Side-C


 疾(と)うに気づいていた。
 ただ、態と知らないふりを続けていただけ。それは単に【一緒にいたいがため】に。


 進級も決定したが今年の春はいつ訪れるのだろうか。進級すれは彼女は一学年上の三年生になる。彼女は来年の今頃、きっと飛び立ってゆく。まだ聞いてはいないが、石矢魔高校から進学しようなどとはきっと考えてはいないはずである。きっと家を継ぐことを考えているのだろうと予想する。
 彼女のことをずっと見てきた。だから大体のことは予想できる。それがいいか悪いかは別として、彼女の元レディースヘッドとしては不似合いなやさしさとか、ウブなところだとか、全てが新鮮で心にあたたかく突き刺さる。

 彼女―――邦枝葵―――と初めて会ったのは、実は高校に入学する半年ほど前のことであった。まだ中学生で、キョーダイは小学生だったと記憶している。キョーダイや友達と共に遊びに行くのは公園や友人の家もそうだが、少しだけ背伸びして隣町のゲームセンターや喫茶店などにも興味が向いてきた頃。バスに乗ったり遠出したりすることておとなに近づいたような気になったものなのだが、その町はあまりに治安が悪いというか柄の悪い連中がウロついているような町だった。噂も聞いていたし、何度か訪れていたから分かってはいたがまだ絡まれたことはなかった。平凡な見た目の子供に狙いをつけるのは小物だという覚めた目線もあったのは事実。
 石矢魔の町にキョーダイを連れ立って向かった寒い土曜の日。その日は、受験生であるという手前、参考書も買うけど小うるさいキョーダイを黙らせなくては勉強に集中などできないなどと態と渋面を作って家を出た。ほんとうはキョーダイ仲が良かったし趣味も合うものだから、単純に受験勉強の息抜きをしたかっただけなのだが、念のため参考書程度は買わなければなるまいと思いながら、先に本屋を二軒ほど回り重い参考書を手提げに入れてしまえば後にすればよかったなぁとひとりごちる。
 しかし嫌なことの後には楽しみがあって、子供二人でゲームセンターに向かった。二人ともお熱のガンアクションゲームがある一番近いゲームセンターが石矢魔にあったからそれをやりたいがためにコツコツと小遣いを貯める算段を数ヶ月間行った賜物である。
 一通りゲームの時間が過ぎればまた帰路につかねばならない。電車で数十分の道のりが遠く感じられて早めに切り上げたつもりだったけれど、楽しい時間とは驚くほどあっという間に過ぎてしまっていて空は濃い藤色と朱色の混じり合った明るさと暗さをないまぜにした色ににごっていた。
「あんま、遅くなるとかーちゃんに怒られんじゃん」
 キョーダイが危機感を口にした。受験生という立場は何かしら不便ではあるものの、ある部分では武器にもなったからうまく使う必要があった。電車の時間がうまく合えばそう遅くはならないだろうと腕時計で時間を確認しながらゲームセンターから足を踏み出すと、そこには昼間には見られなかったどんよりとしたタバコの煙の空気と柄の悪い制服姿の者らの姿がたむろしていた。これかわ石矢魔の不良たちだということは一瞥しただけで分かった。今までも見かけたことはあったが、目が合うことはなかった。
 だが、今日は違う。世の中をナナメ下に見るような、しかし狡く弱い獲物を探すようなその視線が宙で確かにぶつかった。すぐにそらしたけれど、向こうはその様子を見逃さなかった。キョーダイの手を取って早足にその場を去ろうとしたけれど、制服姿の足が音もなく差し出されてそこに転ばされた。
「あっれー? ダイジョブ、そこの子ぉ」
