生まれた日の記憶

 王になったつもりも、この世界を支配したつもりもなかった。そのままただ見下ろしていた。ルルサスらが無に還していく懐かしい世界の姿を形作っていく。壊されて消えてゆく度にできてゆく世界があるなど想像だにしたこともなかった。しかしその世界はそこにあって、確かに壊れてゆくはずなのに出来上がって行くようにしか映らない。その歪んで赤黒い世界を見ながら彼女のことを、シドはゆっくりと思い出す。彼女の、彼女による倒錯にも似た想いを言葉はなくとも想いという形で受けて過去を懐かしく思う。彼女の力を受け継ぐ者がいるということはこの世に彼女は既にいないのだろう。新しきルシの存在がそれを物語っていた。気づかないふりをしても結局は現実を突きつけられたのだけれど。

 クンミの素顔を覚えている。きっと彼女を知る者は生者ではシドしかいないであろう。否、彼女の意思を継いだ0組の忌々しいあれも解ってはいるのだろうが。
 だがきっと彼女の、他の誰にもきっと見せることのない姿を見た記憶はシドの中にしかないのだから、あれには理解できないだろう。そのような事実があったことやクンミの考えていたであろうことすべてはさておいて。

 白虎のルシとなった女クンミはまだ歳若い女だった。十年以上も前にシドが拾った孤児で、そのときは自分以外の何ものをも信じない獣のような目をした少女だと思った。触ろうとしたら噛み付くぐらいの勢いを持った少女を始めて見たので単に言葉通り興味を持った。少女はシドより先にシドの家内に懐いた。家内のおかげでクンミはシドにも心を開くことになったのだ。
 まだミリテス皇国は生ぬるい政治を行っている湯殿のような、平和という名前のだらけた国であると当時のシドは感じていた。そして国民の生活は反して逼迫している。それは税の高額さとお上の事なかれ主義が招いた混乱である。愚かな国を何とかしたいとシドは感じ、そして秘密裏に研究を重ねていた。必要なのはチカラだった。統べるにはチカラが要るのだとクンミにいった。クンミは思ったよりも聡い少女であった。
「私はやりたいのです。シド様の話を聞いてその手伝いを」
 まったく堅い考えの子供だとシドは思ったが、手を貸すというのなら猫の手でも借りたい時期ではあった。クンミの手を握った。彼女の頬が桜色に染まったのを見ていたけれど、信じてくれて有難うという興奮が顔に出たのだと誰しもが思うことだろう。彼女の父はシドであったのだし、シドもまた彼女を自分の娘のように感じていたからである。
 そしてクンミはその才を発揮し、研究者としてのし上がってゆく。そんなつもりで拾ったわけではなかったが、この数年間、共にあったことが無駄ではないと感じることができてシドは実に満足であった。シドもそのときには皇国軍の権力では上の方であった。しかしこの国はどこまで愚かなのか、国王と名乗っている男はあまりに無力で堪らずクンミに聞いてみた。国王が、国王たる意味と理解について噛み砕いて問う。そして彼女は答えた。その答えがシドを変えたわけではない。シドはその答えを貰えると分かって、それでもあえて聞いたのだ。人間は後押ししてもらわなければうまく動けない生き物だということをいやでも理解してしまう。解っていても聞かずにはおれないのが『いざという時の判断』である。そんなつもりはさらさらシドの中にはないが、きっと彼の心の中には眠っているだろう、他人に押しつけて自分はいいとこだけを頂いてしまいたいという薄汚れた思いが。
 その思いを何とか悪ではないと言い聞かせて行うには、それはシドでさえも心の拠り所が必要だった。妻の顔を見ているとそれはまるで悪であるかのように映った。悪などではない。今この時にものを食うにも事欠くような国を国民が望んでいるはずもない。だからといってシドがうまく事を運ぶとは限らない。行動を起こすのには自分が、自分こそが正しいと己自身で信じることが必要だった。
 クンミは言った。女が必要ないなら私が消しましょう、と。シド様が迷うのは奥方のためでしょうか、ならば私が消すこともできますよと。女のために悩むほど愛情深いなどと思ったことはなかったけれど、妻のことを思い出すたびに胸が痛んだ。きっと考えまいとしても彼女のことを思い出さずにはいられなかったのだろう。時の半分近くを共にした女だけに。それを理解した次の瞬間、シドはクンミに告げた。
「殺せ」
 と。その言葉には感情も何もこもってはいなかった。シドの妻である事実が短命に向かっているのだと勝手に思った。そしていつしかシドは妻を忘れた。悲しくはない、忘れることを理解していたから。
 だが、とクンミが口にしかけたから咄嗟に彼女のアゴをぐいと引いて舌を絡ませるようなキスをした。そんなキスは初めてだったのだろう。夜からだは密着し切らずともどくどくと強く脈打つ心臓がシドにも感情の高鳴りを教えてきた。女の舌を吸うと体全身の力が徐々に抜けていった。気のせいかとも思ったけれどやはり気のせいではなかった。唇同士を離した時に見下ろしたクンミの顔は確かにとろけていた。ないがしろにされては困ると思いシドは再び口にした。
「あれを消す、それが私からお前への最後の任務だ」
 黙ったまま少女は敬礼して、そしてシドはそのとき妻の存在記憶から消したのである。そのときのクンミは確かに人間であったのだから人間らしい何らかの方法で妻を殺したのだろう。けれどシドがそれを知る由はなく、クンミは既にこの世にはいない以上どうやって逝ったのか。それは聞くべき相手を持たずのままであったけれど、死した妻の死を悼まないシドの姿を見て複雑な思いを抱いたことは確かである。そしてクンミ自身も殺したであろう彼女のことを覚えていないことを。どうやって殺したのか、自分がシドの妻を殺したのかすら覚えていない。ただ思ったのは殺意を持つにまで至るのはよっぽど相手を知らなければ不可能なのだということであった。白虎に戻り告げたときのシドの無表情さといったらまるで何事もなかったのようでぶるりと前線に寒気すら走るほどであったけれど。

