緩やかにのびてく



 レッドテイルの掟で異性と付き合ってもいいという御触れが出たのはつい最近のことだと思ったのだが、気付けばもう数ヶ月間経っていた。レディースでありながら異性と付き合ったものが二人、どちらも何となくしっくり来ずに別れてしまった。嫌いではないがそんなに好きになれない、という印象だった。そんなことをいったら相手には嫌なヤツと思われるかもしれないけれど。そんなことをレッドテイルのメンバーと言っていたのを聞いてしまった。もちろんそんな話などする気はなくてたまたま聞いてしまったのだが、冷やかしてやろうと顔を出したら、短い茶髪のレディース女が泣いていた。意外だ、と神崎は思った。花澤、飛鳥、谷村が一緒にいて目が合う。何となく気まずいムードになった。思わず神崎の口からは言葉にならない言葉が洩れてしまっていた。もちろん言葉ではなくて、
「だ、あ…?」
 みたいな謎の音、というべきなそれ。そうしたら、お前のせいだ、といわんばかりに三人からの冷たい視線が注がれていることに気付いた。梅宮薫が泣いている。俺のせいじゃないだろ、そう思った神崎が反論しようと口を開きかけたが、この状況自体がさっぱり分からないので、的外れなことをいうのも癪だったので、とりあえず言葉を途切れさせた。でも黙っているのもおかしいような気がしてようやく口に出来た言葉は、
「なぁ、なんで泣いてんの?」
 的外れを気にしていったことが一番的外れだったのは内緒だ。注がれていた冷たい視線が、余計に冷たく冷え切ったものとなったのを神崎は震えるほどに感じていた。なにかしたわけでもないのに。
「空気読めよ」
「フツー、見ないフリすんだろうがよ」
「最低」
 いや、そもそも通りかかっただけなんだが。とかいってもきっとムダだろうなぁ、と神崎ははぁと溜息つきながら観念した。この女どもに捕まったら、シロはクロになるし、悪は正義にもなる。なにをいってもダメなものはダメだということは分かっているので、ムダな足掻きはやめておくことにした。
 その冷たい空気の間に、梅宮薫は涙をぐずぐずと拭いて、なんとか止めようとしていた。神崎からして、この梅宮薫という人物は寡黙で木刀を持ったヤツという印象しかない。それ以上でもそれ以下でもない。そもそも大人しい性格なのか、印象自体が薄いのでそんなものしか覚えがない。レディースの一人である以上は喧嘩っ早くて、負けず嫌いだったりするのだろうけれど。涙は拭い終わったようで、泣いた痕がメイクにも現れてしまっている。目元がいつもより寂しいが、それを口に出すほど神崎も愚かではない。
「や、だって…目合っただろがよ」
 愚かではない。と思っているのはどうやら神崎だけのようで、そこを口に出したらダメでしょうということを口にしてしまう男だった。
「なぁ、…おい」
 ぷん、と香った。これは神崎がいつも飲んでいるヨーグルッチの香りだと梅宮は初めて気づく。どうしてそんなことが頭に浮かんだのだろう。それは、泣きやめないこととつながる理由があった。梅宮の頭の中には、とある男の顔があった。その男からはとても程遠い香りだと感じた。その男はヨーグルッチなんて飲まない。ジュースよりは子供染みてないけれど、オトナの香りはまったくしないと梅宮は思う。そんな意味のないことを考えてしまう自分自身に、嫌気がさす。だからといって今この瞬間、なにができるわけでもない。そして、なにかを口にすること自体、意味がないことだと分かっている。それを思えば思うほどに、溢れ落ちる涙は止まらなかった。
 冒頭の話に戻る。