 態とだと分かっているだけに頭に血が上りそうになる。怒りを顔に出すわけにはいかない。ありがとうございます、大丈夫ですと頭を下げて転んだキョーダイの足をほろってやりながら起き上がらせる。うまく立ち回ってこの場から去ることが必要だった。
「お礼は?」
 急に言われたそのひとこと。まったく意味が分からず思わず「は?」と顔を上げる。目が合ったのはさっきゲームセンターで見たのとはまた別の大柄の男で髪を短く刈り込んで文字の形にしているらしい。どう見てもEXILEをパクっただけのバカ男。だが小柄な子供である自分たち二人との差は歴然だった。キョーダイが真っ青な顔で見上げて口元をわななかせている。初めてまともに見た不良の存在にビビってしまい言葉が出ないらしい。
「大丈夫だったんならお礼、いるっしょ?」
「…あ、ありがとうございました」
 もはや会話は完結系。お礼と言われている意味は不明だが言われた通りにしたほうが穏便にすみそうだと本能が告げるからそうしただけのこと。すぐさまその場から去ろうと握ったままのキョーダイの手を引くが、起こされて壁に寄りかかったままへなへなしていて走って逃げようというそぶりも見せない。まったく困ったヘタレを連れて巻き込まれたものだとキョーダイにビンタの一つもくれてやりたくなる。
「なぁに? お礼ナシでどっか行こうかっての? 最近のガキは目上のヒトをウヤマうってこと、しらねぇんだなあ? 教えてやっか」
 完璧に敬うという漢字を知らないようなあやしげな発音で言われてもまったく説得力はない。だが今は説得力が必要なのではなく、教えられること、息巻く理由が必要なだけだ。
 目の前の遥か下方にある前髪をぐしゃりと乱暴に掴まれる。無理に上げさせられた顔がおっ、と意外そうに驚きの色に染まる。だからといって手を離されるわけではないし事態は好転する気配もない。僅かに力は緩んだかもしれないが。
「…知りたくない」
 こんな理不尽な暴力に甘んじる前に反抗の意志を口にしてしまう。教えを要らないとアッサリ言われた男は少しの間言葉の意味を理解できずにぽかんとしていたが、理解するやこめかみに青筋が浮かんだ。と同時に体がふわりと浮かんだ。ただの木偶の坊というわけではないらしく、そこそこ鍛えているのだろう。片腕で持ち上がってしまう自分の弱さが情けない。
「何してるの!」
 そこで轟いたのがまるで仮面ライダーとかケンシロウとかそういった類のスーパーヒーロー的な何かだと、いるはずのない救世主を思った。後方からの声だったから持ち上げられた格好では身動きできず、しかしその声色ら女性のそれだったから咄嗟にプリキュアとセーラームーンを連想したことは口にしていない。
 ただ声の後に後ろから強い風が吹いた。女神の息吹とでもいうのだろうか? 男の手が離れて地に足がつく。急な展開についていけず両手をついて着地した。隣には颯爽と現れた彼女が駆け寄ってきて肩を抱く。ヒーローなんて現代にも現実にもこの世界にもいるわけがないはずなのに、それなのに彼女はあたかもヒーローのように声をかけてくる。
「大丈夫だった? 怪我はない? 待ってて、すぐ片付けちゃうから」
 サラサラと流れる長い黒髪。白い特攻服によく映えて暮れ行く空など目にも入らない。暗いはずなのにどうしてだろうかひどく彼女だけが眩しく映る。
 手にした竹刀で辺りの不良どもをいとも赤子の手を捻るようにひれ伏してゆく。竹刀が真剣のように神々しく輝いた後には必ず、腰を抜かしながら逃げてゆく情けない大柄の男たち数人の背中が目の前をスクリーンのように流れていった。それは数分間というあっという間のことだったけれど心に深く刻まれた。
「気をつけなさいよ。石矢魔は不良だらけなんだから」

