おかっぱの髪のアーミールックの女が死んだ。東洋顔の美女。好みか好みでないかなど、死合うだけの関係であるトラヴィスとの間には考える必要すらない。確かに彼女は美人で、UAAランキング6位に相応しいほどの姑息さと、エレガントさと、強さを兼ね備えた相手であるといえよう。
トラヴィスにしてみれば投げ込まれた手榴弾と勢いよいキックで埋められた落とし穴ほど忌々しいものなどなかった。その間に打ち込まれるミサイルの数十発は夢ではなくて、確かにトラヴィスの体を痛めつけて、そして傷付けていたのだから恨んでもよかったのかもしれない。
だが、今となってはどうでもよかった。体の痛みは生きてさえいればいつしか消えるものだし、感情や精神力で一時的に消すことすらできる代物なのだということをトラヴィスは知っていた。たとえ負けても、生きてさえいれば!

殺すことに何らかの意味を求めていた、そのホリーという女を思う。目を閉じてみればまじまじと、まるでそこに彼女はいるのではないかと思うほどに悩ましげなポージングで彼女はトラヴィスの前にいる。形の良さそうな二つの胸がブラジャーのお陰か触れなくとも寄せられており、谷間が目の前にあった。それはアーミー柄のタンクトップで内側を隠されていたけれど、確かに触れてみたいと思わせるには充分な代物であった。そう、間違いなく一人の女性として出会ったのならきっと彼女にトラヴィスはナンパしたかもしれない。あの荒れた夜のように。シルヴィアと飲んだくれた夜のように。
だが会ったのはランキング戦という一つの垣根の間で、その間は歯を食い縛ってギリリと構えたトラヴィスがいるだけだ。女の色香など無意味なのである。なぜなら、ランキング戦で出会う相手はトラヴィス自身の持つビーム・カタナのサビにすらならないのだから。
言っておくが、ビーム・カタナはサビつかないからビーム・カタナなのであって、シノブなどが持つ通常のカタナは血糊などでサビつくことが当然あるのだということを付け加えておく。