 レッドテイルのメンバーで彼氏を作って、なんとなく別れてしまったという話をしていたのは花澤と梅宮だった。だが、急にこころがつめたく冷え込んでいくのに気づいたのだった。あれよあれよという間に、涙が溢れては止まらなくなった。嫌いじゃないけれど好きになれないから別れたのだと思っていた。だが、そう思おうとしていたのだと、愚痴ることでそれに気づかせられた。花澤との話が胸に突き刺さってじくじく痛む。花澤は梅宮とは対照的にあっけらかんとしている。それをうらやましいと梅宮は感じる。ほんとうは好きだった。別れたくないと泣いてすがりたかったのだと今さらながらに気づくなんて、もう遅すぎた。常に寡黙でクールなキャラとして通っていたせいもある。元々おしゃべりはそんなに得意ではなかったし、別れた彼に対しても口数が少なすぎたのかもしれない。過去にばかりこころを置いていてもどうしようもないことは分かっている。だが、今は悔やむことしかできない。結局のところ、梅宮は彼にふられたのだ。そして、それをエリカ様よろしく「別に」といって受け入れたというだけのこと。それは数日前の、なんということもなく静かに過ぎ去った過去のこと。
「俺らでよけりゃ、聞くけどよぉ…」
 言葉を選びに選び抜いた結果、神崎がそんなことをいった。この口元からは子どもっぽくもヨーグルッチの香りがする。別れた彼の口からは、近くに寄ってもタバコの臭いしかしなかった。それでもいいと梅宮は気にしていなかった。だが、今香っている匂いの方がどれだけ不快はちいさいのか。そんなことを思った。キスをしても、抱き合っていても、彼から香るのはタバコの臭いばかりだった。年上の、焦がれた男のひと。
 だから、聞きたくなったのだ。
「ねぇ……、神崎はなんでタバコ吸わないのさ?」
 情けないくらいに梅宮の声は濡れていた。しずかに鼻を啜った。不良のうちでタバコを吸わないのはなかなかに珍しい。タバコだってシンナーだって一度は口にしてみたことがある者は石矢魔高校の生徒には多い。確か神崎組の夏目もタバコを咥えていたような覚えがある。だが神崎はそれをしようとはしない。万引き事件があったときに、やった者を思いきりぶん殴ったとかいう話をどこかで聞いたことがあった気もする。確か花澤がそんなことを目を輝かせながら「神崎先輩、マジカッケェっスねー」などといっていたから、てっきり神崎に惚れているものかと思いきやアッサリと別口の彼氏を作っては別れ、先のような話をしていたのだった。そんなことを話していたことが、遠い過去のように思えた。すぐ近くにいる神崎を見た。彼は梅宮の問いかけに対して、まじめに答えようとして考え込んでいた。くだらない問いかけだというのに。タバコを吸わないことに理由なんて特にないだろうと思われるのに。そしてしばらくしてからようやく神崎が梅宮を見て答える。
「ヨーグルッチが不味くなりそうだから」
 総合して、なんだかこの神崎一というやくざの倅という男も、そう悪くはないんじゃないか。すくなくとも、タバコの臭いよりは好感の持てる香りだし。などと筋違いなことを梅宮は思った。


13.02.14

バレンタインじゃん!
ぜんぜんバレンタインネタではありません。

というか、前々から書いててなかなか書き上がらずに、なにが書きたいか忘れて停滞してて、でもなんか今日になってザーッと書き上げたものです。


ちなみに、あっしはというと、タバコのにおいは嫌いじゃない。むしろ好きですね。喫煙所によく行きます。吸わないけど、あの雰囲気が好きです。気の抜ける場所というか、必要な所だと思うんですね。
喫煙者は地方税を多く納税しています。やさしくしてあげましょうw
周りみんな喫煙者w お陰で「吸わないの?!」って驚かれます。…高いし、興味無いからですww


タバコを絶対に吸わない神崎くんとして書きました(笑)
梅宮薫と絡ませたのは、まぁ目指せ!レッドテイル全員と絡ませろ!とか勝手なことを思って書き始めたんですけどね。
絡ませるのたいへんでした。関係ないし。


ま、小ネタだと思って書いてたんで、話の内容はヘボいです、すみません。

お題 不自由なせかい

2013/02/14 17:41:29