「ユキぃ?別れたけど」
難なくそう言ってのける女顔の超絶美男子・草薙京はさらりとそんなことを口にした。
日本の神話を絵に描いたように神々の力を現世の身に宿した、忌まわしき戦いはノストラダムスの大予言の年より早く終わった。あれがあってもう十年以上になる。あの頃高校生だった京も、もう三十路の垣根を超えた。
そんな時間も経ってから会おうなどと言い出したのは、他でもない自称・京さんの一番弟子である矢吹真吾だった。意外にもあっさり旧日本チームのメンツも揃ってしまい、こうして集まることになったわけだったのだが。
「…まじすか……」
「たりめーだ。俺を高校も卒業できないバカ扱いしたクソ女だからな。俺だってモテないわけじゃないんだぜ」
京は結局卒業しないまま高校にいて、やがて気がつくと自主退学したということだった。それを聞いた時の真吾は既に卒業後で、思わずその場に両手をついて嘆いたものだった。それを問い質すメールを送っても、返信は十件に一件もなかったと思う。それでもめげずに送り続けた真吾の心の強さは、京でさえ賞賛する代物だ。賞賛はしても憧れはしないが。
「彼女もいるぜ。まあそのうち別れると思うけどな」
遊びの恋ができる、というよりは何となく付き合っているというだけなのかもしれない。紅丸が同意したように笑う。大門はそこには突っ込まない。彼自身あまりに奥手で、恋人という言葉にさえ顔を赤らめるような男なのだ。多分女と付き合ったこともないのだろう。だが、四十近くなってそれはさすがにないだろうか…。誰も浮いた話を聞かないため詳細は不明である。だが、今期のオリンピック出場、そして金メダル確定とも言われている。前期も柔道重量級を総ナメにしたのだ。メダル獲得の史上初四連覇がかかっているのだという。意外と女子アナなどと結婚するかもしれない。
「折角集まったんすから、連れていきたい所があるんですよ!」
真吾はセッティングしていた場所を頭に思い描きながら懸命に三人に話しかける。京も紅丸も邪魔そうに真吾を見た。確かに邪魔だしうるさいし。
「そこへ行こう」
大門が勝手に返した。返事のない時は大門がうまくバランスを取る。旧日本チームはうまいこと成り立っている。



真吾が連れて来た場所は昔、ネオジオランドがあった場所。そこは今軽食などを取れる軽めのバーに変わっていた。そういえばネオジオという言葉こそとても懐かしいものだ、と京は笑う。昔、キングオブファイターズの日本戦が行われた懐かしい場所でもある。そこに行っても積もる話をしてくれる者もおらず、真吾は一方的に気を使いまくり、勝手にべらべらと話しまくった。自分の今までのこと。京が学校を辞めていて悲しかったこと。彼女ができたこと。今は恋人募集中なこと。仕事のこと。キングオブファイターズの他のメンバーとも連絡をとっていること。今までのバイトのこと。間を保ちたくて、何でも構わないのでべらべらとただのべつまくなしに喋りまくった。それに大門は相槌をくれる。紅丸は興味ある部分だけ時折返してくれる。京はまったく見向きもしない。ただ好きに飲んだり食べたりしているだけだ。誰も楽しそうではなかった。
どうすればよいかまったく分からず、真吾は言葉を途切れさせ頭を抱えた。もちろんその間にはウェイターに声を掛けることで間を保ってはいたが。
「なぁ、」
天の助けか。
頷いてくれていた大門に対しでも多大なる感謝を真吾はしていたが、その礼を言うのは別れる直前でいい。だが、今の合いの手は何か。しかも、その声が京のものだったことに、驚きを隠せない。真吾の方を見ようともしなかった冷たい男。その端正な顔立ちの男がまっすぐに真吾を見て、紅丸を見て、大門を見た。
「さっきの話の続き。」
唐突すぎる言葉に紅丸が「はあ?」と呆れたような表情をした。京はたまにこういう所がある。自分の世界で突っ走る。頭の回転は確かに早いが、他人がその回転についていけていないことに気づけず勝手に話を進める悪いクセ。それに気づいた京はおもむろに自分のケータイを取り出す。二つ折りのケータイ、今時のスマホではない。ディスプレイを開いてピ、ピ、ピと電子音を響かせている。
「今のカノジョと別れるために、電話する」
京以外の三人は、あまりの驚きで言葉も紡げなかった。



ごく、短い会話で話は、済んではいないのだろうが、京はケータイを切ってしまった。一部始終を伝えてもそう長くはならない。下記がそれである。
「あー…もしもし、俺」
「うん。あ、ソレなし」
「つうかよ、別れようぜ。」
「や、別に」
「じゃぁな」
ピッ。と冷たい電子音が、電話の向こうから聞こえる女の声を掻き消した。そして、草薙京は笑っている。冷たい笑みすら浮かべている。愛情などなかったのだと、彼の表情が語っている。京はケータイをしまってから三人に向き直った。
「俺、あれから何回もユキと別れてんだ。そして、何回も付き合ってる。俺が頭下げてさ」
それはまるで儀式のようで。
「たまたま、その日だわ。今日」
さも当たり前に繰り返されて来たこと。
電話口にいた前の彼女はきっと、今頃泣きわめいているかもしれない。だが、いつか気づくのだろう。草薙京は一時の存在でよかったのだということを。
「別れたけど、しょっちゅう連絡は取り合ってる。八神のこともあるしな」
京は早くも席を立とうとしていた。慌てて三人が追う。そして、耳を疑う。八神。その名がまさか、京から聞くことになるとは誰も思っていなかったからだ。
「ユキは看護婦になったんだ。俺の頼みで、八神の面倒を見てる」
「なに、…言ってる?」
紅丸が何とか絞り出すように言葉を発した。八神。ユキ。看護師。別れ話。京。退学。何も関連性なんてない。だが、ただの世間話と割り切るには無関係とは言い難いような気がした。
「俺が、ユキにお願いしたんだ。あいつが、八神が目覚めるまで、見ててくれって」
話を聞けば、八神庵は大会が終わり、オロチの一連の事件が済んだあとに発狂し、気を失ったままなのだという。それから何度か目覚めることはあった。だが暴れたり、もしくは黙ってどこか遠くを見たりしているだけで、退院に至らなかった。だが、こんなことで八神も草薙も関係を絶たないでいる。それこそが、因果なのかもしれない、とその場にいる誰も思った。
「俺は今からユキに告白しにいく。趣味の悪い奴は…、来るんだろ」
さっさと旧ネオジオランドを去る京を追いかけて、若者たちが姿を消した。大門が会計をしたのは言うまでもない。



12.08.24


KOFの初文章。しかも今更
京ってかっこいいよな。今更ながらにそう思っているので、他にもなんか書けたら書きたいです。十代の頃は嫌いだった草薙京は、今となっては魅力的なキャラに他なりません。
あのそっけなさとか。そういったものがかっこいいし、庵よりもかっこいいと思うのです。

旧日本チームという言い方は実は95までしか通じないのですね。分からない方はもうわけねえっす。


あと、こんな薄汚れたKOF未来予想図書いてすみません…。

ユキとの未来は分かり切ってるから書かなかったです。

2012/08/24 21:47:02