※ ゲイネタ有り注意


 体のあちらこちらに熱がこもっているみたいにじんじんとしている。傷みだけが自分とこの世界とをつなげているような感覚。負けそうになっていたあの時とかぶる。ただ違うのは、あの時の俺は英雄で、今の俺は罪人扱いだってこと。くだらねぇ現実を思い出しながら再び意識が遠のいていく。もうすべてを思い出したくない。ガキのようにそう思った。熱を持つ体がとても不快で、気を失うことも許されないらしい。遠のきかけた意識は女の声と、僅かな揺さぶりによってすぐに呼び戻される。現実の世界から目を背けるなと言われているようで、堪らなく嫌だと思ったがそれでも心配してくれている女がいてくれることはありがたい。薄く開けた視線で彼女の姿を探す。彷徨う視線はなかなか一点を集中して見ることができないほどに歪んでいた。くにゃくにゃと辺りをふらつくように見つめた。そして、一人の女の姿を認める。俺を呼ぶ声。懐かしく、聞き覚えのある声だった。俺は目を細めた。誰か解った時点で、それ以上余計な神経を使う必要もない。
「……っは、いい女でもいるのかと思えば。俺にゃあ似合いかな、女でもねえだなんざ」
 笑い声は諦めのように吐き出されていた。性に関する話はきっとソイツには胸を刺す痛みを与えるだろう。男として生まれ、女として育ったソイツには。なぁ、ポイズン。ショッキングピンクの長い髪が揺れて、時折俺の鼻先をくすぐる。邪魔だと思えるほどの元気もない。そっと俺の頬を撫でて労わるように頭を抱き締めた。もちろん俺が痛くないように気を遣っているらしい抱き方で、だが。デカいオッパイが俺の顔を優しく圧迫する。普通の男なら小躍りして喜ぶようなシチュエーションだけど、コイツのオッパイはニセモノだって分かっているだけになんとなく複雑な思いもあり、柔らかさに触れると嬉しいけど、でも素直に喜べないような…言葉にするのも難しいような思いを感じながら、そのまま抱き締められていた。逃げるほど嫌でもないし、その体力も気力だってない。そんなことを思っていると、自分の尻というか背中というか、寝た格好で地に触れる部分が冷たい床や地べたの感覚ではないことに今さら気付く。それほどに痛みの方が先に来るものらしい。どうやら俺は布団の上にいるらしかった。薄暗い灯りの中、ポイズン以外のもので見えるのは格子の縦縞模様。あ、と俺は思う。どうやら抜け出したはずのあそこへ舞い戻されたらしい。そしてそれはハガー市長の力を持ってして、俺はここに送り返されたんだと見るべきだろう。ハガー市長へ腹を割って話に行ったのに、ジェシカに会わせてほしいと話をしたのに。そして、ハガー市長は肯いたというのに。すべてが夢幻だったわけじゃないのは、俺がケガでこうやって熱を持ってズキズキしていることでも分かるってもんだ。ただ、ポイズンの胸が触れている部分だけは別の感触があるが、それはきっと男の性というヤツで、単に気のせいなんだろう。同じように熱を持った部分だってあるんだから。
