All-SiDE


 男鹿を見て一喜一憂する姿をただ見ていた。それは葵が一年の時とはあまりに違いすぎる姿で閉口してしまう。だが葵のそんな様子を見て、彼女が自由になったのだろうと思うばかり。別段彼女に幻滅の念抱くわけでなく、単に事実として笑っていた、怒っていた、楽しそうにしていた、嫌そうにしていた、そういった事実があるだけ。新しい邦枝葵をもっとずっと知りたいと思った。
 そこから始まった思いは、唐突に告げられた。夢にみたとしてもそれ以外で口にしたことのないこの思いをどうして代弁すると言うのだろう。それだけ分かりやすい表情で葵を見つめ続けていたということの証に他ならないのけれど。
 だから、今この形になったことはとても嬉しい。
 エンゲージリングを指にはめながら、遊びの女であるならば何度でもセックスを繰り返して言う言葉に恥じらいが生まれて、恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ない思いの中で葵に告げた。こんな恥ずかしい思いなんて、これ以上したくないから生涯別れたくないなんて言い訳がましい思いを抱きながらそれでも、
「結婚しよう」
 なんてあまりに直接的な言葉は脳内をグジャグジャに描き乱す威力がある。だから葵の言葉を待てずに口付けた。彼女の思いは恋人である自分に向いているのだから。そう信じて。


「姐さん、とうとう結婚スかー」
 感慨深く由加が呟いた。早くもヤンママと化したレッドテイルの面々の姿はあまりに今の葵には眩しく映る。分かってはいたがやっぱり葵が結婚という道から外れて生きていた。その間じゅう彼はずっと葵を見守ってくれていた。好きだと言われたのは高校の時だった。それから数年間、ただ見守ってくれていた。だから葵は付き合ってもいいよと返事をしたのだ。その時、気付けばもうハタチの垣根を超えていた。
 三年以上の月日、彼は葵の答えを待ってくれていた。そのことにただ深く胸を打たれて、愛とか恋とか好きとか嫌いとかそんな一個人の小さな感情を忘れて、ただ彼に応えようと思った。
「姫川」
「お前ももうすぐ姫川になるんだろうが。竜也っていい加減呼べ」
 なんとなく下の名前で呼ぶのにはまだ抵抗があった。付き合ってもう何年にもなるというのに。ひどく照れ屋な彼女はどこまで経っても姫川の想像を軽く超える。花嫁衣装を決めに来週の式に向けて大層な準備に取り掛かっていた。まさかこんなに結婚を喜ばしく思える日がくるだなんてこと、ガキの頃の姫川にはまったく想像できない遠い日の出来事のようで、初めて葵に出会ったあの青臭くて懐かしい匂いのする校庭に思いを馳せる。あのチャチィ学び舎で何も学ぶものなどないと高を括って金をばらまいていた、そんなゴッコ遊びのような日々が懐かしい。


