銃口は2人に向けられた

ぜろいち



 いつものように仲間内で集まって、それはたまたま寧々の家で鍋パーティしようというイベントだった。わあわあと辺りの迷惑も考えずに夜の9時過ぎまで騒いで、そして夏目を筆頭に明日仕事だからとか、家も近いからとかさまざまな理由とともに一人、また一人と姿が消えていった。それが不自然だなぁと思う頃にはもはや神崎と寧々の二人しかそこにはいなくて、神崎はその場から動く理由もなくてそこに居座っていた。友人たちは気遣ってくれてたんだな、そう気付くのにみっともないくらい長い時間がかかってしまっていた。傍には少し離れた位置に寧々がいる。だが、手を伸ばせば届かない距離ではない。寧々のすぐ近くに手をついてゆっくり身を寄せる。彼女はそこから動こうとしない。
「明日、学校は?」
 寧々が聞いた。今日は金曜日で、大学は土曜が全休だから明日は休みだった。そう短く告げる。なにより学校の勉強などに神崎が興味あるはずもなく、もし明日が学校の日だったとしても嘘をついていたかもしれないが。
 ふぅん、といった寧々の横顔がひどく色っぽい。慣れない酒に酔わされていたせいかもしれない。半ば反射的に、隣の寧々に手を伸ばしてそして、相手の気持ちなどお構いなしにキスをした。寧々は逃げなかったけれど、瞬間息を呑んだから意外に思っていたのかもしれなかった。唇が離れる時に神崎と寧々は再び目が合った。今の行為が否定されるべきものではないと寧々の瞳が語っている。それとほぼ同時に、
「今日、どーすんの」
 寧々が疑問符も付けずに神崎に問うた。だから、神崎はそれに対して疑問符を付けて返さざるを得ない。だが、今から口にする言葉は寧々に対して初めてのものであり、神崎としてもまた図々しくあるのではないかと疑問に思う言葉。断られるならばそれで仕方ないとも思った。今日は仲間内での鍋パーティと銘打って集まっただけであって、二人の時間ができるなどとどちらも思っていなかったのだから。
「泊まって……イイか?」
 別に驚いた顔もしない。寧々はごく普通に首を縦に振っただけだ。家がそう遠くないだけに、泊まるというのはひどくわざとらしいと思ったけれど否定されないだけ救われるというものだ。よくよく考えてみれば神崎はまだ寧々の家に泊まったことがなかった。付き合いは一年ほどに及ぶけれど、恋人同士の付き合いというよりは友人の延長で、数人の仲間で集まることの方が多いからそういった雰囲気にもならないのだ。
 だが、今日の寧々は何かが違うような気がした。散らかったテーブルの上を片付けるテキパキとした姿が眩しい。
 戻ってきた寧々は大学の話を神崎に問うた。大学というところに行くことのない寧々には遠い御伽話に近い話なのだという。だが、神崎は大学という場所に心の片隅すら置いてもいないので、あまり、思い出話を語ってやることもできない。ただ、自分の単位はいつもギリギリで、補習で何とかなっているのだという話に落ち着いてしまう。それを聞いた寧々は「らしいわねぇ」と笑った。
「アタシら高卒組は大学の、キャンパスライフ?ってものを知らないから、ちょっとだけ、憧れる」
 名前だけ横文字のそれに憧れなんてないだろうと思ったけれど、確かに耳障りのいいその言葉を複雑に感じながらも神崎は傍らの寧々にもう一度キスを、今度はほっぺに軽く。
「キャンパスライフ……んな感じじゃね?」
 別にそんなことなど思ってもない。神崎のイメージで、キャンパスライフはほっぺにチューで。それが笑われてしまえばそれでもいいと思った。でも、寧々はバカにした笑みなど浮かべない。微笑は浮かべたけど、恥ずかしげに照れたように笑ったのだ。
「やだ。今日の神崎、なんか違う」
 次のキスはどちらからともなく触れ合って、瞬間離れてまたすぐ、前回よりも深く繋ぎ合おうとする。舌を絡ませ合うような激しいキスではないが、それでもつながり合っていると聞こえるくちゅ、という粘膜同士の擦れる音に、想いが高まるような気がする。ゆっくり名残惜しそうに互いの唇が離れて目が合う。ここは夢の世界なのかもしれない、そう思えるほど互いに素直に求めあえる。いつになく積極的な神崎の様子が、あまりにらしくなくて、それでも男らしさを感じ寧々はどきりとした。もう一度触れ合うような優しいキスをしながら、気付けば寧々は神崎に見下ろされていた。
 身長差を考えれば見下ろされるのは当然なのだけれど、それでも対等に近い視線の常の神崎からみれば違和感のあるものだったから、目ざといくらいにそう感じてしまう。しばらく上から・下から、見下ろし・見上げて再び寄り添う。当たり前の恋人どうしらしいこんな瞬間がひどく貴重だ。
 神崎の手がやわらかく寧々の背中を撫ぜる。それはキスと同時に合わさることもあって、余計にこころもカラダもフワフワとしてしまう。寧々は神崎に身を預けながら思う。ようやく、こうやって自然に抱き合えるところまでやってこれたのかと。それでもぎこちなさを感じるのは、神崎が核心に近い部位に決して触れようとしないことだ。
 つまり、こうやって当たり前に抱き合っているのに、神崎は胸や腿に手を伸ばすことをしない。明らかに遠慮している。だが、それでもいつもよりはずっと積極的だった。
 いまだに寧々と神崎はつながることができずにいた。それは寧々の精神的な面もあったし、神崎のウブな所も手伝っている。どちらにも、当たり前のカップルにはない頑ななネジが一本通っていて、それを知ってもなお一緒にいる。だが、今日はどちらも少しだけネジが緩んでいるみたいである。寧々は少しだけ体を離していった。
「シャワー、浴びてくる」
「…おう」
 一人だけのソファはとても広く感じた。だがそんな中で耳慣れぬシャワーの遠い音が神崎の耳をくすぐる。それを聞いただけで、思わずにやけてしまいそうになる。思っても見ないところで突然訪れる色のあるチャンス。ようやくそれを感じれば神崎はドギマギして落ち着かなくなる。これから訪れる時に、期待を馳せて。



