屈辱感と紅潮


 ちゅぷ。
 濡れた音が姫川の耳に届く。リーゼントを下ろしたせいで邪魔臭い髪が顔にかかるから何度も掻き分けながら、薄汚いモノを口に咥える。そんな趣味などないし、ましてや美しいものか美味いものしか口にしてやらないというのに。ちらと見上げたヤクザな野郎の無表情な様子に腹が立ってくる。勝負がなんだというのかと姫川は思うのだ。そして周りにはクラスメイトの面々が見ている。だが複雑そうな様子で見ているのも、流れる空気で分かる。このまま姫川がおとなしくしているなどと誰も思っていないのだ。
 咥えたモノを一旦離し、姫川はそこより遥か上のほうに舌を這わせる。くすぐったいのだろうか、僅かに体が蠢いた。舐めろと言ったのはてめえだろうが、と姫川は思った。そして固まっているらしい足の指先の震えを見て、姫川はもう一度顔を上げた。同時に、くだらない勝負を思い出していた。



*****



「おいハゲ、てめぇとの決着、まだだったよなぁ…?」
「髪あるだろーが。頭湧いてんのかテメー」
 とても冷たく、殺意さえ込めた笑みで神崎が姫川に近づいてきた。わざとらしい笑いだ、と姫川は感じる。何故なら神崎は追い詰められた時しか笑わない。常にクソ面白くもなさそうな顔をしているためだ。別に見るつもりなどないが三年近く対張ってれば気づくこともあるというものだ。当の本人はきっと分かってなどいないのだろうが。
「負かしてやんよ」
 神崎の手には二つの賽子が載せられていて、何のつもりだ?と姫川が問う前に勝手に説明しだした。最後には鼻でハッと笑うくらいにして。
 丁半 当てろや。偶数奇数だ馬鹿野郎。当たったらてめえの勝ち。何でも言うこと聞いてやる。てめえが負けたらなんでも聞いてもらう。
 や。聞いてねえけど、などと姫川が言う前に賽は垂直に上がる。ああだこうだ、と考える前に半、と答えていた。その勝負のゆくえなんてもう分かっているだろう。だからこうして、地面に這いつくばるみたいにしてベロ出すなんて真似をしている。



*****



 見上げた神崎の表情は何かに耐えるみたいに唇を噛んでいた。あれ?と思ったのは姫川だけではないようだ。周りのクラスメイトたちも不思議そうな顔を見合わせている。だから姫川の聞いた神崎の『言うこと』は間違いではなかったのだと信じることができる。今している犬みたいな行為は神崎自身が望んだものであるということ。
 だがやはり腑に落ちなくて、もう一度反芻する。頭のなかでついさっき言われたばかりの神崎の低い声で告げられた言葉を。

「俺の勝ちか………。よぉーし、何でもいうこと聞いてもらうぜこのクソリーゼント。…そうだなぁ、てめぇみてえな坊ちゃん野郎にゃこれがいいかもしんねぇな。そのリーゼント下ろして俺の足を舐めろ。指の股までシッカリなァ!」

 最大の屈辱だと思った。だが、勝負にイチャモンをつけた姫川の意を汲んで二回取り直しをした。けれど勝負の行方は覆らなかった。そして、イカサマを見破るにはあまりに情報が足りない。姫川が文句を言うのも二度までしか通らなかった。三度目には椅子に王者ヅラして座る神崎の姿があった。楽しくもなさそうな顔で、神崎は冷たく嗤った。早くしやがれ、と足を鼻先に突きつけて。その行為で殺意が芽生えるのは当たり前と言えよう。