***

 流れ透けて消えてしまうような光を纏ったただならぬ雰囲気を持った邦枝葵という女は、瞬く間に石矢魔高校という荒れ荒んだ場所のオアシスとなった。一年の夏休み前に三年までの女共をまとめあげてしまったのだ。しかし所詮は女の戯言なのだろうと姫川は思っていた。ちょっとかわいいぐらいでいい気になるなよ、と。ある意味最初から好みのタイプではあったのだが。
「女共まとめたぐらいで、逆に自分の身を危険に晒すってこと分からねーぐらいオツム足んないのか?」
 ピンと張り詰めた空気が姫川のうなじすら冷たい空気で撫ぜられる。葵の表情がすべてを物語っている。目の前の男への侮蔑と拒否。負の感情をぶつけられることには慣れていたから気にはならなかった。だからこそ言ってみたくなったのだ。
「折角、その可愛い顔を守ってやろうと思ってたんだがな〜」
 リーゼント頭をグリグリと目先に突きつけるようにしてものを言ってやればあとはものの見事に滑稽。真っ赤になって慌てふためく姿は、今まで空気を凍りつかせていた彼女の環境を瞬時に転換させて姫川の側に有利に移ろう。
 だが、誤算だったのは確かに彼女は実力者であったということ。「ふざけないで!」と悲鳴にも似た声と共に平手打ちを食らってから5日、姫川の顔の腫れは引くことはなかったし、痛みなぞそれの倍の日にちはとれなかったから校内ではあれよあれよという間に姫川のフられムードが蔓延し、なかなか拭い去ることができなかった。
 そのファースト・コンタクトの時はまだ本当に葵に心を惹かれるなどと思ってもいなかった。ただ可愛いな、それぐらいだったのだ。軽い気持ちでからかってみた。だが赤面するウブな彼女を見たことで興味が湧いた。この女相手ならフられ役もそう悪くはないのではないか。そんな道化の気持ちがやがて生まれてくる。
 それはきっと同級生で石矢魔統一に近いとされた男である神崎のせいが大きかったのかもしれない。何度か葵のことでバカにしたように笑われると、お前のようなバカには分からねえんだよ、と無意味な反骨心のようなものを持ってしまう。だがそれが決定打にはならない。
 間違いなく決定打は男鹿というクソ生意気な後輩の登場のせい。男鹿と出会った葵は誰の目にも明らかなほどにぐらついて、浮ついて、女の子女の子していた。
 そんな様子を見ながら姫川は別の女を抱く。安い女のくちびるを吸いながら、葵のくちびるを思う。だが彼女のくちびるは男鹿、と音を発した。恋した物の夢見る瞳で。

 姫川には力が足りなかった。
 彼女を力ずくて手に入れるにはあまりに非力で、男の魅力とでもいうのかオトすのには感覚がズレすぎていた。金を出せば着いてくる浅はかな女などでも当然ないから、到底太刀打ちできない。それが突き刺さるくらいに姫川には分かってしまっていたから、横槍をいれるくらいのことしかできない。気がつけばもう卒業シーズンで、くだらない式などバックれて終わらせてしまおうと思ったが、もう二度と会わないかもしれない葵の顔をもう一度だけ見にいこうと思った。

「コクんねーのか」
「あ?」
「邦枝だよ。ゾッコンのクセに」
 起立と言われて立つ気のない卒業生たちを置いてけぼりでさくさく穏便に進む式のさなか、唐突に神崎が言葉を発した。ぞわりと鳥肌の立つ感覚。寒いというだけではない。さして興味もなさそうな気怠い表情をした冴えないこんな男にも分かるほど、必死になっていたというのだろうか?笑わせるな。そう思う。普通の女だろうが。ただの、股を開けばあられもなく鳴くだけの生き物だろうが。見た目がちょっとだけ可愛い、その程度の女だろうが。これまでずっと二年間、そう思い続けてきた。いや違う、そう思おうとしてきた。思おうとすることで自分から葵を何とか遠ざけようとしてきた。それはなぜか?神崎の短い言葉に答えはある。
 式などどうでも良くて、最後に葵の顔を見ておきたかった。急に会場を後にして二年の教室に走り出した。恋愛体質なんて笑うやつは笑えばいい。ただ必死に惚れた女を自分の物にしたいと願う瞬間があってもよいと熱に浮かされた。強さも金もどうでもいいところでぶつかってゆけば、邦枝葵は姫川竜也というただの男をどう見るのだろう?
「ホンット、姫ちゃんも熱血なトコあるよねー」
 夏目がぼそり呟いた。単なる感想。的を射ていて時に恐い。


