※ クリスマス直前ネタ


 私には、好きな人がいる。

 12月に入った学校は、早くももう冬休みムードだった。そのお陰で不良率120%のこの石矢魔高校ですらも、荒れるというよりかダレるというムードがそこらここらに垂れ流しにされている。そんな中であっても流されちゃいけない、と私は思っているし、もちろんついこの間まで入っていて、かつ、頭を張っていたレディースチームのレッドテイルのメンバー達にもそれを実践し、理解してほしいと思っている。だらしないだけの高校時代など送って欲しいはずがない。そんな考えなど吹き飛ばして、不良だからと笑われないようにみんなにはうまくやってほしいと願ってやまない。それを知ってか知らずか、現在のレッドテイルヘッドの寧々は甘えた態度など微塵も見せないので安心できる。それについて話をした時、寧々はごく普通のことのように返してよこした。彼女の方がやっぱり私よりも上に立つには向いているんじゃないかな、と今更ながらに感じている。少し寂しいけど逆に嬉しくもある。もう何も考えずに手放しで任せられるんだから。
「姐さんの考えくらい、分かってますよ」
 その言葉には素直にありがとう、と言えた。いつもは自分では役不足だから戻ってほしいと言うはずの寧々が、今回は珍しくそんな言葉を言わない。どうやら自分の適性をようやく認めたのだろう。人をまとめることに関してはもしかしたら私よりもずぅっと上手なのかもしれないと。そんな理解が生まれてくれればさらに安心だと思っていた矢先、まったくといっていいほど別の言葉が笑顔の溢れた私の上に容赦なく降り注いだ。
「姐さん、もういいんじゃないですか」
 唐突に口にされた言葉に私はどう反応してよいのかまったくわからなかったから、アホみたいにカチンと固まってしまった。なぜなら、寧々の言いたいことがこれっぽっちも伝わらなかったから。それは私の顔を見てすぐに寧々も理解したみたいで軽く咳払いをしてはツカツカと物も言わずに近寄ってきた。少しだけ困ったような顔をしているけど、感情的になっている様子ではなかった。寧々の言いたいことが分からず申し訳ない気持ちで口を開きかけたら、寧々の方が先に声を発した。
「男鹿、です!」
 急に言われたその名前に思わずドギマギしてしまう。男鹿辰巳。その人のことを思わない日はこの数ヶ月間、一日たりともなかったから。そう、私は彼のことが──彼にはまだそれを伝えることができないままでいるけれど、それでも男鹿とは上手くやっていると思う。学年も違うしクラスメイトと呼ぶには違和感があるけれど、仲間の一人として。──本当は、すき。それはライクじゃなくって、多分きっと、ラブに近いライクなんだろうと思う。初めてあの公園で会った日から本当はずっと、ずっとずぅっと忘れられなかった。焼き付いた目から彼の姿が離れなかった。ずっと惹かれていた。すきと認められたのはそれからまた先の話になるけれど、認めてしまうしかなかった。私のことを好きと言う男鹿以外の、そして男鹿によく似た男が現れたあの時から。そう言い切らなければ選べなかった。いや、選ぶも何もないのだけれど、周りが勝手なことを言い出す前に、自分で認めるしかなかった、という方が正しいかもしれない。まぁ要は理由はどうあれ、すきだと認めてしまえば意外にも潔くなれるのが人間というものなのだった。諦めはマイナスだけを生むわけではないと初めて感じた。
 だからといって、今のこの状況に疑問を抱かないわけがない。どうして、終業式の終わろうとしている教室の中で男鹿の名前がここに出るというのか。そして、周りのみんながニヤニヤと笑いながら寧々と私の様子を確かに見ている。これは被害妄想なんかじゃなくって、確かに。さも愉しい獲物を見つけましたと言わんばかりにガキなみんなが。それに感情的に振舞ってしまう私もそう、ガキなんだろうけど。今回ばかりはあんまり恥ずかしくて感情的に何かをすることもできなくて、自分でも分かるくらい真っ赤になった顔を隠すためにこれほど長い髪が役に立つなんて思わなかった。俯くことでなんとかごまかした。ごまかせたかどうかは知らないけど。自分でも分かるくらいに震えた声で、寧々に言う。というか、そんなに声に感情が出るだなんて思わなかったけど、いざ出してみたらみっともないくらいに震えていたというだけのこと。
「寧々。な、何の、話よ…?」
「だから、男鹿の話です」
 すきだと認めてしまったあの日から、今まで以上に特別な存在になっていってしまった男鹿。だが彼となんということはない。男鹿に女心を理解できる頭などないのは明白だったし、彼はケンカ以外に何かを重んじることなどなかったからだ。きっと、自分などが入り込むような、そんな隙間はないのだと思っている。すきであっても、どんなに想っていても、ケンカ以外の何かという扱いにしかならないのではないか。そう思えば、一歩を踏み出すことすら躊躇われた。刺さるような寧々の視線が痛い。寧々に口にしたわけではない。だが寧々は私の気持ちなんてさっさと汲み取っていた。もしかしたら、私自身よりも、そう、認めようとしなかった私よりもずっと早く分かっていたのだろう。レッドテイルのメンバーはその辺りはとても賢かった。みんながみんな、分かり切っていたかのような今思えばその態度。そして今も、仕方ないなぁといった表情で笑うメンバーたち。言葉に出さずとも伝わる気持ち。言葉にしないと伝わらない気持ち。終業式の浮ついた空気の中で寧々は当たり前みたいに聞く。
「姐さん、24日は何してるんですか」