彼女は、殺す意味をトラヴィスに聞いた。だが、トラヴィスはそれを否定した。殺すことに意味など求めてはならないと。トラヴィスは思っている。殺すこととは、殺し屋にとってのただの仕事にすぎないと。だからこそワンランク上の仕事ももらえるのだ。それで飯を食っている自分のような最下層の生き物もいるのだということを。だが、ホリーはトラヴィスが生活のためにやっていることに意味を求めていた。すなわち、それは生活などではなくて、生きていくだけで必要ではないがそれでも必要な何かであることを告げていた。言葉にせずとも伝う何か。彼女が片足を失っても続ける必要があるのか、それでもやめないことに意味があるかもしれない何か。
彼女はいった。「負けることは死だ」と。それは甘えでもなくて、カタナをしまったトラヴィスをまるであざ笑うかのように手榴弾を咥えてそのまま逝った。ホリーの美しくさらりと流れる髪も、男を魅了する微笑みも、すべてを爆発と共に失ってしまった。彼女は望んで、トラヴィスが刺さないトドメを己自身で刺したのである。上半身の、それも動くことや考えることで必要なその部位だけをキレイに吹き飛ばして彼女は逝った。長い手足だけを遺して、ああ。負けることは死などではなくて、ただの負けなんだと思っていたトラヴィスはただ、それを息を呑んで見つめるしかなかった。
負けたらまた、このランキング戦を勝ち上がればいい。それは格闘技界のセオリーであり、一位という名のチャンピオンベルトを手にすればよいのだ。そのぐらいの気持ちだったというのに、それはキレイサッパリ消えてしまって目指すチャンピオンベルトの重みがきっと、テレビで見るプロレスラーたちの比ではないのだと痛いほどに感じる。皮膚がヒリヒリと感じるぐらいに強く感じてしまう。ホリーの飛ばされた頭部が微塵になっている、血だまりの中で痛みにも似た何かがトラヴィスの胸の内で生まれ始めている。痛みを伴って、ああ。
負けは、死だ
それだけが頭の中に声に似た何かへと変換されてぐわんぐんと回っているようだった。それでも甘っちょろいかもしれないが、そんなことはおかしいだろうと思いながらトラヴィスはただ必死に、ホリーの温かくて形のよい体を抱きしめた。それでも思うのだ。負けは、ある意味で「ここまでだ」と思う何らかの材料になる。そう思ってしまえば志半ばにして諦めることもあるだろう。無意味なこの闘いを辞めることを思うことを。リタイヤは決して悪でもなくて、当たり前なんだってことを。それを、分かる前にホリーは死んでしまった。美しい体を遺して。美しい頭部は消した。
それは殺しを実行しないトラヴィスに焦れたから、そうせざるを得ない致仕方ない行為の一つであったけれど、やはりそれについてシルヴィアは疑問を持っていて、納得できない勝ち方と評したけれど、そんなことはどうでもよかった。
その日から、トラヴィスは殺すことについて考え始めたのだ。意味など要らない、否、意味など求めてしまえば殺すことに対してきっと不満を覚えてしまうから。きっと不安を覚えてしまうから。だからきっと意味など考えないと決めていたのだろうと今更ながらに気づく。それだけ自分という生き物はまだまだまだまだ弱いのだ。誰か、という名の一人が死ぬ。それだけでグラつくほどに。それでも、殺すことに意味を求めずにはいられない。意味などなくて殺すことに疑問を感じる。ああ、これは今までなかった弱さなのだと感じる。ホリーを愛したわけじゃない。ホリーに恋したわけでもない。ホリーは確かに美しいけれど、それ以上に強かった。トラヴィスが抱く感情を言葉にするのならば、一番近いのはこうだ。
『花を、折ってしまった』
折る気などこれっぽっちもなかったというのに。説明するまでもないが念のため。 花=ホリー であることを付け加えておく。また、しまった、という言葉から分かるのだがその気はなかった。つまりホリーに対して悪いことをするつもりなどなかったという意味である。広い意味で。
トラヴィスはそれらを、踏まえて思う。自分たちが殺しを続ける意味を。それを、きっと、求めてはいけないのだろうけれど、それでも求めてしまうほどに意味など理解できないのであった。ただ形のないホリーの微笑みだけがトラヴィスに笑いかけた。トラヴィスの脳内だけという狭い空間で。
殺すこととは、勝つことなのだと、ホリーが教えてくれた。それは間違いなく精神を蝕んでゆく。そう、だからヒトは殺すほどに壊れていく。自分でも知らないうちに、きっと。だから勝ち続けることができる。立ち止まるのは意味を求めてしまうから。
文学少女と笑ったはずなのに、これほどまでにほだされているなどとまったくもっておかしい。ホリーの体を穴倉に投げ込む。スローモーションのようにゆっくりと宙に舞い、彼女はその存在さえも消える。だが、トラヴィスは忘れない。記憶は確かに時間と共に薄れてゆくのだろうけど、それでも彼女の殺しを続ける意味を胸に刻みつけて、まだ殺し続ける。
「次に会ったら、今度は恥なんてかかせねぇって誓う。…じゃぁな」

その夜、寝る前にトイレに一本の花を置いてみた。この花はいつまで咲き誇れるのだろう。なぜかそのまま眠ってしまい、誰かの細い手がトラヴィスの
手を握っている夢を見た。幸せなはずの、せつなさを残す夢だった。


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まさかの!ノーモア★第三弾
誰も読まないよっていう(笑)
イミフすいまっせん。。自己満すいません。なんでだろー書いてみたくなって…
ホリーさんが好みだというのもあるんだけど、死に様がカコイイからってのもある!
彼女の儚さに確かに感じるものがあったのです。
ノーモア★は女性キャラがいいなぁ。つうか男性向けゲームだし当たり前?

2012/07/03 09:27:44