「…なんでオメーが泣くんだよ」
 やっと涙は止まった所だった。傍から聞こえた声の主は分かり切っている。数時間前にケンカで大負けして意識まで飛ばしていた所を運んで来たのだ。神崎は怒りに任せて意気込んで行ったのだが、一撃のもとに体の小さい三木に負けた。絶対に弱いのレッテルを貼られそうだが、そういう問題でないことは目撃した者は分かるはずだ。
「大森。」神崎が呼んだ。声にはいつもより張りがない響きだ。体は動かさずに顔だけ少し動かして視線は寧々に向けている。目が合った。
「死んじまうんじゃないか、って。ビックリしただけよ…」
 今度は生きていて、意識が戻ったことに安堵して嬉しさに再び涙腺が緩みそうだった。喜びに飛び上がったり、悲しみで泣きじゃくったり、感情というものがここまで厄介なものだとは今まで気付かずに過ごしてきたことに驚いてしまう。また泣きたいわけじゃないのに、感情の波が溢れて零れる。顔を見られるといつもの悪たれを言われそうだと思ったので、寧々は伏せって涙を隠した。
 意外にも神崎は紳士だった。単に起き上がる体力などがなかっただけかもしれないが、寧々の頭から背中を撫ぜた。その手は予想をしないほどにやさしく、寧々をいたわるような自然さだったので、寧々はさらに泣けてきた。
 神崎はまだ怠さばかりが残る体で、まったく働かない頭でそれでも思った。
 たとえば俺が死んだとしても、大森寧々は泣いてくれるんだな、と。そう思えるだけで、視線はいつのまにか緩んでしまうものだ。もう少し彼女に触れたかったが、体のあちらこちらがギシギシと軋むように痛みを訴えてきている。
「じゃあ、オメーが死んだら俺も泣く」
 泣き顔のままハッとしたように寧々が顔を上げた。神崎が何を言っているのかよく分からない。神崎は天井をぼんやり見ていたが、手は寧々を撫ぜる動きをやめずに動かし続けている。
「今回の貸しは、必ず返す」
 それだけ短く言うと再び意識を手放したようだった。撫ぜていた手の動きが止まって彼は目を閉じた。神崎が何かを言おうとしていたのはわかったが、それがなんであるかはよく分からなかった。だが胸にはじんわりと温かなものが滲んでくるような気がした。
 眠っている神崎を起こさないようにしずかに手をベッドへ戻してやり、寧々は病院をあとにした。神崎復帰が少しでも早まるよう、心の中だけで祈りながら。


12.04.25

あれっ?初めてじゃね寧々→神崎。
こう書くと寧々のキャラが違うような気がします。みなさまいかがでしょうか………

ウチはいつも神崎→寧々で、寧々がそれを分かっておちょくってますからねえ。そういうスタイルがらしいって感じになるんだよなあ。
夏目と寧々ならいい感じになりそうだのう。


ちなみに、このあと復帰した途端に男鹿によって土星に飛ばされてしまいますがね(笑)。


涙すらぬぐえないでだきしめることもできないで



joy

2012/04/25 00:08:48