おろかなひめごと



 神崎は昨日、レディースの一人の女にフられた。
 バカみたいだし若気の至りといえば済むことだろう。それでも神崎は涙を堪えて女のことを想って口を噤んだ。こんな耐えるばかりの恋もあるのだと初めて知った。好いた女を抱くのは当たり前だと思っていただけに、夏目にはただ意外だとしか映らない。
 泣きこそしないとしても、昨夜泣きはらした目元がひどく滑稽だった。女に文句の一つも言わずただ涙を堪えて平気そうな表情を装った上で、急いで帰って泣いてないて、きっと泣きはらしたんだろう。まだ泣いた跡は引いてないけれど誰も何も言わなかった。言っちゃダメだ、そんな雰囲気が漂っていたのだろう。
「神崎君」
 短く夏目が呼んだ。それだけだ。神崎が夏目に寄って行ったのも、そのまま縋り付いたのも、神崎がしたいようにした結果だ。夏目がどうこうしたわけではなく、どうしろと言ったわけでもない。彼は涙を流さずに、泣いた。
 そんな時、夏目は思った。
 もし、自分が神崎一を好きで焦がれていて、きっと女ならば押せば靡いてしまうようなこの状況で、同性である自分が彼に好きだと告白としたとして、そのまま押し倒してキスをして……。それが神崎にとってどうなのだろうか、と。それを試してみたい気もしたけれど、何の意味があるのだと脳内ツッコミして行動には移さずにいた。
 神崎は縋り付く時も、よくある女のように夏目の胸にくっつくわけではなかった。ただ隣にいて、服の袖を引っ張るような格好でベタベタしない距離のあるくっつき方だった。全身を預けない縋り方は、夏目にとってはひどく珍しい。逆に冷静に今この現時点のあちらこちらを見てしまうほどに。
 体を離して、それでも涙目でまだ涙を堪えているらしい神崎のその滑稽な顔を手繰り寄せたくなる。その想いを堪えながら夏目は微笑みだけを彼に送った。なぜなら気の利く城山は既に、神崎にティッシュを渡していたから。そしたら、「ざけんな」と一言。殴るような動作でサッと奪い取って涙を溢さぬ代わりに勢いよく鼻をかんだ。何とも頑なだ。

 神崎が体を離してから数時間、どくどくと脈打つ鼓動はいつものように体のすべての所に音もなく血液を送り続けていたから呼吸もごく普通にしておられたわけなのだけれど。ああ、呼吸と想いはきっと別なのだろうと気づくのに18年もかかってしまっていた。夏目は己の胸を軽く撫でながら感じていた。
 神崎は決して涙を見せない。物理的な涙など男が見せるものではないと彼は思っている。ヤクザの次期・組長らしい男臭い考えだと思った。それが神崎にとってはごく当たり前なのかもしれなかったが、夏目にとっては違和感ばかりが残る考えだからだ。
 彼らは筋とか男気とか、そんな絵空事を言う。彼らはそれが常識だと思っている。だからこそ現代の当たり前の人らから取り残されるのだと言うことを、基本理解していない。
 なぜならこの世は戦争もない。常識は明言されていなくて、ただ仁義とかいうものだけがそこにはある。ああこの世界は世知辛いかな仁義ではオマンマ食い上げになってしまう世の中なのだから、その義の世界を重んじるあまりに古い世界にトリップしつつある脳みそなど、当たり前に化石と化しているに決まってる。
 それでも夏目は思ってしまう。そんな義の世界で生きる神崎のことを。そして考えてしまう。もしかしたら弱ったフリして彼に寄り添って、泣き真似と溜息の一つでも零してしまえばきっと、神崎はその姿を見て夏目に走り寄って大丈夫かと声をかけるだろう。だから甘えた夏目が慰めがほしいと言ったが最後、神崎は慰めの名のもとにやさしく髪を撫でてキスをされて服を剥がされ、体にあられもないキスマークをくっきりと残され、子種すら、もしかしたら埋め込まれてしまうのかもしれない。確かに男の体であればいくら種を仕込まれようとも何だということもないのだが。ただそれだけのことだ。同性の性交はひどく無意味で、ひどく空虚だと思わざるを得ない。それを情の名の下に神崎は受け入れこそしても、拒否したり非難したりはしないだろう。ぶつぶつと言いながらも結局は許してくれるだろう。
 それが分かっているから、分かっているからこそ夏目は一線を越えようとはしない。決して越えてはならない線を自身で引いて、そこから越えたりはしない。そんなことを考えているのだ。もしかしたら自分はその一線を超えたいと思っているのだろうか、と。それはどこからどう見ても男にしか見えないこの神崎一に対して、抱きたいだなんて思いを抱いているのだろうか。もしもを思いながら夏目は考えてしまうのだった。
 ヤクザで暴力的で冷たくて相手の顔色など見ようともしない、そんな神崎にただ一つの弱味を見せてしまえば最後、神崎が冷たい男の仮面を投げ棄てて走り寄ってくる。そして自分の味方に対して攻撃を加えるようなことをしないのであれば、許容範囲となるのかもしれない。それくらいに神崎のキャパシティは実は広い。弱い所を自分が補ってやれないものだろうかと庇いながらも、その庇っているさまを隠して包み込もうとする。どれだけその仁義の世界に浸っているのだろうかと飽きれてしまうほどに。そして、それに甘えてしまいたくなるほどに神崎という男は、ほんとうはひどくやさしい。
 それらを広げないためにも、夏目は強くある必要があった。縋るだけではなく縋られるぐらいの強さを保つ必要もある。ああそれでも、もっと縋ってくれないかと思ってしまう夏目がいた。だが言葉にも願いにすることもできやしない。涙を何としてでも流さない彼に向けて、ただ一言を告げることしかできない。
「神崎君、らしいよね」
 バカにしてるわけじゃないけど。


12.04.18

Title:クロエ

夏目×神崎
として書いたものですが、脳内では夏目と神崎が恋愛未満のいろいろ、と思ってました。で結果、そうなりましたね。ハイ、もっと大人な展開を想像した方すみません。

これはねぇ、ほんとに恋愛未満のなにか、なんです。恋愛じゃないから。だったらなんだっていう(笑)恋愛になるかならないか知らんけど、もしかしたら恋愛と間違えそうになる何か。そんなイメージです。

夏目ってノンケなイメージです。
城ちゃんのが流れそう。モテないだけに。でも意外に結婚とかは城ちゃんのが早いと勝手に思ってます。そして離婚もしない(笑)なんかしあわせかどうかはわかんないけど充実した生涯を送りそう。
ノンケ夏目のイメージをそこまで覆さず、そして神崎に対して複雑な想いを抱く夏目を描きたかったのです。できてねえけどねえけど!!!


あと、関係ないけど神崎がフラれたのはたぶん薫か涼子なんじゃないかと勝手に思いながら書いてました。目指せレッドテイル全員にフラレ神崎!!って鬼か!

2012/04/19 15:00:31