※ このシリーズの逹海は既婚者
※ おじさんとムスメさんのあれこれ的な話


我がままの人道的許容範囲・2



 ふと、目を開けると見慣れない天井と聞き慣れない鼾が耳を刺激した。顔は見なくても誰のものだかは分かっている。昨日のことは夢などではなかったのだ、と有里はボンヤリと思う。だがまだ他に何かを感じることはできない。感覚が麻痺している。今の状況はまったく理解できていない。自分の身に起こったことだというのに。暗い部屋の中でチラリと隣で眠る男の姿を、それでもじと見るのは悪いような気がして、盗み見るように見やる。夜目に慣れたせいかいつものように無造作にピンピンと跳ねる髪の毛すら薄明かりに照らされて見える。だが、殆どのものは闇に隠れて紛れて消えてしまっている。有里の想いだってそうだ。どうして? そればかりが頭の中に反芻する。嫌だともよいとも感じない。それを感じることができないくらい、心が閉じた状態なのかもしれない。まだそれすら自分自身で感じることもできないでいる。ただ、昨日のことをゆっくりと、達海の鼾とたまに響く歯軋りの耳障りな音の中で思い出していた。



***



 昨日は何度目かの二人だけの飲み。達海が最初に腰を下ろして言った言葉なんて最悪だ。
「暑ぅ〜。絶対今臭ぇわ俺」
 確かに真夏日ではあるけれど。そんなことを言いながら、ほんのりでもいいからスッキリを味わいたいがために出された簡易オシボリで自分の腕をゴシゴシ擦る。まさにおっさんの所業。達海らしい行動だが、それにしてはちょっと若すぎるだろ、と心の中で有里はツッコミを入れた。飾り気のない飲みは、常に気遣わずにいられるから楽しいものなのだ。
 正確に言えば、前の時から数えて三度目。達海と話しながら飲むのは楽しいものだった。有里から見れば達海はだいぶ歳上の余裕ある大人の、若いけれどやっぱりおじさんなのだった。昔憧れたプレイヤーの人だというよりは、もっと近いところにいる誰かになっていた。そして、話すたびに達海がどんどん近づいてくるように思えた。言葉で表すにはあまりに簡単だけれど、人との距離がこんなに近づいてくることに、こんなに意味を感じるなんて初めてのことだった。
 意味を感じる。
 深い意味なんてない。ただ達海を、達海のことを感じたというだけのこと。距離が縮まることが嬉しいような気がした。けれど、それを口や表情に出してしまうにはあまりに幼稚な気持ちだったから、有里はそれに気づかないふりをして達海を遠目に見ていた。有里から近づくのは何か違うのではないかと感じていたから。言ってしまえば遠慮していたのだ。
 それでも有里を突き動かしたのは、やはり達海のもつ楽しさというものなのだろう。彼と飲みに行くのはきっと楽しいだろうと思ったのだ。それは予想ではなくて、間違いないという確信。サッカーをするETUを見て、そのメンバーを見て、その様子を見てニヤリと笑う彼の様子を見て、数ヶ月経った。相変わらず達海何を考えているのか有里にとっては分からないけれど、達海猛という男は深い考えがある監督なのは、それこそビリビリと痛むほどに分かっていたから有里は、だからこそ達海と語りたいと願ったのかもしれない。でも、彼と語りたいことなど何だったのだろうか。くだらないことや、サッカーなど関係ないことを話していた。ただ、縮まった距離だけを楽しんでいたように思う。
 今回はそう遅くならなかった帰り道。数回前は遅くなったから泊まっていくか、と問われたのを思い起こす。そして、その時の気持ちはじんわりと温かだったのを忘れてはいない。達海と有里はサッカーでつながっていて、確かに仲間なんだと思えたから。本当は前の時から決めていた。次に誘われたなら断る理由なんてないのかもしれないと。相手は所帯持ちのオジサンだし、仲間なのだから変に勘繰るのはおかしいと。帰り道は途中まで一緒だった。ゆらゆらとほろ酔い加減で二人で歩く。こんな時間が続けば、きっともっと楽しいのに。帰り道がもっと長く続けば、なんて馬鹿なことを有里は内心、口にはせずとも思ったりもした。そんな中で達海は軽く口を開く。
「そーいやぁ、俺前に泊まる?とか誘ったよなぁ…なんでだったんだっけ」
 理由なんて当人以外が知るわけもない。達海にとってはそれくらいのことだったというか、仲間を呼ぶくらい当たり前のことというか。軽くそんなことを言える器の大きさを持つ者は、今のETUにはいないだろう。そして再び口にされる言葉。きっと達海にとっての仲間を認めた時に発される言葉。
「今日は? 泊まってく?」
 二度目は、危険を感じない。邪気のない達海からの誘いは誘惑ではない。やさしさと、仲間意識なんだと信じることができたから。温かみのある手を、物理的には握ることはなくとも想いの中で握る。達海はいつものように笑う。読めない笑みだが、いつもより若干やさしいだろうか。
「…おいで」
 子供を呼ぶおとなの掛け声だった。有里は呼ばれるままに達海の後ろに着いて行ったというだけのことだ。知らないおじさんには着いていっちゃいけないよ。小さな頃によく聞いたセリフ。でも、相手は知ってるおじさんだ、着いていっちゃダメだということはない。そんな習いはこれまでなかったから有里は一緒に足を踏み出した。


