悪魔野学園の一件からよく遊ぶようになった。隣でゲームのコントローラを静かに動かすて慣れた手つきの谷村千秋を見るようになってから半年近く経つ。
 そんな日常の中、ゲーセンにいこうとどちらから言うでもなく、特に待ち合わせをするでもなく一緒に行くゲーセンへの道のり。相手がどうとか、そんなことを考えたのはお互いにない。ただ無知な子供のように、純粋にゲームを楽しんで、その感想を言いあって、からからと笑っていただけだ。それはゲームがある限り永久的に続くかと思われた。または、どちかがゲームに対して興味がなくなるか。
 そんなことを考える時間もなく、日々は過ぎて行った。もとより石矢魔高校卒業でまともに就職するものも進学するものもいなかったので、他の高校に比べれば受験戦争の波に飲まれることなく子供たちはいい意味でも悪い意味でも、のびのびと育っていた。千秋も神崎もそれは例外でなく。
 だが二人の間には、決定的な差があった。それは年齢と、育った環境というものだ。



 その日は雪がはらはらと舞っていた。だが晴れた青空は見えている。積もるような雪ではなかった。だから神崎も千秋も相手の了承を得ることなく、いつものようにゲーセンに向かった。最近はどちらかの家にいくよりもゲーセンに行くことの方が多かった。それはどちらも気に入った新作シューティングゲームの台が入ったためである。どちらかが苦手な面はもう一方が代わってプレイした。だからワンコインクリアもできるほどに上達する。ゲーセンでは彼らは二人で一人と言って差し支えないだろう。苦手なステージはやっぱり苦手なのだ。
 その日もあちらこちらとゲームをかじって二人は店から出る。見上げた空は二人ともが驚くほどに暗くて、一歩外に出た途端理解した。ボサボサっと音がしそうなくらいにまともな雪が空から舞い落ちてくる。夜の闇にその白さは美しく、確固たる強さをもって空から降ってくる。はあ、と吐く息はどちらのものでも同じように白い。
「天気悪かったかんなー…」
 神崎は諦めたように溜息を吐いた。念のためもっていた傘を広げ、千秋の頭上にくるように近くを歩いた。なぜなら千秋は折り畳みなりの傘を持っていなかったからだ。
「別にいい」と小さく否定した千秋の言葉を無視して神崎は送っていく、といって聞かなかった。面倒な言い合いをする気もなくて千秋は傘の下を歩いて濡れずにいた。ゲーセンがあるのは繁華街だから明るいものの、少し離れてしまうと関東の片田舎にある石矢魔の風景はすぐに闇色に包まれていく。先ほどみたばかりの明かりは後ろ目にも遠い。
 不意に千秋のケータイが着信音を刻む。好きなゲームのメイン曲を着音にしていた。間違いなく神崎もその曲を知っているだろう。神崎とも対戦したり、協力プレイしたりしたゲームの曲だったからだ。その音を遮って千秋はもしもし、と受話器を取る。
 電話は帰りが遅くなったことを心配する母からのものだった。千秋は母親に対して口数少なに対応していたので、何者かと思った神崎はハラハラと落ち着かぬ目をして千秋の様子を見ていた。彼が傘をさしていてくれるから、千秋もケータイも濡れはしない。ピ、と冷たい電子音とケータイをパクッと閉じる音と共に千秋は言った。
「お母さん。」と言った。
 彼が心配しているであろうことは目に見えていたからである。まったく、過保護なやくざの息子なんて聞いたことないと思うばかりである。そして、吐く息が白い。
「ん、マァもちっとしたら…着くかんな」
 そんなことを千秋に言っても仕方ないだろうと思ったが、もしかしたら神崎の独り言かもしれないと思ったので千秋は黙っていた。千秋が何を考えようとも、彼女が雨のせいで頭から水を被ってびしょ濡れになるようなことはない。神崎がロボットのように傘をさしていてくれるからだ。