***

「てめーらマジで邪魔だな」
 どうしてウェディングドレスや他の装飾品を決めるのにレッドテイルの面々が顔を出すというのだ。式にくる楽しみというものをまったく弁えていない。自分たちの式の心配でもしてろよと思ったが、昨今はジミ婚が当たり前で離婚だってごく普通のの世の中なのだから他人の式に躍起になるのも仕方ないのかもしれない。当然、姫川には理解できない感情であったが。
 最高級品の絹で織られたドレスを手にして見せてみる。しかし葵はとても現実的で値札を見てはキャンキャンと子犬のように吠えた。金遣いの荒さには何度も何度も飽きずに口を挟んでくる。姫川財閥が使いきれないほどのお金に恵まれたお坊ちゃんと葵はそういった意味合いではきっと生涯分かり合えない。けれどその普通らしさもまた彼女の魅力の一つなのだった。すぐに金に踊らされるバカな女たちとは比べ物にならない。それを独り占めできるというだけでこれ以上ないシアワセを感じるのだった。
「じゃあ、どんなドレスなら納得すんだよ」
 葵は言いづらそうに黙りこくった。返すべき言葉が見つからないのだろう。目の前にあるブライダル商品の数々よりすばらしいものなんてこの世界にはない。けれども姫川はこんな売りものじゃなくてオーダーメイドの方が葵にぴったりなものを作れると言った。それに反発するように葵は答える。
「私のっ…、お母さんが着てたドレス、あれを着たいな、って」
 どこまで少女趣味というか。昔ながらの考えを持っている彼女のその欲の少ないことこの上なさったら。レッドテイルのメンバーもぽかんとして見ていて、葵がやっとの思いで「なによ」とぶうたれた。気の済むまで迷えばいい。結婚式なんてただの式なのだから、式を開いてしまう前段階の方が楽しいことも二十年という短い年月を生きてきただけの姫川と葵でさえも容易に理解できるのだから。姫川は手にしていたドレスをプランナーに押し返しながら立ち上がった。もちろん葵の家に行って、そのドレスを見せてもらうのだ。
 葵の家は怪しい武術をやっている爺がいて、古風で立派だが言ってしまえばボロ屋だった。だが土地の広さは姫川財閥に比べれば小指の先ほどもないものだったが、そこそこな広さを持っていた。だからそれなりにお金もかかっているのだろうし、そう裕福な家とは思えなかった。だが葵の祖父を見れば貯め込んでいるような気もしないでもないが…。
「よぉ、葵のじーさん」
「なんだ貴様らか」
 結婚の挨拶は祖父に済ませていた。お前はいいのか、と何度も葵に聞いた。姫川の顔など見ようともしなかった。葵の気持ちを何度も確かめるように同じ質問を繰り返した。時が止まったみたいに葵の返答を待ってはまた問うた。姫川は黙って葵と祖父を見ていた。早く答えてほしいと思った。早く自分と結婚しますと言ってほしかった。答えをなかなか口にしない葵にひどく焦れた。こんなに好ましい話題だというのに、祝福の様相はあまりに見てとれない邦枝家のさまに口を挟むことすらできやしない。だが、葵は答えてくれた。いいのよ、私は決めたんだから。と小さく、しかしまっすぐ祖父を見て答える葵の姿があった。何を決めたのか。それを口にしてはくれなかったが、姫川竜也と結婚する、と言ってはくれなかったものの祖父は頷いただけだった。
 その祖父は相変わらず姫川を見ようともしない。何しにきた、とも言わない。手塩にかけて育て上げたであろう孫がゴールインの間近にあるというのに、まだ「取られた」などと可愛らしいことを思っているのだろうと姫川は思った。
 物置の中を葵、姫川、寧々、花澤、薫の5人で探しまわる。汗だくになって何かをするというのはひどく億劫で泥臭くてカッコ悪いけれど、そうつまらないものでもないのだと数年前に葵が教えてくれたことを思い出す。聖石矢魔での球技大会や学園祭、決してつまらないわけではなかった。それを口に出したことはないけれど。


