ある平凡な日の昼休み。何か悩んだような表情でヨーグルッチを飲んでいる。貧乏ゆすりをしているのは考え事をしているからだ。だが言葉を発することないから何を考えているのか分からない。城山は困った様子で見ているが、それでも口を挟んだ暁には神崎からの鉄拳が飛んでくるのは目に見えていたし、夏目はいつものように両腕を机の上で組んでその上に顎に載せた格好で、実に愉しそうに神崎の様子を見ている。鉄拳の代わりに空になったヨーグルッチが城山の顔面辺りに飛んできた。もちろん慣れているので城山は黙ってキャッチした。すぐに低い声が注がれる。
「新しいの買って来い」
 よくある神崎と城山のやりとりだ。短くはい、と城山が返事をするとすぐ別校舎の方にあるヨーグルッチの自販機の方へと走って行った。変わらぬ格好のままにこやかな夏目は神崎から目を離さない。城山の足音が消えてからしばらくすると神崎が夏目の視線に居心地の悪さを感じて嫌そうに眉を顰めた。んだよ、と小さく言ってみたが別に夏目は変わらない。いつもと違うのは神崎自身なのだと、当人だって本当は知っている。舌打ちだけして黙る。神崎はどう口にしたらいいか分からず、だが、言えるのは夏目しかいないだろうと思ったのだ。どこから話したらよいだろうかと悩む。
「昨日よぉ……」
 昨日は帰りに城山の家に行ったことを夏目も知っている。ただし夏目はアルバイトがあるからと先に曲がり角を曲がったため城山の家にまではいっていない。だが三人、誰かの家でだべることもある。そこにゲームが絡むと、完璧なゲーム音痴の城山だけは置いてけぼりになるが画面を見ている分にはそこそこに愉しそうに眺めているため夏目も神崎も城山のことは気にしない。ちょくちょく神崎がRPGのレベル上げを教え込んで昼寝したりもしているようであるが、昨日は城山の家にいったのだからゲームはしていないだろう。
「帰り。城山の妹にてがみ、渡されて……」
 手紙、という言葉が神崎の口から洩れるのを始めて聞いた。たどたどしく話す神崎の様子に夏目はわずかに笑みを深める。手紙と聞けば大体想像がつく。あとは神崎の動揺の様子も含めて実に分かりやすい。分かってはいるもののわざと聞いてやる。神崎の口から事をぜんぶ聞きたいと思った。
「どんな内容だったの?」
 城山は五人兄弟の長男だ。下の四人は男女2:2。一番下の兄弟は確かまだ小学生だったはすだ。三人のうち中学1,2,3年と年子が続く。多感な年頃の兄弟らがいるのだが兄弟仲はおおむね良好。長男の性格のデキのよさは夏目も認めるところで、神崎は決してそれについて褒めたりしないけれど誰が見ても分かるほどに好き勝手に扱うことでひどく甘えていることは明らかだ。そのデキのよい長男に暴力も振るう男に何を言おうと思ったのか、それは実に興味深いところである。
「……好きです、って。いつもお兄ちゃんといるの見てます。ずっとお兄ちゃんと仲良くしてくださいって。うちがヤクザなのは知ってるけど、気持ちを言いたかっただけです、って。んな中身のてがみで」
「神崎君、かお真っ赤」
「うっせ。あと、城山にいうなよ」
「あれ?」
 夏目が神崎の遥か後方を見上げている。まさか、とすぐさまハッとした。神崎が振り向く前に後ろから城山の低い声が聞こえた。
「すみません、神崎さん。いうなと言われるのが遅かったので聞こえてしまいました」
 不可抗力も許されない神崎組だったけれど、この時ばかりは神崎は特に城山を殴ることも罵倒することもなくはぁ、と溜息をつきながら買ってきてもらったヨーグルッチを受け取った。ヨーグルッチにストローを通す速度もいつもよりも遅いし、口にくわえるのも、吸うのも何だかノロノロとしていた。その姿が妙に目についてしまう。城山の妹から告白されたことがまだ神崎の頭の中をぐるぐると駆け巡っているのだ。
「…神崎さん」
「なんだよ」
「その、…もしも、俺が神崎さんの、その、弟になるってこと……なんでしょうかね」
 間髪いれずに神崎から城山にしっかりと拳骨が飛んできた。もちろん城山には予測できたことだけれどごつっ、とにぶい音が耳の間近で聞こえた。それでいいと思ったし、それでなくては神崎らしくもないと思ったからあえて受けたのだし、あえてそんなむちゃくちゃなことを口にしたことを神崎はまったく知らない。そして隣では死ってか知らずか夏目がツボにハマったらしくケラケラと笑っている。
「ジャリに興味なんざねぇけど、次会ったら礼ぐらい言ってやらぁ」
 そう、単純に女に縁なんてなかったから嬉しくないわけはない。別に嫌いなヤツというわけでもないし。ただ好きか嫌いかで言えばそれはまた別問題なわけで、向こうだって手紙に気持ちだけ伝えたかったと書いてきてるのだから、別に付き合うとか付き合わないとか好きとか嫌いとかそんな「答え」を求めてるわけじゃない。一時の気の迷いということもあり得るのだ。だからこそ思いを伝えてくれた彼女に対して礼の一つや二つ言うのは当たり前だろうと思った。それが義というものだと神崎は古臭くもそんなものを重んじている。もちろんそういうところに城山は惹かれた部分が大きいのだが。
「それは……勘違いされそうだからやめたほうが」
 兄は意外に冷静であった。



そしたらくだらない世界にも彩りがうまれる
Carpe diem.

12/1/21

神崎が告白される話
すごく複雑な胸の内だけど城山は渦中にいてもしっかり常識人です(笑)


実は裏設定でこの告白してきた妹は城山に似てなくて普通に可愛い。で、名前は漢字一文字シリーズの夢。ゆめちゃんは神崎くんに憧れた、っつーか内面似てんじゃねこの兄妹、とか思うわけですよ。

まあそんな設定もありながら軽いノリで告られてアタフタする神崎を書こうと思っただけなのでかなり短くなる予定でした。
しかし思ったより長くなっている。
というか最近は段落をあまり変えない文章が好きで、そういうふうにしてるから長くなる傾向にあるのかも。ほら、段落って内容の変動による区切りの小さいとこ、みたいなくくりでしょ。実際同人小説はそういうふうに書かれてないけど。
それはそうだ、特にオンライン小説は見やすさを重視するからね。
2012/01/31 11:01:57