「…女じゃなくて、ごめんね。でも………」
 ポイズンの声は泣いているみたいに濡れていた。ギュッと俺の頭を抱き締める腕の力がさっきよりも少しだけ強まる。だが痛くはない程度の強め方だ。俺の傷のことを気にしての行動なんだとよく分かる。近付けば近付くほどに思わずにはいられない。ポイズンからは間違いなく女の香りがした。男だと頭の中で分かっていても、存在が女そのものなのだった。だからニューハーフの道を選んだんだろう。そんなどうでもいいことを考えてしまう。読み取ったみたいに言葉を続けるから、思わず息を飲んでしまった。きっと、俺が考えていたくだらないことなんてポイズンの野郎には分かってないだろうけど。
「──意識、戻ってよかった…」
 ポトリ、と生暖かな水が俺の顔に落ちた。それがポイズンの涙だと気付くまでに結構な時間が掛かった俺は、きっと馬鹿なんだろう。まさか泣いていたとはさすがに思わなかった。どうして俺が目を覚ましたくらいで泣くというのか、それすらもよく分からない。ただ喜んでくれるヤツがいてくれる、それだけは牢屋入りしている者として感じずにはいられない。どうせ同じことを言われるならジェシカに言ってほしいと願わずにはいられない。そんな俺の思いを汲み取ったのか、ポイズンは俺から体を僅かに離して、そしてじぃっと俺の顔を見つめて来る。ジェシカよりも顔だけならキレイだと思う。整った顔だが泣いたせいでメイクは剥げている。目元がブサイクな黒さに彩られて、そんなツラ拝ませるなよと文句の一つも言いたいと思っていた矢先、鼻先が触れ合うくらい間近になった。唇に温かくて柔らかい感触。前回の馬乗りの時にもされたっけ。理由は分からないが、スキンシップがそれだけ激しいのかもしれない。また俺とポイズンはキスしている。今回、俺は、ボンヤリとした頭の中に逆らわずに目を開けたままでだったが。この優しい感触に身も心も委ねてしまえば楽なのだろうが、俺にはそんなつもりさらさらない。俺は俺の考えとか、やりたいようにやるつもりだ。熱を持つ体のことを思う。やがてポイズンの唇が、体が俺のところから少しだけ離れる。
「早く、元気になって。ご飯食べさせてあげるから」
 俺はその言葉にイラつく。あげる、だと? それは上から目線なのか?テメェに見下げられるほど落ちぶれちゃいねえんだよ。ふざけんじゃねぇ。そう思ったが、本気で心配そうに俺を見ているポイズンの表情を見てしまうと言葉も飲み込んでしまった。悪気があるわけじゃないってことぐらい、学のない俺にだって分かる。だから俺は言う。
「…なら寝かせろよ。しんどいんだよ」
 その通りにしてくれるヤツがいる。それだけでこの牢屋生活もそう悪くはないのかもしれない。俺はそっと横にならせてくれるポイズンに逆らわず、そのまま眠りについた。何よりそれが心からの俺の望みだったから。



