隣にいる相手と一緒にいることは常だった。あまりに当たり前過ぎて、大学と就職などという言葉にも反応しなかった。それはいつも相手と自分が同じ道を選ぶと勝手に感じていたからである。それを和也はいとも簡単に打ち破られてしまう。幼馴染である梓の言葉によって。
「内定したの〜〜〜」
 間延びしたその言葉は、あまりに喜びを感じなかった。瞬時に意味を理解できなかった和也は「あ、そ」とだけ短く言ってから少し経ち、慌てて聞き直したものである。まだ内定には早い時期であった。だからこそ聞き逃した部分もあるのだが、和也はとりあえずエスカレート式の大学への道を選んでいたのに、幼馴染の梓が反対の就職への道を選んでいたことなどまったく知らなかった。それはある意味ではショックを受けていた。己の未来をまじめに考えているようなタイプでもないだけに特に。
「どっか、遠くにいくのか…?」
「まだ決まってないよ」
 そんな和也のざわつく胸を無視してアッサリと答えてしまう梓の、無神経ともとれる反応はある意味気楽であり、ある意味では察しろよ!と腹立たしくもあった。そういった意味合いでは仕事の種類も数も多い関東という地方についてはありがたいとすら思えた。よほど望まない限り、もしくは公務員でもない限りは近場からどこかへ行くということはないだろうことは明白だったからだ。ホッと胸を撫で下ろすことと同時に、それ自体に違和感を感じていた。和也はまだざわついている胸の奥をなんとか鎮めたいと思いながら教室から出た。梓も当たり前のようについてくる。
「ほんとはね〜、美大に推薦っていう話もあったんだけど」
 初耳だった。確かに梓は絵をコンクールに出して最優秀賞をかっさらっている。それほどまでに素晴らしい腕前だとでもいうのだろうか。和也は黙ったまま言葉の続きを待つ。梓はそれを誇りに思うこともなく、ただの現実として受け止めていた。
「よくわかんないから、断ったの」
 梓らしいと思った。それについては思わず微笑さえ洩れてしまいそうだったが、だからといって梓がまさか就職活動をするなんて、という思いも混雑していて笑えなかった。近くにいる梓に向かってなにもできない。そんな和也の様子を見て彼女はおかしいと思ったらしい。首を傾げながら近づいてきた。
「ん、なに?」といったのが和也の耳にわずかに届いたけれど、それは本当に小さい響きだったので気にならなかったのかもしれない。和也が急に梓の体を抱きしめる。梓は包まれるような感覚と、視界が奪われる感覚に襲われた。だが包まれる感覚があるだけに恐ろしいとはまったく思わなかった。暗い中で視線を上げると、そこには和也がいた。まじめな顔をしていた。
「カズくん…?」
 見たことの、あまりない顔だった。だが、いつだったかこんな表情を見たことがあったように思う。梓は必死に思い出そうとした。だが、記憶の壁は厚いらしい。そう簡単には思い出せそうにない。
 和也は遠くに行くという幼馴染の言葉が、あまりに唐突すぎていて信じられなかった。いわれたことすらそう簡単に理解などできないでいるのに、それ以上のことなんてなにがいえるのだろうかと思った。情けないくらいに目の前でのほほんとしている幼馴染の梓に、しかも梓に望まれているわけでもないのにいいようにされている。心配そうな彼女と目が合ったのは一瞬。逸らしたのは情けないかな、和也の方であった。見ていたいとかいう気持ちが邪魔をしたのかもしれなかった。素直に喜んでやれなかった。それを悪いとも思ったが、自分自身の気持ちは無視できなかった。
 いつもいっしょだった。いつも隣にいた。時には家族ぐるみで出掛けた。家が近いから子供会や町内会のなにかがあってもいっしょに文句をいったり、笑ったりしながらこなしていた。その梓が、そう遠くはないのだろうけれどどこかに行ってしまう。それは、それだけのことともいえるし、そんなこと、ともいえる。どう思うかによってまったく違う受け取り方になる。ただ、今になって分かる。和也は梓と離れたくない。ただ今までみたいに一緒にいたいと、そんな叶わぬ願いを思ってしまっていたのだ。そんなこと、長い人生があれば無理だというのに。
 ああ、そんなことを考えていたら鼻がつんとしてきた。似合わないから上を向いてごまかす。身長の小さい梓は和也の表情など見えやしない。つんつんと痛みに似た何かを伝うそれは、今の和也にはひどく厳しい試験のようだった。つまりは、胸が詰まって泣いてしまいそうだいうことである。やっといえた言葉は、言葉ですらなくて。
「あ……っ、そぉ」
 それだけしか言葉にするのは声が震えてしまいそうだったから、いっぱいいっぱいだった。上を向く和也を見て梓はいった。
「泣かないで、カズくん」
 ああ、どうして梓は何も知らない顔をして、すべてを、悟っているのだろうかと恨めしく思った。だが、彼女のことを煙たいとも、嫌いだとも思えない自分がいるのだった。たまらず、情けない顔でも構わないと思って梓の方を向いた。彼女の表情はいつもと何ら代わりなくて恥ずかしさだけが募る。それを何とかごまかそうと涙する目をゴシゴシとぬぐいながら彼女に向き直る。あとはなし崩し的に梓に寄って、そのまま勢いでその小さな体を抱きしめた。離れたくないという思いをこめて。
「やだよ。おれ、寂しくなる…」
 吐き出してしまえば恥ずかしさなど吹き飛んでしまっていた。ありのままに泣けるし、ありのままの思いだってぶちまけられる。ただ、梓のいつもと変わらないゆったりした調子と、安心できる体温に癒される。
「私もね、カズくんが近くにいると安心できるんだ。ねえ、どうすればそばにいれるんだろう?」



 ああ、泣けるほどにきみと一緒にいたい。
 そして、きみと一緒にいれる。
 抱き合いながら、ただその瞬間ひたすらにしあわせだった。


wonderful world




12.06.30

お初の組み合わせですすいまっせん

なんだかトータス松本の日本語訳に心打たれてこんな青臭い話をちょぼちょぼとかいてました。あんまりまとまりもないしうまくもないけど。

イメージ曲はワンダフルワールド


青臭い恋愛にはぴったりな曲です。
なにより、男鹿と葵以上に青臭いとしか言いようがありません。梓のキャラがあれだし。まあアニメだともっと色気あるみたいだけど……?


これの続きは書くつもりがないのでいっちゃいますが、二人は結婚しますね(笑)簡単ですみませんっす!でも梓と結婚なんてできるのは和也しかいないって信じてる。

分かっているだけに許せるものもあるし、許せないものもあるんだろうね。

2012/06/30 00:52:24