***


 達海の家は、有里の家とは正反対にある。JRで揺られながらフワフワした気分でいる。反対方向の列車に、しかも、夜中に近いこの時間に。気持ちが高揚しないはずがない。夜の闇で彩られた景色は、時々暗くて時々きらめく。流れる景色を見てもなんということもない。ひたすらに気持ちは高揚しているが、それはいつもと違う状態であることに対しての、好奇心のようなもの。列車を降りる時にはその高揚もいくらか薄れて、達海の後姿にただ着いて行った。
 暗い夜道を照らす街灯の明かりを頼りに歩く。駅から近いという達海の住むアパートは、確かに駅から近い。家賃も高いだろうに、そんな現金な思いが一瞬頭をよぎる。こんなことを思ってしまう自分という人間が恥ずかしい、そう有里はすぐに反省した。コツコツ、と響く乾いて冷たい足音があまりに無機質過ぎて何も感じられない。何かを深く考えるほどの余裕もきっと、今この時には無い。達海のアパートに入る前直前、コンビニに入った。いつものように軽い調子で達海は「何か選べよ」なんて惚けた頭の有里に声を掛けた。まるでこの状態が、いつもの当たり前のことのように。こんな非日常、当たり前のはずなんてないのに。有里はアルコールの熱に浮かされた頭で、ソフトドリンクの冷蔵庫に入っているフルーツの香り付きの缶チューハイを選ぶ。まだ、あと少しだけ飲み足りない、そう思ったからだ。有里がそれを手に取ると同時に、達海は有里の手から奪ってしまう。僅かに触れた手の温度が、達海猛という者を生き物であることを示している。ぼうっとした頭のまま、簡素なおつまみを選んでそれを達海がカードで払ってしまう。知らない人ではない、けれども初めて見る達海の姿だった。当たり前のようにドアの前で立ち止まる背中が大きい。達海が当たり前に開けるアパートの鍵のカチャカチャという音が耳を刺激する。あまり聞きなれない鍵の音が不思議な旋律に聞こえる。そして開くドアの向こうの、暗い空間に足を踏み入れてから初めて感じる。ここは今まで足を踏み入れたことのない未知の場所なのだと。感じるのが遅すぎるかもしれない、けれど感じるのはいつも馬鹿みたいに遅い。鈍いのかもしれない。だが、鈍いことでどんな弊害があるというのだろう。
 部屋の中をお邪魔します、の言葉と共に他人行儀の遠慮がちに緊張しながら部屋の中へと足を踏み入れる。暗い部屋はやがて、カチッという冷たい音と共に明るく照らされる。思っていたよりも広い空間と大きなテレビと、片付けられている部屋の様子に、有里はなんだか拍子抜けしたように安心した。部屋の窓際にある二人がけのソファの一つに腰掛けつつ自分の荷物を床に置く。荷物といっても肩にかけたバッグの一つきりだ。まだ日本に来たばかりで時間の浅い達海の部屋は殺風景と呼ぶに相応しい。漫画雑誌らしきものとサッカー雑誌らしきものがごちゃつくテーブルの下を覗き込もうとすら思わない。殺風景な部屋の中にドカンとテレビが置かれている。結構大きい、という印象。だが、数日前に達海がぼやいていたのを聞いたことを思い出す。
「思ったより、テレビちっさくてよー」
 どれだけ我儘なのだろうかと感じる。それだけに実力もあるのかもしれないが。だが、殆どを家以外の場所で過ごす、かつ、キャンプなどがあればさらにその比重は高まり、殆ど家になどいないであろう達海のことを思う。やっぱり達海は我儘な男だ、と。男の一人暮らしで、これだけ大きなテレビなど要るはずもない。有里は黙ってはいたがそう感じていた。達海と隣合わせでソファに座る。買ってきた缶とツマミは小さなテーブルに置かれて、それに呼応するように有里は缶に手を伸ばす。達海はそれを見ているのかいないのか、彼自身が選んだビールの缶は既に音立てて開けられていた。
「悪いね、部屋。きたなくて」
「…べ、別に汚くないじゃないですか」
 こんな殺風景な部屋、誰が汚いなどと揶揄するのだろう。少なくとも有里にとってはそうは思えなかった。大きなテレビが点灯される。HDD内蔵の高価そうなメーカーもののテレビ。達海がちいさい、と評したそのテレビの大きさを有里が問うてみると37型だという。小さくないし。そうぶつぶつ言ってみるが達海は特に気にした風もない。録画された番組を適当に選んで流す。ボンヤリとしたままジュースみたいなアルコールを口に運んでいくと、有里は眠気が襲ってくるのが分かった。その間に達海からブカブカのパジャマを渡され、それに着替えたりもした。部屋着なんて持ち歩かないし、貸してくれるのはありがたいことだ。その間、達海は今はやりの可愛らしいメンズステテコ姿で、それを見て有里は笑う。そんないつもより踏み込んだ他愛もない話を二人でするのも愉しいものだ。今日は結構飲んだなぁ、しかも暑いし。冷房は時折、ごうごうという低い響きを止めてしまう。その度に少しでも動けば汗が滲んできそうだった。なんで、どうして、今日はこんなに暑いのだろう。冷房も付いているはずなのに。ただ熱に浮かされる。
 達海の手が、有里の手が汗っぽいかどうかも判別できないほどジメジメとした湿った不快な空気だった。眠そうな有里の手を達海は握って立たせる。寝るぞ、の合図だった。促されるまま立ち上がり、すぐ傍に敷かれた二人で寝るには少しだけ狭い簡易ベッドの上に転がされる。有里はされるがまま天井を見つめていると、すぐに部屋の照明が消えた。なにも見えない部屋の中で有里は安心して目を閉じた。思考などアルコールと、今日この日という熱で溶かされているみたいだった。
 と、有里の思考をさらに奪うように、上から被さるようにして触れてきた。それは顔に、だが、有里の瞳は何も映していない。この暗がりの中で、急に訪れた何かが何であるかなんて、この溶けきった茹だるような熱の中でまともな思考なんて働くわけない。達海から借りたパジャマのボタンを外され、気が付けば下着は捲り上げられ、胸をはだけさせられていた。有里の腕は達海の手で軽く押さえつけられている。動けないほどではなかったかもしれない。達海の顔は闇に隠されていて、そして有里の意識はこんな時でも混濁したままで、まったくハッキリしない。もしかしたらこれは夢なのかも知れない。ただ有里の記憶にあったのは、達海の口からそろりと伸ばされた舌先が、思ったより硬くて、なんにも感じないものだということ。乳房にも触れられていたのかも知れないが、すべての感覚は死んでいてなに一つ感じることができなかった。ただ、夢なのだろうかと願った。言葉尻可笑しいのかも知れないが、確かに有里は願ったのだった。