 それが彼女、邦枝葵との出会いだった。
 それからというもの、彼女に礼を言いたくて何度か石矢魔のゲームセンターやおもちゃ屋を訪れたけれど、彼女らしき影を見ることもなかった。どうしてあんな強い目をできるのだろうか。あの夕暮れの中、確かに彼女は射抜いたのだ。とても強い視線で。
 その年の冬、目指す高校はと問われた先に迷わず【石矢魔高校】の名を出したなら辺りは大騒ぎになってしまったけれど、何がなんでも再び邦枝葵、その人に会いたくて選択した。今までしてきた受験勉強が無意味になってしまうだろうが、と何度も考え直すように教師からも口酸っぱく諭されたもとである。けれど彼女と出会うきっかけになったのなら意味がなかったわけじゃないと信じている。これは自分自身だけがわかっていればいい理由で、教師にも親にも誰にも無関係なのだ。絶対に曲げられない思いなのだ。



 高校に入り邦枝葵ととても近くになることができた。彼女はレッドテイルを抜けてしまったけれどそれでも自分たちのそばにいてくれる、それだけでこころは満ち足りている。そのはずだったのに。
 同級生の男鹿辰巳が現れてからというもの、葵は確かに乙女のように変わってゆく。誰が見ても確かな分かりやすい変化だった。彼女のこころが揺れるさまを見て、自分もそうありたいのだと薄いながらも嫉妬する醜い自分の姿が鏡に映っていた。別に表情に現れていたわけではない。行動で表れていたわけでもない。自分のこころの問題なのだと分かっている。
 男鹿の行動、言動の一つ一つに一喜一憂する姿にかつてのレディース仲間たちははらはらしっぱなしであったし、それぞれに彼女を何とかしたいと願ってもいる。そんな中で一人だけ、男鹿の立場を望んでいる自分という狡い想いがここにある。

 もし自分が男鹿だったなら、彼女の気持ちにすぐに気づいて手を握るだろう。
 もし自分が男鹿だったなら、帰り道それとなく時間を合わせて帰宅するだろう。時に彼女を家まで送っていくだろう。もしかしたら毎日かもしれないけれど。
 もし自分が男鹿だったなら、制服姿を似合うと自然に言うのに。
 もし自分が男鹿だったなら、男らしく抱き締めて好きだとこころまで攫ってしまえるのに。
 こんなことを思って、最初に助けられた時に感じた憧れなんてものはもう吹き飛んで、それ以上を求めてしまっている自分と葵と男鹿の顔が鏡の中と頭の中でぼやけて曇っていく。だからといって男鹿になりたいわけではない。自分として、自分らしく彼女のたいせつな、特別な何かになりたくて言葉を吐き出せずにいる。何かの答えなどずっと前から分かっていた。

 疾うに気づいていた。
 ただ一緒にいたいという思いから認められずに一年を過ごしてきたというだけのこと。
 認めてしまえば思いは口にして、言葉にして、伝えてしまいたいと苦しいほどに思ってしまう。だが願いなどかなわないと怖く思う。ずぅっと口を閉ざすのも辛くなってきた。友人にも相談できずにいたこの思いは現実的であまりキレイじゃないから。



