※ やっぱり♀神崎くんなので嫌なら見ないように。



 どうして神崎くんは女の子だと認めないんだろう? べつに小さい頃にお兄ちゃんに恋してしまったとして、それをなんで恥じる必要があるんだろう? 少なくとも俺はそう思うし、恋するって気持ちはべつに妹とか兄とか、そういうことじゃなくてステキだって思うのに。ヤクザとかそんなこと関係ない。認めればいいのに。
 認めてしまえばいいのに。
 女の子として生きてるってことを。今だって、ほら。間違いなく神崎くんは女の子なんだから。それでも俺はずぅっと神崎くんって呼び続けるんだけど。



 城山は神崎に向けて言った。
「神崎さん。いいんです、アナタは無理をしなくて」
 今まで銅像みたいに動かなかった木偶の坊が言った。神崎はゆっくりと城山を見る。いつもの城山だ、そう感じた。城山は変わらない。夏目がなにかをいおうとも城山は、たしかに城山だと思った。夏目がなにかいっていたが忘れた。ただ、目の前の城山に委ねてしまえる、そう思ったら気が楽になった。ぶわっと溢れそうになる涙が邪魔くさい。どうして泣きたいのか分からない。ただ、堪らず銃を持つ手の力が抜けて、冷たい武器は転がり落ちた。まるで最初から神崎のものでなかったんだよと言わんばかりに、当たり前のように手から滑り落ちた。その重さがなくなるのは、神崎にとってはひどく心が軽くなるような気がした。だが、それはどうしてだか分からなかった。気のせいだと誰かがいえばきっと神崎は聞き入れたろう。それほどに城山が発した言葉はじんわりと神崎の胸へと染み込んでいった。それは多少なりとも時間はかかったけれど、そんなことなど大した問題じゃない。
 城山がなんだ。そう思いながらも神崎の心はぐらついていた。意味の分からない言葉にグラグラするだなんて、と考えていたのは数分前のことだったはずなのに、またべつのことでグラグラと揺れている。もう神崎の頭の中はパンクしそうなほどにあっちへいったりこっちへ来たりしている。これまで、これほどまでに揺らいだことがあったろうか。また思う。どこか拠り所があれば、と。それは本当は幼い頃からの切望だったのかもしれない。幼い頃はそれを表に出せたかもしれないが歳と共に、そして、立場という理性と共になにかを願うことも許されなくなっていった。否、許されないなどと神崎の父はヤクザの頭としてただの一言も、神崎に向けていったことなどなかったのではないか。はたと思い出してみれば願うことなど、もしかしたら自由だったのかもしれないなどと気づく。だが、やはりそれには蓋をして城山のいつも通りの顔を睨みつける。ついさっきいったばかりの城山の言葉を思い出す。無理? なにをいってるんだ、コイツは。夏目にも思ったことを、城山にも思う。
“知った風な口を利くな”。
 神崎は思いのまま城山に近寄って、彼の胸倉を掴んだ。城山の顔の位置はあまりに遠い。身長の高い城山の表情はあまりよく見えなかったが、特にへんな様子もなかった。いつもの城山であって、揺らぐ自分自身がバカみたいだと何度思ったことか。胸倉の手をぐ、と引くと城山は下を向く。呼ばれたと思って、そうすべきと思って神崎の方を見る。まるで犬コロだ、神崎は蔑む気持ちでそう思った。そんな思いなど城山には知る由もないだろう、と思った矢先に合った視線には、今までの城山には見たこともない、あったこともない目の色が浮かんでいた。ごくわずかに、だが。それがなにを意図しているのか分からなくて、城山に対して初めてどうしよう、なんだこのやろう、という相反する気持ちが混在した。神崎の胸の内はごちゃついたままで城山と睨み合う。それは一瞬のこと。
「てめぇ……、何がいいてぇ」
 それには疑問符などなくて、ただ犬コロは飼い主に従うべきと言わんばかりの詰問。それには意外にも答えずに神崎からも目を逸らし、落ちた銃を城山が拾う。その間の音や息遣いはあまりに生々しくて、しずかすぎる空間はある意味では苦痛なのだなと思うしかない。城山は手にしたそれを吐息を乱すことなく、そして、少し屈んだせいでよく見える表情は、その目は、なにかを映しているとはとても思えなかった。そんな目をした城山は引き金に指をやりながらそのまま銃口を、神崎の時とは違ってまったくブレることない手で構えながら、慈悲などない様子で夏目に向けた。いつものように城山は「神崎さんがそう言うのなら」なんてことすら言わず。
 それが、神崎は見た途端に我慢できなくなって自分の体などどうでもよくなって、城山の構える銃にすがりつくみたいに必死にやめろと抱きつきながら首を振った。思いなんていつでも言葉にならないものなのだ。必死で掴みかかった割にはその手に力が込められていなかったらしく、すぐに城山の手から銃は離れてしまった。その気がなかったのだなと初めて気づく。気づいて見上げた神崎と城山はまるで、女の側から抱きついたカップルのように映っても仕方ない。なぜなら、それは神崎の側に理由がある。銃があったとかなかったとかそんなことより、そのまま離れがたいと思った時点でどこかおかしいのじゃないのだろうか。どうすればよいか分からないままの気持ちで神崎は途方に暮れる。
「夏目をうちたくない。それが、神崎さんの本心なら……俺は、守ります。アナタの目を見れば、それは分かりますから」
