大切に抱き締めていたもの全て指の間から溢れ落ちていくんですD


「…ライバル登場」
 ぼそりと千秋が口を開いた。瞬時に意図を理解した由加は盛大に噎せた。クラスは神崎の彼女サンという大人の女性の写真で沸いているから咳込む声など気にしている者はいなかった。由加が見た感想は「キレイな人っスねぇ」ということ。それが神崎の相手とかそういうことお構いなしに単純に思った感想。まっすぐで赤茶けた髪をした彼女の写真を見た時、結局はヤンキー好きなのかな、と思ったぐらいで他に特別に考えたことなど何もない。だから千秋の言葉があまりに意外過ぎて噎せてしまったのだ。盛大に咳込み終えた後に彼女のおかっぱ頭を見上げた。相変わらず読めない無表情のままで千秋はそこにいた。
「アキチー、何言ってるっスか」
「分かるから。由加ちーが気になってる、って」
 主語もない言葉はあまりにまっすぐ過ぎて、ずくりと由加の胸に突き刺さるようだった。由加自身は特別に彼のことを気にしているつもりなんてなかったけれど、やっぱり近い友人には感じてしまうものなのだろうか。否、それはクラスメイトの目には分かっていたらしくて、数日前にどよめいたこともあった。その時に彼が、神崎が暴れたからクラス内で噂話をしづらい状況になっていた、というだけのことだ。クラスメイトは勝手に由加と神崎を仲がいい以上に祭り上げているのは間違いない。
「でもそれはアキチーが前に」
 千秋は前に神崎が好きなのは由加だと思う。と述べたから。それから気にはなっている。否、千秋という友人を好きなんだろうと思っていた時点から気にはなっていたのだが。だから気になっている、というのはあながち間違いではない。けれど千秋が言う意味合いとは何かが違うような気がして否定のような、そうでもないような言葉を口にしてしまっていたのだ。だが曖昧な否定みたいな言葉になんて何の効力もない。それは口にする前から分かってはいたけれど、口にしてみれば余計に実感できるもの以外のなにものでもなかった。
「だって。由加ちーみたいな髪」
 写真に映る彼女の髪は赤茶けてまっすぐで、まるで今の由加みたいだったから。言われて気付いてどう反応すればいいのかまったく見当もつかない。嫌だ、というわけではなくて、それでも喜ばしいということでもない。目を細めて気のない返事をするぐらいが関の山。それなのに気のせいだろうか、にぶく由加の胸のどこかが痛んだような気がしたのは。


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 不快な学校の授業は終わった。日課で放課後は帰る前にヨーグルッチの自販機を探し求めて歩く。校門をくぐる時にばったりと出くわすのは花澤由加その人だった。長いオレンジの髪が陽の光に照らされて眩しい。思わず目を細めると隣で鼻で笑うような声がした。夏目が笑っている。その夏目に軽くチョップをしながらもそのままごく普通にその場を立ち去ろうとする神崎。だが確かに由加の耳に届いた。
「ゲーセン行っぞ」
 間違いなくそれは今までの日常と変わらない言葉。気にしすぎだったのだろうか。周りがどうこう言っても彼だって気にしないわけもないけれど、普通に接してくる。それはありがたいことで、決して嫌なことじゃない。
 数日前のようにゲーセンに向かう。途中で夏目が「バイトあるしぃ」と神崎の背中を叩く。神崎はチッと舌打ちしたけれど、特に誰も気にするでもない。そしてさらにゲーセンに近づきつつある小道で城山が「俺は今日、用事がありますから」などとぺこぺこしながら去る。いやまて、と神崎が呼び止めるがどうにもわざとらしい程にそそくさと去ってしまった。どうやら2人きりにする作戦だったみたいである。それを感じて神崎はぽかんとしたまま数秒佇んでいたが、2人になってしまった以上はそれをどうすることもできないのですぐに由加に向き直った。
「ざーとらしぃんだっての……。まいっか、ゲームしようや」
 ボソボソと呟いた始めの方の言葉もすべて由加の耳に届いていたが、あまりに気にしないことにする。普通に接しようとしている神崎の鼻先を折るのは何だか忍びない。何よりこうして普段通りでいることは普通なのだから、気にする必要なんてないのだ。そう思いながら、クラスの喧騒も忘れて2人でアーケードゲームに2時間程費やした。