「お待たせ」
 寧々が水滴を髪から僅かに滴らせながら風呂場から上がる。ソファの上には脱力したような神崎の姿があった。ごくたまにしから見ることのない、邪気のない笑みを浮かべている。ただしイビキつきで、だが。
「どっちも酔ってた、んだわねえ」
 寧々が目を細めながら神崎の髪を撫ぜる。神崎は笑ったような顔でイビキをかいている。そんな神崎を、寧々といえどチェーンなしに運んでやることなどできない。チェーン有りでも投げ飛ばすことしかできない。だからそのままの格好で毛布をかけてやる。
 まだ寧々も酒のぼんやりした感は残っている。シャワー程度ではそう簡単に抜けるものでもない。神崎は寧々よりも数倍以上アルコールに弱いのだ。純粋に触れ合えてよかった、と互いに思っている。それでいいじゃない。あと、どうりでいつもよりタガが外れているはずである。
 神崎を置いて部屋に戻る。明日の朝はきっと鍋の残りを二人でつつくことになるのだ。こんな日常もそう悪くない、そう寧々は思った。


12.05.03

やっぱり色気の少ない二人編
こんなハタチすぎいね〜よ。とか言わないで。
で、珍しいかなどちらもヤル気です。
でも本日もやっぱり失敗。絶対朝起きて神崎はチックショー!ってなってリベンジを心に誓ってるはずです。
服抜いでいちゃついたのお前ら何回目だよ…とかツッコミたいところ満載ですな。

今回は続きものというより連作で小話読んで行く感じにしていきます。

2012/05/03 10:25:54