 そう、クーデターはシドの妻の死から始まっていた。それを知る者はいない。だがルシとなった時からクンミは思い出していたのだろう。シドが今この瞬間に思い出したように。現実に押しつぶされそうになりながらそれでも白虎のために、シドのために生きてきたのだろう。
 だが、その時はまだ彼女は人間であった。白虎には昔からニンブスというルシがいた。だが彼は人間の心というものは持っていないようであった。ルシはクリスタルの意思によってのみ動く。だが白虎はそうではない、クリスタルに好き勝手されるのは人間らしいとは言えないだろうとシドはずっと思っていたのだ。
「最後、なんて言わないでください…! 私は、シド様のために、きっとルシに選ばれたんですから」
 初耳だった。
 窓から見える吹雪が寒さを伝う。今夜もきっと冷えるのだろうと思った。人間とは不思議なものである。目の前の女が神に相当するような力を得たという言葉を口にしているのを聞きながら、まるで傍観者のように別のことを思うことができる。それ自体は器用だが実際生きてみると不器用という、よく分からない性質があるのだ。
「何者か分からないけど、私を呼んだんです。ルシになる前に、人としてやっておきたいことがあるからと言いました。シド様の役に立ちたいのです。だから、一度だけでいいです、お願いを聞いてもらえませんか」
 クンミはシドを崇拝していた。その理由はわからなかったが、確かにシドのカリスマ性に国民は立ち上がった。現皇国には嫌気がさしているという者も多く、国側は理解していないだろうが賛同する軍人も多く、明日にでも行われようという反乱は内部からのものである。その中にクンミも付き添っているのは言うまでもない。
「願い……とは?」
 クンミはシドの前に頭を下げ跪いた。


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ルシ?クンミが生まれるまで。

や。キャラ的にクンミってヒステリックであんまり好きじゃないんですが(笑)インパクトは強いですよね。まあゲーム上は何でいるの?って感じなキャラだけれども。
(というか、ラスボスがあまりにぽっと出な感じは否めないというか。)
もちろんこれ以降はシドとクンミのエチ編です。これまでのくだりが長くなっちゃっただけだぁ。とりあえずドロドロのグチョグチョにしたいなあと。つうか皇国の人って基本エロそう。勝手な想像だけど。なんとなく寒いとこの人ってエッチなイメージがありますね。

アルティマニアみながら国の背景とかでほーって思ったり。いろいろ考えるとロリカ同盟とミリテス皇国は根が深いので勝手に解釈していきたいものです。


あとはカトル関係の話を書く予定。ミリテスばっかじゃん、て(笑)



Title of : joy

2012/01/28 09:46:54