 城山の目は澄んでいる。そんな目を見られたくないんだよ、と兄はいつだかいっていたことを思い出す。目は本心を表すものだし、整形できない部位でもある。そここそが本心を映す箇所なんだろう。それを少しでも隠すために、いつしか兄は眼鏡なり、サングラスなりを着用するようになった。だから、余計にブレない人のように神崎の目に映ったのかもしれない。だが、今なら分かる。この目の前にいる城山は、確かに隠さない瞳でブレが一切ない。神崎以上の馬鹿正直さで、城山はいつも神崎のことを見つめていた。すべてを悟られようとも構わないと思った上で、彼は神崎に対してももちろんその仲間らに対しても、構わないと隠さずにそこにいつもの通りいた。神崎がひっついたままの格好でいても城山はいつもと変わりはしない。夏目のように“男”になることすらない。城山はあくまで城山のまま神崎の肩を抱くこともなくそこに在った。顔を上げた神崎の目には、ぬれた声を裏切らぬくらいに涙が溜まっている。こぼれ落ちてはいないけれど時間の問題だろう、と思われた。だが、そんなことはどうでもよかった。
 本当はこの男に甘えたいのだと思った。今みたいにすがりつきたいのだ。神崎は体を離しながらそう感じる。どうして自分はこんなに弱い生き物なのだろうかと、途方にくれてしまうほどに誰かに弱いところを見せたくて、すがりたくてたまらない気持ちになっていた。寄りかかることはもしかしたら、生きて行く上で大切なのかもしれないと初めて気付いた。だからといって、その気持ちに対して急に素直になれるはずもなく、気持ちだけを持て余してしまう。すがりたいのに、弱いところを見せたくないけど、見せてしまって楽になりたい気持ちもあり…まさに言葉にするにはひどくぐちゃぐちゃで支離滅裂な思いの丈を心の中に巣食っていることを感じる。
 神崎は思いきって城山からさらに体を離した。強い力でではないが、どん、と軽く押すような格好になりながら城山から神崎は離れていく。そんな城山は神崎を見下ろしていた。いつものことだと分かっている。それなのに、神崎の目から見た城山の表情は、いつもより少しだけ歪んでいたように映った。気のせいだと思う。下から見た上は、上から見た下のように、どこか歪んでしまうものなのだ。そんなことを考える神崎自身の表情は確かに歪んだものとなっていたけれど、それをとやかくいう者など今ここにはいやしない。
「神崎さん、俺は………ただアナタに無理をしてほしくないだけです」
 そのために十年以上もの月日を投げ打ってきたのだなんて城山はいわない。他の深い意味を持つ言葉すら、城山は発さない。ただ木偶人形のように無理してほしくないというだけで。だが、それこそが一番あたたかくて、一番強いつながりだったことにようやく気づく。それでも神崎は感情のままにそこへすがることもできないでいて、夏目がため息を吐く。動けない者がここにいますよというアピールも含めて。城山が夏目を見て、神崎にいう。自由にしてやってもいいですか、と。神崎は拒否しなかった。だから夏目は後ろ手に縛られ座らされていた格好からやっと解放された。夏目は何発か神崎によって殴られた箇所があったけれど、ほとんど無傷だったし他の二人に関してはケガとは程遠い。今夜のことなど、このがらんどうみたいな建物の中で三人でヤクザな話をしていただけといってしまえばそれまでだった。ただ、城山と夏目の後ろからゆっくりと着いてくる神崎が俯きながら、嗚咽を押し殺して肩を震わせていた。外の空気が冷たく三人の体を撫でてゆく。海から近いこの空気は工場などもあるため、多少は淀んでいるけれどそれでも夜風は気持ちよかった。城山が心配そうに何度も神崎の姿を確認するために振り返ったが、なにもいわなかった。夏目がやれやれといった調子で、肩を並べた男に向かっていう。
「知らないふりが優しさなの?」
「違う。俺はただ──…」
 神崎は遥か後方で肩を震わせて泣いている。だが、その空気からよほどのKYでもない限りは分かるだろう。俺に触れるな、俺に構うな、こっちを見るな。そんな思いを滲ませていることを。そして、本当は夏目には当然、城山にも色々と詫びたい気持ちでいっぱいだということも、二人には言葉なくとも伝わっていた。だが、どちらもそれには知らないふりをした。
「有り体を、受け容れるだけだ。」
 城山がゆっくりと重い口を開いた。夏目が目を細めてゆるく首を横に振った。かなわないや、とだけ小さく呟く。やはり、後ろから着いてくる神崎は泣いていた。自分の弱さに気づかされて打ちのめされていた。ただひたすらに強がって生きてきたのだから当然だろう。それは力という意味だけでなく、もちろん精神的な面が多いのだが。結局、弱い犬はよく吠えるというあれなのだと思うしかなかった。三人の歩く音と海の奏でるさざなみの、寄せては返す波音だけが夜風に吹かれて吹いてはどこか遥かへと飛び去ってゆく。
 結局は、城山がいうようにしかならないのだろう。受け容れるしか、最終的には。それでも神崎はまだ足掻いていたかった。まだ認めたくないから泣けた。情けないくらいに、泣けた。見られたくなくても許されなかった。気づけば夏目と城山の歩く速度は遅くなっていて、やがて神崎を中心にいつものように三人で並んでゆったりと歩いた。夏目が自分のシャツを脱いで神崎に被せてくれる。ああ、本来ならヤクザな世界で、男と背伸びする女と、それを女の子でしょと言い張る二枚目と、なにもいわずに着いてくる忠犬の三人で、流れるこれからは一体どんなだろう。ただ、彼らは彼女の当たり前のしあわせだけを心の中だけで、でも強く願ったのだった。
「しばらく、ブラブラしようか」
 夏目がいつものようにいった。神崎くんが泣き止むまで。それは口にしなかったけれど、二人には嫌でも伝わっていた。別に神崎が男でも女でもいい、この瞬間は。神崎が泣き止むまで、夜が明けなければいいのだ。闇と海が優しく感じる。そんな夜だった。それぞれに胸の奥にひりつくものがあったけれど、それもきっと夜明けでやわらぐ。



