寝惚け眼なのに頭だけはすっきりと冴えている。眠そうな顔をして、欠伸だってだらしなく垂れ流しているけれど、目だけは真剣にテレビの中のボールの動きを追っていて、一つ伸びをしたかと思うとバタリと後側に倒れるように横になった。何事かと思い松原が堪らず声を掛ける。それに何食わぬ顔で達海は天井をぼんやり見ながら答える。何の気もない様子で。
「や、もう勝負決まったっしょ」
 まだ0-0だし前半戦なのに決まったと言い切る達海の慧眼は鋭い。は?といつも松原は思うのだが、結局は達海の言った通りになるのがオチで、それこそドンデン返しなどは滅多に見られるものではないということを示していた。だがこの男はそれを狙って起こすのだが。それを裏づけるようにテレビの中の試合の様子は、それこそ前半は膠着状態であったのだが後半に入ってから早い段階で一点先取。その後で後半の中盤にもう一点追加。そのまま試合は終わった。負けチームの監督が頭を抱えている姿が画面に映し出される。ETUの監督は今、ぐうごおと高鼾で眠りについている。達海が言ったチームが勝った。試合の流れを、選手たちの気持ちを汲んだように理解した上で彼は素早く読み取ったのだ。試合の結末を。これは松原には真似できない。そして、達海の薀蓄は松原には理解できない。言われればその時は分かったつもりで聞いているのだが、いざとなればやはりそれを活かすことなどできないのだから、結局は理解などできていないのだろう。松原とてその昔はストライカーとして活躍した時代もあったものだが、この先読みの目は絶対に真似できないと感じる。そんなすごい男などにはとても見えないなぁと一人ごちる。鼾の耳障りな音は止む気配がない。と、テレビ画面が急にパッと切り替わる。チャンネルの数字がDVDビデオであることを物語っている。どうやら先の試合は録画したものだったらしい。だが達海があの試合が初見だったことは明白だった。得意がってくだらない嘘をつく男などではないのは付き合いが長いだけによく知っている。何度も見ている試合ならば達海の性格なら解説を始めるだろうし。松原はそのまま付けっ放しのテレビを見つめた。プロ野球の試合が流れ始める。達海は見るのだろうか。そんなどうでもよいことを松原は何となく思う。松原の息子はサッカーよりも野球が好きな子供もいるので、プロ野球の試合を見ることもそう珍しくない。自分が中年太りをして体がよく動かなくなってからというもの、色々なスポーツを見ることも楽しいと思えるようになってきたのが不思議だった。それに息子が野球好きならば見ないわけにもいかない。一緒に試合に行くほどの熱心さはないが、ルールが分かるスポーツの試合はどれもそこそこに楽しめるものなのだ。そんなことを思いながら野球中継を眺めた。ワァワァとざわめく客の声はサッカーのそれと遜色ない。ファンとかサポーターとか呼ばれる人たちは選手を含むそのスポーツ、その仕事に関わるすべてのものに携わる人たちにとってありがたい存在だ。どんなスポーツであろうと関係ない。ただ応援は嬉しく、ありがたいものなのだ。そんなふうにサッカーと絡めて物事を考えてしまう。職業病だな、と松原はしずかに嗤う。
「……ん、う」
 低い呻きと共に、寝癖のような跳ねたくせっ毛頭の達海が目を開けながらゆっくりと体を起こす。そして既に終わっていたテレビを見て松原の顔の方に目を向ける。野球中継を見る達海の目は、サッカーの試合を見る達海の目とはまったく違うものだと感じた。そしてすぐにテレビから視線を逸らし松原の顔を再び見る。続けて声を発する前に伸びをしながらのわざとらしいほど大きな欠伸。すくすく育った子供のような仕草が、監督とは思えないほど幼く映る。
「あっち勝ったっしょ」
 先の試合の結果を聞きたいと達海は言う。もちろん、松原としては言われた通りの答えでした。と素直に言うのが悔しいという思いもあって答えることが若干、癪ではあったものの、そうなってしまったのだから聞かれた以上は答えるしかない。癪だと思う気持ちがムッツリとした態度を取らせてしまう。声は発さずに黙ったまま頷くことで答えを示した。達海にとって松原の態度など気にするようなタイプではない。やっぱりね、といった調子でにやりと笑って見せる。だが、不思議なことにすぐに達海の視線は再び野球中継を流すテレビへと向けられている。達海はサッカーの試合以外をじっと見ているなんておかしな光景だとしか、松原にとっては思えない。だから思わず聞いてしまう。どうでもいいことだと分かっていながらも。
「野球なんて、見るタマじゃないでしょが」
 それに達海はなかなか答えなかった。だが、ゆっくりとテレビから松原に向けて視線を動かす。射抜くような視線だ、と松原は感じる。達海はようやく、常ならば軽い口がどうしてこんな時だけ、重いわけではないけれど、なかなか開いてくれないのだろうか。だがそれを聞く術を持たない松原は、早くなんか喋れと願うばかり。それを嘲笑うかのようにふわぁ、とバカヅラ晒して達海は空気もまったく読まずにまた、まったく噛み殺す気のない大欠伸をした。相も変わらず緊張感のないヤツ。そういう男だと知っていながらも、やはり呆れてしまう。