 だが何だ。今のこの状況は、と神崎以外の誰もが内心アタフタしていた。
 足に舌を這わせる度に神崎は身体を硬くして、顔を赤くして何かに耐えているみたいだ。それが信じられなくて、この状況が恥ずべきことだなんて事実すら飛び越えて姫川は、神崎の足に伝う血の流れをナゾるように舌を尖らせてつぅーと静かに動かす。間違いなく神崎は足先から伝うその感覚に体全体をびくつかせて感じている。彼が言ったようにそのまま指先まで軽くぺろりとすると、その指を咥えてちゅう、と音立てて吸う。く、う、と低く呻きが聞こえる。神経を研ぎ澄ませていないと聞こえないくらい小さい呻きだったけれど、確かに聞こえた。少し伸びた親指の爪にマニュキュアを塗るように舐め、ゆっくり親指から口を離す。と同時に神崎の身体が緩む。はあ、と一気に吐き出される息と、目が合った時の気まずそうな顔。不自然に姫川から目を逸らす神崎。
 そんな神崎の様子は目にしながらもお構いなしだった。今度は足の人差し指を口に含んで、舌で転がすようにして舐める。神崎としては終わったと思う感覚が急に蘇り、それがあまりに意外で大袈裟なくらいびくりと体全体で表した。そんな様子が姫川を愉快にさせるのだということなど知らずに。
「あ…っ、おい!姫ッ、川。てめ…何」
「指の股まで舐めろ、っつったのテメーだろ」
 その言葉の直後に姫川の舌が指と指の股で素早く動くのが分かる。足ばかりがバカみたいに敏感になっていて脳天にわけの分からない信号を送っているみたいだった。脳みそはチカチカと何か送るけれど、それが何であるかは神崎には理解できない。ただ体の奥底からむず痒いような感覚と、せり上がってくる熱があった。思わず上げた声に甘い響きがうあったかどうかなんて、神崎自身に分かるはずもない。
 だが、姫川には分かっていた。言った方が分からないのに言われた方が分かっているだなんてあまりに不条理。だが言った方が悪い。命令に従って勝手に負けているのなら世話ないだろう、と姫川は構わずほくそ笑むのだ。そう、神崎は足が弱いらしい。
 別に姫川は男になど興味もないし、足フェチというものでもない。女の足を舐めたことも一応はあるし、女に足をなめさせたこともあるが、こんなものか、というくらいのものだった。高揚する気分もないし、神崎のように全身で応える女もいなかった。足は歩くために必要で、かつ、自分以外の誰かを踏みつけるために不可欠なものではあるが、それ以上でもそれ以下でもないと姫川は思っていた。足フェチを名乗るヤツは多いが、だからといって好きだなぁと語る以外に何かしたということを聞いたこともない。だが、今のこの状況は楽しくて堪らない。誰かを追い詰めるこの状況は。
「い、…も、い……っ」
 神崎の懇願だか拒否だか分からない言葉は途切れ途切れで意味不明だったので、イイと言っていることに勝手にして姫川はそのまま指をしゃぶる。周りの空気が現状を理解したみたいでざわついている。だがそれを分かれるのは脳内が当たり前に冷静な者たちだけであって、少なくとも神崎には分からないだろう。
 自分の言葉で自分が追い詰められていくなんて誰が予想するだろう。今は快感に脳みそすっかりイカれているかもしれないけれど、あっと気づいた時に本当の意味で負けていたことにきっと神崎は気づくのだろう。
 指から口を離して足の裏を舐めると、足の指をビキビキに強張らせている。踵を軽く吸うと喉の奥で唸った。何か一つの行為につけていちいち反応するのが愉快だ。今度は中指に舌をちろちろと這わせて、はっは、と鼻を膨らませながら犬みたいな呼吸をする神崎の様子を観察してやる。
 明日からどんな話が石矢魔高校の中を駆け巡るのかと思うと、姫川は自分にいいようにゾクゾクと喜びに鳥肌が立つのだった。足で感じる変態野郎が何と言われるのか。それをするように自分で言ったのだから、ホモ野郎だとかあられもない噂だって立つのかもしれない。それは姫川にとっては迷惑だったが、言いたいヤツには言わせておけばいい。カノジョなら腐る程作れる。オンナなら星の数ほどいる。周りにどう見られたって今この状況が、愉快であることには変わりはない。
 あと二本、神崎に走る感覚が何であるか知らしめてやるのにはよい期間だと姫川は嗤った。クラスメイトたちが見てるこのど真ん中で神崎だけが醜態を、痴態を晒せばいい。
 蕩けた表情の神崎に向けて言ってやる。わざと、みんなに聞こえるように。
「なぁ、お前。足で感じんの?」


12.05.19

昨日の夜からなんとなくちゃらら〜っとうった文章
しばらく創作活動の時間がなくせわしかったものですからリハビリまでいかなくとも、気軽な文章書こう!と思ったもんで…
最近はiPhone(だったもの)でうつことが多いです。今更ケータイでぽちぽちなんてやってらんねえなあ…でもフリック操作ラクと思えるようになるまで一年半かかりましたよ……。

まぬけな神崎の話
ああこれは受けくさい神崎っていうことで書いただけです。かける、とかではないのですが姫川×神崎派の方が勝手に脳内変換するだろうなとは思ってます。
屈辱に歪んだツラを拝みたかったのに、逆になっちゃってるアフォな神崎くんである。たぶん城ちゃんは内心オロオロだし、夏目はからかう口実に使う気満々だと思います。
もしかしたらこのあと城ちゃんに救出されてお開きになったかも。

やらしい空気だけは醸し出して、まったく年齢うんぬんとセックスえとせとらには無関係という、ネギお得意のパターンになりました。お粗末さまでございます。


ちなみに、このネタはずいぶん前からあって、誰で使おうかなーって思ってたんですね。たまたまべるぜだったということで。
一番考えてたのがバサラ官兵衛で使おうとか思ってました◎
足舐めプレイ好きなのかもしんないっす(笑)自分。あ、舐めさせるほうね。聞いてないって?エライすんません。

title:モノクロメルヘン

2012/05/19 18:34:59