※ このシリーズの逹海は既婚者
※ おじさんとムスメさんのあれこれ的な話


我がままの人道的許容範囲・1



 GMの後藤が熱く語り、周りの反対を振り切ってまで英国に渡り連れてきた新監督・達海猛のことは昔から知ってはいた。だが、ここまでいい加減な男だったのは意外だと有里は思っていた。とても残念だった。十年前はとてもいい選手だったのに、としか言いようがない。確かに監督としての目も、腕も、頭も持ってはいる。見ていれば分かる。彼が来てからETUは変わった。彼にはそのぐらいの頭脳とカリスマがあるのだ。それは選手の時代から色褪せることなく。
 その日も何気無い様子で逹海は声をかけてきた。飲みにいかない?と。この軽々しさは現役から変わっていない。ただ、昔は有里も子供だったから誘われなかっただけで、今はもうさほどでもないが飲み口も持っているのもあり、誘えるような年齢になったということ。有里は、そういえばまだ逹海と飲んだことなどないなぁと思いながら頷いた。否、一回だけETUメンバーの飲み会があったので、そこで少し話したことはある。逹海は飲んでも変わらない印象だったと思う。イギリスの話などを少ししたくらいか。子供が好きそうだな、と意外な一面も見たがそれだけのことだ。
「友達二、三人だったら連れてきてもいいよ」
 逹海の言葉は耳から届いて、頭の中にしずかに入ってくる。うん、と頷いてからETUのメンバーに声をかけようかと思った。しかし、メンバーのみんなはチャカチャカと忙しそうに動いていて、声をかけるのもなんとなく躊躇われた。遊ぶ話なだけに。だから一番声のかけやすい犬こと椿に声をかけてみた。だが、どうやら今日は別口で男子会のような、飲み食いし放題な飲み会があるのだという。申し訳なさそうに謝られたが、急に誘う方がどうかしているのだし気にしなくても、と返すに留まった。椿はムダにそういうことを気にするタイプなので、誘ったのは失敗だったかもしれない。有里はそんな風に感じてもいた。

 結局、急に声をかけるわけにもいかず、帰り道逹海と二人でてくてく歩いた。逹海は笑う。
「何?お前、友達いないわけ?」
「急に誘っても無理でしょ普通」
「そりゃそーか」
 流れで二人で飲んだ。話していると、逹海は有里がかつて憧れていた時の彼のままの部分もあるような気がした。だが、あの頃の有里あまりに幼い子供で、本当のことなどよく分からない。そう思いたいだけなのかもしれない。逹海は仲間の話や、最近までいたイギリスの話などをする。イギリスにいた子供達の写メール用の写真を見せながら、逹海自身も無邪気に子供みたいに笑う。いいパパになりそうな笑顔だ、と有里は感じていた。奥さんの写真は見せてこなかったので、あえて聞きはしない。なんだかその夜は穏やかで、いつもの飲み会よりもフワフワした感じで結構スイスイ飲んでしまった。もちろん、足元がふらつくほどは飲んでいない。

