月が明るすぎるから



 くぐもった声が鼻から抜ける。吐息ばかりがこの月明かりの空間を満たす。鼻だけで息をしないと、と必死にはふ、はふ、と足りない呼吸を貪りながら口の中に収まったものに傷を付けないように食らいついている。彼がそうされることを望んだから、葵はそのとおりにしているだけだ。彼の望むことだったら、満足にしてやりたいと葵は思う。けれど、葵はどうしてやればよいか分からず困惑するばかりで、彼が満足そうにしている姿を見たことが、まだ、なかった。自己嫌悪に陥りそうなくらい、上手くやれてないことが分かるのが、葵には辛かった。そして、彼にとってどうなのか、それを思うことが怖かった。彼の反応を見て、色々と試してみるのが良いということは分かるのだが、そんな余裕はまったくない。彼がふ、と鼻で笑った。バカにしているかのような笑い。だが、その笑いが必ずしもバカにしているための笑いであるとは限らないことを、葵は知っていた。他の、別な気持ちも込められているであろうことも。月明かりの暗さと、明るさはとてもやさしい。彼の顔が見える。でも、彼のことはよく見えない。それは、暗くて明るいからだ。笑みに口元を歪めた彼が、葵から離れようとゆっくり口の傍から離れる。ようやく自由になる口、外れそうな細い顎に負担をかけぬよう静かに口を閉じながら、満足に吸い込み切れなかった酸素を貪るようにゆっくりと呼吸をする。その時にいつも葵が感じるのは、口の中に残る不快感だった。だが、この不快感はどうしてだろうか、葵にとっての癖になりそうなほどの快感と紙一重なのだ。自分自身でもまったく意味が分からない。それを口に出したことはないけれど、態度や行動に出ているものなのだろうか、と葵は不思議に思う。そうでなければ、彼はどうしてこんなことを葵にさせようとするのか分からない。
「…邦枝。相変わらず、下手な」
 口の中に僅かに残る彼の粘液の存在が、葵の身体にきっと、産まれながらに宿る女の部分を刺激しておかしくさせる。だって、どうしたっておかしいでしょうと葵はいつも感じている。こんなことは苦しいばかりで、ベタベタした触れ合いとも違うその行為は、間違いなく葵にとって有意義とは思えないというのに、どうしてこの身体は。下手と言われてもどうすることもできない葵はいつも、ごめんなさいと小さく謝罪するだけだ。それに対して彼は答えない。答えを待っているわけではないし、彼も何かを言いたくて言っているというよりはその言葉は合図のようなものだった。彼によって、押し倒され沈められるための号令。あとは心の中だけで自分の中に渦巻く熱を発散しきれないでもやついているだけ。そして今日も。
 恥じらいは、月明かりの中に隠してしまおう。葵は抱え上げられた両足の間にいる彼の髪が揺れる様を見ながら、彼が与えてくる刺激の一つ一つに反応を示した。おかしくなってしまう。大荒れの天気。濁流に飲まれる。彼のことしか考えられない。呼吸がまた乱れる。濡れた音と荒げた呼吸ばかりが小さな部屋の中を満たしており、十分に熱っぽい空気だけが葵と彼とを包む。ふと見上げる葵の目に、彼はいつもの冷めた視線で、あられもない葵の姿を見下ろしている。急に訪れる恥ずかしさ。や、あ、と出した声はひどく媚びていて上ずった声になっていた。嫌だな、と葵自身で思ったけれど、出てしまったものを引っ込めることなどできはしない。何より彼はそんな葵を良しとしてくれている。もっと、もっともっと素直になれよと口に出さずとも、視線で訴えかけてくる。それは濡れた色を伴い、月の中で浮かぶ星のように。そうして初めて、今日の月の明るさを、葵は恨んだのだった。想いをやさしく育むには、あまりに明るすぎる。ああ、もう少し、オブラートに包んで。きたないものも、きれいなものもぜんぶ。唇にやわらかな彼の唇が重なって、月の明かりが彼の形に隠れた。波が、身体の奥から彼を待ち焦がれている。


13.04.07

お題ったーシリーズです。

ナニしてるのか、分かりますか?
分かりませんか?
マァ分からないかもしれないし、誰としてるのかも分からないので、注意書きもいらないかな、という感じで投下した次第

明るさって大事だよねって話
あんまり明るいと、なんかねぇ…後悔するんですよ。いや、まぁ気にしなくてもいいのかもしれないですけど。別に気にするようなもんでもないし。
ただねぇ、暗くないと、なんかねぇ…って思うわけです。
まぁ秘め事なわけですから、暗い中でやるべきでしょう、みたいな
まあ言っちまえば エロマン!


あと、頭の回転が良かろうと、カリスマがあろうと、優しかろうと、満足させるには足りないわけで。
どこかで苦労というか、そういうふうにうまくいかないことが、人には必ず訪れるんであって。そういうものの一つ一つが、多分幸せへつながる何かなのかもしれないと、なんかそんなふうに思うわけです。

2013/04/07 15:38:31