神様のお気に入りになれなかったわたしたちの話
12/30 東条 英虎


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 高校生ではダメだと、先日までなんでもござれとしていたはずのバイト先が手のひらを返したのは人手の多さからだと英虎の友人2人が教えてくれた。英虎だって春の大地震のことくらい知っている。こちらは揺れなかったけれど、余震という名の揺れはそのあとに何度も体験している。だからなんだということもないのだったが。
 関係ないと思っていた暮らしにヒビが入ってしまう。せっかく学校が休みだというのにアルバイトの先もなくなってしまった。途方に暮れる年の瀬にぼんやりとベンチに腰をおろしたまま英虎は佇む。どうすればいいか分からないという顔をして、あまりの無防備さに【最強】の名を欲しがる周囲の学生たちが群れをなしてきたのは当然、言うまでもない。さらにはそれらを瞬時にのしてしまいまたつまらぬ思いを深めただけの英虎の背中はあまりに寂しかったことはさらに言うまでもない。
 それは数日前の事だった。年末のアルバイトは探すのに手間取った。元より英虎は頭を使うことが苦手であったから体を使う仕事を選んでいた。そんな仕事はいくらでも見つけることができた。高校生だろうがなんだろうが構わないと親方は笑って受け入れてくれていた。だが仕事の数はどんどん少なくなっている。それは頭の弱い英虎でさえよく分かった。去年よりも今年のほうが探すのに手間取ったからである。

「結局、オトナらって金ねーとダメなんすよ」
 何も信じていないという顔をして庄次が言う。いつもの冷めたようなやる気のないような様子でため息混じりに。
 金ならいくらあっても困らない。金は欲しい。金が欲しいからこそ英虎はバイトを欲しているのだ。だが生活に困らなければそれでいいと英虎は思っている。余計な金を欲しがるほど欲にまみれていないこの最強の男を眩しい思いで庄次は見つめていた。そんな男だからこそ憧れているのかもしれない。冷めた言葉と同時に自分自身の口から羨みが滲んでいるのを感じてしまう。目の前にいるこの人があまりに真っ直ぐで、あまりに穢れも欲もないから自分がキタナイ生き物に見えてしまう。感じながら苦笑して英虎を見ると、驚いたような困ったような間の抜けた顔をしているものだから思わず「どうしたんすか?そんなツラして」と聞いてみたら答えは傑作。
「お前、物知りだよなぁ」
 どうやら庄次を物知りでアタマのいいオトナだと勘違いしたらしかった。もはやこの純粋さは守られるべきものだろうと笑うしかなかったが、笑われる意味も分からず英虎はきょとんとして笑う目の前の男を見ているだけだった。決して物知りなどではない庄次に手放しですごいなどと言えるのは英虎の世間知らずな所がさせるのだろう。どうしてここまで汚れずに育ってきたのか分からない。あれだけ周囲の不良という不良どもから喧嘩をふっかけられて、親もおらずたった一人でサバイバルのように生きてきたのに。
「俺、物知りなんかじゃないっすけど、」と前置きして庄次は今回のバイトがダメになった顛末を話した。もちろんこれは庄次の憶測でしかないのだがそう遠くはない回答だろうと思う。

 12月に入って見つけた英虎のバイトは足場を組むための下請けだったり、物を運んだりする仕事だと聞いていた。これで仕事をしながら年を越せると英虎は安心したように微笑んでいた。親がいない以上、学費も食費も家賃も光熱費もすべて自分で稼がなければならないのが英虎の生活だった。そして彼は奨学金という苦学生が受けることのできる制度そのものを知らなかったし、そもそも石矢魔のようなバカすぎる学校のために地方自治体や国や県が金を援助してくれるとは思えない上に、英虎自身もまた勉学や部活などに励むような生徒ではなかったのだから取り付く島もない。ただひたすらに真面目に稼いで自分の生活を持ちこたえるだけが英虎の生活の全て。
 強くなったのはもちろん、本人が願ったのもある。金に苦しめられて生きてきたけれど、彼は金を憎むことも無意味に追いかけることもなくただひたすらに純粋な強さだけを求めてここまでやってきた。だからこそ庄次や陣野たちは彼の背中について行こうと決めた。その強さが何のためであるのか、英虎自身が明言しないので本当のところは分からないが、このくらい肝の据わった大きな男になりたいと口にせずとも思っているのだ。