 家が近いのはいいことだと思う。別れ際はさびしいから。かなしいから。それを先延ばしにして、家族に会うまでの時間を狭めてくれるから。要するに孤独を感じる時間が少しでも短くなるから。
 ゲーセンを出た道で神崎が不自然に足を止めた。ある一点を見つめている。
「先輩、どうしたっスかー?」
 由加のような髪をした女性が走り去る瞬間を見たような気がした。あれ、と由加は思う。見覚えがある。それは今日姫川が見せびらかしていた神崎のカノジョさんというその人の背恰好にしていたから思わず「あ!」と言った。その声を受けて慌てたように神崎が振り返る。由加を見下ろす表情が子供みたいに困ったような顔だったから、何も考えずに由加は神崎の手をむんずと掴んで走り出した。彼のために彼女を追い掛ける必要があると思ったから。それを走りながら口にした。
「だって、神崎、先輩の、っカノジョさん、なんっしょ…っ?」
「違ぇーって、の。バカ、パー子」
 走ると息が切れる。そんな当たり前のことに笑えてしまう。なんで2人で女を追い掛けながら息を切らせているんだろう。どこかおマヌケな気がした。
 ゲーセンの近くの小道を曲がる。行き止まりのすぐ近くにさらに細い道があった。そこを駆ける。こんな道をいくなんて彼女はきっと地元生まれなのだろう。曲がった先の道でしゃがみ込む女の姿を見つけた。いつの間にか神崎が由加の手を引いて走るような格好になっていた。急に彼が止まるから由加は神崎の背中に顔面から衝突した。どうやら神崎は強く足を踏みしめているようで、ぶつかったぐらいでは揺らぐようなそぶりも見せない。ただ低く、今まで由加の知る神崎からは聞いたことがないような深刻そうな声が降ってくる。そんな声だから神崎のものだと気付くまで、少し時間がかかった。見上げても後頭部しか見えないのだし。
「え、と………、その、なんか、あったん、すか…?」
 神崎の後ろに泣き顔の女性が見える。やっぱりこの女性は今日、姫川の撮影によりクラスじゅうの話題をかっさらった神崎のカノジョさんだということがはっきりとした。だが神崎は彼女ではないと否定していた。そんなことはどちらでもいいのだ。今、由加が知りたいのはどうして彼女が泣いているのか、ということだ。神崎の深刻そうな声色は不安に彩られていつもと違いどこか震えているみたいだ。だから後ろからずいと身体を乗り出して由加は彼女に聞いた。
「初めまして、ッス!先輩のカノジョさんな、センセーっスね。大丈夫なんっスか?誰かにイジメられたっスか??」


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 由加は軽く挨拶をしたらあまりにノリが軽いとか神崎に怒られてその場でお帰りになった。神崎の珍しい程に真剣な態度にいつものように「いやいやウチも一緒に送るっスよ」なんて軽々しく声が掛けられなかったから、渋々気にしぃしぃ後ろを何度も振り返りながら帰路に着いた。だからその後のことは由加には分からない。分からないことがあると元よりもやもやするタイプなので面白くない気分で教室に入った上に、その途端に夏目から「昨日はうまくいった?」などと聞かれたものだから思わず花の形をした髪飾りを手にして睨みつけてしまったことについては悪気なんてなかった。ただ、そのギラついた目をした由加を見て夏目は降参しますと言わんばかりに低いながらも両手を挙げたので危害は加えずに済んだ。
「先輩は……いないんっスね」
 昨日、センセーと呼んだ彼女を送っていった神崎は教室にいなかった。えーと、と夏目は考えながら口ごもる。昨日のあらましは単純だった。神崎は泣いていた彼女と一緒に帰った。その後ろ姿が遠ざかるのを由加はただ見ていただけだ。彼女の態度はもちろん、神崎もいつもと違っていた、と口早に夏目に告げる。
「何勝手なコト言ってやがんだテメー」
 怒りのこもった低い声。暗雲立ち込めるが如く、由加の頭上に雨雲でも舞い降りたかのように暗くなったので見上げると、そこには神崎の姿があった。悲鳴にも似た声を上げながら由加は神崎の傍から後退った。夏目が間に割って入ってまぁまぁいいじゃない、と嗜める。そもそもお前も悪いだろうが、と神崎が凄んだ所で彼は気にもしない。その流れを強引に変えて「昨日どうだったのか気になっててさ〜」とバカ正直に言うものだからノ―モーションからの前蹴りをした所、スッと忍者のように最小限の動きで夏目はその場から攻撃をかわすと、神崎の蹴りは机に直撃して机がぶっ飛んだ。クラスの連中がその大きな物音に沸いただけだ。そしてクラス中の視線が神崎と夏目と由加に降り注がれる。
「逆に注目されちゃってるよ?俺ら」
「こっちぁ話してるだけなんだから見んなテメーら!」
 神崎が咆哮を上げるとクラスの弱いヤツらは興味津々の目をわざと逸らして、それでも何が起こったのかと聞き耳を立てているのがバレバレ。こんな場所で話などできるわけもない。面白くなさそうな顔をして神崎が自席に腰を下ろした。いつもみたいな気だるそうなやる気のない態度で。そして言葉とは逆に何も語ろうとしない神崎に由加は焦れて、さっきの夏目と同じように聞いた。昨日は結局どうなったんスか?と。ここで話す気なんてないということを態度で示してやっているというのにまったく空気を読まないヤツだと脳内で悪態づき、神崎は素早い動きで由加に眼潰しをした。まともに食らった彼女は地面に転がりながら悲鳴を上げた。しかもその悲鳴は「ぎょえ〜〜」みたいなちょっとぷよぷよチックで色気のないもの。レッドテイルの面々が助けに来たが、別に神崎にどうこう言ってはいかない。由加が悪いことを彼女らも知っているのだ。そこまでバカじゃない。女と言えど容赦はしない神崎の攻撃にクラスの男どもは思わず目を逸らした。そして夏目と城山は容赦していたことを知っている。



