‐老化する病気になった葵ちゃん‐
東条/神崎/姫川



男鹿と


しばらくぶりに聞いた話が、邦枝が入院したという噂だった。家はわかっているので顔を出すと元気のない声が聞こえた。どうやら邦枝は男鹿を門前払いするつもりのようだ。発する言葉の全てが拒絶を示している。
「何の用?私は別に、用事なんてないんだけど」
「お前が病気で入院した、って話聞いてよ」
「………」
「見舞い、のつもりだけど」
「………いらないから」
「んなこというなよ。らしくねえな」
そこで男鹿は強引に入り込もうと玄関の取っ手に手をかけた。ガチャガチャと耳障りな音が響くこと数十秒ほど。結局凌ぎきれないと諦めた邦枝が力を緩めると同時に勢いよく玄関のドアが開いた。
はた、と合わせる久しい顔に邦枝が嬉しくないはずもないがすぐに背を向けた。だがそれだけで病状というべきか、彼女の変化については嫌でも目に入ってしまう。男鹿は声をかけることも忘れてただただぽかんとあの長い髪を見つめる。男鹿の記憶では間違いなく真っ黒でサラサラと流れており、光が当たれば黒光りすらしていたあの髪。
今は見る影もなくぼそぼそとしていて、白髪の混じったごま塩のような有様になってしまっていた。病気の内容については聞いていなかったが、これも病状だろうかと思えばこそ男鹿は黙ったまま息を呑んだ。だが病気について詳細を知らない以上、どうこう言えるわけもない。
「私、人より何十倍も早く、年を取る病気なんだって」
泣きそうな顔でくしゃくしゃに歪んだまま、それでも無意味に平然を装って邦枝は男鹿に振り向きながら言った。あまりに悲痛で、こたえようのない心の叫びを聞いたような気がした。男鹿が生きてきた十数年をもってして何を言えるだろう?皺の増えたその顔に言葉など思いつくはずもなかった。けれども、ない頭を必死に振り絞ってその結果男鹿は、邦枝が言葉を発する前にただ一つ言葉を返すことに成功した。



「バーサンになっても邦枝は、邦枝だろ?関係ねぇーよ俺には。」

2012.03.15 Thu 00:37



‐老化する病気になった葵ちゃん‐
男鹿/神崎/姫川


虎ver


高校を卒業してから二年ほど経つだろうか。英虎はこの不況の最中あちらこちらに派遣で渡り歩いて日々の生活をしのいでいた。そんなある日、邦枝葵のとある噂を耳にした。
【病気で入院して、そう長くないらしい】
そんな話が本当とは思えなかったが胸ぐら掴んで聞いてみるとすぐに邦枝の入院している病院を教えてくれた。ただなんとなくその噂があまりに嘘くさくて気になったから足を運んでみただけだというのに、まるで本当のことのように個室である病室にはごていねいにチャイムが付いていた。思わず英虎もお前の家かよ!とツッコミたくなるような有様。そして飛んでくる否定の言葉。
「見舞い、なんていらないから」
「……お前、まじで病気、なのかぁ?」
理由がわからない英虎は無遠慮にそれだけいうと、やがて邦枝の啜り泣きがチャイムの音声から聞こえ、慌てて邦枝はそれを切ったらしく急にブツッ、と音が途切れてしまった。こんな状態で気にならないはずもない。鍵はかかっているはずのない病室に強引に入ると、確かに変わってしまった邦枝の姿がそこにはあった。白髪まじりの長い髪を隠すように頭を抱えたがもう遅い。英虎は反射的に駆け寄って邦枝の肩を抱いていた。
「どうしちまったんだよ、これ…」
「…っ、私、人より何十倍も早く年を取る病気、なんだって……」
さすがの英虎もそれには言葉を失った。誰にも分かるのは年を取るのが早ければ人は早く死ぬということだ。人には永遠なんてないということは先人が生きていないことからも明らかだからだ。
「じゃあよ……、結婚しねえ?」
それは英虎の直感のようなににかから生まれた本音。驚いた顔をした邦枝が英虎を見上げている。
「俺は、別にお前が急に年取ったからって……俺だってジジイになんだから関係ねえって、そう思ってる」
邦枝の嗚咽は抱き締めるとあまり聞こえなくなった。

