銃口は2人に向けられた


プロローグ



※ 君の手シリーズからのがっつり続き物です。
  さきに読んでください。

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 いつかのように桜が舞う季節。満開の桜が今やもう散りつつある。見上げた空は晴れていて目に眩しいから涙が出そうになったみたいだ。呼吸を何度も何度も深く繰り返して、整えてそして…
 神崎は呼びつけた二人が一緒に来た場面を目に焼き付けた。それは高校時代からの縁でずっと付き合いのある二人。神崎とつるんできた城山と、大学に入ってから付き合うこととなった恋人の大森寧々と。考えてみれば長い付き合いだと思う。もう神崎は大学も卒業して家業の方をうまく引き継ぎつつある。その間じゅう一緒にいるのだから。

「よぉ」と軽く声をかけた。
 ほんとうは言いたいことなど腐る程ある。だがかける言葉はなるべく少ない方がいい。彼らはこうやってのこのこと何も知らないふうに来られるのだから、生活には何ら問題はないのだと分かる。
「この前、事故ったみてえじゃねぇか。マ、無事でよかったな」
 城山は足場を組んでいる時に植木が降ってきて頭に激突しそうになっており、寧々は車の事故になりそうになったことが二回ほどあった。さらに財布がなくなる事件もあった。
 そんなこともあったが、二人は気にすることないのにといったふうでからからと笑った。事故など生きている限りは誰しも通ることなどできないことなのだ。その生きているうちの事故の一つ二つ、そう大袈裟に感じるものでもなんでもないと寧々も城山も感じている。わざわざいうほどのことでもないと。
 神崎は何気なしに頷いた二人の顔を見て、それがなんとはないらしいことにほっと胸をなでおろした、心の中だけで。それだけで十分だと思った。小さく自分だけに頷きながら彼らから目を逸らした。もう二度と彼らの顔を見ることはない。そのつもりで普段の様子のままである大森寧々と、城山猛を見ていた。二人のことを忘れることなど、ボケた年寄りになってもきっとなかなか忘れられないだろう。そう思うから、だから何気ない様子を脳裏に焼き付けたいと思ったのだ。二度と見られなくなる二人の姿が、最後に見た当たり前の、ごく普通の姿でありますように。
「城山。テメエ、要らねえ。ツラも見たくねえ」
 呼びつけたのは神崎。急に神崎は冷たくそう言い放った。城山は何も口にしない。ただ神崎の言葉を待っている。言葉の続きなど聞きたいと思ってないはずなのに、それでも構わないと言わんばかりに痛みすら伝う言葉を黙って待っている。
「俺の前から、消えろ。分かったな」
 城山は分かった、とも分からない、とも言葉を発しない。その言葉の意味を測っているかのように黙って、神崎の言葉を聞いている。そんな冷たい言葉を浴びせられたというのに、表情すら変えずにただロボットのように聞いているだけだ。分かっているのか、分かっていないのか神崎にも確証はなかったが、神崎は勝手に沈黙を肯定としてそのまま城山をスルーした。あとは寧々だ。
 まっすぐに寧々を見た。心の中で。行動は真逆で、彼女には背を向けたまま振り向いてなどやらない。二度と大森寧々など見るつもりはない。そう、大森寧々こそ、ここ数年神崎の彼女として一緒にいた。寧々にも神崎にもそれぞれに生活があるため、頻繁に会うということではない。だが、時間があれば二人は共にいて、甘い言葉を言わなくてもキスの一つも交わした。時に、それ以上に探りあった。嘘くさい愛の言葉を囁くよりもずっと本質に近い。どちらも不器用だったから。そんな彼女にも言わなくてはならないことがある。
「大森。……別れようぜ」
 寧々の表情は神崎には分からない。ただ低い神崎の声だけがそこにあった。寧々はすぐに答えようとはしない。何かを意見する様子もない。神崎の目に映るのは桜の花びらがひらひらと舞い落ちる風景だけ。それは悲しいほどにきれいだけれど、きれいなだけに散ってゆく。落ちゆく花びらは恋の終わりを告げているようだった。彼女との別れを四季の形で示しているみたいだと言葉にせずとも思った。
「理由は?」
 感情の見えない抑揚のない声色でようやく寧々が言葉を発した。何年も付き合ってきたのだ。寧々がそれを問うのはよく分かる。神崎も逆の立場で唐突に別れを告げられたのならばそう問うであろう。それだけに答えはすでに用意していた。あるはずの答えを口にするのに、ひどく躊躇する。これを口にする、だから何だ。そう何度も脳内で言うけれどなかなか声が出せない。ばかやろう。そう神崎は己を叱咤しつつ喉から声を絞り出す。少し声は枯れたかもしれない、震えたもしれない。だからってそれに意味などないんだと言い聞かせて。
「…マンネリしてるだろ。俺ら」
「はぁ?」
「飽きた、っつってんだ」
 分かりやすいように噛み砕いていう。これが最悪な男の言葉だということは重々承知している。寧々の溜息が静かに吐き出された。狼狽えた様子のない彼女の姿を見たいと思ったが、それ以上に振り返りたくはない。絶対にもう城山の顔も、寧々の顔も見ないと決めて呼んだのだ。
「子どもが出来たの」
 不意に寧々が言った。あたりの空気が揺れる。神崎もそうだが、城山がかなり驚いている。子どもができた、それは神崎との間にできたということで、理解は間違っていないだろうか。というか、そんな大事な告白を聞いてしまって良いものだろうか。俺はここにいてもよいのだろうかと、城山は思ってしまう。神崎の息を呑む音が風の音の合間に聞こえた。神崎が振り返りもせずに拳を強く握る。何かに耐えるみたいに、ぎゅっと強く握る。
「俺の、子、か…?」
 小さくて聞き取りづらい神崎の声。それに反するように寧々の声は感情の動きを感じさせない強い響きで、
「他にいない。どーすんのよ」
 神崎は考えている。今の言葉でひどく揺らいでいる。別れの言葉は何だったのか。傍目にも明らかなくらい揺れている。今までの神崎を見ていれば分かる。神崎は飛び上がって喜んで、腹をさすりながら名前の話などをし始めるような今時珍しいタイプの男だ。その神崎がようやく思い口を開いた。
「………いくらだ」
 また小さくて聞き取りづらい、低くて消え入りそうな声だった。寧々は容赦なく、聞こえない、と冷たく言った。
「…っ、おろせよ!邪魔だからよ」
 叫ぶように神崎が振り返りもせずいう。城山も寧々もそんな後ろ姿を見ていた。二人とも冷めたような無表情で神崎を黙って見ていた。ただこの瞬間、神崎だけが何かに耐えて苦しんでいる。寧々がいった。
「あんたさぁ、コッチ見て話しなよ。あと、声、ずっと震えてんだけど」
「…金のことは、ちゃんとする。だから……っ、そこは連絡する。じゃ、てめーら消えろ」
といいながら神崎はまったく振り返らずに勝手に話を区切って公園から出て行った。二度と会わない、そう背中が告げていた。いいたいことだけを一方的にいって去った。寧々が溜息を吐いた。
「…大森、すまん」
「なんであんたが謝んのよ。問題はアイツでしょーが」
 桜の花びらが風とともに舞い散っている。もう今年も桜が終わるのだ。無駄に風の強いうららかな春の陽射しの中、同じ男に別れを告げられた二人。歩くのが遅い神崎の姿ももう既に見えなくなっていた。今日の神崎は小走りでいつもより断然、足が早かったからだ。神崎が走ったことなど関係ないように、道は散った桜の花びらで桃色に染まっている。
「神崎さん、泣いてたな…」
「号泣だったんじゃない、アレ。バレてないとでも思ってんのかしら」
 別れを切り出した方が泣くだなんて馬鹿げている。そして、その理由も大体察しはつく。神崎はいざとなれば男気だけはある、そんな男だった。
 泣くぐらい嫌なら、言わなきゃいいのに。さも呆れた様子で寧々が呟いた。
 桜の花びらはハートのような形をしている。手にくっついたその花びらを見て、足元を見ると、靴に踏まれて茶色く変色してやぶけたようになっている花びらもある。ハートは心ともいう。ひしゃげた桜の花びらが、神崎の心を示しているみたいだ、と咲き誇る桜、散る桜、落ちる桜、すべてを見ながらに何となく城山は感じた。