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「どっか行くの」
 放課後。黙って帰ろうとした神崎の後ろ姿が目ざとく見つけられて夏目に声を掛けられる。悪いことをしようとしてるわけじゃないが何となく居心地が悪い。万引きを見咎められた小学生のような気分だ。だが神崎は強がって舌打ちをする。
「ちっと約束が、な」
「昨日のヒト?」
 だから見つかりたくなかったんだ、神崎は唇を軽く噛みながら夏目の方を見ようとしない。今からの約束のことなんて、誰にも口に出していないのにどうしてこうも図星をつかれてしまうというのか。そもそも約束かどうかすら疑わしいものなのだったが、それを知っているのは神崎とその相手だけだ。夏目も由加も城山も、他の誰も知るはずがない。
「だったらどうだってんだ、あぁん?」
「今日は、由加ちゃんと帰んないんだ」
 一緒に帰っているわけじゃない。たまたま一緒になるだけだし、たまたま家の方向だって一緒なだけ。たまたまゲームが好きだから一緒にゲーセン行ったりして遊ぶだけだ。それだけで勝手に周りがイイカンジとか言ってるだけだろうが、と神崎は思っている。だがそれも居心地が悪いわけじゃなくて、むしろいやすい空間だ。それなのにここ数日からひどく居心地が悪い。だから夏目に言ってしまおう。そうすれば、居心地が悪くなくなるかもしれない、などとどうして思ったものか。
「夏目、聞けや。昨日な、」
 振り向くと窓から射し込む光がまぶしくて神崎は目を細めた。光をまとって夏目がにこやかに微笑んでいた。なんの企みもないように。
 おかしな勘違いをされるのがウザイから、と前置きして神崎は昨日の話を口にする。細かな話は由加から聞いた通りだろうとは思うが、彼女は“カノジョ”ではないのだからそこは勘違いだと強く告げた。



