ただ両の手を組んで固まっていた。これから立ち向かう相手にどうすればよいのか分からなかった。
ごくり、と喉が鳴った音を耳にしてしまうと、さらにその緊張は高まってゆく。
タウンページにも似た罪状の数々を見た後だったが、この用紙を見る時の気分といったら慣れるものではない。だがこちらは無罪であると信じなければ戦いにはならないのだ。それは師である綾里千尋にも習ったではないか。彼女の言葉を信じて間違ったことなどこれまでの裁判で、ただの一度もなかった。それは被告が無罪になったことからも明らかである。だからこれまでどおり彼女の教えを信じる以外に何があるというのか。
流れ出る冷や汗が背中を冷たく濡らしてゆく。ひどく不快だったが無視しながら罪状の数々を読むしかないだろう。それが仕事なのだ。そして、被告の無罪を勝ち取ることこそがこの仕事の醍醐味なのである。


成歩堂龍一の出立の日は近かった。被告を助ける方法と同時に、英語を流暢に話せるように学ばねばならなかった。筆記試験ならば通ったものだったが、いざ話してみるとそれは現地の人間には笑われるような代物であった。
それでは裁判にも何にもならないだろう。ナルホドは必死になって英会話を学ぶことにした。
「まだ日本語混じりだが、致したかなかろう。日数の割にやったほうかもしれんな」
いつものように高飛車に御剣怜侍はいう。この男のこういった態度はまったく気に入らないが、素直に褒めるということができないシャイな男なのだと思えばこそ許してやれるというものだ。ナルホドは溜息を押し殺してから深く深く頭を下げた。
「ありがとう。ミツルギ」
当然だろう、といったふうに冷たく上から目線で笑う男の姿が見えたが無視してやり過ごした。そうでもなければ普通ならケンカになって大騒ぎになるところだ。それくらいミツルギという男は他人の神経を逆なでする天才なのだ。



その日から片手で数えられる数日後。ナルホドは空港にいた。今この日こそが出立の日であった。嘲笑い続けていたミツルギもイトノコ刑事と共に見送りにきた。それがあまりに意外で、ナルホドは感極まってしまいそうになりながら自分の感情を押し殺すことで必死だった。同じ飛行機に乗り込むマヨイを横目に「先に乗ってな」といったことを封切りに我慢しきれなかった涙が、後から後から溢れてきたのだった。そして一旦でてしまうとそれはなかなか止まらないらしかった。
「生きて……生きて帰ってくるッス」
まさにそれっぽいセリフをイトノコ刑事がいったせいだ。ナルホドは飛行機乗った時に泣いている顔など誰にも、マヨイには特に見せたくないと思い何とか止めようとしてつんとして痛む鼻から出る息を止めながら目元を擦った。
「私は負けを認めたわけではない。勝ち逃げなど、絶対に許さん。だから、必ず帰って…こい!」
ミツルギの言葉があまりに重く、もう感情など抑えられなかった。ボロボロと音がしそうなほどに大粒な涙を零しながら二人と軽くハグして、名残惜しい気持ちを何とか捨てつつ背中を向け飛行機に乗り込んだのである。
裁判の師匠はチヒロであったが、英語の師匠はミツルギである。二人の師のためにそう簡単に命を落とすことなどできるはずもない。もちろん、敗訴するわけにもいかない。強い思いを抱いてもう一度罪人の名前を確認した。



《モリガン・アーンスランド》
罪状:殺人、他



2012.06.16


お疲れ様です。

前々からあった逆転裁判ネタ。かつVSネタ。もうね、ずっとポルノ聞いてましたよ(笑)もちろん映画見てないからゲームのイメージですけど。

アルカプ3ナルホドくんについて綴ったつもりです。
よろしく。

2012/06/16 00:05:31