 で、話は戻るが今回のアルバイトが急に断られた件について。それは英虎が学生であることが大きい。彼が選んだ仕事は単発のもので、春にあった大地震の被災地に行って瓦礫などを片付ける作業だ。普通なら高校生などはあまり雇わないということをさすがの英虎もわかっていたので「大学生」ということに親方に頭を下げてしてもらっていたところ、社会人のボランティアが多数、しかも長期で行きたいと願う者らが現れたというのだ。学生の日給とは言えどきちんと高い金を支払わねばならない上に、冬休みの間と銘打ってアテにならないかもしれない学生よりは社会人で寝る場所だけ与えておけば長く働くと言う社会人の方が多いという者を使うのはどんな業者でも変わらないだろう。それを噛み砕いて説明する庄次を見てただ「頭いいよなぁ…」とバカヅラのまま呟いた。
 事情については理解したと言えど、英虎は呆然としていた。この年越し、どうやって暮らせば良いのだ。本来ならば今頃被災地で瓦礫片付けをしているはずだった。急には仕事も見つからず、安くても構わないと街を歩いた結果、周りの不良どもが英虎の影を見つけては襲いかかってくるものだからその火の粉を払っていれば、喧嘩のシーンなどが大人たちに見咎められてしまい余計に仕事など探しづらくなってしまった。
 ただただない頭でどうしようかと考える。金は微々たる金額しかない。庄次も陣野の金ぐらい貸しますよ、と言うのだがいつ返せるものかできない約束はしないと常に英虎は突っぱねた。英虎は見ていたからだ。底辺の生活の中、金を借りて返せなくなって悩んで悩んで苦しんで苦しみ抜いて死んで行くオトナたちの姿を。俺はああいうふうにはならない、あんな死に方はしない。そう子供心に決めていたから絶対に金の貸し借りはしなかった。庄次もそれを知っていたから金を渡すことはしない。ただ黙ってコンビニで弁当を二つばかり買ってきて、一つは英虎に渡す。そうすると英虎は決まって条件反射よろしく腹がぐぐるぅ〜〜と低く鳴く音が聞こえる。困ったように笑いながら庄次からの弁当を受け取ってふにゃりとした笑いを浮かべる。確かにガタイはいいけど石矢魔最強なんて言われる男にはとてもじゃないが全く見えないケンのない笑みだ。受け取ったと同時にがっつく。すぐさま平らげてしまう。口の周りをペロペロとガキみたいに舐めながら、「ありがとな」と礼を言う。
「じゃ、俺は用あるんで帰るっすけど、今年は初詣行きましょうや」
「分かった。連絡してくれ」
「よいお年を」
「そっちこそ」
 英虎とつるむようになってから三度目の年越し。まだ一緒に初詣に行ったことはなかった。いつも英虎はバイトをしていて忙しかったからそんなヒマがなかっただけだ。今年、否、来年こそは本当に初詣に行けるかもしれないな、なんて英虎の不運の上に成り立つちいさな願いを庄次は複雑に思う。今から学生最後のお年玉をねだりに親戚回りをする庄次と、親もおらず生活のために奔走しなければならない英虎と。どうして近いのにこんなに遠いのだろう。どうしてこんなに違うのだろう。冷え切った年の瀬、英虎の背中はいつもより小さく見えた。それでもお年玉をせびりに行くことを辞められない自分と英虎との間には、天と地ほどの全ての差が存在していた。だから東条英虎というひとは庄次にとって眩しいのだろう、と冷たい風に打たれながら思った。

12/1/9
正月ネタ虎と静になるはずだった、12/30の虎と庄次になりました。なんか侘しい…(女っ気もない)

庄次はとてもリアリストです。
虎のことはそれなりに理解してますが、分かり合えないし生活の基盤も何もかもが違うし、手を差し伸べようと思ってても金を出したりするわけでもなくただ普通におろおろとしつつ見守ってる感じのひとです。ほんとに普通のひと。

格差社会、という言葉は嫌いですから言葉としてはつかいませんでした。
というか、金銭的なことだけでしあわせとかふしあわせとか決められるもんじゃないっていうのが少しでも伝わればなぁ、という思いも詰まってます。伝わりませんか?……そうですか…


あとは被災地でボランティアとかがたくさん来ましたけど、やっぱり金を受け取らないで仕事をするのはダメだろうっていう思いがあります。それも書いてみたつもりです。深くは掘り下げてませんが。

2012/01/09 12:16:10