 泣くのは今日で最後。
 だからせめて、今日だけは弱い酒でも飲んで、グダグダになって明日は気持ちを切り替えなければならない。神崎は自室に籠って泣いた。ベッドに顔を埋めて、別れを惜しんで布団を握り締めた。今日だけは誰とも顔も合わせないし、口も利かないでただガキみたいに泣いてやる。ほんとうは誰かに縋りたかったけれど、その人たちとは永遠の別れを誓ったのだ。明日から誰にも弱味は見せず、一人で生きてゆく。

 別れから始まる物語もある。



12.04.28

別れから始まる物語。
新章突入です!まあチンタラやらせていただこうかと。結論から入って、経過を描くスタイルにしてみました。言うなれば刑事コロンボ。古畑任三郎。
でも城ちゃんと寧々の態度は山崎邦正を見るガキメンバー。あの冷めた空間のイメージで書きました。伝わらないとは思うけど。

きみのてからつながってます。
相変わらず桜のイメージ。で、今日はちょうど休みで出かけて満開の桜を車から眺めていました。
桜の樹の下でキスをして、桜の花が散るのを見ながら別れを告げた…神崎と寧々は桜なんてどうでもいいんだけど、春のイメージがほんとうに強いです。神崎がヤクザだから桜とか合うっていうのもありそうだ。よくわからん。
こっちは経過はすごく明るいです。神崎も寧々もデレます。イチャつきます。エッチもします。前半はそればっかです。いろんなエピソード入れたいなあ。
よろしくです。

曲:Letter/Ayumi Hamasaki
題:終世

2012/04/28 19:00:20