 言葉で書けば質問のようだが、間違いなく設問。答えないという選択肢はないという口調だった。私はくらくらする。今までだって考えなかったわけじゃない。石矢魔の町は小さな町だけど、クリスマスムードに染まっている。さすがに小学校ではないので学校に飾り付けがしてあるわけではないけど、学校にくるまでの道のりにだってクリスマスツリーが飾ってある家の様子や、飾り付けてある店の数々があったりして、嫌でもその季節を思う。ただ、私には関係ない。冬休みに入るけれど、その後はおじいちゃんと修行の話だって出ているし、大掃除だって待っている。普通の一軒家みたいに簡単に終わる掃除じゃないので、毎年毎年、数日間かけて行う。そんなうちに冬休みは宿題を残して終わってしまうこともしばしばあった。だから、クリスマスだなんだと浮かれてるヒマなんてこれまでも、きっと、これからもないんだろうな。24日の予定はまだハッキリしないけど、多分おじいちゃんと修行かなにかをしていると思う。それを寧々にありのまま告げた。途端に寧々は呆れ果てたみたいな顔をして盛大なため息を吐き出した。こんな態度を取られる何物でもないと思うけど、寧々が何を言わんとしているのか気になるところもあって……、
「声、かけないつもりなんですか」
 え? 何のこと?
 それは言葉に出たわけではなかったけど、私の表情で寧々はすぐに分かったらしい。すぐにさっきよりも声色を鋭くして言う。
「男鹿のこと。」
 クリスマス。
 男鹿。
 まったく合わない組み合わせだ、と思った。それ以外は頭の中におかしな熱を持っていて、まともに何かを考えるなんてできない。頭の中が痺れたみたいになっている。寧々の言葉にここまでぐちゃぐちゃになったことはない。どうしてこんなに混乱しているんだろう? 理由なんて本当は分かり切っている。このあとに続く寧々の言葉が何であるのか、分かっているからだ。
「一緒に過ごしたい、って思ってるんでしょう?」
 その言葉は、来ると分かっているのに、来てしまえば鳥肌が立つほどに何かこみ上げるものがある。言いたくても、伝えたくても、今まで口にしなかった思い。本当は思ってたんだ、感じていたんだ。男鹿にそんなことを願ってもどうしようもないし、仕方のないことなんだって自分自身に言い聞かせていたんだ。願えば願うほどに、そんなことなんの意味もないって言い聞かせていたんだ。惨めになるより先に諦めた方がよっぽどスマートだなんて勝手に言い訳をして。傷付くのがきっと怖いだけのことだったんだ。寧々の言葉には溢れんばかり想いが膨らんでゆく。今まで隠してきた想いがこんなに、重いというには切なさが足りなくて、愛おしいと呼ぶにはあまりに稚拙。でも、寧々は確かに私の背中を押してくれる。理由とか事情とか、そんなことはどうでもいい。今までまったく意識したことのなかったこの時期を、男鹿はただ居るだけで意識させる。それを寧々はわざと口にする。顔に溜まった熱がカッカと体をも温める。温もるような温かさでなく、急激に熱される不快もあるけど、それでも手放しに嫌だとは思わない。そんなの分かってる。本当のことだからこそ、不快だとも思うし、心地好くもあるんだろう。
「聞いてみるぐらい、いいんじゃないですか」
 寧々の言葉に何かを言いたそうにしている由加が、パッと目を輝かせて口を開こうとする。だがすぐに寧々がその由加の口をどうしてか塞いでしまう。不服そうな由加の様子と、それを宥める千秋の様子とが、いつもの調子で可笑しい。でも内容が分からないからこちらとしては心から笑うこともできずにいる。聞いてみるぐらい…、寧々の言葉が頭の中を巡る。確かにそうだと思う。クリスマスイブに男鹿は何をしているのだろう。家族と一緒だろうか。それとも、古市くんとどこかに出かけていたりするのか。ベルちゃんをあやしているだけで終わってしまったりするんだろうか。もしかしたらヒルダさんと魔界に行ったりとか………?
 そんなことを、まだ男鹿に聞いて見る前から考えてしまうから足がすくんでしまうのだ。やる前から立てなくなっている。だから寧々は背中を押してくれているというのに。勇気は振り絞るためにあるものだというのに。
「…分かった、わよ。聞いてみる」
 黙ったまま寧々を始めとしたレッドテイルのメンバーが視線をすっくと立ち上がった私の表情を見ようとしている。あまり見られたくないし、何だか恥ずかしいので上を向いた。でも、寧々には言わなくちゃならないことがある。勇気をくれた寧々にだけは。
「…ありがとね、寧々」
「いえ」
 寧々の顔を見なくても分かる。寧々はクスリと、少しだけ笑った。ようやく踏み出せるのかもしれない。私は、好きな人がいるはずの教室へと向かった。学校が終業してしまえば、もうしばらく会えなくなってしまうから、だから、その前に。



12.12.24

思ったよりも長くなってしまいました!
葵ちゃんのクリスマス直前ネタでした。

まだ希望があるし、優しい感じの話にはなったんじゃないかな、と。
たぶんこの後は、恋愛的な意味じゃなくって、うまくいくんじゃないかと思ってます!
世の中、色気だけではないので、ちょっとみなさま物足りないかもしんないけど、そこはご愛嬌w
まぁクリスマスイブは一緒にいられるんじゃないかと。よいことです。若いです。

葵ちゃんの独白に近い文章だし、こんなに長くする必要もない内容なんですが、どうだったでしょうか?
今年のクリスマスネタは葵ちゃんでしたね。
もう一本書くほどは流石に時間がないよなぁ…。

タイトル人間、きらい
2012/12/24 17:33:25