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 ゲーセンで涙する亜由美と会った。中学時代に来た教育実習の、力不足で若くて、それでも神崎の心のどこかに残った女性。前の日にはごく普通に笑っていた彼女がどうして泣き顔で歩いていたのか。それは知っている相手ならば誰だって気になるはずだろうと思う。そして、放っておくにはあまりに悲しそうな表情だったから神崎は言ったのだ。ぶっきらぼうに、でもまっすぐ。
「送ってく」と。
 その様子を見てついてこなかったのは由加の勝手だ、というのは神崎の言い分だ。泣きじゃくる彼女の肩を抱きながら片手を握って、まるで近目に見ても恋人のように支えながら神崎の知らない道を帰る。そう遠くない住宅街の一つにあるアパート群の一棟に向けてゆっくり歩を進めていく。その間じゅう、すれ違う人らと目が合ったような気がして内心、神崎としては気が気ではなかった。すれ違う犬の散歩をしているおっちゃん、掃除してるおばさん、小学生くらいのちっこいガキ。それらの名も知らぬ人たちが今この支え合うようにしながら歩く自分たちの姿をどう見ているのだろうか、とそればかり気になって何にも集中などできやしない。そしてもたれかかる彼女は気にしている様子もない。
 そうしてアパートの一室のドアで足を止めた。三階の部屋に辿り着く頃には神崎は精神的に擦り切れたような気持ちだった。これほどまでに周りの目が気になったことなど、これまでの18年間の人生でなかったかもしれない。だが悩める女子が隣にいる以上は大それた溜息を吐くわけにもいかず、ふらつく彼女を支えながら半ばなだれ込むようにアパートの玄関に足を踏み入れた。
「センセー、大丈夫か」
 ここが彼女の巣であるならば、あとは背を向けるだけだと思ったが、やはり体に力の入っていない様子の彼女が気になってしまい、神崎は短く声をかけた。玄関の中で跪くように座っている亜由美はもう泣いてはいなかった。ゆっくりと視線を上げて、やがて神崎と目が合う。彼女は小さく頷いた。大丈夫ならいい、神崎もそれに応えるように頷きかけた。送り届けることが神崎の目的だったのだから長居は無用と立ち上がろうとしながら背を向けた。その時、耳の両側の後ろから掠めるようにやわらかく神崎の体を包むものがあった。驚きで息を呑む。それが何であるか、視線を下へと運んでやっぱりそうなのか、と思う。亜由美が両腕を神崎の体に回して、後ろから抱きつくような格好をしている。まるで、いかないで、と言っているみたいに。どうしてこうなっているのかは分からないけれど。続いて彼女の押し殺すような泣き声。強がっていても大丈夫などではなくて、きっと何でもよいから縋りたいのだろう。そう言い聞かせながら神崎はそのまま、しばらく立ち尽くしていた。
 玄関で何してんだ俺、と言いたくてもまったく言えない状況。だが徐々に緩んだ彼女の力を振り切るように、サッと振り返って向き直る。神崎は自分が赤面していることを理解していた。なぜなら顔がポッポと熱いからに他ならない。だが気にしないふりをして、まっすぐ亜由美を見下ろした。彼女は神崎を見てはいないようで、どこか遠くを見る目をしていた。だから、そのまま体を離して逃げるように帰ってこられたのだ。彼女の目は神崎を見ていなかったから。
 すぐさま神崎は謝るように深々と頭を下げて大きな声で言う。ここから逃れる時は今しかないと分かっていたから。
「大丈夫みたいで安心したッス!じゃ、俺はこれで」
 玄関を逃げるように飛び出した。これ以上彼女に抱きしめられているとおかしなことになってしまうかもしれないと思ったからだ。おかしなこと、それが何であるかなんて普通の高校生男子が女の部屋に入り込んだ時のイケナイ空気を考えてみてもらえれば分かることだろうと思う。だがしかし空耳と聞き間違うような小さな声が追いかけて来た。
「今日はありがと…。明日も、あそこで、待ってる」
 それは空耳だったのかもしれない。そう言って欲しいという神崎の願いが空耳となって聞こえたのかもしれない。だって、そんな都合のいい話なんてあるはずがない。むしろ今までの神崎一の人生にはそんなヤッホーウッキーモンキードンキー続きなんてなかっただけに。だからもう一度言ってくれれば確証を持てるので、それを願って勢いよくアパートの扉を閉じたにも関わらず声を待ってその場に留まってみた。せめて、神崎くん、と一言呼んでくれないかななんて淡い期待を抱いて。
 だが甘かった。それからしばらく神崎はそのままで待ってみたものの、なんということもなくウンともスンとも言わないドアを悲しく見つめてから帰路に着いたのだった。だから、最後の言葉はほんとうに空耳の可能性がかなり高い。だが、それでもその可能性に賭けてみたいと思うのが男心というものだ。


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 不吉な予感は、神崎の話を聞く前からしていた。けれどそれは単に胸のどこかにあるもやもやなのだろうと夏目は思っており、気にしないようにしていた。けれど神崎の話を聞いているうちにそのもやもやは神崎と無関係ではないような気がして、だが証拠も何もない。彼をどうこう言うわけにもいかなくてただ、走り去る後ろ姿を見つめていた。知らずのうちに険しい表情になってしまっていた。そして呟く。
「それ、もしかしたら………安上がりな恋にすごい近い」
 今よりも貧乏くじを引く必要なんてないんだ、そう夏目は思ったから一言添えたかったけど、それを拒んだのは神崎自身。彼がただ一人のために必死に走るというのならばそれも人生。彼が選ぶものが今の彼のためになる何かと思うしかない。
 それが夏目の予想を遥かに上回る結果になるだろうことは、今この瞬間に誰にも分かりはしない。帰り道、心配そうな顔をした城山が夏目に言った。
「なんだか必死な表情で神崎さんが行った」と。それがよい道かどうか分からないとただ胸の内で静かに思った。城山に言えるはずなどあろうはずもない。夏目に分からないはずもない。神崎が向かったのは昨日の例のゲーセンであろうことを。