 その次の朝だろうと思う。体が自由にならない俺は、ぼうっとして時を過ごした。手酷くやられたらしく体もそうだが、頭も熱を持ってるみたいで色んなことが考えられなかった。だから俺はポイズンが来た時はそのまま好きなようにやらせていた。体を壁に凭れさせて俺を縦にすると、俺の口に食事を運んだ。最初は咀嚼してやっていたが、それも面倒だと思うと俺はわざと口を開けることすらやめてやった。そうするとポイズンは文句を言いながらも俺の頭から頬にかけてゆっくりと撫で、俺をリラックスさせようとがんばる。そして俺の頑なな感じがほぐれてきたら自分の口に食べ物を含んで、口移しでそれを食べさせようとする。まさかそんなことをされるなんて思ってもいなかったので、最初の時は盛大に噎せてしまって、逆に酷い目にあってしまった。だが、そんなものだと思うにつれ、俺は好き勝手に気の向くままダラリとしていた。こんなワケの分からんオカマ野郎に好かれるのだって、そう悪くはないものだと思う。そう思わせるほどにヤツは一生懸命だから。俺にしてみりゃあ、よく分からん野郎だな、って話だけどな。ガキにでもなった気分で俺はぼんやりしていたけど、やがて何日か経った頃には腫れも引いてきたせいか頭もはっきりとしてきた。俺はポイズンに甘えるつもりも失せてきた。面倒見てくれたことに対しては、そのうち礼の一つでも言ってやろうと思ったが、今は言うつもりもない。どうせコイツが好きでやっていることだ。
「何日経ったんだ? 市長は、…何ともねえのか」
 吐き捨てるような思いで俺は聞いた。ハガー市長は結局、俺のことを社会のゴミクズだとでも思ってるんだろう。今まで『英雄』としてやって来たことがすべて裏目に出た。俺だけが悪者に成り下がった。この町はイカレている。泣きたい気持ちだったが、ポイズンの前で情けなく泣くことなんで出来やしない。てめえなんぞ早くいなくなれ、と口汚く罵ってやる。悲しそうに眉を下げて困った顔をするだけでオカマ野郎は消えようとはしない。礼を言わなきゃならないはずの相手に俺は当たっている。それに気付くのはいつも、ポイズンの姿が見えなくなってからだ。俺はそんな時いつでも自己嫌悪に陥る。だからといって俺とポイズンの関係が変わるわけじゃない。きっと明日も俺はアイツを罵って生きる。そうしないと自分が保てないような気がしていた。すべてに裏切られた──…いや、違う。まだジェシカに会っていない。俺は彼女のことを思い出す。それは格子の網がぼやける夜中のことが多い。その時間帯にはポイズンがいないせいかもしれない。誰もいない時は、自分が自分でしかない時間なのだと思う。俺はただ一人で、子どもみたいに涙を流した。洟を啜りながら、ぼたぼたと情けない涙を溢した。近くの格子の奥で誰か、俺以外の別の罪人が俺を見ているかもしれない。ジェシカ、と未練がましく口にしたかもしれない。吐く息だけが切なさに歪んでいた。近くのお仲間さんたちは何も言わなかったが、俺がベソかいていたことぐらい分かっていたろう。それを誰かが告げ口したのか分からないが、夜中にポイズンがやって来た。俺はその日は泣いていなかった。だがなんとなく見透かされた気持ちになり決まり悪かった。女の声でポイズンは俺に語りかける。
「ねえ、コーディ。今の、一番の望みって何なのさ?」
 俺は瞬時に思う。アイツに会いたい、ジェシカに会いたい。ちゃんと聞きたい。俺は冤罪だってことも言いたい。信じてほしい。聞いてほしい。分かってほしい。全部ぜんぶ俺の自己主張ばかりが頭の中をぐるぐると巡っていた。俺は何も言わなかったが、ポイズンはやがて俯いて、そうだよね…などと意味の分からない呟きを洩らす。何がそうだよねなのかまったく分からない。それでも俺はポイズンの考えなんて気にもならないから聞きもしない。だが、それでも構わないらしかった。そしてポイズンは俺の考えなんて、とりあえず聞いてはみたものの最初から分かっていたらしい。昨日辺りに貼った湿布を替えながら「コーディの思いは叶うよ」と小さく呟いた。俺は何も言ってないだろうがよ、と思いながら何も言わなかった。何かを言う必要なんてないと思っていたからだ。手当をそそくさと済ませて夜の闇の中にポイズンは消えた。どうしてだか分からなかったが、なんとなく物足りないような、取り残されたような思いだけが俺の中にもやもやと残っていたが、やがて俺は眠った。

