深海にて2


潜る。
深く潜る。
深くふかく。
深みに嵌ってゆく。
この深海なら溺れてしまいたい。



 キスをするとひどく頭の中が痺れるような感触に陥る。気のせいかと思って、相手の素肌に触れたらぴりぴりと電流が走るみたいに感じた。気のせいなんかじゃない。もう一度、もっと深く知りたいと思ったけれど、触れるだけで気持ちいいと思うほどなのだ。もっともっと触れ合ったらどうなってしまうのだろうか。それを考えるのは楽しみであり、また、怖くもあった。だから深いキスと抱き合う時間を眺めるぐらいで二人の関係はとどまっていた。
 だが、若さとは欲のるつぼだ。止まる時間はわずかだった。手を伸ばせば届くところに互いの姿があるのだ。タガなど、どうでもよいと思ってしまえばそれまでのことだ。一度でも外れてしまえば罪悪感も背徳感も何もない。

 それは男鹿とベル坊が邦枝宅に行った時のこと。ベル坊は光太と隣の部屋で遊ばせておいて、本当の意味で久々に二人きりになった。自分の部屋というテリトリーの中であるのに、邦枝は初めて男鹿と部屋で二人になったという、そのごく当たり前なシチュエーションに緊張し、カチンコチンになってしまっていた。見目にも笑えるほど明らかである。
「相変わらず固ぇーな。」
 緊張は空気をも張り詰めさせ、相手にも伝う。そして感覚という感覚を研ぎ澄まし、鋭敏にさせる魔法のようなものだ。邦枝だけじゃない。男鹿だって邦枝に引っ張られるように感覚だけがぴりぴりと尖っていくのを感じる。こんな状態で触れたらどうなってしまうのだろう。それは単なる興味に過ぎない。そ、と男鹿は邦枝の手に自分の手を重ねる。肌と肌は吸い付くようにひたりと重なって、決して一人だけでは味わえない感覚に心を奪われる。男鹿が近づくと、邦枝の顔には翳りがさす。男鹿の長い前髪がどうしてか愛おしくて目を細める。間を置かずに唇にやわらかであたたかいものが当たる。これまでだって何度も交わしたキス。だのに、キスをしていると感じるだけで顔には熱が集まる。それは何度しても変わることも慣れることもない。息苦しいほどの緊張と照れ。それと、喜びが邦枝の胸いっぱいに広がっていく。数秒だけ唇と唇を合わせるような子供みたいなキスをして、男鹿は顔を離す。邦枝が目を開けると、間近に男鹿の顔があった。見られている、そう感じると気が気でない。どうして、そんな真剣な目をして男鹿が見ているのかも分からない。だが、聞くのもおかしいだろう。
 男鹿の手がゆっくりと邦枝の腕を伝うように上へ上ってきて、そしてアゴを捉える。そのままアゴを寄せて今度は角度を変え触れ合う唇。角度が変わるだけで感触も違うような気がした。だが今回はもっと違う。するりと薄く閉じた邦枝の唇にやわらかく入り込んでくるものがあった。男鹿の舌だと気付くまで、若干のタイムラグがあった。気づけばあとは溺れるだけだ。ぬるりと入り込んだソレは、邦枝の口の中でまるで男鹿とは思えないくらい忙しく動いた。鼓膜に近いそこからの濡れた音がひどく卑猥で、鼓動がドクドクと高鳴っていることを感じざるをえない。いつの間にかアゴを捉えていた手は離れて、邦枝を支えるように両腕を背に回され抱き寄せられている。背中を撫ぜる動きは、いつもケンカばかりして悪魔のように嗤うあの男鹿からは想像もつかないものだ。それを頭の中でも薄らぼんやりと感じることはできても、考えることができない。キスだけなのに深過ぎて呼吸もうまくできない。唇から頭に伝う感覚機能が麻痺してしまったみたいにチカチカと頭のどこかで光っている。男鹿の触れる背中の皮膚でさえも全身がぞくぞくと波打つみたいに、もっと触ってほしいとねだっている。
 ようやく男鹿も呼吸が続かなくなって唇が離れる。二人の間に伝う唾液のつながりを軽く拭って、それを男鹿は邦枝の唇とその周りを舐め取ってしまう。他人の舌がこんなに心地よいものだなんて二人とも知らなかった。もっと、もっとべつの所を舌で探ったらどうなってしまうのだろうか。抗う暇も与えずに男鹿は制服のボタンに手を掛けた。もはややっと座っているだけの、むしろ男鹿に身を預けた格好になってしまっている邦枝の服を脱がすのは、ベル坊に服を着せることに比べればひどく容易い。邦枝の唇を軽く吸いながら抱き上げて、歩いて数歩のベッドへ下ろす。肌蹴た胸を守る最後の砦のスポーツタイプのブラジャーの上から胸を揉む。すぐに邦枝の口から、押し殺した鼻にかかったような声が漏れ出した。その間も唇を自由にはさせない。ずっと吸っていたいほどに邦枝の唇の味は甘美としか言いようがない。
