逆さに進む時計・4


東条がポカンとした顔をしていた。
神崎は「違う」といった。だが、
「しろよ。避妊」
などという。この二人の会話はあまりにちぐはぐで、笑いさえこみ上げてくる。当事者扱いの邦枝と神崎にはもちろん笑えないのだったが。
教室で抱き合っているところを見られ、そのまま「お邪魔様〜」といいながら帰ろうとした東条を慌てて何故か二人で追いかけて、三人で帰路に着いている。東条が勘違いするのも分かるが、言葉的にあからさますぎて肩を落としてしまう。
「だからよぉ、俺と、邦枝は別に、付き合ってるワケじゃねぇんだって」
だが、あの状況をなんと説明すればよいか頭には言葉が浮かばない。神崎はうまい言い分はないかと、縋るように邦枝を見た。彼女も神崎の腕から力づくで逃げることだってできただろうに、ああもう。その思いは伝わったのか、邦枝がすぐ言葉を出す。
「キズの、舐め合いよ」
東条がキョトンとした顔のまま邦枝に視線をやる。
神崎はああ、これだ。そう思った。邦枝の言葉が確かにしっくりくる。どちらも悼んでいて、痛んでいる。彼女の死は、彼らにはとてつもなく大きなこと。だから、思いは同じなのだ。抱き合うことでさらにそれを共有した。つながることは伝わること。そんなことを思いながら、神崎は何も考えずに口にしていた。
「アイツの仇、とってやるんだ、ってぇ話だよ」
今度は、邦枝がポカンとする番だ。そんな話は今始めて聞いた。そもそも抱き合うなどということをしておきながらこんなことを思うのもおこがましいかもしれないが、神崎とはほとんど会話らしい会話などしていない。今日だってそうである。なのに。
どうして、神崎は分かっているんだろう?
シンクロした?抱き合うことでシンクロすると聞いたこともあるが、そんな単純な問題なのだろうかと思う。黙ったまま神崎を見ていた。すると、東条が足早に去ろうとする。
「バイトだ。邪魔はしねぇ。あと避妊しろ」
「「違うわ!!」」
二人の声がキレイにハモった。
結局、東条は勝手に勘違いしたままだったがこれ以上追いかけても無意味だと分かったので、今度は追いかけるのをやめた。
神崎は東条の後ろ姿を睨みつけながら額を押さえて溜息を吐く。その後ろからの視線にふと気づき振り向いた。邦枝が神崎を見ている。さっきもそうだった。いいたいことがあるならいえばいい。そう思って近づく。
「さっきの、どういう意味?」
短い言葉が突き刺さるように強く、神崎をうつ。泣き腫らして俯いていたはずの眼が、いつの間にやら輝きを取り戻している。いつもの邦枝葵の表情に戻っている。凛とした強さが窺える。この眼からはきっと逃れられない、と神崎はなんとなく感じた。
「……誰にもいうな」
声を潜めた。これから口にすることは、今まで神崎の心の中だけにあって、ただ静かに秘められていてぶすぶすと煙を燻しながらくすぶっていた闇色の思いなのだ。
邦枝が怪訝そうに眉を顰める。神崎がなにかを打ち明けようとしていることはすぐに察したらしく、小さく首を立てに動かす。合意の印だった。
いざ口にしてみようとすると、憎悪に塗れた言葉が飛び出してしまいそうで恐ろしい。頭の中でどう話そうかと、今まで意識したことのないことを考える。口を開こうとして、すぐ閉じる。それを数回繰り返すと邦枝が焦ったそうに嫌な顔をした。
「さっきいったとおりだろが。仇討ちだ、仇討ち!」
「そんなの……みんなしたいはずよ。でも犯人は捕まったし、ただの事故なんだから仇討ちもなにもないの!相手の運転手の顔は私だって忘れてない。でも、泣きながら謝って手錠をかけられてた。それ以上、なにもできるわけないじゃない!」
神崎の思いより先に、邦枝の思いが言葉になって吐き出されこぼれ落ちる。凶悪犯罪でも、未解決事件でもなんでもないただの事故。彼女は、運が悪かった。運が悪くたまたまその場所に居合わせただけのこと。人を憎むのではなく、憎むなら運を憎むしかない。やるせない思いだけがみんなの胸に募って募って、おかしくなってしまいそうだった。これは八つ当たりだと分かってはいたけれど、神崎の言葉が本当であるならばどれだけ楽だろうか、と思ったから。気がつけば思いの丈をぶつけてしまっていた。神崎はいつものやる気のない様子でそれを受け止めていた。否定も肯定もしないままで、ただそこに立っている。気圧された様子もない。呼吸を整えるため、邦枝が黙るとようやく神崎が口を開く。
「あれは事故なんかじゃねぇ…。俺には分かんだよ、だから仇討ちだっつってる」
邦枝の眼が、ぎらりと光った。なにかを悟ったとでもいうように、強い光が瞳に、瞬時に宿る。睨みつけるような眼が、神崎を射る。
「どういうこと?」
それには、すぐに答えなかった。否、答えられなかった。由加の死因はただの事故ではなくて別の所に理由があるなどと、なんの証拠もなしに言い切るのはひどく難しい。だから、神崎は一度ごくりと息を呑んだ。目の前の邦枝は一度は身構えたが、息を呑む神崎を見て体から力を抜きつつ見やる。ようやく出た言葉はやはり、味もそっけもないような飾り気のない言葉。強く言い放つ。
「俺には、視えた。アイツを殺した、それが何なのかを」


12.07.23
お久しぶりです!

うちのネコが死にました。昨日でした。
一匹ではないけれど、やっぱり思いでもあるのでショックだったのかなぁ…
そんなこんなで浮かぶ話もあったりします。悪い夢を、何故か見たりもします。なんだかわからんけど、不安定かもしらんです。
そんな中で浮かんだ続き。当初と流れは変わってませんが、中途が変わる感じかも。もしかしたらこのまま続けていけるかもしれない。
気長に、お待ちくだされば。

2012/07/23 23:14:22