2012.03.15 Thu 23:22




‐老化する病気になった葵ちゃん‐
男鹿/東条/姫川

神崎が


とある日、神崎な意外な話を夏目から聞いた。
一部のくだらない噂では男鹿のガキを孕んで辞めたとか、そんなはしたない噂も流れていたというのに。まさか、邦枝が病気だなんて。
病気の内容については夏目も簡単に知っていたようで、確かにそれじゃ学校とか来るのも嫌だろうね〜。なんたって、乙女なんだからさぁ、とやっと言葉を絞り出していた。
聞いてしまった以上、神崎は無視できないでいた。すぐに見舞いの品を買って学校帰りに病院まで出向いた。分かっていたことながら拒絶の言葉は気分の良いものではない。邦枝の気持ちもわかるが顔ぐらいみせやがれと思ってしまう。それが健常者たる思いなのだということは蹴破るように強引にこじ開けたドアの先にいた、あまりに老け込んでしまっていた邦枝を見たからだ。
「だから…よ、俺、ヘアカラー買ってきたから。染めてやるよ」
邦枝の啜り泣きを聞いていると、神崎もどうしてだろうか、胸が熱くて痛くなって鼻先がツンと痛んで目元が熱い。いらないわよ、と言う邦枝を無視しながら段取りつけて勝手に髪の毛に触れる。白と黒が混じった、まるでおばあさんのような髪の毛に。そこにヘアカラーの液を施してゆく。あと数十分で黒々とした髪になるだろう。それが分かっているのにどうしてか、神崎は寂しいような気がして仕方がなかった。邦枝の頭を撫で回しながらひととおり液を塗りたくると薄いその手袋を外して腰をおろした。
「今までと、何もかわんねぇだろ?」
明るく言ったつもりだったが邦枝のこころには響かなかったらしく、返事をしようともしない。神崎は邦枝の顎を掴んで強引に自分の方に向かせ、自分の顔を寄せた。
「俺も黒くしたって、いいしよ」
浅く口付けたのちに離れてそれだけ口にするのに、神崎は邦枝の顔を見ることできなかった。

2012.03.16 Fri 00:08




‐老化する病気になった葵ちゃん‐
男鹿/東条/神崎

姫川は…


邦枝が老化して行く病気にかかったと聞いた。その病気はまだ日本ではとても珍しい病気なのであまり病名を聞くことはない病気なのだという。
あの美しい彼女に限ってそんな病気にかかるなどと、人生は時に不平等だと思ってしまう。否、むしろ彼女が美しいがゆえになってしまったと思えば世の中は美女にもブスにもひどく公平なのかもしれない。そんなことを無意味に考えながら姫川は病室に向かった。

案の定、邦枝は病室に人をいれることを激しく拒んだがそんなことは姫川にとってはどうでもよかった。無視して強引に病室に入ると驚くほどに邦枝の髪は白く染まってしまっていて、その病気の進行を見目で伝えてしまっていた。そして邦枝は姫川の方をちらりとも見ようとしないで抑えきれない嗚咽だけを辺りに零していた。
姫川とて鬼でも夜叉でもないのだから、無垢な泣き声を聞けば胸が痛まないはずなどなかった。ごま塩色になってしまった頭を見下ろしながら姫川は告げる。
「俺の力を舐めんじゃねえ。治してやる。…絶対ぇ治してやるから、俺のモンになれよ」
その高圧的な物言いにカッとした邦枝は思い切り顔をあげるやすぐさま、姫川の頬を腫れ上がるほどに強く引っ叩いた。辺りには小気味良くパァン!と乾いた音が響いたが姫川は分かっていたようでニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべながら自分の頬を撫ぜた。じんじん痛むが気にしたら負けだ、と勝手に思う。
「アメリカに専門医がいるんだとよ。調べもしネェで俺がノコノコツラ出すと思ってんのか、バァーカ。」


2012/03/16 00:10:50