「どうすりゃ姐さんの色ボ、…ゲホッ、あれをナントカできんのかねぇ?」
「クラスメイトからは完ッ璧に付き合ってるから辞めたって思われてるっスし」
「私、……葵姐さんに、言う」
 急に強い視線で葵を見つめながら立ち上がる千秋の姿に寧々と由加はぽかんとした表情だ。会話のつながりも不明。何を言うというのかまったく分からないのでとりあえず失礼なことだけは言うんじゃないよ、と念のため声をかけた。今から千秋が言う言葉が失礼かどうかなんて、千秋では判別できないし葵に決めてもらうしかない。そんな思いなどいざ知らず、誰もが予想もしないであろうただの普通の休み時間。いつものように千秋が葵に当たり前のように近づいて話しかける。
「姐さん、話したいことがあります」
「どうしたの、改まって」
「私も、姐さんの気持ちは分かっています。男鹿のこ、」
「ち、ちょちょちょ!何の話よ、勘違いしないで私は別に男鹿とは何でも」
 顔真っ赤で声高らかにワァワァやるものだから周りの数人が振り返る。何となく聞き耳も立ててしまう。だがそんなことは千秋にとってはどうでもいい問題なのだった。
「それでも、私は好きです。男鹿をどう思っていても、私は男鹿にはなれないけど、姐さんが…好き」
 意味が分からずぽかんとした表情の葵と、周りの驚いた反応と、どうすればよいかわからないといった空気が重く葵にのしかかってくる。
「男鹿を思ってていい。姐さんと、一緒にいたい。付き合いたい。…です」
 ストレートな告白にどよめく。
 クラスの男の一人がレズだ、と騒ぐと千秋の拳銃が冷たい金属音と共に構えられた。声もなくマジメな顔で構えられたら逆に怖いというもの。男は逃げ腰で言葉を謹んだ。真っ赤な顔で困ったように葵が言葉に詰まっている。
「姐さん。レッドテイルは女作るべからず、という掟はないです」
「え、……あ、えと…その、私、」
 言葉は紡がれない。何をどう答えたら良いのか。誰もが助け舟を出すわけではなくて驚きの顔で見守っているだけである。ただの休み時間が晒し者の時間になってしまったようで顔から火を吹いてしまいそうである。何とかかんとか口にした言葉は曖昧なもの。
「その……、千秋。あ、あり、がとう」
 葵としては肯定のつもりはなかったけれど、席に座ったままの葵の頬にやわらかなものが触れた。千秋のくちびるだ。
 見開いた目が千秋を見据えて、その驚きの顔に千秋は微笑む。彼女が驚くことなど疾うにわかっていたけれど、それでも葵の一喜一憂とまではいかないまでも一々感じられる生の反応がとても愛らしいと思う。
 気づけばクラスが湧いていてすぐに祝福ムードに変わった。半ば強引だけれど男鹿に視線をやるヒマもなく何故か囃されている葵と千秋の新しいカップルたちの姿を見て、寧々が頭を抱えて別の問題だったのねと呟いたのは誰の耳にも届かずに空に消えた。

(何故、この新カップルにこころが揺らめくんだろう?)
 智将・古市が廊下で聞き耳立てながら両手を握っていたことは誰も見もしない。


あこがれが 恋に変わるとき
まさかのカップル成立



葵受企画その1、でしたッ!!

千秋と!
最初に書きました。
実を言うとこの組み合わせでいこう!と思ったからこそこのようなヘタウンコなワシが企画モノに飛び込んだのでした。
や、この組み合わせって他のサイトさんで見たこともないけど、ワシは初期からずっと推し推しなんですね。自分勝手に一人で(笑)。
まぁ千秋×葵を知らしめることになるチャンス!とか勝手に百合ってました☆ハイ、すいまっせん。

ネタはあって、こんなことを書こうというのを決めていたはずなんです。少なくとも2月くらいまでは覚えていたはず。
しかしいざ書き始めると自分が何を書きたかったのか、脳内あぼーん!え?あれ?あぼーん!(繰り返し)でした。
それが捏造の千秋と葵の出会いになりました。
そこからの千秋のラブっぷりは、ばかたれ上等です。でも恋愛としてはよくあるパターンな感じがします。ワシはそんな覚えないけど。

千秋というキャラは口数が少なくて難しいけど、個性が強いキャラなので書いていて楽しいです。
カンペキオタク系のコなのにレディースに入ってるという意外性がすごく気に入っています。なにより葵に関しては鋭いツッコミと百合発言に滾ってしまうアッシです。
関係ないけど、千秋に関しては勝手に『天使ノ二挺拳銃』というニトロプラスのエロゲーのイメージがすごく強いです。あ、字面ですけど。ゲーム見プレイなんで。すいまっせん。
べるぜでゲーセンネタが多いのはもちろん、あっし自身がゲーセンに通った記憶があるからですよ。ヤンキーではないけど番長とか呼ばれてたなぁ…

2012/03/04 15:51:20