***

 高校卒業し財閥の一つの会社をぶらぶらと道楽に社長職しながらうすらぼんやりと過ごしていた所、とある噂を聞いた。まぁ姫川もそういった情報網を持ってもいたし、気にもしていた。葵が卒業する少し前だったから、寒い季節だった。男鹿が嫁と一緒に逃避行したのだという。
 意味分からん。
 それが最初の姫川の感想だった。そもそも親だって周りだって認めるしかない二人だったはずでは?姫川は不思議だった。それなのに駆け落ち同然に消えたのだと言う。すべては葵が知っているだろうと当たりを付けて、聞きに行くことにした。というより、単に彼女と会う理由が欲しかっただけだ。男鹿との別れは姫川にはいい意味で追い風だとしか言いようがない。姫川の顔を見た瞬間にどんな要件なのかはすぐに悟ったらしい。葵の方から話し始める。
「聞いたんでしょ。男鹿の事」
「聞いたけど、意味わかんねぇ」
 姫川に言っても仕方のないことだと思う。だが、男鹿のいない今、葵はどうすればよいか分からなかった。自分の思いを告げることもできずただ高校の2年間を男鹿一色に染めて過ごしたというだけだ。ただ自分だけが男鹿を見ていただけ。そして少しでも石矢魔全体が普通の高校生らしくまとまりつつあったというだけのこと。けれど事態は人間だけでは収拾がつかなくなっていった。男鹿はそれを止めにいくのだと。自分はベル坊の親で、ベル坊の親はこの世界に生きている。それはベル坊のもう一つの故郷と言ってしまって構わないと勝手に決め付けて、ここを守るのが男として、魔王として当然の役目だろうと。男鹿は黒い禍々しいオーラをまとって笑う。地獄の悪魔よりももっと恐ろしい何か。
「チマチマめんどくせ。魔界、制圧してくらぁ」
 軽々しく人間が言う言葉ではなかった。ヒルダはベル坊の味方だから一緒に行く、とそれだけ告げてアランドロンの内に消えて行った。待って、と叫んだけれど彼は振り返ることはない。その姿を見た葵はただ唐突に訪れた別れに目を見開いて、そして自分の名を呼ばれなかったことに対して悔しくて、泣いた。
 姫川には詳しい事情は理解できなかった。魔界はマカオだし、魔王はガキだという印象しかない。それでもぼろぼろと涙を溢す彼女が必死に悩んだり悔やんだりしていることは伝わって来た。そんなシーンで優しく抱き寄せない男なんていないはずがない。キスまではさせてもらえなかったけれど。
「もういーんじゃねーか。簡単なレンアイに転んだってよ」
 ずっと思っていた。俺なら楽をさせてやれるし、哀しい顔をさせない自信もある。欲しいものだって何でもやれるし、やってみたいことのすべてをさせてやれるゆとりがある。だからきっと葵は幸せになれる。クサい愛の言葉になんてコロッと騙されない彼女の真面目さにだって応えてやるつもりだ。どこに行ったかもいつ帰ってくるかも、ヒルダとよろしくやっているのだろう男鹿の悪魔のような顔が目の前をチラつく。今はきっと忘れられないだけだ。きっと姫川の与える幸せによって過去のことになる。まだ諦められないのは姫川も同じだったのだ。