12.2.5

存外長くなってしまいましたが、♀神崎と城山と夏目 というてきとーな名前で書いていたものです。今から区切ったりしないと。
もしも神崎くんが女の子だったら… の話を未完ログに置いてあるんですけど、それの顛末というか。そういう印象で書きだしたのでした。
これの番外というか、そういうのも書いてみたいんですよ。城ちゃんの本音とか、夏目と城山の男語りとか、神崎と兄との再会とか。それを書きだすと今度は、こっちがわけ分からんけどシリーズ化しちゃいそうなんでどうかなぁって所なんですが………
どうですか?w

これはね、恋愛ものではないんです。どちらかといえば友情ものなんです。書いてる方としては。
まあ恋愛要素のある友情もの、青春ものなんですよ。

この話ってなにも解決してないし、進んでも戻ってもいない。
ただ、本音がうきぼりになっただけの話なんですね。


しかも、モテモテ神崎くんです。
でも本人は女じゃねぇって言い張ってて。でも、性同一性障害とかではないわけ←これは結構重要です!。本人は抑圧してるって感じかな。結構メンタル的な部分があるけど、それはあんまり形として書いてはいないですかね。

キーマンは兄貴ですね。
どんなキャラか原作で出る前にいじっておきたい人でもあります。
兄貴との心とのつながりなんかが書いてみたいところです。まぁ♀神崎ネタじゃなくってもいいけど?


タイトル:両手じゃ足りないよ、

2013/02/05 10:54:53