 そのまま二人は帰り道を辿ってゆく。神崎とはいつもは別れる道もあったが、そこでも神崎は歩を止めようとはしなかった。だから千秋は「別にいい。走って帰ればそんなに濡れないし」と言ったものの、まるで聞いていないかのように自然に却下された。どうやら神崎は家の真ん前くらいまで送らないと気が済まないらしかった。
 ふと気づく。今日は、アレ、バレンタインデーではなかったろうか。千秋にバレンタインなど、ゲームの中のイベント以外に何の興味も持てないのであった。そういえばクラスの男子がそわそわしていたのを数日前から目視している。それはこういった理由だったのかもしれない、と関係ない今そう感じる。ならば、目の前にいる傘をさしている神崎もそれを期待しているのだろうか?そう思えてしまう。今、神崎に彼女なるものはいなかったはずである。
 そんなことを思いながら歩いていると、闇に紛れてキスをするカップルの姿を神崎と千秋は目撃した。街灯の薄暗い光が照らす名も知らぬ男女の姿はひどく官能的であった。少し離れてもいたし、雨の音が二人の気配を消していたのかもしれない。男女は洋画で見るような挨拶のキスよりも遥かに長い間唇を重ねていた。歩きながらその様をなんとはなしに眺めていた。通り過ぎてからは分からないが、キスとはねっとりしているものなのかなぁと感じるくらいには見てしまっていた。
 二人の足音がぱしゃぱしゃと小さく水を跳ねている。どこを見るともなしに足元を見ていた。ちらと千秋は瞬間、後ろを振り返った。あのカップルのいた場所は外灯に照らされていたはずだ。だがその場所を特定することもなく歩く速度は変わりはしない。別にあのカップルが何をしていようとも構いはしない。だが、あれを見たのかどうか分からないまま千秋は口を開いていた。
「さっきのカップル、濃厚にキスしてましたね」
 だから何だということはない。単にキスをしていましたね、ということに過ぎないのだ。それに同意するみたいに、気のない返事で神崎はああ、と言った。事実がそこにあるというだけの事象が何故だか千秋に心地いい。雨の音のさなか、神崎が一つ彼女に問うた。それに邪気も何も含まれていなかったから、彼女はきっとポカンとした表情のまま首を縦に振ったのだろう。
「んなら、俺らもしてみる?」



 別に好きとか、恋人になりたいとか、異性としてどうとか、そういった感情はない。ただ事実として唇と唇を合わせただけのことであって、それ以上でもそれ以下でもない。分かるのは唇という部位は思っていた以上にやわらかくて弱いものだということ。
 バレンタインのあの日から神崎は学校にこなくなった。千秋がどうということではないと思う。その時点で神崎の卒業は決まっていたのだし、それ以上通う必要はなかったのだ。ただ、千秋に最後の挨拶をしたかった。けれどもゲーセンで楽しんだ空気とか、そんないつも当たり前にある他愛ない空気を壊したくなくて神崎は言い出せずにいた。ただ卒業するとか、就職してどこか遠くにいくとかそんなことならいい。神崎は家を継ぐのだ。それは周りの者は知っていることだろうけど、それでも自分の口からヤの字をチラつかせるのには、ひどく抵抗があった。だから言えずにいた。もう、今までみたいに遊んだりできないことを。
 確かに好きだけれど、それは愛とか恋とかそんな浮ついたものじゃないということを千秋も神崎も、互いに言葉にすることなく分かっている。ただ急に訪れた孤独になれるまで、あの唇のやわらかさが脳内から離れるまでは少しだけ、千秋も神崎も寂しい思いをする。だがそれだけのこと。その思いは時に、バレンタインのチョコよりも甘いということに二人は気づくのかもしれない。



愛着の行く末




12.05.06

なんとなく思い浮かんだ、チューネタ
まあ、チューくらいならネタですね。
間接キスとか飲み会のチューとかそんなんは今まで書いてたと思います。今回目指したのは友達のキス、でした!
書ける書けないは別として、そもそも友達のキスって外国的な印象がありますよね。スキンシップ少ない人種ですからニッボンジン。
そんなキスしておいて神崎は千秋の前から消えます。今まで仲良しだったのに、っていう感じです。もしかしたら神崎は千秋に淡い恋心を抱いていたのかもしれません。
ですが、それを語る口は持たないのです。読む人に心を委ねます。



title:人間、きらい
 
愛着の行く末


2012/05/19 18:32:05