***

 結婚式当日。
 どうしてお前が?と姫川もツッコまずにはいられない。祝辞を述べるのがなぜか元レッドテイルの飛鳥涼子であるなどと誰もが忘れていたに違いないキャラだけに。さすがの涼子も今日はマスクをしておらずパンツルックのスーツを着て、やはりボーイッシュスタイルは崩さずにつかつかと前に歩み出た。結婚式会場には見知った顔の者たちも多かったが、やはり姫川の仕事関係の人らが多いのは仕方ないだろう。
 葵は複雑な心の内だったのだろうが、姫川はある意味で引導を渡すために男鹿にも結婚式の招待状を送ると宣言した。別に止められはしなかった。ただ同じ学校にいた男子生徒だと言ってしまえばそれまでの関係だ。男鹿に対して特別に思っているのは葵であり、姫川であるというだけのことなのだから。しかし今この時点で男鹿の姿は見えない。やはりヒルダと一緒に子作りにでも励みながらマカオで温かく暮らしているものだから、わざわざ日本に帰ってくる気などしなかったのかもしれない、と勝手に姫川は思っている。また葵も呼んだ手前男鹿が本当に来るのかどうか気にはしていた。だが、きょろきょろするわけにもいかず涼子がマイクの前で軽く咳払いする様子を見つめていた。
「しゅくじ。オレは葵姐さんのこと尊敬してる。今でも変わんない。姫川みたいなキモ坊っちゃんと一緒になっても、変わんない。それは―――」
 小学生の作文のような文章を涼子が読む。読み方も棒読みなったりつっかえつっかえだったりして、頭の悪さをひたすら露呈しに来たようなありさまだったけれど、集まったものの半数以上が石矢魔上がりおバカ軍団だったから気になどならない。それから長々と、といってもそんなに長い文章が書けるわけでもないが、たっぷりと葵の自慢を始めた。レッドテイルのメンバーとの出会い。剣の腕前や武勇伝が主。
「だから、姐さんより数百倍以上弱い姫川と結婚するって聞いてびっくりしたけど、それ以上にびっくりしたのは、その姫川が」
 それは見ていた者たちのすべてが驚いたことだった。だから当時、夏目は「熱血なトコもあるよねー」そう評したのである。卒業式を抜け出した姫川は二年の教室にずかずかと向かって行った。まだ授業中であったし、まさか姫川が教室に来るなどとも思っていない生徒、教師はみんな驚いて彼を見つめた。この期に及んでまだ石矢魔統一だのと言うつもりできたのだろうかと息を呑む二年の教室は瞬時に静まり返った。そしてやっぱり姫川は葵を睨みつけていた。鋭い視線を彼女にあらん限りの力で向けていた。さすがの葵も「ちょっと」と堪らなくなって立ち上がって姫川の近くに行く。時間的にも卒業式を抜けてきたのが丸わかりだった。何をやっているのだこの姫川という男は。まったく葵には理解できなかったし、元より理解などしようなどと思っていない。薄情というか感心できない男だと思っているからだ。
「なんで男鹿だ……」
「え?」葵がみんなの思いを代表した。
「なんで男鹿なんだよ…俺を見ろってーの」
「え?え?」
「俺が見てる。俺は待てる。だから、待ってるから…来い!」
「え?え?え?」
「や、迎えに行く。俺ソッチのが性に合う」
「な、な、なになに?なになになに」
「俺のぜんぶやる。だから邦枝のぜんぶ、俺にくれるまで待つって決めた」
 両手を握って色気もなく抱き締めるでもなく、ただ握手をして。だからこそ伝わる正直な飾り気のない想いというものがひしひしと伝う。好きとか愛してるとかそんな甘い言葉は一切使わなかった。そんなことを考える余裕なんてものがその時の姫川にはまったくといっていいほどなかっただけの話。金持ちもイケメンも関係ないただの男になって、それが待つという一つの通過点を作った。かっこいい言葉なんて言えなくても通じるものがあることを知った。
 だがあんまりに情けない話。まさかそんな話を結婚式でされるとは。姫川は頭にきてブチ暴れたい思いを抑えながら苦虫を噛み潰したような表情をして聞くしかなかった。それでも隣で葵が笑っている。懐かしんでいる。それは1つの救いだ。
「んな感じでぇ、急にコクってしばらく姿見なかったのに結婚とかなったんだけど、おめでとう姐さん。姐さんが選んだんならあん時の姫川も色男に見えてきたよ。これをお祝いの言葉にします。おわり」
 姫川の心臓にひどく負担をかけるような祝辞というか呪詛のような話はやっと終わって、姫川の関係者からも言葉をもらう。仕事関係の者たちの言葉はひどくうすっぺらでつまらないお飾りだった。彼らは失笑していたが葵の仲間たちの方がよっぽどまともだと思った。所詮姫川もまた石矢魔のメンバーなのだ。そして男鹿はいない。それからさくさくと式は進行した。誓いのキスとかして早く見せびらかせたいものだとずっとそんなバカなことを思っている姫川は司会進行がうざったかった。
 葵のドレスは結局オーダーメイドにした。あの後5人で探した結果、それは出てきたけれどやはり古いものだったので姫川はそのデザインを元にオーダーした方がいいと提案した。葵は別に反論しなかった。何となく面白くないような、複雑なような顔は見せたけれど確かにあまり上等でない布は一度しか着ていないはずなのにきれいには見えなかった。葵は母親の記憶はそんなに多くないと言ったきりだったから、姫川も聞こうと思わなかった。姫川にとって親とは金を生むというだけの存在だったから、親について語り合ったことはない。そして興味も持てない。それでも彼女と生涯共にありたいと、結婚を願ったのは男としての性かもしれなかった。
 目の前にいる花嫁は何者にも替えられない美しい女だ。誓いのキスは大きな破壊音と共に式が中断して遮られた。急にバターン!と結婚式場の扉が蹴破られる。見覚えのある、姫川よりもだいぶ低い男らしい声が葵を呼んだ。
「邦枝ぁーーーーっ!」
 邪魔そうに風に靡く黒い髪、ぎらりとした野獣のような目、細いながらも逞しく締まって筋肉質な身体。その両手は開いて彼女を包み込むように待っている。隣にいるはずの赤子の姿とゴスロリの姿がない。だがその男は前よりも一回り以上も大きいオーラをまとってそこにいた。シンと静まり返った結婚式場で葵も姫川もただ呆気にとられた。なんだこれは…。
「待たせたな。魔界、制圧してきたぜ」
 男鹿だ。数年前よりもさらに凶悪そうな顔をしている。
「結婚式……の割にシアワセそうな面してねぇな。邦枝、お前どうしたいんだよ?」
 花嫁は姫川の横をするり抜けて、薄汚れた悪魔のような男の元へ抱きついていった。
「べるちゃん、ヒルダさん……いないの?」
『ココ』にいる、と男鹿は自分の胸を指した。男鹿はもはや人間ではなくて魔王となっていた。魔界のすべてのものを吸収して魔王となった。だからベル坊にもヒルダにも会えないけれど、確かに存在は感じる。魔界すらも吸収して現在は魔界はないのだと言う。ただ意味はよく分からん、と端的に話した。
「魔王でも………いいの」
「…そーか。」