***


 昨夜のことが誠だったかどうかは定かではない。達海がそんなことをするような男だとも思えなかったし、そんな男だと思うこと自体がとても嫌だった。有里は、達海猛をばかみたいに信じたかった。隣でなにも知らないような表情をして眠っている達海。何食わぬ顔で起きて、いつもみたいに飄々としてくれればいいのに。キリキリとたまに聞こえる達海の歯軋りが、どうしてだか恨めしい。こっちの気も何も知らないで。こんなわけの分からないもやもやを抱えているというのに、隣の男は素知らぬ顔で寝ているのだ。だが寝ている達海にパンチをするわけにもいかず、有里は目を閉じた。布団の中で自分の胸を触ってみると、下着は捲り上げられてはいなかったが、パジャマのボタンは開いたままだった。ねぇ、夢なの? それとも寝る前のことは本当だったの? ──夢でいいのに。有里はそんなことを悶々としながら思い続けた。だって、やっぱり信じたいのだ。達海を。ETUの救世主の如く召喚された、かつての英雄を。かつて有里が憧れた彼とは違うかも知れないが、少しずつでも理解していきたい彼のことを。見たことはないが、彼の奥さんの存在も含めてすべて。
 そんなことを思う有里の存在を嘲笑うかのように達海は、ごろりと寝返りをうって目も開けずに有里の腕を軽く引っ張り、それを腕枕にしてしまう。奥さんと寝る時はいつもこんななのだろうか。悶々としたままの有里はまだ寝付けなくて動けずにいると、再び達海は寝言を言いながら寝返りをうって、今度は自分から有里に──いや隣の女性に、というべきだろうか──腕枕をしてやる。こんなことをされたことがない有里は、胸が高鳴ってしまいそれこそ寝るどころではなくなってしまった。そのまま達海に抱きすくめられる。いくら相手を勘違いしてると言っても、こんなふうに一緒に寝るなんて思わなかったので、どう対応したらよいか分からずアワアワしてしまう。抱きすくめられた温かさに、有里は脳天気にもそのまま再び眠りについてしまった。さっきまでの悶々とした悩みも、眠気がアッサリと浄化して。