 帰り道。夜もだいぶ遅くなってしまったので、有里はバス停の時刻表を睨めっこをする。とんとん、と軽く肩を叩かれて慌てて振り返ると、そこには駅構内に消えたはずの逹海の姿があった。
「バスあんの?」
 短くて何気ない一言にすべてが集約されていた。あ、と有里は自分の胸がじわりと温まるのを感じた。大人であり、当たり前のやさしさを逹海は持っているのだと、今更ながらに気づく。心配してくれているのだ。そして、もう一度バス停の時刻表に目を通す。…やっぱり。
「……最終行っちゃった」
 どうやって帰るべきかと考えながらも、有里はどこかぼんやりしていた。歩く距離を長めに身積もれば帰る手立てがないわけではない。小一時間かかってしまっても、致し方ないことなどいくらでもあるのだ。何より明日は仕事は休みなのだし。そういう背景もあり、いつもより多く摂取してしまったアルコールを飛ばすことを考えれば長く歩くのも、そう悪くはない。
「ウチ来る?」
 何を考えてその言葉が出るものか。有里には理解できなかったのでポカンとしていたらすぐに逹海は笑いながらいう。おかしな勘違いをされても仕方ないと分かったからだ。
「へんなことしないって」
 そもそも有里としては、へんなことをされるなどと思ってもいないのだが。まぁへんな人なのは確かだとは思っているが。
 聞いてみれば逹海の家は有里の家の方角とはきれいさっぱり真逆。位置的にはこの駅前がちょうど中間地点に位置する場所のようだ。どちらも住宅地なのだが、JRを使える逹海の家の方が交通の便がよいとは言える。平日の夜なので遅くまで交通には困らないが、思ったよりも話が弾んでしまったので遅くなったのだ。有里の家からはあまりJR近くないのだが、でも歩いていけない距離でもないので酔い醒ましのつもりで歩くのもいいかもしれない。一緒に駅に入ることにした。逹海と一緒に歩いているのはなんだか不思議な気分だ。そして、さらに不思議なことに、昔ファンだったあの逹海猛と一緒にいるという感慨などまったく沸かない。おじさん、という歳でもないのだけど逹海自分をおじさんと呼ぶ。世の中のおじさんたちに失礼な気もするが、そこはあえてツッコミを入れたりはしない。まだ二十代前半の有里だがそこは大人の対応をした。
 二人で駅構内に入りてくてく歩いていく。有里が戸惑ったのは、切符の料金がこれまたJRを常々使わないためピンと来ず、購入にモタついてしまったことだ。しかし、なにも言わずにさも当たり前のようにして逹海は、切符を買って渡してくれる。あ、また温かさに触れたような気がした。逹海猛、彼は間違いなくやさしくて、無邪気に笑うくせに大人だ。ありがと、というほど酔いが回った脳みそは回転していなくて、言葉すら出てこない。ただ切符受け取って彼の後ろ姿に着いて行っただけだ。改札をくぐり抜け乗車スペースに向かうと、そこは夜も遅いので人はまばらだった。酔っ払いのサラリーマン二人組がウロついており、上りと下りの時刻表を見てなにかしら大声で話している。逹海がいう。
「あっちとこっち、見んのっておかしくねぇ?」
 理屈は分かる。だが、有里にとってはおかしいとも思わない。有里もまた二つの時刻表を眺めていたから。有里の脳内で先ほどいわれた逹海の言葉が俄かには信じられないような気がしてきた。「ウチ来る?」意味も分からないし、そもそも、そんな図々しく行くわけもないし。そして、有里の乗る列車の方が先にくる。それを時刻表で確かめていた。だから有里は絶対に逹海の家に行く理由はない。音も高らかに列車は構内で停止し、有里は短く「お疲れ様」とだけ言って、そして逹海の方を振り返らずに列車に乗ったのだった。何の断りもなく乗ってしまったのは失礼だったろうか。そう思ったが、振り返った先に彼の姿はなく、どうせまた会うのだからその時にお礼を言えばよいだろうと思った。酔いで火照った脳みそはやっぱり回転が遅いようだ。ただ、逹海のやさしさに触れることができたのはよかったのではないか、そう思う。
 なぜなら彼は自己チューでワンマンで頭はキレるけど信用されてなくて、でも働き者で視野が広い。そんな風に有里は冷静に見て感じていた。だがそれだけに誤解されやすいタイプだ。彼のワンマンさは今までの監督らとはまったく違うものであり、また、視点についても奇抜で今までより新しい。逹海の目は今までの色ではないだけに、すぐに理解などしてもらう方が難しい。その突飛さに着いていけないとETUメンバーからも苦情が来たり、嫌な雰囲気になったことだってあった。それは彼の口数が、必要な時に限って少ないせいでもある。グラビア雑誌の感想などはベラベラとムダにしゃべっているくせに、監督としての戦略については「お前らなら、できるよ」などと言いっぱなしで終わりなのだ。誰もが理解できないと文句をいうのは当然である。
 だが、今日は逹海と話せてよかったと有里は思う。少しでも、彼を理解できたかもしれないから。彼をやさしいと判断する者が何人いるのだろうか。きっとかなり少ないだろう。逹海は意外とシャイなのかもしれない。あのやさしさをもっと前に出せば彼はもっともっと、人柄から好かれる人になるだろうに。それは、せっかくのよいところなのだからもったいないなぁ、と感じた。そんなことを考えながら、列車から降りて小一時間、ブラブラと帰り道を温かな気持ちで歩いていったのだった。


12.09.30
お疲れ様です。
初のジャイキリ文です。
まぁ逹海関連しか書かないだろうし、あまり恋愛ものっていうのも書くつもりはないし、思いついたものはたまに投下するかも。くらいの程度です。

これはタツ×ユリっぽいシリーズとして書いてます。恋愛未満のなにか的な。
推敲してないのでかなり読みづらいかなぁ?そこは本当に申し訳ないのですが、やっぱり推敲はしないっていう(笑)。

とりあえず、この話は歳の差コンビを書くにあたって、ピッタリだったというだけのことです。
気が向いたら続きも書くので、読んでやってください。

title:joy
2012/09/30 16:39:33