花嫁、奪還
えええ、このタイミング?!
まさかのカップル成立



おまけ作品。
ですが長い(笑)

姫川とのネタは浮かばなかったので書かない書けないと思ってたんですが、まぁこの機会に男になってもらおうと思って頑張ってみました。
ちゃんと姫川してます?大丈夫?誰キャラなってる??ま、彼が我を失うくらい恋に落ちた話なんです。フォーリンラブです、ハイ。

当然、王道カップルでこれを考えてました。結婚式の男鹿&葵。それをモノローグのように思い出して行くっていう話でハッピーエンドにしようって。
でもそれじゃお題の意味がまったくないんですね。まさかの!っていうのがない。おまけにする意味も無くなってしまう。だから姫川に登場してもらいました。こんなに押せ押せラブラブ光線発射してる姫川ってないかな…
男鹿を待ち疲れてフラフラする葵ちゃんみたいな感じで書いてました。でも姫川目線が主なんですけどね。彼の目線の方が書きやすい話っていうのはオチがこれだからですね。
まさかのタイミングっていう所を目指しました。メロドラみたいなタイミングで花嫁は奪われてしまうんですね。

あと、姫川と男鹿(この葵ちゃんも!)には「好き」っていう言葉を絶対口にしないで頑張ってもらいました。好きを伝えるのは言葉じゃなくて態度っていう隠れたコンセプトがあったし、他の話で好き好き言われてるからもういいだろうと。言葉にしないからこそ深みが生まれたらなぁという感じで書いてましたね。まぁ長いだけで感じられるものなんてあっしの文章にはないかもしれないけど。


姫川君いろいろすんません。でもいい味出してる。これは姫川なしで引っ張れない話ですからね。他のべるぜキャラでここまで自信たっぷりな人っていないじゃん。



こんな長いだけで拙い文章を最後まで読んでくださって有難うございました!

追記:
企画に出した作品で、隠しページなんぞを作ったのはワシだけやろな、、
そのせつはすみません。。。(まぁリンクだけだから自由だったわけだが)
カプも選べなくて書きまくってたし。恥ずかしいやつだよなあじぶん。
男鹿×葵あっての他のカプが番外というか。そういう感じはいまだにありますねきっと

2012/04/01 14:29:34