「そう? …んー、まぁ、野球とか、あんま見ないけどさ。全然ってワケじゃないし」
 欠伸のせいで涙目になって、それがあんまり大きな欠伸だったものでこぼれ落ちそうになった目を自分で拭いながら、達海は続ける。
「でも、………俺は思うんだよ。野球の監督は、できないだろうなって。」
 聞き間違いかと思った。松原は背中にゾクリとしたものが走った。瞬時に広がる鳥肌の感触がとても不快。だが、そんな不快になるようなことを言われたなどと思ってもいないというのに。そう思いながら松原の脳裏では先の達海の言葉が反芻される。監督という言葉は松原が思う以上に重いのかもしれない。そして、達海が一瞬でもそれを思ってしまったことに何か意味があるのでないかと探る気持ちが生まれる。サッカーができなくなった、だから監督をやっている。野球ならどうだ? そんなことを思ったことがあるのだろうか、と。まだ松原の背中にはゾクゾクとしたものが走っているようだ。そんなくだらないことを考えているなどと達海に知れたら、絶対に嗤われる気がするので松原はできる限り素知らぬふりを通すことにした。まあ、松原も若くはないのだ。バカにされるのは面白く感じられない。そんな松原の思いになど無頓着な達海はさらに続けた。
「なぁ松っちゃん、思わない? 野球って、どんだけ公平なスポーツなんだよ、って」
 達海の不快な言葉の裏にはこんな思いが隠されていたのか、と松原は感じる。確かに野球はサッカーに比べればひどく公平的に進むスポーツだ。攻撃側のチームが3アウトするまでは攻撃に徹することができるが、3アウトになった時点で今度は攻撃側だったはずのチームが守備に回るというルールは、どちらのチームだろうと関係なく攻撃も防御も必ずできるのだということ。サッカーなら何とか食らいついて奪わなければならないボールも、野球ならば攻撃に回る側になってしまえばすぐに手にすることができる。まったく似たところのないスポーツだと達海は言う。そして、それは言われてみれば松原だってそうだと頷くしかない。
「俺、いつも思うんだよねー。…でも、俺は攻め疲れなんかも頭に入れてるし、選手ごとのスタミナなんかもあんじゃん。そういうのも考えたらさー、やっぱ、…俺には野球の監督なんて絶対できないって思うわけよ」
 まったく頭など使っていなさそうな顔をして達海は、こうやってどうでもよいところで頭を使っているのだと身に染みて感じてしまう。松原は薄くなった自分の髪をくしゃりと掴みながら俯いた。何と返したらよいか分からなかった。それほどに達海猛という男はただの、否、ただならぬサッカーバカ。だが、もっともっと打ち込めるくらいにハマりこんで欲しいと思う自分がいることが不思議だった。それ以上に思うこともある。サッカーバカの達海に問いたいこともある。どうしてそれだけサッカーのことばかり考えていられるのかと。その姿はまるで、サッカーの神様に好かれて好かれて好かれ抜いた崇高なる人間の姿のように映るけれど、それならばどうしてサッカーの神様は達海から彼の足を奪ったのか。その答えが絶対に見つからないし、見つかる糸口さえ掴めないのだからきっと、達海はサッカーの神様になんて好かれているように見えて本当は嫌われていたのかも知れない。そんなことを当人に言えるはずもなく、松原はうまく言葉を紡げずにいた。そんな松原を見ても達海は顔色一つ変えることなく何食わぬ顔で松原に冷たく言い放つ。言葉も冷たいけど、もしかしたらそんな態度が一番優しいのかもしれない。
「松っちゃん、そんなふうに髪をしたらイカンよ。元々無え髪がもっともっと抜けちゃうじゃん。大事にしなよもっと」
 ……もう少し言葉選べよ馬鹿野郎。そう松原は思ったが言える雰囲気ではなかったので自重した。それから少しだけ、公平と思う野球について少しだけ語った。これだけ広い視野を持つ男のところに、どうしてサッカーの神様が降臨しなかったのか。そればかり悔やまれて仕方ない。松原はいつしから怒りを忘れて達海の身を案じる。テレビの中では攻撃側のチームがヒットを打った。どうしてだか、またこんな他愛もない、そしてサッカーから離れた話をゆっくりとしたい。そんなことをぼんやりと思った。達海はそんなことなどきっと考えてはいないだろうけど。


ノーゲーム





12.12.03

ジャイキリのいっちばん最初に思いついた話
まぁ書いたのは今日なんで、当初の思いとはぜんぜん違う感じに流れてしまってるような気がしますがw マ、しゃーねぇな

達海と松っちゃんが野球について話すことっていう感じです
サッカーの監督とコーチなのに野球www

本当は野球の試合の様子を、チーム名を含んだ内容で結構細かく書いて行こうと思ってたんですけど、まあどうでもよくなりましたね
ちなみに、達海の言葉は私自身の言葉の代弁であります。や、サッカーに比べればどんだけ優しいんだw って思ってしまうから。


あと、禿げてる松っちゃんかわういw
思ったより若いしね。
でも子ども五人とか絶倫〜www さすがハゲ

Fascinating
2012/12/03 23:40:42