸に手を押し当てて、ギュッとパジャマを強く握る。そこから浸み出してくるみたいな感覚に、ああ、今すごく感覚が研ぎ澄まされているのだ、と葵は否応無く感じてしまう。また、流されてしまう。身体中におかしな力が入る。何度も布団の中で寝返りをうつ。そうすると、絡みついてくる布団の感触がどこか心地好い。足と足に絡めて力を込める。ジワジワと這い上がるむず痒い感覚に身を任せていると、頭の中が白くなっていく。ん、ん、と押し殺したような声が洩れる。気が付けばいつの間にか、さっきの哀場のような真剣な眼差しをした男鹿が、葵のことを見つめていた。眼なんて逸らせるわけない。燃えるような、熱を帯びた眼をした男鹿のことなど、ほとんど見たことなんてないはずなのに、浅ましくもその視線を自分に対して向けて欲しいなどと願っている。感じている。下腹部から熱が、脳にまで達する。どうすればこの熱から解放されるのだろう。葵にはそれが分からなかった。ただ、布団を挟む足に力が入ってしまうのは、もはや本能的な行動と言えた。哀場が男鹿を思い起こさせる。その日、初めて葵は足の間に違和感を覚え、恐る恐るそこに触れてみた。誰にも内緒だけれど。そこは、潤んでいて葵の頭の中のように熱を帯びていた。邪だ、葵は己の身体に嫌悪を覚えた。でも、だからといってそれを口に出すこともできないのだった。


不完全燃焼な戸惑いを晒す・中



題:両手じゃ足りないよ、

13.04.21
上・下で終わる予定でしたが、ちょっと終わらなかったですね。
ということで中編
ようやくアイバー出ましたぁ!!

エッチな葵ちゃんのお話w
レディースコミックはただの引き金っていうかね……。

まぁソコまでHな話にするつもりはありませんが、ある程度致してしまう予定なので、次は閲覧注意にしとかないとね!
悶々とする葵ちゃんってば、やっぱり可愛い!!

見そうであんまり見ない、哀場×葵ちゃん的な感じでね、
前から書こう書こう!思ってたんです。


直接的な表現は避けて、間接的にいこうかと画策してますが、みんなはエロエロしいの、読みたいのでしょーか??
ちょっとねぇ、べるぜでは寧々と神崎くらいでしかエッチな感じのって書いてないんですが…

2013/04/21 18:57:21