 今日はいくところまでいってしまうだろう。それでいいと男鹿も、きっと邦枝も思っている。両者合意の上でならば一線を超えるのは怖くなどないのだ。
 一旦、男鹿は体を離して自分も上半身裸になる。ケンカばかりで女に興味などなかった。悪友というか腐れ縁というか、そんなずっと付き合っている古市が女女と騒ぐので、逆に興味が持てなかったというのもあるのだろう。あとは一番近い異性である姉の美咲の存在もまた、男鹿少年を女性から遠ざけるものとなった部分もある。だから今回のように離れたくないと思うことは初めてだった。うまく表せない気持ちは行動で示しているつもりではあるが、邦枝は分かってくれているだろうか。
 くたりとした邦枝の前に腰を下ろし、再び唇を重ねる。まるで欲しがっているみたいに吸いついてくるのが実に楽しい。飲み切れずに垂らした唾液をまた舐めながら、今度は耳や首を責めると、今までよりももっと艶っぽく反応する。男鹿、と呼ぶ声はあまりに小さいが耳元で囁くものだから男鹿の耳にも届く。口にしないが邦枝は嬉しいのだと分かる。そのまま下着を外しにかかる。
「おーい、葵ー。帰っとるんじゃろうが」
 聞き覚えのある、そして今一番聞きたくない声がした。邦枝が歩きながらいった言葉がひどく遠い国のおとぎ話のように、男鹿の脳内を駆け巡った。ぐるぐるぐるぐると。脳内の葵は微笑んでいう。
「今ね、おじいちゃんは友だちと出かけてるの」
 ああそうかい。餌を目の前に垂らされて走らない馬はいない。そんなつもりはなかったのだろうが、計られたような思いでいっぱいである。男鹿は邦枝から体を離した。この欲望の丈をどこれぶつければよいのか分からない。だがふつふつと湧いていた滾るものは、すぐにぱったりと止んでしまった。元々ケンカとゲーム以外はそんなに興味がない性質なのだ。
「…じーさん、呼んでるぞ」
「あ、う、うん。ごめんね、男鹿」
 胸を隠しながら体を起こし、男鹿に背を向けて制服を正す。こんなことをしているとばれたら、あの邦枝一刀斎は怒髪天を衝きかねない勢いで男鹿に飛びかかりそうである。どちらもそれを悟って、口には出さずにいた。
 怪しまれないように、二人で子供を持って階下に降りる。仏頂面の邦枝の祖父が待ち構えていた。武器のつもりか竹刀まで携えているといった出で立ち。男鹿の顔を見て眉を寄せる。
「また来とるのか、小僧」
「悪ぃかよ。付き合ってんだからいいだろ」
 間。
 は? という表情の葵と一刀斎。孫と祖父。見られた男鹿は何食わぬ顔をしている。まさかこのタイミングで、そんなことをいうとは誰も思わない。その後すぐに孫をやった覚えはないと臨戦体制をとるジジイなど相手にしていられるかと、男鹿はベル坊と一緒に帰宅して行ったが、邦枝葵は本当に嬉しかった。あの祖父にいうなんて。祖父の小言は耳にうるさかったが、本当に胸が温まる。あの時、男鹿は言葉こそ違えど、俺のものだと祖父に向けて告げたのだ。それが邦枝にとっては泣けてしまうほど嬉しくあった。



12.05.27

男鹿と葵のちょっとHに踏み込み編。
うまくベル坊泣かなかったなぁとか、ご都合主義が目立つんだけど、あんまりベタつく機会のなさそうな二人なので書いてみました。
ムダに長くした。チューだけで引っ張るのが好き(笑)。

ここではあまり女に興味のない、奥手な男鹿が書ければなぁと思ったのです。書けてない?
とりあえず男鹿は、だんだん葵ちゃんにハマっていけばいいよ!


これからさらにいちゃこらします。
そればっかりだな…飽きる?多分読む人は気にしないと思うが、というか同人でべるぜはラブスト以外ないのでは?俺様が嫌ぜよえっへっへっ。
展開も考えてますので気長によろしくです。
2012/05/30 10:28:00