***


 薄暗いままの達海の部屋。達海がようやく体を起こす。その動きで夢うつつの有里がぼんやり目を開ける。昨日からずっと一緒にいる相手。無防備に寝ぼける有里の目を覚まさせるのは簡単なこと。何も知らない顔をした彼女の頭を、昨日の状態に戻してやればいい。布団の中で達海は有里を跨いで膝立ちした。そのまま唇を唇に寄せ軽く奪う。昨日と同じで拒否はしない。ただ、昨日よりも確かにその目は驚愕の色に見開かれていて、達海のことをまったく見てはいない。どこをも、きっと見ていない。ただ見開かれているだけだ。拒否をしないのであれば、と達海はそのまま行為を続ける。耳たぶ、首筋に軽くキスして下着をたくし上げる。胸を触ってそこに顔を寄せる。変わらず、女は何も、まるで存在していないかのように反応の一つもしない。女であるのに感じないのだろうか、と達海は不思議に思う。表情はまったく変わらないし呼吸を乱すこともないのに、指先で捏ねた乳首の先はつんと尖って達海に向けて色香を誘うようにねだっている。それに軽く口付けても女は反応しない。泣くことすらしない。ただ何も映さない目を開けているだけだ。達海は構わずに行為を続ける。拒否されなければそのまま続けるのは男なら肯定と取るのは当たり前だ。パジャマのズボンに手を掛けて、それと一緒にショーツも下げようとする。途端に有里の目には生き物の灯りが蘇って、達海の手の動きを己が手で止めようと掴んだ。最後の砦だったのだろう。そこまでは暴かれてたまるか、という彼女なりの。だから達海の口からは呆れたような言葉がため息混じりに出てしまう。
「…何を今さら、」
 もう裸にされているのに。もうセックスなど目と鼻の先だというのに。一旦目を逸らし、体を離して有里をもう一度見る。彼女は先ほどの人形なんかじゃない。確かに有里は未熟かも知れないが、間違いなく人間の女だ。恐ろしいものを見る目、というほどではないがとてもショックを受けたような悲しそうな、困ったような、そんな顔をして有里は、達海を見返していた。だがどうすればよいか分からないというように動けずにいる。こんなことをされたことがない、有里は暗にそれを態度で示していた。達海はそれを読み取って、驚かないわけがない。確かに有里は男勝りではあるし、可愛くないことも言うコではあるが、可愛くないわけではない。なのに、この反応はどうだろうか。そろそろと声を掛けてみた。
「もしかして……──処女、か?」
 有里は黙って目元だけで頷く。
「男の家に泊まったことは?」
 有里は黙って首を振る。男勝りとかそんなことじゃなくて、どうして、と達海は思う。
「キスもない──…とか?」
「ううん」
 そこは否定したな、うん。オジサン安心した、ちょっとだけ。だが、有里の声はどんどん押し出すようなか細い響きになっていて、痛切ななにかを訴えかけていた。それをいたわるように達海はもう一度体を寄せ胸を隠すために下着を下ろしてやり、できるだけやさしく頭を撫でてやる。それはまた、来る前に「おいで」と言った時の達海の当たり前の、だがおじさんのやさしさで。
「おじさんと遊んでる場合じゃないっしょ。ちゃんと、恋愛しな」
 有里はなにも答えない。まだ早いからもう少し寝るように、そう告げて達海は有里から体を離した。きっと有里は達海をこれからキタナイものとして扱うだろう。それで良かった。そうすべきと思ったから。胸が痛まないわけではなかった。だが、もう行為としてあったことなのだから認める以外にないと達海思う。有里はこんなことをされて、一緒に仕事をしなくてはならないかもしれないが、それについては達海が大人の対応をしていけばよいだけのことだし、有里が騒ぐほど子供だとも思ってはいない。否、騒がれたとしてもそれはそれで構わないのだ。達海はETUを後にする、妻の元に戻る、また英国に行ってもいいかもしれない。それだけのことだった。やがて有里は寝息を立て始めているのだろうが、それは達海の耳には届かない。達海は録画したサッカーの試合をヘッドフォンを着けて暗い部屋の中で見つめていた。あとは、有里が起きてからのことだ。