 空耳だと思った女の声を頼りに、昨日出逢ってしまったその場所でバカの一つ覚えみたいに神崎はただ突っ立って待つ。もしかしたら彼女が来るかも知れないと思って。否、それは願いに限りなく近い。男というのはひどく単純なもので縋られればソノ気になってしまう。おだてられればノッてしまうし、好きと言われれば信じてしまう。もしそれが嘘だったら、なんて考えることもなく言葉をまっすぐに信じて痛手を思うことなど無く。
 それでも変わりはしない。冷めた気持ちを持った者と同じように、信じた彼女が着た時のその感動はとても深いものと変わりない。ただ彼女がそこに来てくれただけで、計りしれない歓びが彼にはあるのだった。長く赤く靡く彼女の、教育実習の時は真っ黒になっていた長い髪だったけれど今はナチュラルな茶色に染められて少し軽そうに靡いていた。昨日のこの時間、神崎にもたれかかって涙を溢していた彼女の髪に相違ない。その彼女は約24時間を経てまた笑顔を取り戻している。だが、その笑顔はどこか儚く寂しそうに映った。



********



 手を引かれるまま、再び亜由美の家に行った。今回は彼女は涙を流していなかった分、神崎も昨日よりは冷静に対応できている。中学時代のことも思い出しながら彼女は先生なんだと言い聞かせて冷静に努めようと必死だったのもあるが。見てもいないテレビ番組が雑音を伝えていた。バラエティは嫌いじゃないが見慣れない場所でガン見できるほど神崎はズボラでもなかったので見ているふりばかりをしていた。彼女のテリトリーであるこのアパートの一室の中でどう当たり前に去るべきか、そればかりを考えて追っていた。時計を見たらまだ外は明るい時間で、この部屋に入ってから30分くらいの時間しか経っていない。ただ心臓の音が五月蝿いがために長く感じるのかもしれない。
「昨日は、ごめんね」
 恥ずかしそうに微笑む彼女を、この場で抱き締めることができたならどんなに幸せだろうかと思った。けれど神崎はただの元生徒(もしかしたら、モドキ?)であり、それ以上の何であることもないのだと分かっていたから、伸ばしそうになる手を絨毯に吸い付かせるようにべたりとくっつけて耐えた。彼女から見れば『いつしかの教え子の一人』それでいいじゃないかと神崎は思うのだ。それ以上を望んでなどならないと。
「びっくり、してたの知ってる」
 ぐい、と強引に顔を上げられ神崎は亜由美と目が合う。彼女は薄い笑みを浮かべていて、そして、その笑顔は徐々にスローモーションみたいに近づいて来て、そして、やがて暗くなって彼女も何もかもが見えなくなった。ただ、くちびるに感触がある。やさしい感触がひたりとくっついて、そして離れない。それが亜由美のくちびると神崎の唇とが触れ合った感触だということに気付くまでにしばらくの時間が掛かってしまう。そうなることを予想していなかったから。目を閉じるなんて思考すら浮かばずにただ痛むほど乾いた眼を瞬かせたのは、唇を離す彼女のはにかむ表情を見てからのこと。まだ彼女の唇の感触が残っている。
「………神崎くん」
 ああ、彼女が近づいてくる。愛おしそうに神崎を見ている。


12.04.20

最初にこのファイルを作ったのはなんと去年(2011年)10月だったんですね〜〜!
もはや半年近く更新できてなくて書きかけのまんま放置してたわけですか。もうね、書いたことのほうがオドロキというか。

書きたいことが明確にないところから始まってるシリーズなのですが、ようやくぼんやりと書きたいことを思い付いて、最近またそれを思い出しました(笑)つうか忘れてたって。
ただねぇ話を広げようとすればするほどオリキャラが出張るんですよ。大学神崎と寧々のシリーズの時もそうだったけど、オリキャラが暴れたり惑わしたりしてくれるんですよねぇ。これが嫌だったらもう読めないだろうとは思うんだけど。
ただこれは神崎とパー子の話なんだけど、全然くっつかない。周りが勝手にくっつけるから本人たちの意思とかまるっきり無視で。だってガキだもん。本人たちもまんざらじゃねぇ〜よ。とか思ってるワシ☆


オリジナルストーリー過ぎて殴られそうな展開です。すみません、、、
もうしばらくこういうオリジナルでいいんじゃね?展開が続いちゃいます。つーかそうしねぇと終われねぇんだよ!とか勝手に言う。
ただ言えることはモテ期ってこれー?!ということ。もしかしたら高校3年生のこれが神崎の最大のモテ期かもしれねぇなんてイタイ…

まだまだ続きます。ちょっとエッチな話も入ります(ぇ
しばらく神崎とパー子話にお付き合いください!よろしくです。

2012/04/21 10:59:26