 次の朝、ぼんやり起きたら目の前にポイズンの野郎がいた。まだ夢うつつのままで、頭がはっきりしない。おはよう、とか何とかどうでもいいようなことを口にしたかもしれない。目の前にいるソイツが俺の腕を掴むから、俺はそのまま働かない頭を引きずって立ち上がった。手を引かれるがままにいくなんて普通ならあんまりだと思うけれど、ここ最近の俺はあんまりなことが多すぎてどうでもよいと投げやりになっていたのかもしれない。目を擦りながら向かった先は、面会室だった。四角ばった部屋の中には窓枠があって、そこには俺が、俺が会いたいと願ってどうしようもなかった女の姿があった。ジェシカの姿を見た瞬間に俺の眠った脳みそは蘇った。金にキラキラと光る彼女の髪が、久しく見ればひどく眩しい。俺は日の光に透けた彼女の髪の眩しさに思わず目を細めた。あまりに急なことだったから何かを言うにもなかなか言葉が出てこない。情けないと思ったけれど、言葉にならない思いなんてあるってこと、誰にでも覚えがあるだろう? ただそれだけの話だってぇの。だけど、会う場所がこんな場所だなんてあんまりだと俺は思う。こんなイカニモ犯罪者と健常者みたいな格好で会うなんて。透明な分厚いガラス越しに俺とジェシカは向き合って、俺はそれでも感激と、どうしようもないようなやるせない気持ちでいっぱいいっぱいになって、言葉もでやしない。ジェシカも驚いたような顔をして固まっている。俺は邪魔なガラスに触る。ジェシカに触れられない代わりに、冷たいそれに触って俺はジェシカを見つめる。言葉にならない思いが頭の中をぐるぐると巡る。何か言わなきゃと思えば思うほど言葉は遠ざかる。頭の悪そうな行動、両手をガラス窓に付けて女を見てる俺。そして彼女は座ったまま。なんだよこれ、なんだよこれ!
「本当に……ねぇ? コーディ、貴方は何をしたの」
 恋人が犯罪者になったことが信じられないといったふうなジェシカから洩れた言葉はそれ。声が情けないくらいに震えている。俺が言葉を発せずにいると、ねぇ、ともう一度ジェシカの声がねだるように続けた。金色の髪が彼女の動きに合わせて生き物らしく揺れる。俺は何と答えればいいのだろう。俺は何をしてここにいるんだろう? それは俺自身一番納得のいってないことだし、知りたいと思っていることだ。ハガー市長は言った。俺はベルガーを殺したのだと。確かに俺はヤツを殺したのかもしれない。だが、俺はヤツの死体を見てはいない。だが、俺がヤツのことをビルから突き落とす場面はジェシカも見ているはずだ。それが元で俺が犯罪者になっていると彼女が知ったらどう思うだろうか? だからこそ、ハガー市長は俺に罪を着せた可能性がある、かもしれない? そんな考えが俺の頭に瞬時に浮かんだ。俺はジェシカの顔と見てどう答えるべきか悩んだ。そして、ようやく口にできたのはつまらない言葉だけ。
「……俺だって分かんねぇよ。悪いことなんかしたつもりもない」
 ただ、こんなふうになってしまっただけなのだと。ベルガーのことは口に出せない。口にしてしまったら、ジェシカは気に病むだろうから。車椅子のハゲジジイ。マッドギアの頭だが、死んだ今でもマッドギアは無くなっていない。なら、アイツは一体なんだったんだ。俺にはその答えなんて分かるはずもない。好きなものなら分かろうとするけど、嫌いなものなど知るわけないし、知りたくもない。だが、ジェシカの顔は恐怖に歪んでいた。俺はジェシカに恐怖なんて与えていないというのに。
「う、そ……。パパが、言ったの。…コーディは、人を、ころした、って……」
 声が震えていた。俺を見ながら彼女は後退る。どうして、俺はそればかり思う。人を殺したというけれど、ベルガーが死んだことなんて俺は知らない。死体も見ていない。死んだところで、マッドギア以外の誰が迷惑こうむるというのか。世の中の皆々様に迷惑だけをかけ続けたマッドギアという団体の中心にソイツがいた。ジェシカを攫ったベルガーは一般人の迷惑になることばかりを数多くして、そして英雄に倒された──違うのか? 俺の勘違いだったなら、その証拠を見せてくれ! 俺だけじゃない。ハガー市長だって、ガイだってそうだ。俺は彼らの助けを得て、共にヤツを倒したんだから──。そんな俺の思いとは裏腹にジェシカは、泣き顔をしながらも勇敢に涙は見せず、だが椅子からは立った格好で俺を見ている。今までこんな目で見られたことはない。この目は、俺を恋人だとは思っていない目だ。じゃあ、俺はジェシカの何なんだ? ジェシカ自身に聞くには恐怖が先に立って聞けないでいる、そんな思いばかりが頭の中を駆け巡っている。俺はどうすればいいのか分からず、ただガラス窓越しにジェシカと向き合っていただけだ。分かったのは一つだけ。ジェシカは、俺の恋人だった女は、俺の言葉よりも父親の言葉を頑なに信じたという事実。それだけが俺の胸の奥を、チクリチクリと細いレイピアみたいなもので刺すみたいな痛みに襲われる。俺は、俺は何もしていないと叫びたかった。だが、冷静さを欠いた行動など何の意味も無いことを分かっていたから俺は、そうしないままでいたのだった。ジェシカが逃げるようにその場から去るまでただひたすら動けずにいたのだった。ああ、ただただ胸が痛む。
 それが、彼女と俺との絆が途切れた瞬間だった。


13.1.12

お疲れ様です。
コーディとジェシカ別れ編です。

悲しい話とかいらんよなぁ…
とか思いつつ書いてました。でも長い

ところでこれ、いつ終わるの?
誰も見てないし…(笑)アフォ

2013/01/12 22:07:03