***


 有里が起きて、互いにバラバラにシャワーを浴びる。有里は努めて普通を装おうとしていたけれど、達海には分かっていた。かなり動揺している。だが、騒ぐことも泣くこともなく、静かなパニックに陥っているようだった。達海は監督として今からETUのみんなの元へ向かう。だが、有里の今日の予定は、行こうと思っていたかも知れないが、マネージャーとして行く必要のない日であった。有里と達海は一緒にアパートから出る。昨夜、一緒に歩いた夜道を、今度は朝から二人で歩く。達海の家からJRの最寄り駅はとても近い。手をつなぐでもなく、有里は黙ったまま、否、何をどう話したらいいかなんて思いつかないのだ。だから来たことのない道をキョロキョロと見回しながら達海に着いて行くしかできない。他にも数人の近所の人たちが歩く姿がチラホラ見受けられる。もちろん知った顔は見られない。見知った顔にばったり出くわしてしまったなら、それはそれでなにをどう言いわけすればよいのか分からない。というか面倒が増えるのもお互いにうまくないので会わなくて良かったというべきか。歩きながら、静かに達海は口を開いた。
「…俺のこと、嫌っていいよ」
 有里は何も答えなかった。有里はまだ、何も考えられなかった。今朝のことはハッキリ憶えている。だが、有里は嫌だ、ともいい、とも何とも思わなかった。ただ、ただひたすらにどうして? なんで? そればかり思っていた。間違いならよかったのに、と。間違いならばこれまでどおりの達海と有里でいられるから。ETUの監督とマネージャーとしてのままでいられるから。ただ、混乱だけが頭の中をグチャグチャと駆け巡っていて、今日はグラウンドに行くことなどできない。それだけは確かだった。本来なら休みであっても大好きなサッカー、ETUに目を向けるのが怖いとすら思った。もちろん明日からは普通にマネージャーとして復帰しなければならないが。だからこそ、今日というインターバルは必要だと、混乱している有里でさえ分かった。
「時間ズラして乗りな」
 先に達海がJRの駅構内に消えた。有里は言われたとおりに近くのコンビニに入った。コンビニの中を見ても何も感じない。何かを感じる機能が死んでしまったみたい思えるくらい、コンビニの売り物をぼんやりと眺める。昨日、達海と一緒に行ったコンビニとは雲泥の差だった。同じようにぼんやりしているというのに。昨日は熱に浮かされていたけれど、今は気温は熱くとも、脳内はグツグツ煮え滾っているわけでなくて、冷たく冷めているけれど冷静なんかではなくて、どう説明すべきか有里の中では言葉が見つからない。そんな思いだけがぐるぐるぐるぐる巡っていた。だからコンビニの中を一周、二周だけして何も買わずにすぐ出てしまった。達海が何分の列車に乗ったかどうかは知らないが、もう既に乗った後だろう。有里は達海と時間をズラして列車に乗り帰路に着く。途中までは同じ道のりを。だが途中からは道を別れて。明日の朝から、どんなふうに達海と会えばよいか分からないけれど、それは帰ってゆっくり休んでから考える余裕があれば、考えればよいことだ。今は置いておくことしかできない。ただ、道を行く。



12.11.21

やっと終わりました〜
iテキストが何度も落ちるし、なかなか話が進まないこともあって書き終わらなかったんですね。

あと、長くなっちゃったのもあるんですが…
達海ってば最低なヤツに見えると思うけど、そんなつもりで書いたわけじゃないからww
達海好きだし。いいキャラだぜぇい。

ただ、ここから先を書くかどうかはまだ決めてません。
完結には…ならないよなぁ、、


この文章って、何をいいたいわけ?
みたいなことを聞かれても答えようがないんですね。ただ綴っておきたかったというか。意味なんて自分だけが知ってればいいし。
まぁ意味深か意味なしかは、読む人に委ねるし。


でも、この二人ってお似合いっつーか、なんかいいなあって気がしません?
あ、この話でなくて。ジャイキリで笑


title:joy

2012/11/21 23:00:09