※ 白線流しパロ
※ とは言っても一部の設定だけです


ベガを見つけに




 父が癌で亡くなった。母は気づいたら帰ってこなくなっていて、今ではもう「いた」ということだけしか憶えておらず、顔など以ての外。ただ、小さな子供たちを置いてどこかへと蒸発して、かつその子供が憶えていられないほど元より家に寄り付かなかったのだろう。子供を五人も作っておいて無責任な女である。そんな女の血を引いているのだと思うとおぞましく感じられるが、そんなことを悠長に悩んでいられるほど生活は優雅でも一般的でもなかった。ただ親戚と呼ばれるおじさんやおばさんの間をどうすればよいのか分からずにぼぅっと見ているうちに母の遺体は煙になってしまった。灰になってしまった。父の姿はこの世界のどこにもないということだけが分かって、若干14歳?弟妹らと一緒に親戚の家に引き取られることとなった。長男としてしっかりしなければならないと、自分たちは他人の家の子供なのだからという気概を持って跨いだ親戚の家の敷居。憎らしいほどにねちねちと嫌味を言う父の親戚。面倒を見てやっているんだ、と言わんばかりの態度。弟妹らの手前、睨みつけることすらできなくてただ悔しくて拳を握って唇を噛んだ。早く働いて弟や妹を俺が食わせてやろう、何不自由ない生活をすぐに送れるわけではないだろう。ひもじい思いをさせない程度に固定収入を得られるようになったらすぐに弟妹を自分の元に呼んで兄弟五人で楽しく暮らそう。そのためには早く大人になる必要があったし、働いて一人前になる必要があった。そして何より親戚にも頭を下げる必要があった。自分が見れない面倒をも彼らにはかけてしまうのだ。だからこそ腰を低く頭を垂れて下手に出る以外に道はないと思った。そこが親戚のおばさんには可愛くないと映ったらしく冷たく当たられることもしばしばあったが、弟妹らがいると思えばこそそれに刃向かうことなく中学校という時代を切り抜けることができた。弟妹らはそんな不器用な兄の姿を見て学んでいるらしく、教えるまでもなくうまく立ち回りそこそこに可愛がられているように見える。嫌味の一つや二つきっと言われたことがあるのだろうけどそれをおくびにも出さない弟妹らを強いものだと感じるばかりである。何があろうとも兄として、そう、生きる意味もこれからを考えることも全て自分よりあとに生まれた血を分けた兄弟たちのお陰だった。苦しみを苦しみと感じずにいられたのは確かに弟妹たちのお陰だ。学費は自分で払うから大丈夫です。弟と妹の面倒をお願いします。もちろん、必ず迎えにくるからな、と幼い彼らに告げて背を向けた。それから半年以上の時が経った。
 だが、本人も知らないところで気持ちはひどく荒んでいたらしい。それを知るきっかけになったのは弟妹のために独り立ちし、工場で働きながらに通い出した定時制の高校でのことだった。

 この学校はあまり他の学校にはないタイプの珍しい学校である。どのように珍しいのか。あまり聞かないと思われる、全日制と定時制として機能している数少ない学校なのだ。だから一般的に通われる朝から夕方という時間帯で全日制の授業は行われる。そして5時頃には生徒たちはいなくなるのだが、通常の学校ならば校内の清掃などがあるのは当然のことだろうと思われるのだが、夜間には定時制の生徒らを受け入れる準備が必要になるため、生徒を早めに帰すことを優先としたこの学校では生徒は掃除をせずに帰宅するのが常であった。定時制の生徒がくる前に清掃の者を雇っているらしく、彼らが掃除を済ませておく。ある意味では普通の学校で「掃除とかクソダリー」などと言いながらダラダラと掃除をしているような学校よりはおおよそ清潔な学校であると言えよう。プロが掃除をしているのだし。
 定時制で通うわけありな生徒らは昼間の生徒らのことを常に意識せずにはいられないだろう。定時制というのは基本的に働きながら学校に通うような必要があるとか、通常の時間に行くことがどうしても難しいなんらかの理由があるという事情がある者らが行く学校であるからである。その理由についてはそれぞれということになるのだが。理由はともあれ、学費を自分で稼ぐためにあくせく働きながら定時制の学校に通っている自分としては時に全日制の生徒らを疎ましくも思ってしまうもので。それはあまりよい感情とは言えないと分かりつつももやもやとした気持ちを胸の奥に抱えながら、三年も冬を迎えた季節に差し掛かって行くのだった。
 特に同じ学校だからといって馴れ合うつもりもなかった。高校は卒業するために通う、就職への糧のために通う必要がある。本当は心の中にじんわりと根付いている将来への淡い夢があったけれど、それを口に出すことは決してない。まだ言えるような立場でもないし能力もない。まずは弟妹たちを呼び戻すことが第一の目標だと感じているからである。それまで決して曲がったことをしない。自分の中で正しい道をゆこうと心に決めていた。
 父が死んだその日から。

12/1/20

白線流しパロはきっと 空も飛べるはず を聞いていたらふんわり浮かんだのかも(笑)。
ちなみに一話めは渉の章なのですが、主役の名前すら出てこないというヒドさ。まぁ誰だか分かる人には分かるかも。こんな設定嘘だし。次は園子の章です。


設定で活かしたところはかなり少ない。
父が癌で死んだ
親戚とうまくいかなかった
工場で働きながら定時制に通うことにした
夢を持っている


Title : joy

2012/01/20 00:09:25